リスクに備える

 我々の身の周りには様々な危険源が潜んでいる。職場から帰宅する場合を例にとっても、駅に向かう途中に交通事故にあわないか、駅の階段で転ばないか、電車に乗って運よく座っても乗り過ごさないか等、いろいろ思い浮かぶ。
 鉄道における列車運行という観点からみても、様々な危険源がある。線路内や踏切への障害物の侵入、駅利用者のホームからの転落、運転取り扱いや保守作業のミス、制御機器の故障、地震、大雨、強風、雪崩などの自然の外力が鉄道へ与える影響、などなどである。各鉄道事業者は、それらが重大事故につながらないように安全対策を講じ、現在の鉄道の高い安全性を実現、維持している。
 事故を未然に防いだり、その被害を最小限にしようとするための手法としてリスクアセスメントがある。事前にどのような危険要因があるのか洗い出し、それらの発生する確率と発生してしまった時の事故の規模(この組み合わせをリスクという)を予測し、そのリスクが許容できるレベルかどうかを評価する。許容できない場合は、対策を講じて許容できるレベルになるまでこの手順を繰り返す。大きなリスクに対して事前に対策をとり、許容できるリスクのみが残るようにし、安全を確保しようとする手法である。
 残念ながら、人間は間違えることがあり、機械は故障することがあり、また、思った通りに事が運ばないことが多い。事前にそのような問題点とその影響を明らかにし、それらが問題ないレベルまで対策を講じておくリスクアセスメントの考え方は日常の業務においても広く使える手法だと思う。

(研究開発推進室長 渡辺 郁夫)

鉄道総研式安全態度診断のリニューアル

はじめに

 鉄道総研式安全態度診断(以下、安全態度診断)は、人間科学ニュースの前身である労働科学ニュースNo.3(1988年2月1日発行)にその概要を掲載したように、24年前の1987年に実用化したものです。今回、光学式マーク認識(Optical MarkRecognition、以下OMR)による回答処理の部分と、安全態度診断の心臓部であるプログラムの改修を行いましたので、安全態度診断の概要と改修内容について紹介いたします。

安全態度診断とは

 安全態度診断は、自分自身の特徴を知って運転事故や傷害事故の防止に役立ててもらうためのものです。運転適性検査のように「合格」「不合格」という使い方をするものではありません。例えば、「健康には自信がある」とか「物事をこつこつ粘り強くやるほうだ」などの110個の質問に対して「はい」か「いいえ」で所定の回答用紙に回答するだけで、ヒューマンエラーによる事故や災害のもととなる、「情緒」「意思」「社会性」「行動性」「安全態度」の5つの個人特性に関する10項目の評価と事故防止上のコメントを図1の様式で受診者にフィードバックするものです。診断はコンピュータによって行いますが、10項目の評価と事故防止上のコメントは受診者の属する職種を基準とするため、動力車乗務員、施設・電気、検修・工場など全部で8つの職種に対応しています。

今回の改修について

 今回の改修の目的は、安全態度診断システムを現在の汎用的な動作環境へ適応させることが主目的となっており、汎用的なWindows OSパソコン+スキャナ+プリンタというシステム構成となっています。
 受診者から見て以前と大きく変わった部分は、質問・回答用紙です。以前の回答用紙は、人間科学ニュース2010年11月号5頁に掲載されているOMR専用用紙で、この他に110個の質問を書いた用紙があり、質問と回答が別葉のため、記入時にミスする可能性がありました。今回の改修では、図2のように質問と回答を並べた質問・回答用紙としました。また、紙質はどこにでもある普通紙を使用しています。

おわりに

 安全態度診断の実施に要する時間は、説明などを含めてわずか30分程度です。今までに運転係員を中心に1万人以上の方に受診していただいており、今後も事故防止のために安全態度診断を活用していただければと思います。
 ご興味のある方はお問い合わせください。

  • 図1 安全態度診断結果のお知らせ例
    図1 安全態度診断結果のお知らせ例
  • 図2 回答用紙における質問と回答の配置例
    図2 回答用紙における質問と回答の配置例

(人間工学 白戸 宏明)

社会的手抜き3 社会的手抜きをどう防ぐ

 167号と、172号とでは「社会的手抜き(作業者同士が依存し、一人あたりの作業量が低下すること)」についてお話しました。今回もそれに関連したお話をさせていただこうと思います。
 「社会的手抜き」の話を聞いて、まず考えることは防止策だと思います。それには、「社会的手抜き」の特性を知る必要があります。例えば、どんな時に「社会的手抜き」が抑制されるかです。それを考える上で、カラウ(Karau. W)らの行った興味深い実験があります。

