脳科学研究の進展

  最近、脳科学の分野における研究の進展が注目されています。つい最近も、頭皮の3か所に貼った電極から脳波を検出し、インターネット上の三次元仮想空間「セカンドライフ」のまちにいる「分身」を、頭で念じた通りに動かす技術が開発されたと新聞で報じられました。慶応大で開発されたこの技術は手足が不自由な人たちの支援が狙いであり、運動をイメージしたときの脳波変化を自動的に分析し、そのイメージに合わせた信号を送出するものです。

 「ブレイン・マシン・インタフェース(BMI)」と呼ばれるこのような技術は、脳と外界との情報の直接入出力を可能とするものであり、疾患などによる運動や視力などの身体的な障害の克服、加齢などによる身体機能の低下の補助、さらにはキーボードやマウスなどを介さない情報伝達手段の獲得を目的としています。この分野で先進的な研究が進んでいる米国では、脳内に直接電極を刺すような侵襲型の手法が従来から採られてきましたが、最近では外部から脳の活動を測る脳波計、脳磁計、fMRI(機能的核磁気共鳴画像装置)のような非侵襲型の手法を用いた研究が増えてきているようです。

 昨年末には、理化学研究所が自動車メーカーとともに、脳科学と技術の統合を目指した共同研究を始めたとの発表がありました。交通事故ゼロに向けた運転時の認知・判断・操作の脳内メカニズムの解明や、人と機械の共生に向けた脳型情報処理のしくみの解明などを目的としているとのことですが、今後このような分野の研究開発の成果には、鉄道分野への応用も視野に入れて注視していく必要があると考えています。

(鉄道総合技術研究所 企画室長 西江 勇二)

鉄道車両用シートの振動測定

はじめに

 座席は人間が直に接するため、快適性に大きく影響を及ぼします。家具などの静的な環境で使われる座席は、体と接触する部分の形状、クッション、各部の寸法、意匠などの要素が快適性を左右します。一方、鉄道車両用の座席は振動環境で使用されるため、振動特性も重要な要素となります。本稿では鉄道車両用の座席について、振動測定および評価の代表的な方法を紹介します。

振動台による測定

 座席を振動台に載せて測定する方法として、国際標準化機構に規定された方法(ISO-10326-2)があります。ここでは次の条件で加振を行います。

  • 加振方向:前後、左右、上下
  • 周波数:0.5 ~ 50 Hz
  • 加速度振幅:1.6 m/s2(実効値)

 振動の測定は、床面、座面および背もたれについて、前後、左右および上下の3方向の加速度を測定します。座面の測定は、図1(a)に示したシートパンと呼ばれる薄い半硬質の素材でできたプレートを使用し、臀部と座面の間に挟み被験者へ不快感を与えないようにします。背もたれの測定には、図1(b)に示した円盤状のプレートを使用し、背中と背もたれの間に配置します。測定中に着席する被験者は、体重55kg(女性5パーセンタイル(以下% tileと記します)相当)および90 kg(男性95%tile相当)が規定されていますが、日本人と比べると、かなり大きな体格の被験者だと言えます。

図1:座面および背もたれの測定機器。(a)はシートパンの図、(b)は円盤状プレートの写真。
図1 座面および背もたれの測定機器

 3方向の床面加速度に対して座面および背もたれで測定された各方向の加速度の組合せについて、振動特性の評価を行います。図2に振動特性の例として床面上下加速度に対する座面上下加速度の伝達率(加速度の大きさの比)と周波数の関係を示します。

図2:振動台による測定結果の例
図2 振動台による測定結果の例

走行試験による測定

 座席を含めた走行中の振動に関する乗り心地の評価法として、欧州暫定規格(ENV12299)に記載されている「完全法」があります。

 この評価法は、床面上下、座面左右、座面上下および背もたれ前後の4種類の加速度を評価に用います。座席の測定には図1に示した計測機器を使用し、被験者は振動台による測定とほぼ同じ体重の2名もしくは50 % tileの体重の2名を必要とします。5分単位で測定した加速度について、所定の処理を行い加速度95% tile値を求め、これを式に代入して快適性を表すNVA評価値を算出します。

 図3に、測定例として同じ座席に50 % tileの男女各1名が被験者として座った場合の測定結果を示します。このNVA評価値を評価区分(測定例の右側に記載)に当てはめると、我が国の乗り心地評価に使われている「乗り心地レベル」のように5段階で快適性の程度を表すことが出来ます。

