平成22年度の活動計画(安全心理)

 私たちのグループは、ヒューマンエラー事故の防止を目指して、運転関係従事員の心理的な資質や職務能力、これらに影響するさまざまな条件などを明らかにし、適性検査や作業環境整備、教育・訓練などに役立てるための研究を行っています。

○指差喚呼の効果的な指導法○

 本年度終了予定です。昨年度は初年度に引き続き、注意力や記憶力、覚せい効果など、指差喚呼が持つといわれる事故防止機能のひとつひとつの効果検証実験を行うとともに、指差喚呼の効果を体感するためのパソコン課題を作成しました。
 本年度は、作成したパソコン課題をベースに、指差喚呼の効果を体感し、その意味を学ぶためのソフトウェアを開発する予定です。また実際に現場において指差喚呼体感ソフトウェアを用いた学習の効果を検証する予定です。


図 指差喚呼体感ソフトウェア

○ヒューマンエラー体験・体感型安全教育手法○

 昨年度始めたテーマです。昨年度は、思い込みによる見間違いなど、条件がそろえば誰でもエラーをする可能性があることを体感するためのパソコン課題とそれらの課題を用いて学ぶ安全教育手法を開発しました。  当初は単年度の計画でしたが、エラーだけではなく違反やエラー防止対策も含めて体感できる課題を増やし、安全を統合的に学ぶことができる教育システムを開発するため、今年度まで延長することにしました。開発する安全教育システムは、パソコン課題によるエラーの体感をベースに、体感したエラーの意味や現場で生じる可能性のある事故との関係を学習者が自ら考えながら学べるものを目指します。

○安全関連情報の効果的な提供手法○

 新規テーマで来年度までの2年計画です。事故速報やヒヤリハット情報の掲示など、現場にはたくさんの安全に関連した情報が提供されています。しかし、提供されるたくさんの情報が単に「見た」「聞いた」で終わってしまうのでは、せっかくの情報が活かされているとは言えません。これらの情報を自分自身に置き換えて考えたり、積極的に事故防止に役立てようと考えたりすることを促すような情報提供手法や情報活用手法を開発する予定です。

○心理検査を活用した安全指導手法○

 新規のテーマで、3年計画の1年目になります。運転適性検査では主に能力面を測定していますが、本テーマでは日頃してしまう失敗の傾向など他の検査も活用できないか、その可能性を検討します。
 また、安全指導のやり方についても検討します。一人ひとりの個性に応じて、異なった指導方法が効果的かもしれません。さまざまな指導方法の長短を検討し、それをどのような場合にどのような相手に有効なのかを整理していきたいと思います。

○コンサルティング・受託活動○

 現行の適性検査に関しては、適性検査員講習会の講師など、コンサルティングや受託に取り組みます。今年度より、一部のJR会社で運転適性検査の自主検査を変更します。新しく導入する検査については、通常の講習会とは別に、各社に出向いて講習を行います。
 また、事故のグループ懇談マニュアルの販売や現場導入の際の支援などを行います。これは、ヒヤリハットや事故の原因や対策を5、6人のグループで自由に話し合うことにより、各自が持つ職場に潜む危険知識や事故防止の工夫などを共有し、安全意識を高める活動です。ヒヤリハット情報を収集しているがうまく活用できない、安全に関する知識・技能継承がうまくいかない、以前と比べて職場内での活発な意見交換が少なくなったなどの問題を抱えている現場はご相談ください。

(安全心理 井上 貴文)

平成22年度の活動計画(人間工学)

 人間工学グループでは、安全輸送を目的とした運転支援に関する研究、事故時の被害軽減対策や輸送障害時の対応に関する研究、快適な車両を目指した旅客が感じる快・不快の評価の研究等を行います。その他、鉄道事業者や利用者のニーズに応じて多種多様なテーマに取り組んでまいります。以下、主な研究について概要を紹介します。