「社会的手抜き」の逆転

 カラウらは、被験者に、「ナイフ」の使い方について12分間で出来るだけ多くアイディアを出すことを求めました。実験は2名でペアーを組んで行われ、単独条件と共同条件がありました。どちらの条件も、アイディアを1名で考える点は同じでしたが、評価の仕方の教示が異なりました。単独条件の場合は、アイディア数が各人の得点になると教示されました。共同条件は、2人のアイディアの合計数がグループとしての得点になると教示されました。
 さらに、ペアーの相手(同じ組のもう一人の被験者)について、その人がアイディアを出すことが「不得意である」と知らせました。ここで知らせた情報は、実験者があらかじめ決めたもので、実際の能力ではありませんでした。
 もし、「社会的手抜き」が起きれば、単独条件よりも共同条件の方がアイディアの数は少なくなるはずです。図1に各条件でのアイディア数の平均を示しました。これを見ると、共同条件の方がアイディア数が多いことが見てとれます。「社会的手抜き」から導き出される予測とは真逆の結果になりました。
 なぜ、ペアーの相手が「アイディアを出すことが不得意」と被験者に伝えたときに、「社会的手抜き」の逆転が生じたのでしょうか。その理由の1つに被験者の課題に対する動機が考えられます。単独条件の場合は、自分のアイディア数で評価されますので、相手の得点は自分の成績には影響がありません。しかし、共同条件の場合は、相手と自分の合計得点として評価されますので、相手の得点が低いと自分の得点も低くなってしまいます。そのため、相手の「不得意」分をフォローしようと動機が働いたために、成績が良くなったと推測できます。

「社会的手抜き」を防ぐために

 私は、小学生の頃にカラウの結果と似た経験をしました。クラスでは、忘れ物防止のために、「忘れ物シール制度」というものがありました。これは、忘れ物をするごとに「忘れ物帳」にシールを1枚ずつ貼っていき、そのシールの枚数が班ごとに集計され、シールの多い班はペナルティーとして、トイレ掃除が科せられるというものです。班のメンバーを決めるのは、担任の先生でしたので、班決めの際には神にも祈る気持ちで、忘れ物の多い人とは同じ班にならないように願いました。ところが、忘れ物の多い人たちと班になっても、トイレ掃除になりませんでした。忘れ物の多い人たちをフォローするために、いつも以上に気をつけるようになったからです。
 今回は、仲間をフォローしようとする動機が「社会的手抜き」を抑制するというお話をしました。カラウの実験と私の体験談に出てくる仲間は頼りない人で、皆様の作業仲間とは違うと思われるかもしれません。しかし、過信は禁物です。どんな人でも時には調子を崩し、本来の力を出せない場合があるからです。常日ごろから、お互いがお互いをフォローし合う関係を意識することが「社会的手抜き」を防ぐ手段の一つであると思います。

  • 図1 各条件のアイディア数(下記文献より作成)
    図1 各条件のアイディア数(下記文献より作成)

参考文献

Karau, Williams: The Effects of Group Cohesive-ness on Social Loafing and Social Compensation,Group Dynamics: Theory, Research and Practice Vol.1, pp.156-168, 1997.

(安全心理 佐藤 文紀)

放射線の影響を考える

はじめに

 みなさまご承知の通り、今回の震災では、福島の原子力発電所が「想定外」の状況によるメルトダウンに至り、これまでに例のない災害に直面することとなりました。ただし、「例のない」といったのは原子力発電所の壊れ方であって、放射線・放射能への被ばくという観点からは少し違う見方ができるかもしれません。多量の放射能が放出されましたが、大変残念な高濃度汚染地域を除けば、もともと環境から人が被ばくする放射線レベルと比較して、放射能の汚染による被ばく量の増加はそう大きなものではなく、「低線量」といわれるレベルであると考えられます。鉄道総研で進めている電磁界の健康影響評価の考え方にも通じるところがありますので、ここでは、この「低線量」の実際的な意味を考えてみます。

