平成21年度の活動計画

 私たちのグループは、ヒューマンエラー事故の防止を目指して、運転関係従事員の心理的な資質や職務能力、これらに影響するさまざまな条件などを明らかにし、適性検査や作業環境整備、教育・訓練などに役立てるための研究を行っています。

○新運転適性検査の運用システムの開発○

 本テーマは昨年度終了予定でしたが、延長してもう1年続けます。
 新検査である「多重選択反応検査」は、ハード面ソフト面の改良を終了しました。今年度は、販売体制を整え、使用方法についての講習を進めます。
 新しい識別性検査は名称を識別性検査D-1000としました。その中に従来の検査問題と新しい検査問題を含めたものとします。検査冊子は確定しましたので、今年度は販売体制を整えます。また、自動読み取りをするソフトの開発を行います。
 新検査の合格基準については、昨年度データを収集し分析を行いました。今年度も引き続き検討し、適切な合否基準を決められるよう基準ガイドを作成します。

○指差喚呼の効果的な指導法○

 昨年から始めた継続テーマで、来年度終了予定です。昨年度は、注意力や記憶力、覚醒効果、確認効果の高揚や焦燥反応の防止など、指差喚呼が持つと言われる事故防止機能のひとつひとつの効果検証実験を行いました。
 本年度は、これらの結果を踏まえ、指差喚呼の効果を体感するためのソフトウェアを開発する予定で す。

○ヒューマンエラー体験・体感型安全教育手法○

 新規テーマで単年度の計画です。パソコンを用いたヒューマンエラー課題を中心に、自分がエラーをしてしまうことを実際に体験・体感することにより、ヒューマンエラーの問題を自分のこととして捉えられるようになったり、エラー発生条件についての理解を深めたりできるような安全教育手法を開発する予定です。

○異常時対応能力向上プログラム○

 昨年度開発した「異常時対応能力向上プログラム」のブラッシュアップを図ります。
 本プログラムは、昨年度終了した研究テーマ「異常時対応能力向上プログラムの開発」において、列車運転シミュレータを活用した運転士の教育・訓練プログラムとして開発したものです。異常時だけでなく、異常時の対応後、所定の運転に復した時の2次エラーの防止に役立てるためのプログラムです。使用されるシミュレータ課題には、異常時の緊張感や不安といった心理状況を擬似体験できるように、エラーを誘発させる様々なトラップを組み込んでいます。また、運転環境と運転行動のデータを、時間軸または距離軸上に同時に連続的に図示し、客観的に振り返ることのできるフィードバックシステムを開発し、組み込みました。
 本年度は、異常時の対応能力向上に資する情報を整理し、それらを利用しやすくなるようにプログラムを改良していきます。なお、この研究は、本年度終了予定の人間工学の研究テーマ「旅客からみた駅・車内環境の評価技術の研究」の中で実施します。

○コンサルティング・受託活動○

 現行の適性検査に関しては、適性検査員講習会の講師など、コンサルティングや受託に取り組みます。また、新検査についても検査員への教育を行っていきます。
 昨年度、事故のグループ懇談手法を開発しました。これは、事故やヒヤリハットについて現場職員が話し合うことにより、危険情報や事故防止の工夫などを共有し、安全意識を向上させることを目指すものです。このような活動の実施リーダーを育てるための研修や活動の推進に関する相談などを受け付けています。

図1:グループ懇談手法

 また、作業者の危険に対する感受性を向上させ、現場管理者と一般社員とのコミュニケーションを促進させる危険感受性訓練「見るゲーム」について、その作成や実施に関わる技術指導を行います。

図2:見るゲーム

(安全心理 井上 貴文)

平成21年度の活動計画

 現在、人間工学グループでは人間の動作や行動、判断などを評価・予測するためのシミュレーション技術を活用して、鉄道利用者や従業員の安全性と快適性の向上に役立てることが目的とした「ヒューマンシミュレーション技術」プロジェクト関連のテーマを進めています。このほかにも、鉄道事業者や利用者のニーズの多様化に伴い、多種多様なテーマに取り組んでいます。以下、その概要を紹介します。

「ヒューマンシミュレーション技術」プロジェクト関連のテーマ

(1)旅客からみた駅・車内環境の評価
 関連テーマで活用されたあるいは得られたシミュレーション技術を取り入れながら、鉄道利用者からの視点でターミナル駅や通勤列車内の環境を総合的に評価する方法のフレームワークを構築します。そこでこうした評価に有効と考えられる人間の動作、行動、判断などについて知見を蓄積し、シミュレーション技術の個々の活用方法について検討を進めます。