図3:走行試験による測定結果の例
図3 走行試験による測定結果の例

(人間工学 島宗 亮平)

踏切の一旦停止と安全性

 三年ほど前になりますが、人間科学ニュース(2005年9月号)において、「一旦停止の意味」というタイトルで、当時あった、踏切の一旦停止義務に対する見直しの動きと、一旦停止の是非に関する、慎重な検討の必要性について述べました。

 その後、一旦停止義務が安全性に与える影響について、損害としてのリスクの変動の度合を評価したので報告します。

 まず、一旦停止が安全性に与える影響を、イベントツリー手法により定性的に評価したところ、

  • 踏切出口の先詰まりによる踏切内での滞留
  • 通行直前の警報確認不徹底による無謀進入

の増大が顕著であると判断し、そのうち前者の先詰まりによる滞留について定量的評価を行いました。

滞留可能性の定量化

 定量的評価は、現状と一旦停止義務解除の場合のそれぞれに対して、先行車が停止した場合の、踏切滞留可能性を評価し、比較する方法をとりました。これは、事故、支障自体は、調査ではなかなか再現しないためです。

 現状においては、交通流の多い踏切で、丸一日ビデオ撮影を行う現地調査を実施し、踏切接近時および通過時の通行車の挙動から、進入時の速度、先行車位置、先行車制動時の進出側の余裕の有無を解析することにより評価しました。

 また、一旦停止義務解除時においては、(独)産業技術総合研究所のドライビングシミュレータを用い、踏切を設置したコース上にて、先行車に追従する運転条件下での踏切通過実験により、車間距離および制動距離から評価しました(図4)。

図4:産業技術総合研究所のドライビングシミュレータ
図4 (独)産業技術総合研究所 ドライビングシミュレータ

定量化の結果

 現地調査の結果、踏切進入時の平均速度が5km/h未満の場合には、滞留の可能性が1%程度であるのに対して、5~10km/hでは10%、10km/h以上では20%近くになり、現状で10%程度と判明しました。

 またシミュレータ実験の結果、先行車のブレーキによって、自車がより強いブレーキをかけたと想定しても、滞留の可能性が、30km/hで40%、40km/h以上においては、20%前後となることが判明しました(図5)。低速時に、滞留可能性が高まるのは、停止までの減速時間が短く、車間が開く余裕がないためと考えられます。

 上記の速度別の滞留可能性の評価結果と、踏切の通行速度分布から、一旦停止義務解除により、都市部においては滞留による支障および事故が約2.6倍増加すると考えられます。

 これらの結果は、今後、一旦停止の是非を検討する際の基礎となるデータとして活用できると考えています。さらに、今後、10~30km/hの範囲内での走行についても、滞留可能性の評価を行うとともに、警報開始~遮断開始の間の、直前横断の変動についても評価を行いたいと考えています。

図5:一旦停止義務解除時の滞留可能性
図5 一旦停止義務解除時の滞留可能性

(安全性解析 松本 真吾)

滑りと転倒

水たまりがもたらした災難

 「スーパーの水たまりで転倒、350万払い和解、大阪高裁」・・・ゴールデンウィーク中の新聞にこんな記事が載りました。場所は大阪のとあるスーパーマーケットの店内。買い物客の傘袋から落ちた水で直径数十センチの水たまりができていました。運悪くそこを通りがかった男性客が滑って転倒し、足の骨を折ってしまったのです。裁判になり、店側が350万円を男性に支払うことで和解したとの報道でした。転んだ男性にとってもお店にとってもさぞかし痛かったことでしょう。

 滑りによる事故が裁判沙汰になった例はこれ以前にもあり、例えば池袋駅の地下街で主婦が転倒して股関節麻痺になった事故ではビル管理会社に2200万円の支払い命令が、コンビニ店内で女性が転倒して左腕を縫った事故ではコンビニ会社に115万円の支払い命令が出ています。いずれのケースもその場所の管理者が責任を問われているわけですが、こうした不幸な事故が起こった場合、裁判で責任を問われる順番は、ビル所有者(滑りやすいとわかっていた)、ビル管理者(滑りやすいと気づいていた)、ビル設計者(滑りやすい床材を使用した)、床材メーカー(滑りやすい床材を販売した)、利用者(滑って転んだ当事者)の順になる風潮があるのだそうです(市川,2005)。そうした風潮を考えると、もし駅の中で転倒事故が起こってしまったら、鉄道会社は何らかの責任を問われる可能性が高いといえるでしょう。

