列車運行・旅客行動シミュレータ

1.開発の背景

 大都市圏には、1日に50万人以上が利用する通勤路線もあり、主にラッシュ時間帯の列車の混雑と遅延が課題となっています。特に、ある列車が混雑すると、駅停車時に旅客の乗降に時間を要するようになり、列車の遅延が発生・増大します。列車が遅延すると、先行列車との間隔が開き、その列車に旅客が集中して混雑が激しくなるといった形で、混雑と遅延には悪循環の相互作用があります。鉄道事業者において、ダイヤ改正案を検討する時には、これに留意し、混雑や遅延を極力、低減・防止する必要があります。

2.構成

 自動改札機等で記録された全旅客の鉄道利用データ(ODデータ)と列車ダイヤデータを用いて、そのダイヤで列車を運行した場合の状況を推定します(図1)。具体的には、まず、旅客1人1人の出発駅から目的駅までの列車の乗継経路を推定します。次に、それを全旅客分、集約することで、各列車・各区間における乗車人数や混雑度と、各列車・各駅での乗降人数を推定します。そして、各列車・各駅での旅客混雑に起因する列車遅延を推定します。これは、各列車・各駅での乗降人数に基づき、乗降に要する時間を計算し、それがダイヤ上の停車時間を超過する場合には、その分だけ列車に遅延が生ずるものとして推定します。さらに、列車の遅延を反映して、旅客の列車乗継経路を再推定することで、列車が遅れたときには、旅客の利用列車が変化する状況も推定します。
 このようなシミュレーション構成とすることで、混雑に伴う遅延の発生や、遅延した列車への旅客の集中、混雑の増大を表現し、前述の混雑と遅延の相互作用を推定します。また、新規に開発した効率的な計算手法により、1日に50万人以上が利用する大都市圏の通勤路線でも、全旅客の列車の乗継経路を推定し、終日分のダイヤに対するシミュレーションを、15分程度の計算時間(一般的なデスクトップパソコンの場合)で完了させることができます。

3.特徴

①旅客の動きを詳細に推定し、旅客の視点からダイヤを分析できます

  • 旅客1人1人の出発駅から目的駅までの行動(利用する列車や乗換駅)を推定します。
  • 目的駅に最も早く着く列車を選ぶ、乗換が少ない列車を選ぶ、混雑する列車を避けるなど、旅客の様々な嗜好を反映した推定が可能です。
  • 各旅客の所要時間や列車待ち時間、乗換回数、体験した混雑度等の値に基づいて、旅客の視点でダイヤを分析、評価することが可能です。

②列車の混雑度、遅延が推定できます

  • 列車の編成全体の混雑度に加え、号車毎の混雑度も推定可能です。降車駅で、出口への階段に近い号車が混雑しやすい傾向も再現可能です。
  • 混雑による駅での乗降時間の延びに起因する、列車遅延の発生・拡大を推定できます。
  • 遅延した列車に旅客が集中し、混雑が増大する現象を再現します。
  • 仮に、ある列車に数分の遅れが発生したときの、列車混雑状況、遅延の波及・回復状況など、小規模な列車遅延の発生を想定したシミュレーションも可能です。
  • 色付きダイヤ図や配線図表示等により、混雑や遅延が想定される列車を、わかりやすく表示します(図2)。

4.用途

 鉄道事業者でダイヤ改正案の事前検証に使用します。検討中のダイヤ改正案で列車を運行させた場合に、想定以上に混雑する列車や、慢性的な列車遅延が生じるか否かを事前に確認し、必要に応じて、ダイヤ改正案の修正に反映させます。また、複数のダイヤ改正案を検討中の場合には、各ダイヤ案を旅客の平均所要時間や不効用値(所要時間、乗換、混雑等を総合的に反映した尺度)により評価することで、ダイヤ案同士を旅客の視点で定量的に比較します(図3)。

5.応用:駅間の運転方法を考慮したシミュレーション

 信号、線路形状、車両性能などの実際の走行条件を考慮して駅間走行時分を計算します。前方列車の遅延が原因で進行現示以外での速度制限を受けた場合の走行や、駅間での停止が再現可能となり、列車運行をより正確に予測することができます(図4)。

6.活用例

 シミュレータを活用し、下記のような研究課題にも取り組んでいます。

①アンケート調査に基づく利用者視点の評価尺度の構築と運行計画の評価

  • 利用者の満足度による列車ダイヤ評価
  • 通勤線区を対象とした運転整理案の評価

②線路配線、信号設備、ホームなど運転設備の評価

  • 輸送障害発生時に,不通区間を挟んだ折り返し運転をするための、わたり線の設置効果を評価
  • 信号設備の更新、ホーム増設等による列車本数の増加、遅延の縮小効果を評価

③列車制御方式を変更した場合の評価

  • 列車ダイヤや運行状況を踏まえた、無線式列車制御方式のシステム評価
  • 移動閉そく、予測制御の導入による列車遅延の縮小効果の推定
  • 情報ネットワークを利用した列車運行、自律型列車運行制御手法の導入効果の評価

④列車内のレイアウト・構造や、駅ホーム上の乗降方式の評価

乗降時における、列車内・ホーム上での各旅客の挙動を推定する「列車内旅客行動シミュレーション」と連成

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参考文献

  1. 國松武俊、寺澤孝彦、武内陽子:移動閉そく・予測制御に対応した列車運行シミュレータの構築、電気学会論文誌D(産業応用部門)、Vol.138、No.4、pp.313-322、2018.04(※)
  2. 武内陽子、坂口隆、熊澤一将、國松武俊、佐藤圭介:高機能な列車運行・旅客行動シミュレータの開発と列車運行の多面的評価、電気学会論文誌D(産業応用部門)、Vol.135、No.4、pp.411-419、2015.04(※)
  3. 國松武俊、平井力、富井規雄:マイクロシミュレーションを用いた利用者の視点による運転整理案評価手法、電気学会論文誌D(産業応用部門)、Vol.133、No.7、pp.756-764、2013.07(※)
  4. 國松武俊、平井力、富井規雄:マイクロシミュレーションを用いた利用者の視点による列車ダイヤ評価手法、電気学会論文誌D(産業応用部門)、Vol.130、No.4、pp.459-467、2010.04(※)

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