旅客が感じる総合的な振動乗り心地評価

はじめに

 振動乗り心地の評価では、通常、「乗り心地レベル」のように、車両振動の加速度を上下と左右など方向別に分析します。このように、方向ごとに分析する方法は、測定のしやすさや原因究明には有効です。しかし、実際のお客様は、振動を、方向ごとに別々に感じているのではなく、ひとまとまりの「振動」(以後「総合振動」と表記)として感じ、その印象をもとに乗り心地を判断します。一方で、軌道整備の観点では「どの地点で」「軌道由来のどの振動が」乗り心地を悪くしているのかが重要ですし、車両制御や開発の観点では「どんな走行条件のときに」「どの車両振動成分が」影響しているかが重要です。
 そこで、私たちは、お客様への総合振動の影響を推定しつつ、振動による乗り心地の悪化がどの地点で、どのような振動成分によって生じているかを捉える研究を行っています。まだ基礎研究の段階ですが、ここではこの研究の概要をご報告します。

総合振動の乗り心地への影響推定

 人間は、様々な方向の振動が複合した状態で振動に暴露されますが、不快に感じやすい成分は振動の方向によって異なります。例えば左右方向では2Hz付近が、上下方向では5Hz付近が人体の共振周波数にあたり、最も不快に感じます。このため、たとえ加速度が同じでも、周波数によって不快感の度合が異なるのです。
 本研究では、車両の振動加速度に、振動方向それぞれに対応した感度重み付けフィルタ(詳細は人間科学ニュースNo.176)をかけ、不快に感じやすい振動成分はそのまま、感じにくい成分は感度に比例して小さくします。この処理を行った方向別の振動加速度が乗り心地レベル、これを合成したものを、本研究では「総合推定値」とし、総合振動に対する乗り心地を推定する指標としています。総合推定値の重要な特徴は、時間変化が捉えやすいことで、このため、振動と地点の対応づけが容易になります。

総合推定値の検証

 振動台試験の結果を図1、実車による走行試験の結果を図2に示します。いずれも1段目は被験者による主観評価平均値(5段階)、2段目は方向別の乗り心地レベルを合成して算出した総合推定値で、図2では、3段目は方向別の乗り心地レベル値(前後方向はすべて73dB以下だったため省略)、4段目が速度を示しています。図1の横軸は時間ですが、図2の横軸は距離です。
 この結果から、総合推定値が主観評価の変化とよく一致していることや、主観評価が最も悪い箇所(点線の楕円)は、方向別より総合推定値を用いた方が、把握しやすいことがわかります。

今後の展開

 現在、このような総合的な状態把握と、時点や地点ごとの詳細分析を同時に表示・分析するプログラムを、様々な分野と連携しながら開発しています。

  • 図1 主観評価と総合推定値の関係(振動台試験)
    図1 主観評価と総合推定値の関係(振動台試験)
  • 図2 主観評価と総合推定値の関係(走行試験)
    図2 主観評価と総合推定値の関係(走行試験)

(人間工学 中川 千鶴)

音の気づきやすさ

音に気づかせたいとき

 皆さんは朝起きるのに、目覚まし時計を使われているでしょうか。最近は目覚まし時計の代わりに携帯のアラームによる音を使われている方が多いかもしれませんが、どちらも「音に気づかせ目を覚まさせる」という機能は同じです。
 これは人の聴覚が眠っているときやそれと意識しないときでも休まずに外界からの情報(音)を脳に伝えるという特徴を持っていることを利用しています。目覚ましのためだけではなく、そこにいる人に何かの事象が発生したことを気づかせたり、場所を知らせる信号として使われる音のことをサイン音といいます。このような音は人に「気づかせる」ための音なので、人はどのような音を気づきやすいのか、ということから考えてみます。

