作業性検査の新しい判定プログラム開発

作業性検査とその判定

 運転適性検査の一つである作業性検査は、作業量の推移から受検者の働きぶりを評価する心理検査です。判定は訓練を受けた検査員によって判定され、作業結果をたくさんの視点からチェックして評価していきます。評価する項目は、数量的に定義があって容易に結論が出せるものは一部だけで、ほとんどは大まかな目安しかなく、検査員は複数の視点を総合的に判断して評価することが求められます。
 また、この判定技能を習得するには国によって指定された数日間の講習会に参加する必要があります。
 講習会は、図1のように多数の検査結果が判定例題として提示され、受講者がそれに解答するという演習方式で実施されています。
 さらに検査員の判定の個人差の影響を減らすために、判定時には複数の検査員で評価をすることが基本となります。
 このように作業性検査の判定には、決して少なくない人的・時間的なコストを必要としています。その負担を軽減するため、支援用の判定プログラムが活用されています。このプログラムによる判定手法は、訓練した検査員による判定手法と完全に置き換わるものではなく、必要に応じて検査員による判定で補いながら、より効率的に判定業務を行うためのものです。

  • 図1 適性検査講習会の様子
    図1 適性検査講習会の様子

判定プログラムの開発の経緯

 1982年に日航機の羽田沖墜落事故が発生し、機長の適性が問題になったことにより、翌年国鉄では長らく中断していた定期検査が再開されました。定期検査の実施により、作業性検査の判定数が大幅に増加し、その負担が大きくなりました。そのため、1985年に判定を支援するための作業性検査の判定プログラムが開発されました。現在この判定プログラムはJRの全社および一部の民鉄で採用されています。

プログラムによる判定

 この判定プログラムのもととなる考え方は、客観的な数量データを元に判定ができないかというアイディアです。因子得点による判別手法や、指数を使用する判別手法など様々な指標が考案されましたが、実用化に耐えられる指標と判断されたものはPF値というものです。PF値は「データ化した理想的な作業ぶり」と「実際の作業ぶり」との違いを用いて算出する指標です。
 現在の判定プログラムは、このPF値を中心として、その他に、たくさんの視点に対応する指標を組み合わせて判定をしています。この判定プログラムは、実用化の時点で、ある程度の信頼性と妥当性が確認されていますが、完全ではありません。

新しい判定プログラムの開発

 鉄道総研では判定プログラムの精度を向上させるための研究に取り組み、新しい指標の作成、総合的な判断を行うアルゴリズムの導入など、いくつかの改良を加えた新たな判定プログラムを開発しました。この新しい判定プログラムでは、従来のものより検査員の判定方法に近い判定手法で評価をすることが可能となっています。
 適性検査員講習会で使用している350問の例題集を利用し、新しいプログラムがどれほど正確に判定できるかを調べてみました。その結果、十分な精度向上が示されました。


 現在鉄道総研では、新しい判定プログラムが現場に導入できるよう、商品化に向けた取り組みを進めております。

(安全心理 北村 康宏)

高齢利用者の割合が増えています

 最近、鉄道利用者に占める高齢の利用者の割合が増えてきているような印象はないでしょうか。

バリアの除去と新たな利用者

 鉄道総研では、鉄道技術に携わっている実務者の方々などを対象とする「鉄道技術講座」と呼ばれる講座を開設しています。私も「鉄道におけるユニバーサルデザイン」の講師を担当しています。この講座の中で伝えていることの1つとして、「鉄道の利用におけるバリアが取り除かれると、これまで苦労していた利用者は容易に利用できるようになり、これまで利用を諦めていた新たな利用者がやってくる」というものがあります。主に障害者を想定していますが、高齢者にも当てはまる内容です。少なくとも都市部の駅や車両などのバリアフリー化の進展や利便性の向上は、多くの新たな高齢利用者を呼び込む水準に達していると私は認識しています。

高齢の鉄道利用者の増加

 実際に高齢利用者の割合は増えているのでしょうか。5年ごとに実施される公共交通の利用実態調査である大都市交通センサスの平成17年と平成22年のデータを比較してみます。右下の図は、通勤、通学、業務、私事、帰宅の利用目的ごとに整理されたデータを合算した「全目的」の年齢構成を示しています。報告書に記載されていたデータを基に、男女を合算し、両年を比較するために全体に対する割合で表記する処理をしました。平成22年の分布における60歳以上の3階層が全体に占める割合は、平成17年に比べて多くなっているのがわかります。

  • 図 平成17年と平成22年の鉄道利用者の年齢構成
    図 平成17年と平成22年の鉄道利用者の年齢構成

安全の視点で見てみると

 高齢利用者が増えてくれば、彼らが関わる事故が発生する可能性が高まることが考えられます。高齢利用者も周囲の利用者と同様の流れに乗って駅の中を移動し、列車に乗り、車内に滞在し、列車から降ります。このような状況では、高齢利用者同士の事故も増える可能性がありますし、障害者や子供との事故も増えるかもしれません。高齢利用者同士ということであれば、例えば、

