事故時の乗客挙動シミュレーション

はじめに

 鉄道の安全への取り組みはさまざまな面から行なわれていますが、大きく「事故防止」と「事故時の被害軽減・被害拡大防止」に分けることができます。後者のうち、特に列車衝突事故時の被害軽減の研究では、車両の衝突を1次衝突、その衝撃により乗客が車内設備あるいは他の乗客などと衝突することを2次衝突と呼び、1次衝突対策については車両構造の面から、2次衝突対策については人間工学の面から検討が進められています。これまでの2次衝突の研究でロングシートに座っている乗客が、そで仕切りで胸部を傷害するパターンがあることが指摘され、この乗客の挙動を数値シミュレーションすることで対策の検討を進めています。

乗客挙動シミュレーション

 人間科学ニュースNo.134 の「人体挙動シミュレーションのモデルとその応用」で、乗客のモデルあるいは車内設備のモデルについて説明しました。そこで代表的なモデルを2例紹介しましたが、上述のそで仕切りで胸部を傷害するパターンについては、人体の変形や車内設備の変形をよく模擬できるFEMモデルを使用し、乗客の挙動を解析しています(図1)。その解析例について紹介します。

ロングシート乗客のシミュレーション例
図1 ロングシート乗客のシミュレーション例

 今回は特に仕切りの形状に着目し、板タイプそで仕切りとパイプタイプの2条件を設定しました。ここでいうパイプタイプとは座席のそでに立っている乗客用手すりのパイプが、そで仕切りを兼ねているものです。乗客モデルをロングシートのそで仕切り脇に座らせ、そのそで仕切りと2次衝突を起こすように衝撃を加えます。この時の胸部肋骨の変形の大きさ(胸部変位)によって安全性を評価します。

 図1は板タイプのそで仕切り条件のシミュレーション例です。列車衝突の衝撃が乗客に作用してから、0.05 秒でそで仕切りと2次衝突が起きています。図2はその胸部変位です。そで仕切りとの2次衝突により生じた胸部変位は板タイプがパイプタイプよりも小さくなっています。この結果はパイプタイプより板タイプで胸部傷害が起きにくく、衝突安全性の観点から板タイプのそで仕切りのほうが有利であることを示しています。

数値シミュレーションから推定された胸部変位
図2 数値シミュレーションから推定された胸部変位(クリックで図が拡大)

 このような結果を踏まえて、筆者らは板タイプのものを推奨したり、またはパイプタイプに簡単に取り付けられる板状の補助板などを提案したりしています。今後もこうしたシミュレーション技術を活用し、対策の検討を進めていく予定です。なお本研究の一部は、国土交通省の補助金を得て実施しました。

(人間工学 小美濃 幸司)

発話音声による列車運転時余裕度の評価可能性

はじめに

 行為・行動という側面から、脳は、新しい脳(最も表層に広がる大脳新皮質、意識中枢)と古い脳(内側にある大脳辺縁系や脳幹、自律神経中枢)に分けられます。前者は、外部環境の変化に対して、どのような行動をとればよいか意思決定し、骨格筋(手や足)を制御して対処するための中枢です。後者は、外部環境の変化に対してとるべき行動を起こしやすくするよう、体内環境(ホルモン分泌=内臓環境)を整え、行動に備えるための中枢です。

余裕度とその評価

 脳には、一時点では一つの情報しか処理できないという特性があります。大脳新皮質は、数十億個という細胞を使い、順次、情報を処理していきます。そのため、技術的に難しいまたは時間的に忙しい作業でも、遂行を可能にしています。

 このような大脳の特性と単位時間当たりに遂行または処理すべき作業量との関係から、余裕度というものが生まれます。そして、主作業の余裕度が大きすぎれば、作業者が単調になって居眠りが起こりやすくなりますし、小さすぎれば過緊張になって、主作業の遂行が精一杯で、周りに注意を配ることができなくなります。

 従来、列車運転作業の余裕度は、列車の運転(主作業)が、進行方向前方にある信号や標識等を目で確認しながら行われるため、余裕度評価に用いる副作業には耳で聞き取れる作業(周波数や音階評価など)を用いてきました。しかしこの方法では、列車の運転室の騒音レベルが高く、提示する音声が聞き取り難いことや、結果の信頼性(主作業の影響か作業者の影響か分別し難い)に問題がありました。