原発事故による汚染レベルを考える

 今回の事故に伴う空間放射線量としては、東京では最大で1時間当たり0.146μSv(マイクロシーベルト)程度が3月23日に測定されました1)。それ以前と比べ、約0.1μSv程度の増加となります。ここでは、これをもとに考えてみましょう。
 まず、このSvという単位は、生物組織への影響の程度で重みづけをした放射線被ばくの単位です。その程度は、短時間に400万μSvを浴びると半数の人が死亡、100万μSvで吐き気などの症状、50万μSvでリンパ球の減少などの症状が見られます。一方で、10万μSv以下ではすぐに確認できるような症状はありません。ただし遺伝子に傷害が起きる場合もあり、発がんなどの懸念が消えるわけではありません。
 さて、東京を例として、今回の事故による被ばく増加量を考えた場合、1日24時間、365日外にいたと仮定して、その被ばく量は0.1μSv/h×24(時間)×365(日)=876μSvとなります。実際には、日本において環境(医療、食品、空気等)由来の放射線への被ばくが平均3,800μSvとのことですので、増加する被ばく量は決して大きくはありません。
 また、仮に5千倍の濃度(500μSv/h)の放射能汚染があった場合、1年間での積算値は致死量の400万μSvを超えます。しかし、実際には生体には強力な防御・修復機構が備わっているため、1年間浴び続けた時点でも、すぐに死に至る状況にはならないと考えられます。つまり、長期にわたり低いレベルを浴び続ける場合は、短期で大量に浴びるよりも影響が起こりにくくなると言えます。

他の事柄と置き換えて理解を進める

 今回の事故では、私たちの「想定外」に、放射線の健康影響を理解する必要が生じました。しかし、その程度をいきなり実感せよと言われても難しい話です。ここでは、もう少しわかりやすい例、例えば、身近にあるアルコールに置き換えて考えてみましょう。アルコールは国際がん機関の分類では「人に対して発がん性あり(Group1)」とされ、毒性も強く、標準的な成人の致死量は約400ml前後です。30分以内にこの量を飲むと、血中濃度が0.4%前後となり、中枢神経系の抑制により死に至ります。一方、この1/10の血中濃度(ビール1L程度)では、丁度良いほろ酔いとなります。では、このビールを低濃度で飲んだ場合はどうでしょうか。仮に放射線と同じように考えた場合、400ml÷365(日)≒1ml/日、一日一回ビール20ml程度ですが、このビールを更に1Lの水当たり1ml入れて毎時間飲むようなものだと言えます。この場合、1年間欠かさず飲み続けても、急性アルコール中毒で死ぬことはなく、実際血中濃度の増加(酔い)もほとんど起こらないと思われます。
 アルコールと放射線が全く同じとは言えませんが、このように考えると、今回の事故による低線量被ばくの健康影響の程度が理解しやすくなると思います。

「想定外」というリスク

 今回の津波や事故では、「想定外」という言葉が飛び交いました。しかし、身の回りに突然生じるリスクに対して、「想定外」だとつぶやいても、状況が変わり不安が消えることはありません。今回は、放射線をアルコールに置き換えて考えてみましたが、リスクへの理解力や対応力を育むために、日頃から個人的に様々な「想定」をして、「想定外」の状況が生じない努力をすることは大切なことです。

参考文献

1)東京都健康安全研究センター:都内の環境放射線量調査、 http://monitoring.tokyo-eiken.go.jp

(生物工学 池畑 政輝)

運転データ分析 航空業界での取り組み

はじめに

 鉄道車両には「運転状況記録装置」の搭載が義務付けられています。当初は事故調査を目的としていましたが、近年、この装置から得られるデータを運転士のエラー防止や技能向上に役立てる方法が検討されています。エラーに関わるデータを収集・分析し安全運航に役立てようという取り組みは航空業界で盛んに行われており、運航品質保証(FOQA;FlightOperational Quality Assurance )と呼ばれています。ここでは、FOQAの概要を紹介し、鉄道への応用可能性について考えたいと思います。

運航品質保証 (FOQA)

 FOQAとは、日常運航を通して機体の速度や高度、パイロットの操作等のデータを収集し、そのデータから不安全な事象を抽出・分析して、将来の運航の安全性を向上させていくための取り組みです(図1)。
 データ分析には2つの方法があります。規定値からの逸脱を抽出する“超過解析”と定常的な測定を通して傾向を把握する“統計解析”です。超過解析では機種別に起こりやすいインシデントを特定したり、インシデントの起こりやすい空港や路線を把握したりできます。その結果を紹介レポートで周知させており、ハード・ランディング等のインシデントの減少が報告されています。統計解析では当該フライトのデータを今までに蓄積された大量のデータと比較することで、当該フライトの傾向を把握することができます。乗務員が希望した場合には運航データを閲覧することができ、最近では着陸時等の再現アニメーションで自らのフライトを動画で見ることもできるようになっています。