運転支援

(1)運転操縦エラーの予兆パラメータ
 運転事故原因に占めるヒューマンエラーの割合は高く、これを未然に防ぐことが運行安全の向上につながると考えられます。そこで、列車運転シミュレータを活用して、運転操作のなかから事故につながる可能性のある予兆パラメータを見出すことで、ヒューマンエラーを予測する方法を検討します。
(2)貨物列車運転士の眠気発生要因の特定
 貨物列車では夜間の運転や単調な運転などが多く、これまでにも眠気に対する検討が行われてきております。こうした検討には地道な取り組みが重要であり、引き続き眠気による運転事故を防ぐため眠気の発生実態調査に取り組むとともに、眠気を起こす条件あるいは起きにくい環境を明らかにします。
(3)異常時対応能力向上プログラム
 いつもと違った状況において、心理的に不安定になり、ヒューマンエラーを起こし易くなることがあります。運転士がこうした状況下でも、適切な行動がとれるように、シミュレータ訓練の場でこうした状況を疑似体験することで対応能力の向上を図るプログラムの開発を目指します。

事故時・輸送障害時の対応

(4)列車事故時のサバイバルファクタ
 災害や事故で車両への衝撃があった際の被害軽減を目的として、衝撃に対する乗客・乗務員の身体の動きをコンピュータシミュレーションにより推定し、被害発生のポイントを探ります。それらのポイントに対して安全対策を検討し、その効果を評価します。
(5)見込み情報早期発信・伝達に関する職場支援手法
 運転が見合わせになった場合の調査から、旅客がまず運転再開見込み時間を早く出してほしいと望んでいることがわかりました。そこで運転再開見込み情報を利用者に発信・伝達する立場にある指令員や駅社員が、早期発信・伝達の意義を理解、納得するための職場教育教材を提案し、その有効性について検証します。
(6)通勤線区運転整理案の評価
 輸送障害が生じた場合に、運転整理の仕方によっては旅客の不満が高くなることが考えられます。そこで利用者の立場から考えた運転整理を目指した、運転整理案の定量的な評価方法を検討します。

車内快適性の向上

(7)人の感覚特性に基づく車内快適性
 車内の快適性を考える上で車両の振動は重要な要因であり、車両、軌道、走行速度等の条件によって様々な振動が車内に生じます。また、走行音に加えて空調音やがたつき音等の多様な車内の音も重要な対象です。これらの振動や音の快適性への影響は、その大きさ、強さによるだけでなく、その質的な違いにも配慮する必要があります。そこで人の感じ方から振動と音の快適性への影響を適切に評価できる指標の開発を目指します。
(8)高周波振動が乗り心地へ及ぼす影響
 今後の列車高速化に伴い、走行時に車両の高周波振動が増えることがわかってきました。その周波数帯は可聴域にも達するもので、新たな乗り心地の課題と考えられております。そこで、その周波数域に着目した乗り心地改善を目的として、振動と乗り心地との関係解明に取り組みます。

沿線環境への対策

(9)高速列車通過時の低周波音の沿線への影響
 新幹線列車の高速化に伴い低周波音が発生し、沿線住民に影響が出ることが懸念されます。その中の1つの検討課題として低周波音による建具のがたつきが生じる可能性が考えられており、がたつき音が人に与える影響について実験的に調査し、事前の防止につなげます。

(人間工学 小美濃 幸司)

平成22年度の活動計画(安全性解析)

安全性解析では、鉄道事業者の更なる安全性向上に向けた取り組みの一助となるべく活動を進めていきます。平成22年度は特に以下のような鉄道のリスク評価に関する研究、講師派遣等に取り組んでまいります。

○鉄道のリスク評価の充実

 鉄道のリスク評価について研究を進めてきております。運転士や保線作業のヒューマンエラーに関するリスク評価手法を提案すると共に、鉄道システム全体のリスク評価等に取り組んで来ました。今年度は鉄道におけるリスク評価手法の充実を目指して、以下の研究に着手いたします。

社会的認知を考慮したリスク評価手法

 リスク評価では、ある事象に対するリスクを「起こりやすさ」と「危害の程度」の組合せとして評価しています。しかし同じリスクであっても、受け取る側の状況、属性、時期などにより、リスクの受け取り方が異なる事態が生じます。つまり同じリスクでも、より大きく受け取られる場合や、より小さく受け取られる場合があります。そのため、鉄道事業者がリスク評価の結果およびこれを用いた安全施策・安全投資の十分性等を社会に対して説明しようとする際には、社会一般のリスクの受け取め方(社会的認知)について事前に検討・予測しておく必要があるのです。
 そこで、リスク評価に「起こりやすさ」と「危害の程度」と共に社会的認知を考慮したリスク評価手法について検討を始めます。本研究により、リスク評価のより実践的な活用が可能となります。