 ところが、最近の私達の研究により、列車運転中の喚呼音声(副作業)を用いることで、余裕度評価が可能であることがわかってきました。

実験の概要と結果

 今回ご紹介するのは、自動車を使った実験ですが、速度条件によって走行するレーンが決められていたこともあり、鉄道の運転によく似た環境で実施されたものです。

 実験は、曲線部がバンクになった1周が3.2kmのテストコース(曲線部最高125km/h)において、運転速度を60km/h(コースの最内線)~ 120km/h(最外線)までの等間隔の4条件で行われました。運転中に測定した、運転中に看板を見たら「速度○○よし」と言わせた喚呼音声が新しい脳の、心拍数が古い脳の活動状態を表わします。

 図3は、自動車運転中に連続記録した喚呼音声から得られた喚呼CEM(Cerebral Exponent Macro:解析法は人間科学ニュース第144号を参照)と心拍数の結果です。心拍数は、概ね、速度が高いほど高くなっており、喚呼CEM は100km/h までは増加傾向がみられますが、120km/h になると低下に転じています。

運転速度と喚呼CEM及び心拍数の関係
図3 運転速度と喚呼CEM及び心拍数の関係

 60km/hから100km/hまで、喚呼CEMが大きくなっていくのは、運転中、指定された方法で喚呼しても、大脳の情報処理能力には、まだ、十分な余裕があったためと考えられます。しかし、コースの一番外側を120km/h という高速で走ることで、極めて危険な状況にさらされ、それによる強い緊張感から、大脳の情報処理量が極端に多くなって、喚呼する余裕度さえ削られてしまったものと推察されます。

 心拍数が、運転の難度が高いほど高くなっているのは、新しい脳で必要なエネルギー源と酸素を、心臓が血液に乗せてどんどん送り出していることを表しています(古い脳の体内環境調整)。

おわりに

 今回ご紹介した余裕度評価法は、運転中の喚呼音声と心拍数を組み合わせたものでしたが、列車の場合、それに運転機器(主としてブレーキ)操作状況を組み合わせると精度が向上すると考えています。

(人間工学 佐藤 清)

事故原因 -当事者の見方 vs 第三者の見方-

 事故の直接的原因(例えば、ブレーキ故障、速度超過)は明らかになっても、さらにその原因(背景要因)の分析は一筋縄ではいかないことが少なくありません。その理由の1つに、原因帰属の推論にバイアスがかかることが挙げられます。

2つの原因帰属

 原因帰属というのは、ある人の行動の結果の原因がどこにあるかを判断することで、大きく外的帰属と内的帰属の2つに分けられます。外的帰属は、他者やその場面での環境や状況といった、その人以外の外的要因を原因と判断することで、内的帰属は、その人の能力、性格、行動傾向などの内的要因を原因と判断することといえます。

自分の事故は外的要因?他人の事故は内的要因?

 さて、自分が車の運転で事故を起こしたとき、仮に自分の不注意であっても、「見通しが極端に悪かったから」とか、「相手がスピードを出し過ぎていたから」などと、その原因を環境や相手の行動といった外的要因に帰属させてしまいがちです。しかし、同様の事故を身近な人が起こしてしまったとき、それが仮に不可抗力であったとしても、「○○さんの運転は荒いからね」とか、「××さんはせっかちだから」などと、その原因を個人の能力や性格といった内的要因に帰属させてしまいがちです。前者を「自己防衛バイアス」といい、後者を「対応バイアス」あるいは「基本的帰属錯誤」といいます。

 また、このように、当事者(行為者)であれば外的要因によるものとみなし、第三者(観察者)であれば当事者の内的要因によるものとみなす傾向を、行為者- 観察者効果といいます。

信号違反の原因分析では?

