私たちのグループは、ヒューマンエラー事故の防止を目指して、運転関係従事員の心理的な資質や職務能力、これらに影響するさまざまな条件などを明らかにし、適性検査や作業環境整備、教育・訓練などに役立てるための研究を行っています。
昨年度から取り組んでいるテーマで、来年度終了予定です。
昨年度は本来であれば報告しづらい、自分の過失を自主的に報告した方を対象とした聴取調査を行い、なぜそのような報告が実施可能であったのかを検討しました。また、安全報告が実施しにくい状況を模擬した実験課題や、安全報告に対する潜在的な態度を測定する心理課題を試作しました。さらに、聴取調査の結果を基に、安全報告に関わる心理特性や環境要因の影響をWeb調査によって検討しました。
その結果、他者の視点となって考えることが出来る人は、悪い情報であっても報告すると回答する割合が高いこと、自分のミスの影響が判らなければ報告率が低下することなどが明らかになってきました。
本年度は引き続き、聴取調査を実施するとともに、実験課題や心理課題の妥当性を検証していきます。また安全報告に対するメリット・デメリットの認識が報告の実施にどのような影響を与えるのかを現地調査を通じて検討していく予定です。
昨年度は、運転士支援のために提示する情報について、複数の情報が錯綜した際に優先順位をつけることを検討しました。
まず、知能列車が危険を検知したときに、トンネルや橋梁など停止すると問題のある箇所を避けて止まるために、どのような停止位置判断を行うとよいかを検討しました。
その結果、「停止後の地点に応じたリスクと、列車が衝撃したり脱線したりするリスクとを加算して総合リスクを算出し、次駅までの間で総合リスクが最小になる地点を最適な停止位置と判定する。」ことを導き出しました(特許出願中)。
図は、車内で故障などの事象が検知された場合、そのリスクが大きければすぐに停止し、小さければすぐに停止せず適切な地点に停止することを示したものです。
このような判断の仕方に基づいて、危険が重複した場合に提示すべき情報の優先順位を決めることにしました。
来年度は、具体的な情報提示の仕方について検討する予定です。
本年度から開始する2年間のテーマです。各現場で独自に行われている対策、ヒューマンファクターが関係した対策について、本当に有効かどうか、問題点は何かを実験によって評価します。
さらに、それらの評価を含めて、別の現場でそれぞれの対策を導入することを支援するような情報をフィードバックする手法を提案する予定です。
パソコン上で課題を行いながら、指差喚呼のヒューマンエラー防止効果を体感的に学習できるソフトウェア(シムエラー指差喚呼版)の販売およびそれを用いた研修のやり方の指導を正式に始めました。さらに、パソコン1台とスクリーンで研修を行える集合研修スクリーン版、さまざまなエラーを体験できるヒューマンエラー体験課題版の検討も進めています。
また、心理検査を活用した安全指導手法について、受託、コンサルで実用化のお手伝いをしていきます。
現行の適性検査に関しては、適性検査員講習会の講師、検査冊子や教示CDの販売、検査処理プログラムの販売など、コンサルティングや受託に取り組みます。
(安全心理 井上 貴文)
人間工学グループでは、安全輸送を目的とした運転支援に関する研究、輸送障害時の対応や事故時の被害軽減対策に関する研究、快適な車両を目指した旅客が感じる快・不快の評価の研究等に取り組みます。その他にも、鉄道事業者や利用者のニーズに応じて多様なテーマに取り組みます。主な研究の概要を以下にご紹介します。
人間工学グループでは、人間工学関係のニーズに応じて、随時、試験や調査を実施してきました。例えば、鉄道信号の視認性評価試験、運転士の視力基準・聴力基準に係わる調査、駅環境調査などの実施例があります。また、これまでに開発した輸送障害時の案内放送の教育教材(DVD)、運転士のシミュレータ訓練用振り返り支援システム、鉄道総研式安全態度診断などをご活用して頂けるように、積極的にご紹介させていただきたいと考えています。
(人間工学 藤浪 浩平)
安全性解析グループでは、現状の作業や職場管理の改善点を的確に把握するための手法、把握した結果から効率的なマネジメントを支援する手法の開発研究に取り組んでいます。
平成25年度は、特にリスク情報の共有化を支援する研究開発に取り組みます。
従来から「鉄道総研式ヒューマンファクタ分析手法」を開発し、指導を行ってきました。ただし、分析の前には、調査によって十分な情報を得る必要があります。しかし、関係者の“聞き取り”については標準的な手法がないため、実施する人によってばらつきが大きく、手戻りが発生したり、関係者へ余計な負担をかけてしまったり、といった課題がありました。
そこで、一昨年度から、分析を効率よく行うために、関係者に対する聞き取り調査法(実施者の姿勢・態度、技術上の留意点など)を検討し、その効果を検証しています。今年度は、開発した手法を実務者に身に着けていただくための教育訓練手法と使用教材の作成に取り組みます。