気づきやすさとマスキング

 ある音について、その音が聞こえる(=気づく)かどうかは音のマスキングを考慮しなければなりません。マスキングとは、大きな音が存在するときに、それに比べて小さい音が聞こえにくくなる現象のことです。人の聴覚には非常に大きい音を聞いた前後に小さい音が聞こえにくくなるという時間的なマスキング現象もありますが、ここでは周波数のマスキングに話を限定します。周波数マスキングには、音の大小関係と高さ(周波数)が関係します。2つの音の主な周波数が十分離れていればどちらの音も聞こえますが、周波数が近いと大きな音により小さい方の音が隠され聞こえにくくなります(図)。図の(1)の場合は音1(実線)も音2(破線)もどちらも聞こえますが(2)では音2のほうが大きいのでマスキングによって音1は聞こえにくくなります。
 さて、人が耳で聞くことのできる音の周波数範囲(可聴周波数域)は20Hz~20kHzであると言われています。しかし人はこのすべての周波数を等しい感度で聞いているのではありません。聞くことができるもっとも小さい音の大きさを最小可聴レベルといいますが、これは周波数に依存し2kHz~4kHzあたりで小さく、すなわち感度が高くなります。図に斜線で示した範囲の上端を最小可聴レベルとすると、斜線の範囲内にある音はマスキングの有無によらず聞こえません。したがって2kHz~4kHz付近の高周波域成分をもつ音が人には小さくても聞こえやすく、気づきやすい音であると考えられます。このため目覚ましアラームなどのサイン音には主に2kHz~ 4kHzあたりの成分を持つ音が使われています。
 最小可聴レベルには年齢差や個人差があり、特に高周波域でその差が大きいことが知られています。公共の場で用いられるサイン音や警報音は、不特定多数の人に気づいてもらうことが必要なため人によって気こえやすさに差がないことが望ましいでしょう。また、公共の場では様々な音があるため他の音によるマスキングが生じないように考慮することも必要です。紙面の都合上ここでは触れませんが、このような考え方の一例として、バリアフリー整備ガイドライン 旅客施設編1)には音案内に用いる音について望ましい周波数や大きさについての考え方が詳しく述べられています。興味のある方は参考になさってください。

  • 図 周波数マスキングの概念
    図 周波数マスキングの概念

音は気づくと不快?

 サイン音について考えてきましたが、一般的にも人は高い周波数成分を含む音に気づきやすいと考えることができます。また、音はただ気づくだけでは問題ではありませんが、気になりはじめると不快な音、騒音に変わることが懸念されます。
 現在、鉄道の車内音について音によって不快感に違いがあるかを聴感実験によって調べていますが、ここでも他の音に比べ高い周波数成分を多く含む音のほうがそうでない音より不快に感じやすいという傾向がみられました。このことについては更に詳しく調べ、別の機会にご報告したいと思います。

参考文献

1) バリアフリー整備ガイドライン(旅客施設編) http://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/barrierfree/

(人間工学 安部由布子)

「体感温度」って?

はじめに

 近年の省エネ意識の高まりから,より効率的・効果的に体感温度を下げる(上げる)取り組みが広く行われるようになりました。昨年の夏は,皆さんもノーネクタイ運動や緑のカーテン運動等,体感温度を下げるための様々な工夫をなされたのではないでしょうか。ここでは,今や当たり前のように使用されているこの「体感温度」について,少し掘り下げてみたいと思います。

「体感温度」と「温度」の違い

 体感温度とは,簡単にいうと「人の『暑い/寒い』といった温熱感覚を数値で表したもの」といえます。お馴染の温度(気温)は体感温度に影響する重要な要因ですが,同じ温度でも,湿度が高ければより暖かく感じますし,風があたればより涼しく感じます。したがって,ある環境の「暑さ/寒さ」を的確に表現したい場合は,温度だけでは不十分で,人の温熱感覚に影響する全ての要因を考慮する必要があります。

体感温度に影響する環境要因

 人と周囲環境との間では常に熱の授受が行われており,この結果として温熱感覚が生じます。以下に,体感温度に影響する熱移動とその環境要因を列挙してみます。

➢温度差による熱移動

環境側の「温度(気温)」と人側の表面温度(皮膚温)の差が要因となり,両者の温度差に比例した熱の移動が生じます。

➢蒸発による熱移動

皮膚表面上の水分(汗)が蒸発する際に,皮膚から環境側に熱が移動します。この場合,環境側の水蒸気圧と皮膚表面上の水蒸気圧の差が要因となります。「湿度」は当該環境の水蒸気圧と関連する指標で,湿度が高いほど環境側の水蒸気圧が高く,汗が蒸発しにくくなる,つまり,人側に熱がこもりやすくなります。夏のノーネクタイ運動は,衣服内に溜まった水蒸気を逃し(衣服内の湿度を低くし),蒸発による熱移動を促進するという点でかなり効果的な対策といえます。

➢放射による熱移動

全ての物体から,表面温度に応じた「放射熱」が放たれています。これは空気を介さずに,電磁波で直接伝わります。日射で熱せられた壁面近くにいると暑く感じるのは,壁から放射熱を受けるためです。夏に冷房で室温を下げても,この放射熱が存在する限り人は熱を受け続けます。緑のカーテン運動はこの放射熱を抑制するための対策です。

➢気流による熱移動の促進

上記のうち,「温度差による熱移動」と「蒸発による熱移動」は風,すなわち「気流」が存在することで促進されます。

体感温度の指標

 体感温度に影響する環境要因として,「温度(気温)」,「湿度」,「放射熱」,「気流」を挙げましたが,例えば2種類の環境があってどちらがより「暑い」と感じるかを比較検討したい場合,複数の環境情報をそのまま比べてもよくわかりません。そこで,これら情報を1つの数値に縮約し,かつその大小が温熱感覚に対応したもの,すなわち「体感温度」の指標があると便利です。現在日本で広く使用されている指標としてSET*(「エス・イー・ティー・スター」と呼ぶ。単位は℃)があります。例えば,無風で,放射熱の影響がない環境を仮定した場合,気温28℃,湿度50%の環境と気温26℃,湿度80%の環境はSET*が28℃で同一となり,両者では同じ温熱感覚になると推定されます。

体感温度の温熱環境評価への適用

 具体的にSET*が何℃で「暑い」/「寒い」と感じるかを予測・評価するためには,SET*と人の主観との対応関係を把握する必要があります。室内環境に関しては,これまでに多くの実験が行われており,例えば,中立の温熱感覚となるSET*は22~26℃程度であることがわかっています。
 一方,鉄道車内のように温度や湿度の変動が大きい環境に関しては,基礎的研究が少ないというのが現状です。また,SET*は変動のない定常環境を対象とした指標であり,鉄道車内の温熱環境に適用することの妥当性については検証が必要です。  現在,人間工学研究室では,鉄道車内の温熱環境快適性に関する研究を行っております。車内のより快適な温熱環境の実現に貢献するためにも,乗車中の温熱感覚を適切に表現する「鉄道版体感温度」の開発に向け,研究を進めていきたいと思います。

(人間工学 遠藤 広晴)

ヒューマンエラーに対する経験による認識差

はじめに

 一般に組織において事故が発生するまでには、複数のヒューマンエラー事象が発生しています。さらに、それぞれのヒューマンエラーの発生には複数の背後要因が影響しており、事故を防止するためにはこの背後要因に対策を打つことが有効です。しかし、全ての背後要因に対して対策を打つことは時間や予算が限られている中では不可能です。そこで、「リスク」の高いものから優先的に対策を打っていこうという考え方があります。
 工学分野ではリスクは「頻度」×「影響(被害の大きさ)」で表わされますが、ヒューマンエラーの場合は部品の故障率のように客観的な指標を得ることは簡単ではありません。そこで、代替手段として経験豊富なベテランの判断が用いられます。しかし、「ベテラン」とはどの程度の経験を持っている人なのか、またベテランと経験の少ない人の判断にどのような差があるのかは明らかにされていませんでした。
 そこで、今回は保線作業で想定されるエラー行動の「発生しやすさ(頻度)」に対する認識について行ったアンケート調査結果の一部を御紹介いたします。

結果

 保線作業経験者を対象に、その経験年数と保線作業で想定される作業員のエラー行動が「普段の作業でどのくらい発生しやすいか」について回答してもらいました。

 質問項目は以下のようなものでした。
・ 指示内容に疑問点があっても、作業員がそのままにしてしまう
・ 作業員が、(技能不足などで)上手く作業できない
・ 作業を手伝う見張り員に対して、作業員が注意しない

 その結果、作業経験10年以上の人は10年未満の人よりもエラーの発生しやすさを低く想定する傾向がありました。
 実際にエラー行動がどのくらい発生しているといったデータの蓄積はないので、どちらの認識が実際の発生頻度に近いのかを確認することはできませんが、経験の長い人は実際の発生頻度をふまえた判断をする傾向があるのに対して、経験の浅い人は伝聞や想像によって発生しやすさを過大に見積もる傾向があることを示す研究もあります。ただし、回答傾向は同じ(相関が高い)であったため、どのようなエラーが発生しやすいかの認識は10年未満の人も実態から大きくかけ離れたものではないと考えられます。