事故時・輸送障害時の対応

(2)列車事故時のサバイバルファクター
 災害や事故で車両への衝撃があった際の被害軽減を目的として、衝撃に対する乗客・乗務員の身体の動きを推定し、安全対策の提案に取り組みます。
(3)輸送障害時における旅客への情報提供
 輸送障害時における旅客の心理状態や経路選択行動の実態調査をふまえ、効果的な運行情報の提供方法を検討します。
(4)見込み情報早期発信・伝達に関する職場支援手法
 運転再開見込み情報を利用者に発信・伝達する立場にある指令員や駅社員が、早期発信・伝達の意義を理解、納得するための職場教育教材を検討します。
(5)通勤線区運転整理案の評価
 輸送障害時の列車ダイヤについて、利用者の立場から定量的に評価する方法を検討します。

運転環境の改善

(6)運転室の体格適合性向上手法
 乗務員の体格向上と女性乗務員の増加など、体格差が大きくなっている現状を考慮し、今後の運転室レイアウトの指針について検討します。
(7)音声を利用した覚醒レベルの評価
 安全な運転には運転士の覚醒を保つことは重要な課題です。そこで運転士の声から眠気を評価する指標の提案を目指します。
(8)運転操縦エラーの予兆パラメータ
 列車運転シミュレータを活用し、運転操作のなかから事故につながる可能性のある予兆パラメータを見出すことで、事故防止対策を検討します。
(9)貨物列車運転士の眠気発生要因の特定
 眠気による運転事故を防ぐことを目的として、眠気の発生実態を調査し、眠気を起こす条件あるいは起きにくい環境を明らかにします。

車内快適性の向上

(10)高周波振動が乗り心地へ及ぼす影響
 今後の列車高速化に伴い、高周波振動が増えると考えられています。そこで、振動騒音評価装置を活用して、高周波域を含む振動と乗り心地との関係を明らかにします。
(11)優等車両用腰掛の長時間乗車の評価
 鉄道車両用腰掛の座り心地評価は短時間で評価されることが多いですが、ここでは優等列車を対象とした長時間乗車に適した評価方法を検討します。
(12)車内各種騒音の評価
 車内には車両走行音、各種機器音など様々な音が存在し、うるさいと感じるのは一概に音の大きさだけでは決まらないと考えられます。このためより人の感覚にあった車内音評価法の提案を目指します。
(13)在来線高速化に対応した車体傾斜の評価
 車体を傾斜して曲線を早く走るシステムの実現を目指し、乗り心地あるいは乗り物酔いを評価する手法を検討します。

列車通過時の周辺環境の改善

(14)高速列車通過時の低周波音の沿線への影響
 列車の高速走行に伴い発生する低周波音が沿線の人に与える影響を調べます。

(人間工学 小美濃 幸司)

平成21年度の活動計画

はじめに

 安全性解析では、鉄道事業者の更なる安全性向上に向けた取り組みの一助となるべく、鉄道のリスク評価に関する研究や、安全管理を支援する活動に取り組んでまいります。

○鉄道のリスク評価支援に向けて

 安全性解析では、鉄道のリスク評価について研究を進めています。鉄道システム全体のリスク評価についての検討とともに、個別分野のリスク評価手法に取り組んで来ました。今年度は以下のヒューマンエラーや地震被害、踏切に関しての研究をまとめる予定です。

○ヒューマンエラーに起因する事象のリスク評価手法

 より効果的な安全対策の策定・実施支援を目指し、保守業務における人的要因(ヒューマンファクタ)を考慮したリスク評価手法の開発に取り組んでいます。
 昨年度は保守作業においてどのようなヒューマンエラーがどのような事故に連鎖してしまうのか、それはどの程度起こるのか等を把握するために、アンケート調査を実施しました。この調査の分析により、優先的に管理すべきヒューマンエラーと管理手法を診断するためのリスク評価手法を提案します。また、職場でのリスクアセスメントを可能とする簡易な支援ツールを開発する予定です。

○地震により想定される被害のリスク評価

 地震に対する対策をより有効に機能させるための一つとしてリスクマネジメントの導入が考えられます。この研究では鉄道事業者におけるリスクマネジメントを支援するために、地震による被害をリスクとして事前に評価する手法を検討しています。昨年度は地震発生から被害にいたる事故進展分析を実施し、事故被害を算出するフローを検討しました。今年度は、他分野で開発した地震危険度解析プログラムと組み合わせることにより、地震被害想定手法を提案するとともに、本手法を用いたケーススタディを実施します。

○踏切のリスク評価

 踏切の安全性を、鉄道側の条件とともに踏切前後の道路状況とそれに伴う踏切横断者(自動車)の交通流も考慮して評価するために、昨年度は踏切調査とデータ分析、リスク評価用のシミュレーションプログラムを開発しました。今年度はこのツールを活用し、幾つかの踏切の安全性と対策効果を評価し、踏切安全性評価手法として提案します。
 また、踏切に関する施策について安全性の定量的評価を実施しています。昨年度は、ある条件において自動車運転手がどのような踏切通行行動をするのかを、産業総合技術研究所との共同研究で自動車運転シミュレーターを用いた実験を実施しました。今年度は更に異なる条件を追加して実験を実施し、リスク評価及び経済評価、環境評価を行う予定です。

