平成26年度の活動計画(安全心理)

 私たちのグループは、ヒューマンエラー事故の防止を目指して、運転関係従事員の心理的な資質や職務能力、これらに影響するさまざまな条件などを明らかにし、適性検査や作業環境整備、教育・訓練などに役立てるための研究を行っています。

○安全報告の促進要因の活用手法

 昨年度は運転阻害の概要データの分析、社会人対象web調査の再実施、実験室実験を行いました。

 本年度は運転士の聴取調査を実施しつつ、促進要因の妥当性を、生理指標測定も組み込んだ実験室実験を通じてさらに検証していきます。また、妥当性が検証された促進要因を有効に活用した教育訓練手法の開発に取り組む予定です。

○マニュアルの見た目効果の検証

 昨年度は、マニュアルの見た目が読み手に与える影響について検討、実験しました。

 本年度は、結果分析を進めるとともに、文書構造を明確化してメリハリをつけることがマニュアルに対する読書への動機づけや読書行動に与える影響、マニュアルの中でよく使用されるフロー図が情報探索や実作業のスピードに与える影響を検討する予定です(図1)。

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    図1 フロー図と文章との比較

○ダブルチェックの効果検証

 昨年度は現場調査と実験室実験を行いました。

 本年度は、実験結果を分析し、1回目のチェック結果が分かる場合と分からない場合と、2回のチェック者が同じ場合と違う場合とで、それぞれどちらのチェック精度が高いかを明らかにします。さらに、現場調査で抽出したその他の要因として、「親密性」や「信頼性」など、ペアを組むチェック者との関係性の検討を計画しています。

○安全パトロールの効果検証

 昨年度は現場調査と実験室実験を行いました。その結果、「安全行動の奨励」にはその後の違反をある程度防止する効果があることが示されました。

 本年度は、監視人数が複数になる場合や違反行為の見逃しが発生する場合など、より現実的に起こりうる状況を実験室実験によって検討する予定です。

○ヒューマンファクターが関係した安全対策のフィードバック手法の提案

 別の現場で行われている独自の対策を、自分の現場に導入する際に参考となる情報を、ネット上の比較サイトのような形式でフィードバックする手法を検討し、提案を行います。

○コメンタリードライビングの研究

 昨年度から、英国の鉄道安全標準化機構(RSSB)と共同研究を行っています。英国の一部の鉄道会社ではコメンタリードライビング(RTC)が行われているそうです。RTCは、今見たもの、後で行おうと思っていることを口頭で度々、唱和しながら列車を運転することで、し忘れ防止や覚醒維持に効果があるようです。

 本年度は、職員を英国に派遣し、RTCの効果検証や、指差喚呼とRTCの併用可能性について検討する予定です。

○高齢ドライバーの踏切事故の要因調査

 統計によると、高齢ドライバーが一般の交通事故に占める割合に比べて、踏切事故に占める割合が高いことから、高齢者のどのような特徴が踏切事故につながりやすいのかを検討します。

 本年度は、踏切を通行するドライバーを対象に質問紙調査やