安全と信頼

 起きてはならない大事故が発生した。福島第一原子力発電所の事故は安全と安心を考える上で、新たな課題を提起した。安全はISO、JISに示されるように、「受け入れ不可能なリスクがないこと」と定義される。リスクを推定するためにはハザードを特定し、ハザードの発生確率を算出し、リスクを評価する一連のプロセス、すなわちリスクアセスメントによって行われる。それらのリスクを算出する設計思想がキーポイントだ。安全設計には、本質安全と機能安全の考え方が欠かせない。本質安全はリスクをなくす構造を採ること。機能安全は装置等を付加することによりリスクを軽減することである。今回の事故とその後の対応に際して、安全の維持に重要なリスクの正当な評価についての対応と表現が気になった。「想定外」、「ただちに影響はない」、「公表すべきだった」との表現である。
 原発で水素爆発を引き起こした直接の原因は、燃料を冷却する電源が長時間にわたり喪失させたことによる。長時間の電源損失を想定していなかったとの説明が事業者から発表されたが、そのようなリスクを想定しなかった原発システムの設計に対して問題が提起されている。原発では国の安全指針に従って、機能安全設計による異常事態の防護はなされていたと推察するが、想定するリスクが存在して初めて安全対策がとられるものだ。
 放射線による被曝のリスクの大きさと、影響を表現する際に頻繁に使われた「ただちに影響はない」との表現は、将来にわたるリスクアセスメントを行っていないことを婉曲に述べたのであろうが、将来への不安を助長させたのではないか。事故への関係者の対応に関して、国民は信頼を感じたであろうか。情報の正しい発信が行われているか否かは、発信元に対する信頼を左右するようだ。
 公表すべきことを伝えなかった例も明らかにされた。NHKによると放射能影響予測ネットワークシステム(スピーディ)の拡散予測データの迅速な公表が見送られていたという。その理由として、公表される結果が引き起こす影響を懸念した、計算に使用する放射性物質放射量など基礎データを収集できなかった、などと報道された。事故の発生が想定されないためにリスクも想定されず、技術を結集した高度なシミュレーションがリスク低減のために有効に機能しない例になった。
 科学的調査に基づくリスクの想定とアセスメント、それらを根拠とする安全設計、正しい情報の迅速な公表は、安全の維持と信頼の確保に必須であると思う。鉄道の研究開発を推進する私たちは、鉄道の運営で最も優先すべき安全の維持に必要な本質点を、この事故から学ばなければいけない。
 今回、技術的な検証に加え、組織事故の観点からも事故の総括的検証が政府に設置された原発事故調査・検証委員会で行われている。事故の再発防止はもとより、今後の日本の社会・産業の安全を向上するためにも、真実に近づいてほしい。

(鉄道総合技術研究所 専務理事 熊谷 則道)

においを「安全」のために利用する

はじめに

 鉄道施設におけるにおいは、駅のトイレや車内などの快適性に影響を与える要因のひとつであるため、どちらかというと嫌われ者になることが多いのですが、一方で、においには人間が本能的に危険を感知するという重要な役割があり、安全のために利用されることもあります。例えば、都市ガスが漏れたときににおう独特の不快なにおいは、わずかなガス漏れでも危険を確実に知らせるため、元々においがほとんどないガスに刺激の強いにおいをつけたものです。このように、安全のためのにおいの利用は、目に見えない危険や見落としがちな危険に対して効果的です。ここでは、ガスと同様に目に見えない「電気」に対して、安全のためににおいを利用する取り組みについてご紹介します。

においを電気火災の検知に利用する

 変電所などの電気設備では、火災対策として電流値の監視や温度センサによる検知が行われていますが、実際には火災の原因はさまざまであり、新たな方法による検知の併用が求められています。特にケーブルの発熱を網羅的に監視することが難しい課題となっています。そこで、「ケーブルが発熱すると変なにおいがする」ことに着目して、このにおいを異常の検知に利用しました。