  •  ・ ホーム縁端部で高齢利用者同士が接触し、一方が線路に転落する
  •  ・ 高齢利用者が階段を下りている途中に転倒して他の高齢利用者に接触し、接触された側も転倒する
といった事故が発生しています。
 高齢利用者の接触相手が健常な若年利用者であれば、相手が接触の直前によけてくれたり、接触時に受け止めてくれたりして事故に至らないことが少なくないでしょう。しかし、止まったり、よけたり、踏ん張ったりする力などが低下していたり、バランス能力が低下していたりする人同士が接触すると、ちょっとした事象が重大な結果につながってしまうこともあります。

おわりに

 鉄道事業者の方々から高齢の利用者同士の事故で悩んでいるという話をお聞きしたり、具体的なご相談をいただいたりすることはないので、現段階では問題の顕在化はないと考えられます。しかし、「多くの高齢利用者が存在する場所で何かが起こるとすれば……」という視点で周囲を見回しておくことは、事故予防はもちろんですが、利便性向上にも役立つのではないでしょうか。私たちも、高齢利用者が多数派として存在するときの行動特性や、それによって生じ得ることに関する知見を収集しておきたいと考えています。

(人間工学 藤浪 浩平)

においの発生源を探す

はじめに

 効果的なにおい対策を行うためには、においがどのような物質によるものか、そして、その物質がどこから発生しているかを明らかにし、においの全体像を把握することが重要です。しかし、においは目に見えないため、においの発生源や発生理由などがはっきりしない場合や、色々なにおいが混ざってしまっているような場合では、人の感覚だけでにおいの原因を見つけることは容易ではありません。当研究室では、空気中のにおい物質の種類から、においの原因を推測することができるのではないかと考え、人間科学ニュースNo.182で紹介したように、空気中のにおい物質の分析を進めてきました。ここでは、そのにおい物質がどこから発生しているかを調べる方法について紹介します。

においの強さを比較する

 例えば、部屋の中で気になるにおいを感じたとき、においを嗅ぎながら、より強く感じる方向へ辿って行くと、最終的にそのにおいの発生源を見つけられることがあります。このときのにおいの強さは、一定の空間中に存在するにおい物質の量によって決まります。従って、人の感覚でにおいの発生源を見つけることが難しい場合でも、におい物質の測定によって見つけることができる可能性があります。
 そのためには、空間をいくつかのエリアに区切り、エリアごとのにおい物質を測定することが必要です。そこで、当研究室で空気中のにおい物質を集める方法として主に使用しているSPME(固相マイクロ抽出)法の利用を考えました。この方法は、空気中の揮発性物質を吸着剤に吸着させて集めるものですが、その器具(SPMEファイバー)は小型、軽量であるため、駅や車両内など、設置場所が限られる場合でのにおい物質の採取に適しています(図1)。一方、SPMEファイバーには、吸着剤が長さ約1cmの針状という非常に小さなものであることと、吸着剤の周囲の空気を強制的に動かさずに集めることができるという特徴もあり、吸着剤の周囲のわずかな空間中のにおい物質だけを集めることができます。そして、集めたにおい物質を分析すると、におい物質の種類とあわせて、それぞれのにおい物質に対する検出量がわかります。そのため、空間内のいくつかのエリアに同時にSPMEファイバーを置いてにおい物質を集め、その検出量を比較すれば、におい物質が多い場所が明らかになります。また、検出量は、物質ごとに比較することができるため、同時にいくつかの発生源からにおいが発生している場合でも、発生源によって発生するにおい物質が異なっていれば、それぞれの発生源と、そこから発生するにおい物質の両者を把握することもできます。

におい物質の検出量を比較する

 ある空間の床面ににおい物質を置き、水平方向に0.5m、5m、10m離れた場所にSPMEファイバーを設置して、空気中のにおい物質を集めました。集めたにおい物質を分析した結果、図2に示すとおり、検出量は発生源に近い場所で最も多く、離れるに従って少なくなる傾向が見られました。また、SPMEファイバーを発生源から垂直方向に設置した場合でも同様の結果が得られました。

おわりに

 駅や車両内などのにおいは、床や壁などの材料、空調、汚れ、清掃や消毒など、さまざまな要因によって複雑に構成されています。こうしたにおいの発生源を探す調査は、目に見えないにおいを「見える化」し、におい対策の方向性をより具体的に検討するための有用な情報になると考えます。


  • 図1 SPMEファイバー
    図1 SPMEファイバー
  • 図2 におい物質の発生源からの距離に対する検出量比
    図2 におい物質の発生源からの距離に対する検出量比

(生物工学 潮木 知良)