初心に返って

 安全に作業を行うためには、実際の発生頻度は少なくても誰でもエラーを起こす可能性があるということを意識しておくことは重要です。
 新人の頃を思い返すと、先輩や上司から「こういうミスをする可能性があるから気をつけろ」と言われたり、過去の事故やヒヤリハット事例について教育を受ける中で「こういうミスがあるんだ!気をつけなきゃ!」と、緊張感を持って作業に臨んでいたことと思います。しかし、仕事にも慣れて技術も熟練する中でミスは減り、次第に「めったに起こるもんじゃないな」と安心しきってしまっていることはないでしょうか?
 ベテランの方もたまには、新人の頃の気持ちを思い出し、過度な安心をしてしまっていないかを考えてみるのも良いかもしれません。

参考文献

中村ら:鉄道線路作業で想定されるヒューマンエラーに対する経験による認識差, 産業・組織心理学会第25回大会発表論文集, pp.35-38, 2009

(安全性解析 中村 竜)

太陽光を利用した地下のにおい対策

地下に太陽光をとりこむ

 私たちは、太陽光を明かりとしてだけでなく、消臭や殺菌などにも日常的に利用しています。例えば、天気の良い日に布団を干すと、嫌なにおいがなくなります。これは、太陽光に含まれる紫外線によって、においのもとである有機物質が分解されるためです。太陽光は、陽のあたる地上ではどこでも利用することができますが、地下空間にもとりこむことができれば、地下のにおい対策に利用できる可能性があります。地下空間に太陽光をとりこむ方法として、光ダクトというものが既に実用化されています。光ダクトとは、日当たりのよい建物の屋上などに設けた採光窓から太陽光をとりこみ、内面が鏡になっている金属製の筒(ダクト)の中を反射させ、通常は太陽光が届かない地下空間などに送り届けるものです(図1)。光ダクトは消費電力ゼロの光源として、主に照明用として開発されたものですが、蛍光灯などの照明器具とは異なり、紫外線も含む自然な光であるという特徴があります。そこで、光ダクトでとりこんだ太陽光を地下のにおい対策に利用することができるか検討しました。

  • 図1 光ダクトの概要
    図1 光ダクトの概要

光ダクトと光触媒を組み合わせた地下のにおい対策

 実際に光ダクトを通って地下空間に届けられる太陽光の明るさは、採光窓から取り込まれた時の数%程度になります。それでも、100~1,000 ルクス程度の明るさがあり、地下の照明としては明るく感じられます。しかし、紫外線は蛍光灯の10 倍程度含まれているものの、におい対策として期待できるほどのエネルギーではありません。そこで、光触媒の利用を検討しました。光触媒は、太陽光があたると紫外線のエネルギーを吸収して空気中の水分を分解し、酸化力の強いヒドロキシラジカルを生成します。このヒドロキシラジカルは、におい物質に対して紫外線より強い分解能力を持っています。そのため、紫外線のエネルギーが弱い場合でも、光触媒を組み合わせることにより、におい対策に利用できる可能性があります。

におい物質の分解試験

 地下特有のにおいの原因物質に、2-エチル-1-ヘキサノールという物質があります。この物質は、タイルカーペット等の床材に含まれる可塑剤がコンクリートに含まれるアルカリ性の水分と反応して生成するものといわれ1)、特有のツンとする不快なにおいがします。この物質を入れた袋と、さらに光触媒を入れた袋を光ダクトの投光口の直下の床面に置き、分解を比較しました。3日後、光触媒を入れなかった袋では23 %減少しましたが、光触媒を入れた袋では99.97 %減少しました(図2)。このように、光ダクトで届けられた太陽光に光触媒を組み合わせることにより、におい物質を分解できることが確認できました。今後、電力を使わずに地下空間のにおいを改善できる技術として、その可能性をさらに検討していきたいと考えています。
  • 図2 3 日後の2-エチル-1-ヘキサノールの残存率
    図2 3 日後の2-エチル-1-ヘキサノールの残存率

参考文献

1) 上島道浩、柴田英治、酒井潔、大野浩之、那須民江:ビル建築の空気中2-エチル-1-ヘキサノールの発生源に関する検討,平成15年度室内環境学会総会講演集,pp.160-163,2003

(生物工学 潮木 知良)