線路で死なないために

 鉄道総研には毎年20名余り新人が入ってきます。その中には鉄道(マニア?)知識の豊富な者もいますが、多くは乗客として鉄道を利用するだけで鉄道の実務は全く知りません。そこで、JR数社の新入社員の現場実習に参加させてもらっています。「線路で死なないために」は、私が数年前に軌道技術研究部長をしていた頃、JR現場実習に出る新人に対する事前の安全教育資料のタイトルとして使っていたものです。

 その中では、今でも保線現場で受け継がれている「5 R運動」を紹介しました。Rはレールの頭文字で、安全のために「1.レールの中を歩かない、2.レールのそばを歩かない、3.レールに足をかけない、4.レールに腰をかけない、5.レールは直角に横断する。」の5項目を守ろうというものです。これに鉄道総研版として「補1.線路内で打合せをしない、補2.線路内でメモを取らない、補3.線路内で考えない。」を加え、とにかく「触車したら怪我では済まない。自分の身は自分で守れ。」を強調しました。

 実は、私が国鉄に入社して数年目、保線現場の責任者をしていた時の忘れられない出来事があります。線路の状況を早く覚えようと一人で線路巡回をしていた時に、下を向いてレールを眺めながら当時の劣悪な労使関係のことを考えていました。突然「ピィーーッ!」と警笛が鳴り、顔を上げると機関車が目前に迫っていました。とっさに退避して無事でしたが、この苦い経験があるので、私は絶対に線路では死にません。

 人は間違いを犯すものです。同じ間違いを再び犯すかどうかは、前の間違いの結果の重大度に係っています。事例研究やシミュレータなどの疑似体験を、自分にも降りかかってくる可能性があるのだと意識付けること、これが安全教育の最大の課題でしょう。

(研究開発推進室長 高井 秀之)

事故のグループ懇談による社員同士の経験や工夫の共有

事故のグループ懇談

 現場の最前線で働く社員は、事故やヒヤリハットの経験、注意すべき作業手順や作業個所、気がかりに思う事柄、事故防止のための工夫など(リスク情報)を各自が持っています。このようなリスク情報を進行役のファシリテータを中心に5、6人のグループで話し合うことにより共有しようという活動が「事故のグループ懇談」です。基本的なやり方は、事前に話題として準備した事故やヒヤリハットについて、発生状況、発生原因、防止対策を自分たちの経験を中心に話し合うというものです(図1)。原因のみについて話し合うなど部分的に実施することで2、30分、一通り行うと一時間半ほどで行うことができます。

グループ懇談の有効性

 実際に、事故のグループ懇談をいくつかの職種の現場で実施し(61名)、事後に有効性に関するアンケートを実施したところ、危険感受性の向上やリスク経験の共有などすべての項目で、「非常に効果があった」や「やや効果があった」という意見が多数得られました(図2)。

事故のグループ懇談の導入

 事故のグループ懇談を現場にスムーズに導入していただくため、懇談の手順や工夫をまとめたマニュアルを作成しました(図3)。マニュアルには、事故のグループ懇談の背景となる安全の考え方や活動を促進するためのファシリテータの選び方や心得など、活動を支援する情報も多く含まれています。
 事故のグループ懇談には、「このようにやるべきだ」という堅苦しい規則はありませんが、やり方のひとつの例や開発にあたり現場から得た工夫をたくさん紹介していますので、みなさんの職場に合ったグループ懇談を形作る参考として、ご活用いただきたいと思います。
 マニュアルの購入に関するお問い合わせは、研友社(JR: 053-7500、NTT: 042-572-7157)、またはウェブ(http://www.kenf.jp/book2/groupmanual.html)をご覧ください。

事故のグループ懇談の流れと機能
図1 事故のグループ懇談の流れと機能

事故のグループ懇談後の有効性調査結果
図2 事故のグループ懇談後の有効性調査結果

事故のグループ懇談マニュアル
図3 事故のグループ懇談マニュアル

(安全心理 重森 雅嘉)

列車ダイヤに対する顧客満足度調査

はじめに

 列車ダイヤは鉄道会社にとっての商品であり、お客様にとってより便利でより満足度の高い列車ダイヤの作成が望まれます。では現在の列車ダイヤをどのように改正すれば、お客様にとってより便利でより満足度の高いものになるのでしょうか。この答えを考える方法の1つに、顧客満足度調査(お客様満足度アンケート)があります。ここでは、顧客満足度調査の一例を紹介します。