においで電気火災を未然に防ぐ

 「電化製品のスイッチを入れたら異臭がして慌ててコンセントを抜いた」という経験がある人もいると思います。これは、その電化製品の内部のどこかに異常な発熱がおこり、周囲にある被覆材などの樹脂が加熱されることにより放出された揮発性物質のにおいを感知して火災を未然に防ぐ行動をとったものといえます。
 図1は、通常100℃以下で使用される電気材料(プリント基板)をさらに高い温度で加熱したときの変化を見たものです。150℃では、外見上は常温と変わりませんが明らかな異臭が感じられました。さらに200℃を超えると煙が出はじめ、やがて黒焦げになりました。では、なぜ異臭と外見上の異常に温度差があるのでしょうか?それは、プリント基板や被覆材などの材料の構造によるものです。このような材料は、ベースとなる樹脂に柔軟性や耐久性などを持たせるため可塑剤という成分が混合されています。樹脂には加熱による変化により柔らかくなる「軟化」と構造自体が分解する「熱分解」の2つの段階があり、この間に100℃くらいの温度差があります。軟化では外見上の変化はわかりにくいのですが、柔らかくなることにより混合されている可塑剤が揮発します。異臭の正体はこの可塑剤です。さらに高温でおこる熱分解では発煙や変色のほか、火災の発生に不可欠な可燃ガスが放出します。この温度差を利用することにより、火災を未然に防ぐことができます。

  • 図1 電気材料(プリント基板)の加熱

においで異常を検知する

においの正体は揮発性物質ですので、測定機器で測ることで数値化することができます。加熱する温度と揮発性物質の放出の関係を調べると、揮発性物質の放出は100℃から150℃にかけて急激に増えていることがわかりました(図2)。この急激な変化を利用して、電気火災の予兆を検知するシステムの開発を進めています。

  • 図2 加熱温度と放出する揮発性物質の関係

(生物工学 潮木 知良)

伝える前に伝えよう

 マスコミを賑わす話題の一つに、著名人の「失言」があります。多くは発言内容そのものが不適切なのですが、稀に発言の一部のみを切り取られているために不適切になっている場合も見受けられます。深刻な事態が発生しなければ笑い話で収まりますが、重要な情報伝達場面ではこのような問題が深刻な悪影響を及ぼす危険性があります。本稿では、①日頃の態度や、②全体的な方針や場面の説明不足など、伝達したい情報の前提となる文脈情報に焦点を当て、その文脈情報の不足によって発生する誤解の事例とそのメカニズムを紹介します。

①言っていない部分に目が向く?

 日常的な言動や人間関係が、いざというときのコミュニケーションを邪魔することがあります。
 トラブル復旧後の部下に「トラブル発生後の君の対応は良かった」といった場合、あなたは褒め言葉のつもりであっても、言われた方の部下は「それ以前の対応に問題があった」と責められたように感じているかもしれません。
日頃の言動で、上司であるあなたが、いつも褒めることをせずに接していた場合、部下はいきなり褒められたとしてもそのまま受け止めることが出来なくなる可能性があります。つい、裏を考えてしまい、あえて言及していない部分にまで気をまわしてしまうかもしれません。日頃ネガティブな内容ばかりを伝えていると、言及されていない部分についても、よりネガティブに受け止めてしまう傾向があります。

②何を否定しているか

インチキな占い師がよく使うセリフの中に、「あなたのお父さんは亡くなっていませんね」というものがあります。これは人によって、「亡くなってもう居ない」、とも「死んでなんかいない」とも解釈できるセリフです。ですから、この言葉を言われた人は父親がどうであれ、占いが当たっていると考えてしまいます。この様に、否定文は何を否定しているのかをはっきりさせないと、逆の意味を持ってしまうことがあります。
 たとえば、あなたが「全部やらなくて良い」と言った仕事を部下はどう処理すると思いますか。

A.「一部だけを処理する」
B.「一つも処理しない」

 同じ言葉であっても、解釈が異なるだけで全く異なる結果を引き起こす可能性があります。この事例は、「作業してほしい、あるいは、してほしくない」という情報を伝えられていないのです。

③文脈情報を意識しよう

 ここまでご紹介した例でわかるとおり、通常の会話の中には誤解をしかねない不完全な表現で済ませているものが少なくありません。
 にもかかわらず、なぜ上手く意思疎通が出来ているのでしょうか。私たちが会話をするときには、一つ一つの単語や文章の正確性をほとんど意識しません。むしろ、多少の言い間違いがあっても、それまでの全体的な会話の流れを優先して、文章の意味を理解しています。
 「僕はうなぎ」というセリフは文字通りに解釈するとおかしな表現ですが、食堂での場面という文脈情報があれば問題なく理解できます。
 このやり方は効率的である一方、背景となる知識や言語化していない常識や不文律などが共有化されていないと思わぬ誤解を生じることがあります。
 これまでの文脈とは異なる内容(何時も叱っていた相手を褒めるなど)や否定・禁止の内容を伝えるときには、「なぜその情報を伝えるのか、なぜこれまでとは違うことを伝えるのか」、「なぜ否定・禁止しているのか、それによってどうなるのか」という理由や背景を伝えることが重要です。正確に情報を伝えるためには、その場で伝える内容だけでなく、文脈を意識してみてください。手間や時間を惜しまず、より丁寧なコミュニケーションを心がけることで、きっとよりよく伝わるはずです。

(安全心理 北村 康宏)

対策したら終わり?