駅の歩行安全

 駅の利用客は年齢などが幅広く、その点ではスーパーマーケットと同じです。しかし駅の場合はさらに、駆け足の人がいる、雨の日に床が濡れる箇所がある、ラッシュ時には極めて混雑し人に押されることもあるなど、条件はもっと厳しくなりますから、安全管理にはいっそう念を入れる必要があります。

 では床をうんと滑りにくくすればよいのかといえば、実はそれほど単純な話でもないのです。というのは、滑りにくくし過ぎると今度はつまづきやすくなってしまうからです。そこで滑りにくさと滑りやすさの「丁度いい加減」を見つける必要があります。

転倒事故の起こりやすさを決めるもの

 ところで、転倒事故の起こりやすさはどうやって調べればよいのでしょうか?図6は滑りで転倒が起こる際の身体の動きをコマ送りで描いたものです。歩いている人が足を踏み出したところで足が前に滑り始めた瞬間を起点(0秒)にしています。滑り始めた足は0.2秒後にはかなり前方まで移動し、0.3秒後にはさらに前方に進んで転倒が決定的となります。そして0.5秒後には身体が落下し始めます。

 ここで、踏み出した足が前に滑り始めるかどうか(0秒)を決定するのは、静止した物体が動き始めるかどうかに関わる「静摩擦」です。一方、滑り始めた足がそのまま滑り続けるかどうか(0秒直後~0.3秒)を決定するのは、運動している物体が止まるかどうかに関わる「動摩擦」です。つまり転倒事故の起こりやすさを考える際、初期段階では静摩擦が重要であり、それが転倒に発展するかどうかを決定づけるものとしては動摩擦が重要なのです。ですから転倒事故の起こりやすさを調べるためには静摩擦と動摩擦を検討する必要があります。

 また、忘れてはならないもう1つの要因は人間の側にあります。体のバランスを立て直す能力です。この能力が高ければ、足が滑り始めたとしても転倒に至る前に立ち直ることが出来るからです。一般に高齢者はこの能力が低下していますので、転倒事故に遭いやすいわけです。

 こうした諸条件を総合的に考慮しながら駅の歩行安全に向けた検討を行っています。

参考文献

 市川琢也:『ビルメンテナンス』2005年1月号
 Groenqvist, R.ほか:『Ergonomics』第44巻13号, 2001年

図6:滑りによる転倒が起こる際の身体運動(2001年Groenqvistほか、2001より改変)
図6 滑りによる転倒が起こる際の身体運動(2001年Groenqvistほか、2001より改変)

(人間工学 大野 央人)

顧客満足度調査の特徴と留意点

はじめに

  お客様の満足度の把握は、サービス向上の第一歩であると考えられます。お客様の満足度を把握する方法の1つに、顧客満足度調査があります。今回は顧客満足度調査の特徴と実施する際の留意点について、ご紹介したいと思います。

顧客満足度調査とは

 顧客満足度調査とは、現在のサービスについてどの程度満足しているかをお客様に調査する方法です。質問形式には様々なものがありますが、その中の1つに、図7のような形で、「非常に満足」~「非常に不満」の選択肢の中から選んで頂く形式があります。調査用紙は、様々なお客様に配布するために、駅の改札付近等で配布員が配る方法が考えられます。その他に、もし自社の何らかのサービスに会員登録しているお客様がいる場合には、そのようなお客様に郵送やメールで調査用紙を送付する方法も考えられます。どの配布方法を取った場合でも、回答して下さったお客様の年代、性別、鉄道利用頻度等の分布を確認する必要があるでしょう。

顧客満足度調査の特徴

 顧客満足度調査の特徴は、多くのお客様の評価を数値データとして把握することができる点です。また結果を、鉄道利用頻度や鉄道利用目的等により分けて見ることで、お客様層による違いを把握することが可能です。更に数年おきに実施した場合には、経年変化を把握することもできます。

図7:顧客満足度調査の質問例と回答例
図7 顧客満足度調査の質問例と回答例

顧客満足度調査の留意点(1)

 顧客満足度調査を実施する際には、「いつの時点における満足度を質問するか」を決め、調査用紙に明記する必要があると考えられます。例えば、「普段の利用時の満足度」を聞いた場合と「最近1週間の利用時の満足度」を聞いた場合では、答えが異なる可能性があります。また、「最近の利用の中で最もご不満だった時」について質問するという方法も考えられます。

顧客満足度調査の留意点(2)

 図7のような質問の短所は、どうしてそのような満足度になったかについての情報は少ないことです。これを補うために、可能な場合や特に重要な項目については、「不満」と答えた方に、「不満な理由をお書きください」と質問することが望ましいでしょう。