 某鉄道事業者の複数の区所で、鉄道における信号違反事故に関する原因についてアンケート調査を実施しました。その結果、運転士196 名と、同一区所の現場幹部30 名のデータが得られ、運転士と現場幹部との間に、行為者- 観察者効果と同様の関係がみられました。

 この調査は、信号違反に関係すると考えられる原因70項目(知覚・認知,知識,設備・作業環境,労働条件,性格特性等に関する項目)を挙げ、各項目の内容が事故原因としてどの程度関係すると思うかを1~5点の5段階評定でたずねたものです。統計的解析により、これらの原因項目は、
 ・「知覚・認知エラー」(項目例:見落し・見誤り,思い込み・錯覚)
 ・「設備・環境・労働条件の厳しさ」(項目例:車両・設備・機器の使いにくさ,勤務時間・仕事量のきつさ)
 ・「個人の資質・行動傾向」(項目例:注意散漫,忍耐力不足)
の3群に分類されました。各群の平均得点を、運転士と現場幹部とで比較したところ、表1のような結果が得られました。

表1 事故原因群別の平均得点の比較
事故原因群別の平均得点の比較

 両者とも、3群の中では「知覚・認知エラー」の得点が高く、信号違反の原因として運転士のエラーの関与が高いという認識は一致していましたが、その背景要因として、設備の不備や不適切な自動化、勤務時間や仕事量の厳しさを挙げるか、あるいは個人の特性を挙げるかが異なっていました。

 この結果から、事故の当事者になりうる運転士は設備・環境・労働条件に背景的な要因を求め(外的帰属)、指導的立場にある第三者である現場幹部は個人の資質や行動傾向に求める(内的帰属)傾向があるといえます。つまり、運転士に自己防衛バイアスが生じ、現場幹部に対応バイアスが起きることを示唆しています。

 事故防止対策を検討するとき、運転士は設備・環境・労働条件の改善要求に偏り、現場幹部は個人の指導や教育にのみ偏りがちなのは、人間の心理として無理からぬ話のようです。

 その上、人は互いに自分の意見や判断が正しいと思い込んでいるものです。上司が即座に一方的に指示・命令を出して自分だけがすっきりするのではなく、まずは部下の話を傾聴し、部下の気持ちをすっきりさせる必要があるでしょう。そして、良識的で現実的な妥協点を見出すためには、互いに自分の見解にバイアスがかかっているかもしれないことを意識的に認識する必要があるのではないでしょうか。

(安全心理 喜岡 恵子)

踏切事故の被害の評価

 昨今、安全を考える際、「リスク」という言葉が用いられることが多くなりました。リスクとは、簡単にいえば事故の起こり易さ(確率)と事故による被害を掛け合わせたもので、いろいろな事故の影響度を比較する指標として用いるものです。

 踏切の安全性対策を考える上でも、単に事故の起こり易さを見るだけでなく、リスクに基づいて評価する必要がありますが、その場合、踏切事故による被害を評価する必要があります。

 ここでは事故の被害の評価について、直接的被害と間接的被害のそれぞれに分けて考えてみたいと思います。

■人的、物的損害の評価

 まず、踏切事故の直接的被害としては、死傷者等の人的損害および、車両や設備の破壊による物的損害が考えられます。
 このうち人的損害とは、具体的には踏切事故における死傷者を指します。例えば平成17年度では、踏切事故件数の衝突物別の件数、死傷者、死者数の内訳は表2のようになっていますが、歩行者事故の場合、死亡率が高いことが分かります。

表2 踏切事故の死傷者、死者数
踏切事故の死傷者、死者数

 また大型自動車等との衝突の場合には、運転士が死傷する可能性もあります。実際に、1992年、成田線で起きた踏切事故では、ダンプカーとの衝突により運転士が亡くなっており、この事故以後、電車の前面部の補強が進められたという経緯があります。

 物的損害に関しては、踏切設備や走行車両の損害が考えられます。特に走行車両の損害は保険会社の損害額評価で、最も大きな割合を占めるものです。

 先にも述べたように、大型車等との衝突では、列車の先頭部が損害を受けます。鉄道車両の額は車両の種類によって異なりますが、概ね表3の通りです。

 但し、踏切事故で車両が損害を受けるのは、衝突物が大型自動車等の場合で、損害程度も、列車の走行速度に依存します。この場合、走行速度が2倍になれば、衝突時のエネルギーは速度の2乗の4倍となるので、高速で運転する線区ほど損害を受けやすいといえます。

表3 鉄道車両の金額
鉄道車両の金額

■事故による輸送障害の評価

 また踏切事故の間接的被害としては、事故による列車遅延、運休等の輸送障害が考えられます。
 輸送障害の評価としては、事故によって鉄道の利用者がどれだけの時間を損失したかを示す総不効用に基づく方法があります。これを正確に計算するためには、旅客流動を、乗車駅、降車駅間の交通量で表すOD表の形で把握する必要があるため、非常に難しいものとなります。とはいえ、事故による最大遅延時間および断面輸送量がわかれば、大まかな遅延の影響が分かります。