 出だしから私事で恐縮ですが、4月に歯列矯正のためにあごの手術をしました。矯正開始から5年、これでようやく口の中の矯正装置ともおさらばか!?と期待しましたが、術後も歯列維持のためにまだまだやることがあるとのこと……。"治療したから終わり"ではなく、"これからもメンテナンスが必要"と聞き、まだまだ口の中は針金だらけです……

 さて、皆さんの職場で、もし事故やヒューマンエラー、またはちょっとした気がかり(以下、エラー等といいます)が発生した場合、どうされるでしょう?当然、何らかの対策を行うことでしょう。
 例えば、作業者は、連続して作業をしていると、「疲労」しやすく、作業効率が落ちてきます。そして、その状態をそのまま放置するとエラー等に繋がってしまうこともあります。それを防止するためにまず考えられる対策は、『休憩』です。『休憩』をとることで、作業者の健康を守ることも、作業者のミスを抑えることもできます。

では、『対策をしたら終了!』で済むでしょうか?

 疲労回復のために『休憩』を設けることが、エラー等を完全になくすかと言うと、実はそうではありません。
 輸送指令員の取扱い誤りがもとで発生した輸送障害の届出件数を調べてみました。すると、輸送障害の一つの特徴として、朝の5時~7時、昼の11時、12時、夕方の4時という時間帯で輸送障害の件数が多いことがわかりました。
 このことを輸送指令の作業に携わっている方に訊ねてみたところ、これらの時間帯は、指令員が交代する時間帯なのだそうです。また、「引き継ぎ(の方法や内容)に問題があるかもしれませんが、それ以外に、もうすぐで休憩(交代)という気の緩みもあるかもしれません。」と言われました。
 これは、『休憩』という、作業者の「疲労」がもとで発生するエラー等を防ぐための対策も、状況が変われば「気の緩み」による別のエラー等を誘発する原因になってしまうという一例です。
 このような例は、輸送指令の作業に限らずどの作業でもみられる事例だと思います。そのために職場では、『休憩』の際に「順番に交代する(一度に全員変わらない)」、「作業の区切りを工夫する(休憩によって作業を中断させないようにする)」などの工夫を併せて実施していることでしょう。
 つまり、"エラー等の防止策を講じたら終了!"ではなく、対策を講じた後の影響(導入の効果や新たな脅威など)をきちんと把握し、継続して改善することが必要なのです。

ちなみに・・

 前段の手術のおかげで、私の当初の目的である歯並びは良くなりました。
 約3週間の自宅療養が必要となりましたが、その間お酒を一滴も飲めなかったので、すっかりお酒に弱くなってしまいました。これで、お酒での失敗が減ると思えば、対策の影響は何も悪いことばかりではないようです

(安全性解析 羽山 和紀)

開閉ボタンで感じるとまどい

 エレベータ、多目的トイレ、列車の半自動ドア等、鉄道利用時にボタンでドアを開閉する機会はいくつかありますが、これらの操作にとまどう方も多いのではないでしょうか。以前(人間科学ニュース165号)、多目的トイレにおいて、ドア開閉の操作盤をなかなかみつけられない人がいることをご紹介しました。今回は「エレベータに乗ってくる人のためにドアを開けようとして、間違って“閉”ボタンを押してしまった」というような、開と閉の区別にとまどう状況について考えてみたいと思います。

ボタンの表記

 開と閉の区別にとまどう理由として、第一に、開と閉を誰にでも通じるように示すのが容易ではないことがあげられます。開閉の表記の例を表1に示します。漢字(開・閉)は1文字で区別できるので、よく使われています。しかし、子どもや外国人など漢字が読めない人には通じませんし、文字がよく似ているので、表記が小さかったり周囲とのコントラストが低かったりすると、漢字が読める人でも間違える恐れがあります。ひらがなは子どもにも読めますが外国人には通じず、「OPEN・CLOSE」は国際的ですが子どもには読めません。言葉の制約がないという点では記号がよいのですが、今のところ、開閉を表す記号は一目瞭然とは言いにくく、これだけですぐに開閉を区別できる人は限られるでしょう。記号がわかりにくいのは、開閉が動作であって静止した図で開閉を区別するのが難しいこと、両開きドアでは動作方向が1つでないことが一因と考えられます。目の不自由な方は点字などが有用でしょう。どれか1つで誰にでもわかるものとすることは難しいですが、複数を組み合わせれば、より多くの人にとってとまどわないものとなります。