鉄道への応用可能性

 航空業界での取り組みを鉄道に応用する場合には次の3点が考えられます。

(1)インシデント分析の客観的データ

 現在行われているインシデント報告書の分析に加えて、運転状況記録装置のデータを活用すると客観的なデータを基にインシデントの分析ができるようになると考えられます。インシデント報告書では、原因が「うっかり」や「ぼんやり」で、対策が「気をつける」となってしまうことが少なくありません。特に当事者は状況を客観的に分析できず、自らの責任だと強く感じてしまうこともあります。再発防止のためには、個人の責任追及ではなく客観的なデータに基づく原因の究明が重要です。

(2)日常運転データの統計分析

 蓄積された日常の運転データを分析することによって、停止位置と駅進入速度の関係といった運転の特徴を把握できるようになると考えられます。例えば、停止位置不良を起こしやすい駅で日常的に駅進入速度が高いという傾向があった場合には、ブレーキをかける時機の目印の見直しや標準運転曲線の修正といった対策が立てられます。

(3)技能向上のための自己研鑚の材料

 運転士の技能向上のための材料になると考えられます。例えば、運転士個々が自らの運転曲線を見ることで、問題点や習慣(癖)を知る手掛かりになります。ブレーキをかける時機が早くて駅を低速で走行してしまう傾向があるといったことが把握できるようになります。このことは、運転操作データと前方映像等を同時に見ることによってより効果的になると思われます。

おわりに

 ここではFOQAの鉄道への応用可能性について考えました。データを収集することは重要ですが、データを集めただけで対策が立てられるわけではありません。収集されたデータから効果的な対策を立案するための仕組みづくりは今後の研究課題です。

  • 図1 FOQAの概要
    図1 FOQAの概要

(人間工学 鈴木 大輔)

異常時の安全確保―フェールセーフを実現するために―

 今年は計画停電が実施され、普段とは違う生活を経験されていると思います。停電時は電化製品が使えず不便ですが、不便なだけでなく、その仕組みによって危険側に傾く場合があります。そこで、異常時に発生する問題にも対策を講じることが必要です。例えば鉄道では、停電の際、架線への電気の供給がストップするため、電車は動力源がなくなり、停止する仕組みとなっています。停止すれば、衝突や脱線という危険がなくなるため、鉄道は、停電時に安全を確保する仕組みができています。
 このように、停電や機械の故障などの異常時にも事故が起きないよう、安全側に制御することをフェールセーフと言います。ここでは、フェールセーフを実現するための異常の検知について解説します。

異常の検知

 例えば、気温が35℃を超えると猛暑日(異常)を検知して警報を鳴らす装置があるとします(図1)。
 ここで、異常を検知する方法には2種類あります(図2)。1つは、センサを用いて気温の変化を監視し、35℃以上になるとセンサが作動して警報を鳴らすというものです。つまり、「異常だ」ということを検知する方法です(方法A)。もう1つは、気温を監視し、35℃未満の場合に、センサが作動して警報が鳴らないようにし、35℃以上になると、センサが停止して警報が鳴るというものです。この方法は、安全であることを確認し、安全が確認できない時を異常と判断します(方法B)。

  • 図1 猛暑日を知らせる装置
    図1 猛暑日を知らせる装置
  • 図2 センサの働きの違い
    図2 センサの働きの違い

センサの働きの違い

 図1の装置の動作は見かけ上、方法Aと方法Bは、どちらも35℃で警報が鳴り、違いが無いように思えます。しかしセンサの働きが違います。
 方法Aは、「異常が起きたから警報を鳴らせ」と指示を出すのに対し、方法Bは、「今は安全だから警報を鳴らすな」と指示を出します。ここでは、センサが出している指示の違いがポイントです。

センサの故障時

 センサが故障した場合を考えてみると、方法Aの場合、センサが故障すると、気温が35℃を超えても、センサはこれを検知できず、指示が出ないため、警報は鳴りません。これに対して方法Bは、気温が35℃未満であることが確認できず、指示も出ないため、警報が鳴り続けることになります。つまり、方法Bは気温に関係なく異常を検知し続けるということです(図3)。
 故障が起きているので、どちらの方法も装置としては誤った動作をしているのですが、方法Aは、全く異常に気付けなくなってしまうため危険です。逆に方法Bは、常に異常とするので、実は異常ではない場合はありますが、異常に気付くことができます。このことから方法Bの方が安全です。
 フェールセーフを実現するには、方法Bのように、安全を確認して指示を出す仕組みが必要です。この方法を「安全確認型」と言います。鉄道では、最初の停電の例や軌道回路など、安全確認型の設備がすでに導入されています。

  • 図3 センサ故障時の動作の違い
    図3 センサ故障時の動作の違い

 皆さんも計画停電の経験をきっかけに、身の回りの検知方法はどうなっているか、安全について考えてみては、いかかでしょうか?

(安全性解析 鏑木 俊暁)