顧客満足度調査とは

 顧客満足度調査とは、現在のサービスについてどの程度満足しているかをお客様に質問する調査です。質問形式には様々なものがありますが、代表的な形式の1つに、各質問項目について、「非常に不満」「不満」「やや不満」「どちらとも言えない」「やや満足」「満足」「非常に満足」の選択肢の中から1つを選んで頂く形式があります。

調査内容

 列車ダイヤに対するお客様の評価には、列車の混雑、本数、運行時刻の正確さなど、さまざまな側面があります。鉄道総研が行った調査研究により、列車ダイヤに対するお客様の満足度は表1の9種類の評価軸に分類され、その中で特に「混雑度」「列車本数」「正確さ」「速さ」が重要であることが明らかになっています。そこでこれら9種類の評価軸に対応する質問項目を含めれば、列車ダイヤに対するお客様の満足度を網羅的に質問できると考えられます。

表1 お客様の列車ダイヤに対する満足度の評価軸と対応する質問項目
表1:お客様の列車ダイヤに対する満足度の評価軸と対応する質問項目

結果の一例

 ここでは例として、ある路線の昼時間帯の結果を図1に示します。非常に不満=1点、不満=2点、やや不満=3点、どちらとも言えない=4点、やや満足=5点、満足=6点、非常に満足=7点という得点を与え、評価軸ごとに平均値を求めました。その結果、9種類の評価軸のうち「他路線への乗換え負担」と「他路線からの乗換え負担」の満足度が低いことがわかりました。
 このことから、この路線の昼時間帯では、他路線との乗換え時の移動負担や待ち時間の改善が特に求められていると考えられます。

図1:各評価軸の満足度の平均値
図1 各評価軸の満足度の平均値

おわりに

 今回は、列車ダイヤに対する顧客満足度調査の一例を紹介しました。このように顧客満足度調査を実施することにより、お客様は現在の列車ダイヤのどの側面に満足し、どの側面に不満であるかを定量的に把握することが可能となります。

(人間工学 村越 暁子)

視覚障害者誘導用ブロックの検討課題について(2)

視覚障害者誘導用ブロックについての調査WG

 視覚障害者誘導用ブロック(以下、ブロック)は、目の不自由な人の歩行移動を支援するツールの一つです。鉄道駅などの公共交通機関の施設にブロックをどのように敷設するかは「公共交通機関の旅客施設に関する移動等円滑化整備ガイドライン(以下、ガイドライン)」に記載されており、鉄道事業者はこれに従い整備を進めてきました。しかし、具体的な配置が示されていない箇所もあり、敷設管理者が判断に迷うケースや、配置がまちまちであるため視覚障害者が困ることも少なくありません。ガイドラインにおいても今後の課題として記載され、改善の方向を示すことが求められています。
 このため、国土交通省では昨年度、ワーキンググループ(座長:秋山哲男首都大学東京教授、事務局:鉄道総研、交通エコロジー・モビリティ財団)を設置し、ガイドライン化に向けての検討をはじめました。本稿では、このワーキンググループの報告書1)に記載されている内容のうち、駅等の階段と可動式ホーム柵等の設置されているホームにおけるブロック敷設に関する検討について紹介します。

階段と踊り場における敷設方法

 階段における敷設は、転落防止という安全性に関わる部分です。前述のガイドラインでは、階段の上下端部には段差への注意喚起のためにブロックを敷設することになっています。ただし、適切なブロック幅など敷設の詳細までは示されていません。また、踊り場のブロック敷設については記載されておらず、場所によってブロックの有無やその敷設方法は様々です(図1)。踊り場にブロックがないことは「降り段差」に対するサインがない状態ともいえます。踊り場が階段途中で複数回出てくる場合や、踊り場が通常より長い、また、踊り場で階段が分岐するなど変則的なケースもあり、視覚障害者が「ここは踊り場ではない」と誤認した場合が懸念されます。一方、踊り場にブロックを敷設すると、特に踊り場が短い場合、階段から踊り場に降りてきた際に、踊り場の降り段差の前のブロックを階段の終了のそれと勘違いする可能性も考えられます。このため、この箇所における敷設を決めるには、視覚障害者の詳細な行動観察や基礎的な歩行状況に関するデータが必要であると報告書には記載されています。