ボタンの色・形状

 表記と合わせて、開閉の色・形・大きさを変えてより区別しやすくしている事例もあります。例えば、エレベータ、多目的トイレ、列車の半自動ドアでは「開」が緑となっています。エレベータでは「開」ボタンが大きいものもあります。このように、色や大きさが違うと区別しやすくなりますが、「大きいのはどっちだっけ?」「何色が開だっけ?」があいまいではあまり効果がないので、とっさに使うのはどちらか、より注意が必要なのはどちらかなど、そのドアの使用状況に応じた色や大きさとすることが必要です。例えば、「開」操作に注意が必要なドアで「開」を緑色にするのは不適切です。車掌スイッチ(列車の乗降ドアのスイッチ)はその一例であり、「開」が赤、「閉」が黒で、開ける方に注意を促しています。

ボタンの配置

 開閉の位置を手がかりにする人もいます。開閉ボタンは、縦に並んでいるものと、横に並んでいるものがあります。縦に並んでいる場合、多目的トイレや列車の半自動ドアでは上が開となっています。上の方が目立ち、これらの操作順序が「開ける→閉める」であることとも対応しています。しかし、色同様、開操作に一層の注意が求められる車掌スイッチでは、これらとは逆に下が開となっています。開閉が横並びの場合、エレベータや列車の客室の半自動ドアでは、左が開のものが多くなっています。横並びでは、操作盤がドアのどちら側にあっても開閉の並びが同じであるのか、それとも「ドアに近い側が開」のようにドアとの関係で開閉の並びが変わるのか、二通り考えられるので、とっさに迷う人もいるかもしれません。

おわりに

 開と閉というたった2つのボタンですが、表記、色、配置など、考慮することが多いことに気づかされます。ボタンで開閉するドアが新しく導入される場面では、これらのことを考えて操作盤を作る必要があると考えられます。

  • 表1 開閉の表記の例
    表1 開閉の表記の例

(人間工学 斎藤 綾乃)

乗り心地レベルのフィルタ改良

はじめに

 新幹線における、振動に対する代表的な乗り心地評価法のひとつに「乗り心地レベル」があります。しかしこの方法は、国鉄時代に提案されたもので、近年の高速化による車両振動に合わない面がでてきました。このため我々はこの問題を解決するため研究を重ね、その進捗を人間科学ニュースNo.158、No.162、No.170で紹介してきましたが、ここではその集大成である、乗り心地レベルのフィルタ形状の改良についてご報告します。

これまでの研究概要

 初めて読む方のために、これまでの研究を簡単にご説明します。乗り心地レベルの評価値は、評価対象の車両床面で測定した加速度データに「乗り心地フィルタ」の重み付けをして求めます。このフィルタは「等感覚曲線」に基づいていて、乗り心地に影響する周波数成分は大きく、あまり影響しない成分は小さくなるように重み付けするものです。現在の乗り心地フィルタは、周波数が高くなるほど重み付けは小さくなり、数十Hz以上は評価値にほとんど反映されません。
 しかし、近年の高速化により、これまであまり気にならなかった30Hz付近の高周波振動(ビビリのような振動)が増え、体感乗り心地に影響するようになってきました。しかし、先にも述べたように、現行の乗り心地レベルはこの高周波振動が評価結果にほとんど反映されないため、実際の体感と合わないという問題が生じているのです。そこで、我々は振動台を用いた実験や走行試験を実施し、高周波振動が適切に評価に反映されるように、乗り心地レベルを算出するためのフィルタ改良を行いました。

試験概要

 上下振動と左右振動それぞれについて、1~50Hzの正弦波振動に対する乗り心地としての許容限界を調べ、乗り心地フィルタの妥当性を検証しました。
 この結果、高周波振動に対する重み付けを今より増やしたほうが良いことがわかり、この実験結果に基づいて、乗り心地フィルタを改良しました(図1)。
 次に、この改良版の妥当性を検討するため、走行試験や振動台試験を行い、いずれの試験でも、新幹線では現行版より改良版を用いたほうが、人間の評価に近くなることが確認されました。また、在来鉄道では今回改良を加えた高周波域の振動成分が少ないため、現行版と改良版はほぼ同じ評価で、人間の評価に近いことが確認されました。

まとめ

 乗り心地フィルタの高周波域の改良を行い、乗り心地レベルで人間の評価により近い評価ができるようになりました。今後は本法の現場適用のお手伝いを、積極的に行なっていきたいと考えています。(本研究の一部は国庫補助を受けて実施しました)

  • 図1 乗り心地フィルタの現行版と改良版
    図1 乗り心地フィルタの現行版と改良版

(人間工学 中川 千鶴)