ヒューマンエラーのリスク評価手法

 ヒューマンエラーに対する、より効果的な安全対策の策定・実施を支援することを目指し、運転業務と保守業務における人的要因(ヒューマンファクタ)を考慮したリスク評価手法を提案しております。
 今年度からは指令業務を対象として調査・分析を開始します。本研究では、どのようなヒューマンエラーが発生し、どのような事故に至ってしまうのか、どの程度起こるのか、さらに防止するにはどのような対策が有効なのか等を評価するリスク評価手法を提案します。

○安全性向上にむけた活動の支援

 これまでの研究成果を活用して、以下のような安全性向上にむけた活動の支援を行っていきます。

ヒューマンファクタの事故分析

 ヒューマンファクタに起因する事故やトラブル等につきまして、各職場等で効果的な事故分析を支援するために、分析手法の考え方や実施方法、活用例等をまとめたものをハンドブックとして販売しております。また、各事業者における講習会への講師派遣等を実施し、分析手法につきまして説明の機会を 設けて行きたいと思います。

職場の安全風土評価

 組織が一体となって安全向上活動に取り組む際には、職場各人の安全に対する意識や人間関係等により醸成される安全風土を的確に評価し改善に繋げることが、重要になると思われます。安全風土の調査・評価の考え方や概要等を説明書としてまとめました。実施につきましては、各事業者ごとにご希望に対応させて頂きます。

踏切の安全性評価

 設備情報を活用した踏切安全性評価手法と、設備情報だけでは評価が困難な踏切前後の道路状況や、踏切横断者(自動車)の交通流等の状況を分析するシミュレーションプログラムを開発しました。踏切の安全性評価や安全対策の事前評価等、鉄道事業者の必要に応じて分析・評価を支援いたします。

○おわりに

 研究成果を皆様の業務で活用できるものとするためには、鉄道事業者との連携がなによりも大事だと思っております。研究の推進に際しまして、皆様の一層のご指導とご協力をお願い申し上げます。

(安全性解析 柴田 徹)

分かっていても…?見えていても…?

「構え」

 私は大学時代ペルシャ語を専攻していました。ペルシャ語になじみのある人は少ないと思いますが、右から左に文字を書きます。ペルシャ語にもだいぶ慣れてきた頃、横書き用のノートに英語を書こうとして右側から書き始めてしまい「あれ?」と戸惑った経験が何度かあります。私の中で「日本語以外の時は右から」という「構え」が出来ていたようです。
 「構え」とは、「ある特定の状況に対して予期したり行動の準備状態を取ることや、認知や反応の仕方を予め一定方向に持つこと」1)をいいます。
 この構えによって、特定の反応が早く生じやすくなる事があります。例えば、毎回同じ位置に重要な情報が現れることが分かっていればそこに注意をして、あらかじめどう反応するのかを準備しておく、つまり「構え」を作っておくことが可能です。
 一方で、その構えに合わないものに対しては反応が遅くなってしまったり、見逃してしまったり、誤った反応をしてしまう事があります。
 日常生活の中では全てが予定通りに進むとは限らず、イレギュラーな事も起こります。ある「構え」ができているところにイレギュラーなことが起きると、予期したり準備していた行動をとらないように注意しながら(抑制しながら)、かつその状況を理解して反応しなくてはならない為、反応が鈍ってしまう可能性もあります。ボーっとしていたり、焦っていたりすれば普段とは異なる状況であることにすら気づかずに誤った行動を取ってしまうかもしれません。

見えているのに見えていない

 ここは重要だぞ!!気をつけよう!!と思っていても人間には限界があります。例えば、重要な情報がどの位置に現れると予め分かっていて注意をしていても、必ずしも全てを検出できるとは限りません。例えば、一時期TVでもよく取り上げられていた「アハ体験」では、絵や写真が徐々に変化していき、「どこが変わったでしょう?」と間違い探しのようなことをやります。変化したところがあるのは分かっているのになかなか見つけられません(チェンジブラインドネスという現象)。しかし答え合わせで2つの写真や絵を連続して見せられるとどこが変化したのかは「Ahaaa!!」とすぐに分かります(違っている所が動きとして知覚される)。同じ絵なのに見かた(見せ方)によって変化に気づきやすかったり、気づきにくかったりします。
 また、情報が次々と登場する場合には、特定の情報が検出できないこともあります。これはアテンショナルブリンク(注意が瞬きするという意味)といい、一つ目のターゲットの検出から0.5秒間は2つめのターゲットの検出率が下がるというものです。ターゲットが多すぎる場合には見逃してしまう事もあります。幾ら集中していても次々に情報が出てきてしまっては全てを検知することはできません。
 また、1つのターゲットを検出するとそのターゲットと同じ位置に現れるものの検出が遅れるという現象も研究によって明らかになっています。