○事故のヒューマンファクタ分析を支援します

 各職場等において効率的・効果的にヒューマンファクタ事故分析を実施して頂くことを支援するために、分析手法の考え方や実施方法、活用例等をハンドブックとしてまとめました。また、より多くの方に分析手法を習得していただく為に、各事業者の講習会への講師派遣等を通じて説明の機会を設けて行きたいと思います。

○職場の安全風土評価を支援します

 組織が一体となって安全向上活動に取り組む際には、職場各人の安全に対する意識や人間関係等により醸成される安全風土を的確に評価し改善に繋げることが、重要になると思われます。安全風土の調査・評価の考え方や概要等を説明書としてまとめました。実施につきましては、従来通り各事業者ごとにご希望に対応させて頂きます。

○おわりに

 研究成果を皆様の業務を支援できるものとするためには、鉄道事業者との連携がなによりも大事だと思っております。研究の推進に際しまして、皆様の一層のご理解とご協力をお願い申し上げます。

(安全性解析 柴田 徹)

リスクマネジメントとマーケティング

 本誌では、これまで何度かリスクマネジメントに関することをご紹介してきました。リスクマネジメントは、どちらかといえば「守り」のイメージがありますが、これに対し、「攻め」のイメージでとらえられることが多い組織活動がマーケティングだと言えるでしょう。今回は、リスクマネジメントとマーケティングを比較してみます。

何をするのか

 マーケティングという言葉自体は、ある意味ではリスクマネジメントよりも広く知られているのではないでしょうか。しかし言葉だけが先行し、その内容についてはかえって百人百様の見方がされてしまうという問題もあります。「マーケット(=市場)」という語を含んでいることから、市場調査や市場開発、あるいは営業・販売活動などのような具体的な個々の戦術であると思われがちです。
 マーケティングの定義についてはアメリカマーケティング協会の定義が引用されることが多いのですが、2007年に改定された同協会の定義では、「顧客(カスタマーとクライアント)、パートナー、社会に対し最大の価値を創造し、共有し、供給し、交換するための活動と体制とプロセス」と表現されています。この定義の中には市場調査や営業・販売などの具体的な活動を表す語は含まれていません。
 この状況は、リスクマネジメントについても似ていると言えます。慣例的に、リスクマネジメントは事故防止対策や損失低減対策を意味すると考えられることが多いのですが、JIS規格(JIS Q 2001「リスクマネジメントシステム構築のための指針」)では、「リスクに関して、組織を指導し管理する、調整された活動」と定義されています。定義の中には事故防止や損失低減などは明言されていません。
 もちろん、市場調査や事故防止などの個々の活動は、マーケティングやリスクマネジメントの中で重要な役割を果たすことには変わりありませんが、それだけではなく、関連するさまざまな活動と合わせて全体としてどのようにうまく組み合わせて実行するか、という経営的な観点が強く意識されていると言えるでしょう。

何のためにするのか

 マーケティングの目指すところは、ふた昔前には売上の増大、ひと昔前には市場占有率の極大化にあると考えられていました。しかし先に紹介したアメリカマーケティング協会の定義を見直しますと、「顧客、パートナー、社会に対し最大の価値を創造し、共有し、供給し、交換するため」とあります。顧客、パートナー(共同事業者、従業員、株主など)、社会に貢献するためだと明言しています。これは、近江商人の伝統である「三方良し(買い手良し、売り手良し、世間良し)」と同じと言えるでしょう。
 リスクマネジメントについては、JIS Q 2001で基本目的として「リスクマネジメント行動指針から生じる全般的なリスク低減の到達点」と表現されていますが、その根本となる「リスクマネジメント行動指針」は、「組織の経営資源の保全、社会的責任を果たすなどのリスクマネジメントに関する指針」であるとされています。
 こうして見ますと、マーケティングもリスクマネジメントも自らの利益や保全のためだけにあるのではなく、自社の事業活動が社会への貢献を果たすようにしなければ、その目的は十分に達成されないということができるでしょう。

誰がするのか

 多くの会社ではマーケティングを専門的に担当する部署を設けています。リスクマネジメントについても、特に鉄道事業者では、リスクの中でも重視すべき安全に関する部署として安全推進部や安全対策室などが設置されています。
 しかし、このような部署は会社全体のマーケティング活動、リスクマネジメント活動を統括するのであって、ここに属しない者がマーケティングやリスクマネジメントに関与しないということはありません。当然のことですが、経営幹部から第一線社員まで、全員が事業活動に関与しており、すなわちマーケティングやリスクマネジメントに関与していることができるでしょう。もちろん個々の職務によって関与の形態は異なりますが、「三方良し」の言葉にあるように、自社、お客様、社会など広い視点に立って考え、行動することが求められるということができるでしょう。

(人間科学研究部 藤原 浩史)