架線・パンタグラフ系HILSシステムの開発

1.はじめに

架線・パンタグラフ系の試験機にHILS技術を適用するための研究を実施しています。架線・パンタグラフ系の動特性を評価する上で、現車試験,定置加振試験およびシミュレーションが実施されています。現車試験では、実際の稼動状態における特性を評価することができますが、大掛かりな測定システムの搭載に大きな労力と費用を要します。定置加振試験やシミュレーションは、現車試験よりも小さな労力と費用で実施することができますが、試験機の制約やシミュレーションにおけるモデル化誤差などにより、実際の稼動状態とは異なる条件での評価とならざるを得ません。定置加振試験とシミュレーションを融合させたHILS技術を試験機に適用することで、現車試験により近い条件での定置加振試験を実現できます。

2.架線・パンタグラフ系の加振装置へのHILS技術適用

HILS技術を適用した、既存のパンタグラフ加振装置(加振機)の構成を図1に示します。加振機は、架線を模擬してパンタグラフの舟体と接触しています。測定された加振機と舟体間の接触力は、架線運動シミュレーション内で架線モデルに作用させます。接触力の影響を受けて運動する架線の応答がリアルタイムで瞬時に計算され、パンタグラフ位置におけるトロリ線の上下変位をなぞって加振機が動くようにサーボアンプに指令が与えられます。これによって、約20Hzまでの架線の運動を表現した定置加振試験を行うことができます。
架線モデルは、ばね・質点系として表現しています(図2)。図2に示すようにトロリ線とちょう架線を、それぞれ質点を用いてレール方向に対して空間的に離散化します。さらに、隣り合う質点同士をばねとダッシュポットで接続することで、それぞれ線条の剛性と減衰を表現しています。各質点は、上下方向の並進自由度のみを有しており、両線条を接続するハンガは、図2に示すようにばねとダッシュポットの並列モデルとしてモデル化しています。
パンタグラフ加振装置が有する時定数や、むだ時間などの遅れ特性に起因して、HILSシステムが不安定化することが知られています。架線・パンタグラフ系HILSシステムでは、Dynamically substructured system(DSS)という手法を使って、HILSシステムを安定的に動作させています。DSSを用いたHILSシステムのブロック線図は図3のようになります。
パンタグラフが走行速度300 km/hで架線の下を走行する状況を模擬したHILSの試験結果を図4に示します。安定化手法(DSS)を用いたHILSは、安定化手法を用いない場合と比較して安定的に動作することがわかります。また、高精度なパンタグラフモデルを用いて実施した架線・パンタグラフ系の走行シミュレーションと同様の結果を示すことがわかります。

3.高速パンタグラフ試験装置へのHILS技術適用

前述のように、既存のパンタグラフ加振装置へHILS技術を適用することで、20Hzまでの架線の運動を考慮した性能評価が可能なシステムを開発しましたが、走行による架線・パンタグラフ間のしゅう動や架線偏位の影響を表現できませんでした。そこで、高速パンタグラフ試験装置にHILS技術を適用しました。
本HILSは、考慮可能な架線振動は2Hz程度までの比較的低い周波数に限定されるものの、しゅう動や架線偏位、さらには環境温度・湿度・通電による温度上昇や部材の摩耗の影響も表現可能です(表1)。高速パンタグラフ試験装置は、可動部の質量が既存の加振機と比べて大きく、さらに複雑な周波数特性を有するため、高速パンタグラフ試験装置に適したHILSの安定化手法(DSS)を開発することで、パンタグラフが支持点の間隔を走行する周期(約2Hz)までの架線運動を表現可能としました。
これによって、パンタグラフの適切なダンパ定数の選定や、電車線設備の安全性に関わる重要な指標であるパンタグラフ通過時の支持点における電車線の押上量の評価を、定置で行うことができるようになるため(図5)、より高性能なパンタグラフをより効率的に低コストで開発することが可能となります。

参考文献

  1. 小林樹幸、山下義隆、臼田隆之、David STOTEN:多質点系架線モデルに基づく集電系ハイブリッドシミュレーションシステムの開発、日本機械学会論文集、第84巻、第867号、2018 (※)
  2. Shigeyuki Kobayashi, David Stoten, Yoshitaka Yamashita, Takayuki Usuda, Dynamically substructured testing of railway pantograph/catenary systems, Proceedings of the Institution of Mechanical Engineers, Part F: Journal of Rail and Rapid Transit, Volume: 233 issue: 5, pp.516-525, 2019 (※)
  3. 小林樹幸、小山達弥、原田智:高速パンタグラフ試験装置を用いた集電系ハイブリッドシミュレーション手法、鉄道総研報告、Vol.35、No.12、pp.47-52、2021 (※)

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