可動式ホーム柵等が設置されている場合の敷設方法

 可動式ホーム柵のあるホームにおいても敷設の詳細が示されていないため、例えば、可動式ホーム柵付近においてホーム長手方向にブロックが敷設してある場合や、このブロックが無い場合など、敷設パターンは様々であるのが実情です。
 可動式ホーム柵等のあるホームを利用したことがある視覚障害者24名へのヒアリングによると、ホーム柵開口部のブロックについては約7割の人が、また、ホーム長手方向のブロックについては約8割の人が必要であると回答しました。主な理由は「開口部の位置を知るために、また、ホーム長手方向に移動する際の手がかりが欲しい」というものです。ホームから転落する危険性はほぼなくなったわけですが、利便性の観点からブロックを必要とする方が多いようです。

今年度の検討

 今年度も引き続き本課題についての委員会が設置される計画です。鉄道総研でもガイドラインに反映させるべく精力的に取り組んでいく予定です。

参考文献

1) 国土交通省,交通バリアフリー技術規格調査研究報告書,平成21年3月

図1:踊り場におけるブロックの敷設パターンの例(左:ブロック無し右:ブロック有り)
図1 踊り場におけるブロックの敷設パターンの例
(左:ブロック無し 右:ブロック有り)

(前人間工学 水上 直樹)

縦曲線通過時の乗り心地

はじめに

 列車の乗り心地に影響する要因は、走行状態別に分けられ、①一般走行時、②加減速時、③曲線通過時、④分岐器通過時、⑤縦曲線通過時として検討されてきました。この中でも、⑤縦曲線通過時については、列車の走行速度が速くなるにつれて、縦曲線走行時に生じる上下方向の加速度が大きくなることは分かっていますが、他の走行状態の時に生ずる加速度に比較して小さいため、乗り心地に影響する要因としては小さいと考えられてきました。しかし、最近は新幹線の速度向上に伴って、乗り心地に影響する要因として顕在化しつつあります。

縦曲線通過時の加速度

 縦曲線は軌道の勾配変化点の前後に、勾配変化を滑らかにするために設けられている縦断方向の曲線です。縦曲線半径は、車両が曲線を通過する際の上下の遠心加速度、車両限界と建築限界との余裕、地上作業員の視認性などから定められ、一般に在来線では半径2,000m以上、新幹線では半径10,000m以上とされています。
 例えば、半径10,000mの縦曲線を速度250km/hで通過する場合の遠心加速度は0.48m/s2です。同じ縦曲線を速度300km/hで通過する場合は0.69m/s2、350km/hでは0.94m/s2と遠心加速度は速度の2乗に比例して大きくなります。
 直線と縦曲線との間には、緩和曲線を設けなければならないことにはなっていませんので、直線から縦曲線に入る時に生じる遠心加速度は比較的短時間で立ち上がります。また、実際の縦曲線長はそれほど長くなく、速度250km/hでは数秒(4秒以下程度)で通過してしまいます。縦曲線通過時の加速度は、上下方向に作用しますので、体感上は床から浮き上がるような感じや、床に圧しつけられるような感じになります。エレベータの起動時と停止時に同じような加速度が生じていますので、意識を向けてみると感じることができるはずです。

体感評価と物理指標の相関

 縦曲線通過時の乗り心地についての人間工学的な検討例は残念ながら多くありません。これは、例えば、1m/s2程度の上下加速度の検討を行うためには、高さ30m以上のエレベータのような試験装置が必要となるなど、試験環境的にも難しいことが影響しています。筆者も、縦曲線乗り心地に関する走行試験の経験は数回しかありません。このように少数のデータではありますが、体感評価(感じる、感じないの2段階評価)といくつかの物理指標の相関について分析した結果では、表1のようにISO2631のWf周波数補正特性(垂直方向の乗り物酔い用)で処理した結果が体感評価と相関が最も高くなっています。これは、0.2Hz程度の加速度の周波数成分と体感評価の相関が高いことを示しています。また、単発的な揺れに対する乗り心地評価であるため、実効値よりも最大値との相関が高くなっています。