異常時の対処場面では、職場内で関係者と情報を共有し協力し合うことが重要なポイントです。
そこで、異常時という緊張場面でリスクを含む情報をいかに相手に伝達したらよいか、日頃から、コミュニケーションの訓練をするための具体的な方法を提案したいと考えています。訓練プログラムだけではなく、教材として具体的な訓練シナリオ(エラー等リスク情報)の作成とその管理ツール類の開発を目指します。
せっかくうまく聞き出し伝達できた情報も、リスクマネジメントに活かさなければ意味がありません。そこで、ヒヤリハット等の情報からリスクアセスメントを簡易に行うための方法について研究を開始します。また、これを活かして、「鉄道総研式ヒューマンファクタ分析手法」も分析しやすくなるようバージョンアップを目指します。
組織や職場の仕組みや状況に対するメンバーの認識の程度(安全風土)は個人のやる気に大きく影響します。そこで、安全風土調査の実施支援、調査分析を行い、効果的な安全マネジメントをアドバイスします。
また、過去の調査研究から得られた知見をもとに、安全風土の醸成の重要性や改善のポイント等についての研修や講演への講師派遣も行っています。
「鉄道総研式ヒューマンファクタ分析手法」について、事例演習なども交えた研修の講師派遣を行っています。鉄道総研が主催の鉄道技術講座の他、各社の個別の要望に対応しています。研修受講者は、事故担当者、指導者、職場管理者、若手リーダーなど様々な担当や階層レベルに対応しています。
また、リスクアセスメントやリスク管理の導入時のポイント等について、研修や講演への講師派遣も行っています。
(安全性解析 宮地由芽子)
生物工学グループは、駅や車両という環境中に存在する化学物質や電磁界が、快・不快という感じ方や健康に与える影響について、生物学的な手法を用いて研究しています。また、昨年度からは野生動物と車両の衝撃事故に関する課題にも取り組んでいます。以下で今年度の計画を紹介します。
一昨年、経済産業省が管轄する電力設備を対象とした、国内初となる磁界に関する規制が施行されました。これにあわせて鉄道分野でも、地上電気設備や電車線等に関して磁界の規制が導入されています(昨年8月)。これらの規制は、国際非電離放射線防護委員会という組織が、磁界の神経刺激効果を根拠として策定したガイドラインを参考としています。しかし、磁界の神経刺激効果に関する研究例や検討された周波数が限られているため、このガイドラインでは「外挿」により多くの周波数帯の制限値が決められています。こうした周波数帯については、正確なデータの取得が必要であると考え、今年度から、容器内に構築した神経細胞ネットワークを用いて刺激作用を評価する新しい手法の開発に着手します。これにより鉄道で発生している幅広い周波数の磁界の神経刺激効果を具体的に検証し、鉄道の安全性をアピールしていきたいと考えています。
今年度は、気になるにおいの低減方法の検討や、においの印象から臭気を評価する「においチェックシート」の改良を行います。これまでは、においの本体である物質を化学分析により探索してきました。においの本体がわかれば、その発生を防ぐ方法が考えられるためです。これによって、トイレの主要な臭気物質であるアンモニアについては、発生場所と発生条件を推定することができてきました。本年度はアンモニアが発生しにくい条件にした場合、実際に悪臭を軽減できるかどうかを検証します。また、駅や車両のにおいの質を手軽に評価するために作成した「においチェックシート」をさらに使いやすい形に改良することを計画しています。これを用いることで駅のにおいに関する苦情が発生した場合に、より具体的な対応ができるようにしたいと考えています。
また、駅のにおいや空気質を改善する方法の研究にも着手します。手始めに、駅構内や待合室などに植物を配置する屋内緑化を例として、空気質の改善効果の評価を行います。どのような植物をどれくらい置くことで効果が得られるかを検証し、屋内緑化を行う際の参考となるデータを得る事を目指します。
人間科学研究部としては特異なテーマですが、近年、シカと車両の衝撃事故が非常に多く発生していることから、その防止技術や被害低減技術について検討することになりました。昨年度は、シカ衝撃事故を実際に体験している運転士の方々を対象として、衝撃発生時の状況や衝撃事故防止のための工夫などの調査を行いました。また、シカ衝撃事故多発地区を訪れ、線路周辺におけるシカの行動の観察なども行いました。これらの活動を通して、衝撃事故の実態の把握に努めました。今年度も、引き続き現地調査や衝撃事故データの整理などを進めるとともに、具体的な研究も開始したいと考えています。現在のところ、線路沿線に出没するシカに対する「心理的フェンス」として音が有効であるかどうかを実験を行って検証し、その可能性を検討することを計画しています。
(生物工学 早川 敏雄)