おわりに

 人はエラーを起こすものであり、いくら注意していても起こってしまいます。そのようなものの中には、人の認知特性上起こるべくして起こっているものもあるかもしれません。このような人の認知特性に応じたエラー対策について研究していきたいと思います。


図1 チェンジブラインドネスの例2)

参考文献

1)有斐閣 『心理学辞典』
2)石口彰(著)キーワード心理学シリーズ 視覚
  (答え合わせ:道の左側の木の形が違う)

(安全性解析 中村 竜)

社会的手抜き チーム作業の落とし穴

 皆様の職場では、チームを組んで職務を遂行することがあると思います。チームを組むことで、チームメイト同士で欠点を補ったり、チームメイトにそれぞれ得意な分野の仕事を割り振ったりして、仕事の効率を高めることができます。しかし、チーム作業にはこのようなメリットだけではなく、デメリットも存在します。今回は、そのデメリットの1つである「手抜き」について解説しようと思います。

複数人になると手を抜く!?

 皆様は、チームを組んで仕事をする時にどのような心構えで臨みますか?一般的にチームを組んで仕事をする時の心構えには、他のチームメイトを補佐して頑張ろうとする傾向と他のチームメイトに頼ろうとする傾向があるといわれています。チームメイト全員が「頑張ろう」と思っていれば、非常によい仕事をすることになるでしょうし、チームメイト同士で過度に依存し合っていれば、そのチームはミスを連発し仕事の質も低下すると考えられます。
 ラタネという人は、拍手課題と発声課題によって、チームを組むと人々は手を抜いてしまう傾向があることを示しました。ラタネは、被験者にできるだけ大きな音がなるように拍手すること(拍手課題)、または、できるだけ大きな声で叫ぶことを求めました(発声課題)。拍手または発声する時には、被験者1人で行う場合と被験者がチーム(2人、4人、6人のいずれか)で行う場合があり、その音の大きさ(音圧)を測定しました。
 当然ながら、音の大きさを比較すると、1人で課題を行った場合よりもチームで課題を行った時のほうが大きな音が出ます。この結果自体はそれほど面白いものではありません。しかし、これを被験者1人当たりが出した音の大きさで比較すると面白いことが分かってきました。普通に考えれば、チーム全体での音の大きさが大きくても、1人当たりの音の大きさで比較すれば、被験者1人で課題を行った場合とそれほど変わらないはずです。しかし結果は、チーム人数が増えれば増えるほど、1人当たりが出す音の大きさは、小さくなっていったのです(図を参照)。ラタネは、この現象は被験者の「手抜き」によるものだと考えました。
 皆様の中には、被験者による「手抜き」というラタネの解釈に、疑問を持たれた方もおられるかもしれません。なぜなら、多人数で音を出すと、お互いの音が干渉するため、人数倍の音よりも小さくなる可能性が考えられるためです。しかし、その後の研究で、音の干渉が起きないように実験環境を整備しても、チームを組むと1人当たりの出す音の大きさは小さくなることが確認されています。

社会的手抜きとチーム作業

 このように、チームを組むことで1人あたりの力が低下してしまう現象は「社会的手抜き」と呼ばれます。この社会的手抜きは心理学の分野で研究がなされており、様々な状況下で生じることが確認されています。社会的手抜きが生じる理由は複数あるのですが、その1つとして考えられている理由は、他者依存です。“自分が怠けてもチームメイトがフォローしてくれる”という油断から生じるといわれています。
 基本的には、チーム作業は仕事の効率を高めるのに有効な手段です。しかし、チームメイト同士が過度に依存してしまうと、チームを組むことでの効力を十分に発揮できなくなります。皆様は、チーム作業をする時にチームメイトに過度な依存をしていませんか?逆に、他のチームメイトから過度な依存をされていませんか?チーム作業について、今一度振り返って、考えてみてはいかがでしょうか。


図 1人当たりの音の大きさ
Journal of Personality and Social Psychology,
1979, Vol. 37, p825より引用(一部改編)

(安全心理 佐藤 文紀)