 列車遅延に関しては、過去の踏切事故から統計分析したところ、最大遅延時分は、1事故あたり、約1時間程度と推定されます。この値は、線区に依存しませんが、これによる利用者の時間損失は、断面輸送量に比例すると考えられます。また、運休本数に関しては、踏切がある線区の列車本数と、ある程度の相関が見られます。統計による分析から判断して、事故によって1時間分の列車本数が運休する可能性がもっとも高いと考えられます。

 さて、上記の直接的、間接的被害の評価を合算することにより全体的な被害評価となります。例えば被害を、金額として評価し、それを足し合わせる等の方法があります。

 鉄道総研では、踏切毎の事故頻度および被害評価に基づき、踏切のリスク評価の研究を行なっています。この研究により、まず優先的に安全対策を行なう踏切の決定や、安全対策の選択に、貢献できると考えています。

(安全性解析 松本 真吾)

振動環境下で身体を支えやすい手すりの高さ

 建築物の通路や階段には、水平方向にのびる手すり(以降、水平手すり)が設置されています。車両内にも、車いすスペースや最前車両の車端などに水平手すりがありますが、立位客にとって使いやすい高さはどの程度でしょうか? 建築物と同じでよいのでしょうか?

   図4に、使いやすい高さを身長に対して相対的な位置で整理したものを示します。点線は、建築物の手すりに関して明らかにされている高さです。実線は、約50名の利用者に、列車の走行振動や、前後左右方向の大きな振動の中で、さまざまな高さの手すりにつかまってもらい、使いやすさをたずねた結果、得られたものです。長い矢印は過半数が「使いやすい」と判断した高さの範囲を示しています。太線は実験条件の中でもっとも評価が高かった高さを示し、これと同等の使いやすさ評価が得られた高さ範囲を網掛けで示しています。黒丸は身長の55%に相当する高さを示しており、おおよそこの高さに重心があるといわれています。

水平手すりの使いやすい高さ範囲
図4 水平手すりの使いやすい高さ範囲(身長比)
(数値は身長を100とした場合の割合を示します)

 図4から、次のことがわかります。

 ・建築物の廊下の手すりより高い高さが使いやすい
 ・もっとも使いやすい高さは重心より高い

 建築物との使いやすい高さの違いは、手すりの働きの違いによるものと考えられます。建築物の廊下の手すりは、伝って歩くものであり、体重をかけて利用するため、重心より低い方が使いやすいのではないでしょうか。一方、車両の振動環境下で立位を保つ場合には、車両の左右振動、すなわち水平方向の力に抵抗することが主であるため、重心より高い方が使いやすいのかもしれません。まだ検討が必要ですが、振動環境下と建築物で求められる機能が異なるとすれば、独自に使いやすさを考える必要があるでしょう。

 では、車両内では何cm がよいのでしょうか。実際の利用場面では、身体を支えやすいということだけでなく、ぶつかったり押し付けられたりする可能性や視線の邪魔さを考慮しなければなりません。顔や胸に相当する高さは、何らかの対策をほどこすのでなければ避けることが望ましいといえます。この点から、使いやすい範囲の中で低目が良いのではないでしょうか。

 水平手すりの高さに関する推奨値の例として、イギリスの車両規格(Rail Vehicle Accessibility Regulation, RVAR)では、参考として100cmをあげています。この高さが人体のどの位置に相当するか、イギリス人男性の平均身長の場合について示すと、図4中の白丸となります。RVARの算出根拠は不明ですが、使いやすい範囲の低めに相当していることがわかります。

 実際の車両で水平手すりが設置される場所は限られますが、図4のような関係は、クロスシートの背にある取っ手などの場合にも、ある程度、適用できるのではないかと考えております。このように、身体を支えやすくするための基礎データを蓄積してゆきたいと考えています。

 おまけとして、ちょっと腰掛けるときに使いやすい高さの上限も示します。図4中、腰のあたりにある線です。当然ながら、立位の支持具として適切な高さとはずいぶん異なっています。

 本研究は東急車輛製造株式会社との共同研究で実施しました。

(人間工学 齋藤 綾乃)