表1 体感評価と物理指標の相関
表1 体感評価と物理指標の相関

乗り心地許容限度

 現在までのところ、筆者の知る範囲では、縦曲線乗り心地について何らかの許容限度を示したものはありません。同じような加速度が生じるエレベータの多くでは1.0m/s2程度の加速度が用いられています。加速度の大きさを見る限りは、縦曲線よりエレベータの加速度の方が大きいことになります。また、ジャーク(加速度の時間微分値)については多くのエレベータでは1.0m/s3程度が用いられています。縦曲線の入出で生じるジャークは、軌道条件、車両条件を反映した実際のデータからでは判別が難しくなりますが、緩和曲線がないためエレベータよりは大きいのではないかと推測できます。

おわりに

 縦曲線通過時の乗り心地は、縦曲線の半径を大きくすることで改善できますが、これはかなり大変そうです。また、車両側の対策で一定の効果が期待できるという研究結果も報告されています。乗り心地改善案の効果を測るためにも、乗り心地評価方法の確立を急ぐ必要がありそうです。

(人間工学 白戸 宏明)

ヒューマンエラーのリスク評価(1)

リスクとは?

 ヒューマンエラーの防止には、安全の仕組みが必要であり、これを強固にするためには、効果的な事故防止対策を検討し、改善を図ることが不可欠です。しかし、対策実施にはコストを要します。限られた時間、限られたリソースの中で有効な対策を整備していくためには、対策の目的と効果に見合った優先順位を判断することが必要です。その際、判断の根拠の一つとなるものが「リスク」という考え方です。
 「リスク」とは、「危険性」すなわち「危険の程度」のことです。「危険」とは、「あぶないこと。生命や身体の損害、事故・災害などが生じる可能性のあること。」です。

リスク・アセスメントの3つのポイント

 確実に発生するかどうかわからないことについて、その発生の可能性や危なさの程度を予測することを「リスク・アセスメント」と言います。アセスメントに必要な要素は次の3つのポイントです。
 ①事故に至る危険な事象(ハザード)の内容
 ②ハザードが発生する可能性の確からしさ
 ③仮にハザードが発生した場合の結果の大きさ
 「事故に至るような危険な事象(ハザード)」(①)には、地震や洪水といった自然条件や機器の故障といった工学的な条件もありますが、ここでは、ヒューマンエラーについて考え、リスク・アセスメントの最初のポイントであるハザードの抽出方法について説明します。

ハザードの抽出方法

 事故に至ると想定されるヒューマンエラー(ハザード)にはどのようなものがあるでしょうか?
 これを考えるための方法は、大きく分けて2通りあります。
 a) 求めている作業の内容や条件から想定する方法
  (つまり、原因から結果を想定する方法)
 b) 実際に発生した事故やトラブルからその原因となっている事象を把握し、一般化して想定する方法
  (つまり、個別の結果から原因を一般化する方法)
 新しいシステムを構築しようとする場合は、a)の方法が適しています。ただし、ヒューマンエラーは作業の内容や条件といった状況要因だけに起因するわけではなく、実際の作業者や作業者が作り上げる職場の雰囲気等が影響します。ですから、作業の内容や条件から網羅的に抽出したつもりでも、後から想定外のエラーが発生したということがないよう、十分な確認が必要です。
 一方、鉄道など、既にある程度の作業実績がある場合は、b)の方法を採用する方が効率的です。ただし、事故やトラブルについて、きちんとその原因となっている事象が把握できていることが、この方法を採用する前提条件です。

事故やトラブル事例からハザードを抽出する

 事故やトラブルの発生までには、小さなミスが幾つも発生していることが多いものです。そのため、的確な分析ができないと、設定ミスや状況知覚のミスなどの最初のエラー(初期事象)にのみ着目しがちであり、「最初のエラーに気づかない」「気づいても正しく処理できない」などのエラー(事後事象)を把握しそびれていることが多いようです。しかも、事後事象は、機器やシステムの支援がなく人間の判断に依存することが多いので、事故の影響を大きくしていることが多いのです。
 このため、実際に発生した事故やトラブルから、事故に至ると想定されるヒューマンエラー(ハザード)を把握する時は、見つけ難い事後事象についても漏れなく把握できるように、事故が発生するまの経緯をきちんと抑えておくことが、重要なポイントです。そして、個別の事故やトラブルの分析結果から得られたヒューマンエラーの内容を一般化するため、分類を行ないます。
 リスク・アセスメントの他の2つのポイント(②発生し易さ、③結果の大きさ)の把握方法については、別の機会に解説いたします。

ハザードの抽出方法

(安全性解析 宮地 由芽子)