顧客満足度調査の留意点(3)

 ある製品に対する満足度を質問した場合には評価対象が明らかですが、鉄道の場合は、お客様により利用している駅や時間帯、列車が様々です。例えば「列車の混雑率に対する満足度」を質問した場合に、その方がどの程度の混雑率を念頭に置いて満足度を回答したかは分かりません。したがって、満足度だけでなく、満足度に対応する利用状況(この例の場合では利用列車の混雑率)も質問するか、もしくは それが特定できるような質問項目(この例の場合では利用時間帯や利用区間)を含めることが望ましいでしょう。

おわりに

 今回は、顧客満足度調査の特徴と留意点をご紹介しました。顧客満足度調査によりお客様の満足度を把握することは、サービス向上につながると考えられます。

(人間工学 村越 暁子)

異常時!? まずは脳をだませ! パート2

ハラハラするとドキドキする

 異常時や不安なとき、情動が喚起される(ハラハラする)と心拍数があがります(ドキドキする)。すると、ドキドキに注意が向き、他のことがうまくできなくなります。ここで、ドキドキに対してうまく対処することができれば、不安状態を解消することが期待されます。人間科学ニュース2007年7月号(第150号)(2007年7月)で「深呼吸する」ことが不安状態を解消する効果を持つことを取り上げました。そのカラクリは、意図的に深呼吸(腹式の深呼吸)をすると、脳が「呼吸が落ち着いたから、ハラハラしなくてはならない状態は去った」と勘違いし、交感神経系を働かせる必要がなくなったとして、副交感神経系を活発化させ、不安状態が緩和されるということでした。さて、ドキドキに対処する方法は、他にもあるのでしょうか?

 人間がどのような進化をたどってきたかに関する仮説にそのヒントがありそうです。オリンパス株式会社のWEBサイト中の「オリンパステクノゾーン」第38巻、「人間はどこまで深く潜れるか」を参考として、脳のだまし方・パート2をまとめてみました。

人間はいったいどこから来た??

 人間が人間に進化する過程で一体どこにいたのかが、ドキドキへの対処方法のヒントになります。

 人間は熱帯雨林に住んでいた類人猿が、草原に進出し、進化してきたと考えられています。ただ、Aquatic Ape Hypothesis(水棲類人猿仮説)として、熱帯雨林から草原に来る間、海辺に寄り道をしていたのではないかということも言われています。人間は、いわゆる陸棲の哺乳動物にはなくて、海洋性の哺乳動物が持つ特徴を有していたり、水棲の能力が高かったりするということが、その根拠として考えられています。

 例えば、クジラ、イルカ、アザラシといった、水棲の哺乳動物には体毛がありません。チンパンジーやオランウータンなどの類人猿は全身に体毛を有していますが、人間にはそのような全身を覆う体毛はありません。また、海洋性の動物は、頭・脊髄・後脚が一直線に並ぶという特徴をもっています。人間の体の構造も、これらの動物のように、頭・脊髄・後脚が一直線に並んでいます。さらに、新生児は脂肪組織が多いことから水中で浮力を得やすく、しかも、だれから教わったわけではないのに、上手に泳げるそうです。

 これら以外の特徴として、クジラやアザラシは、水に入ると、心拍数が減少するという機構(浸水反射)を持っています。これは、水のなかでの酸素消費量を抑えるために持つようになったメカニズムと考えられています。陸棲の哺乳動物はこのような反射機構は見られないと言いますが、人間は、この浸水反射の機構を持っているというのです。人間は顔を水に漬けると、心拍数が減少し、毎分30~50回になるそうです。

そこで、再び脳をだませ!

 水棲類人猿仮説が正しいかどうかは、はっきりしませんが、顔を水に漬けると心拍数が減少するということは確かなことのようです。ですから、これを異常時の対処に使わない手はありません。浸水反射による心拍数の減少をもとに、脳が「ドキドキしなくなったから、ハラハラするような状態は去った」と勘違いするということは十分に考えられます。

 したがって、異常時や不安な時には、顔を水に浸けるということが、それを和らげる方法の一つとなります。浸水というと洗面器に水を張ってそこに顔を漬けるというイメージですが、普通に洗面をすることでも同様の浸水反射が現れるようです。

 洗面を、ハラハラすることへの対処法の一つに加えてみてはいかがでしょうか。

顔を水に浸すの図

(安全心理 赤塚 肇)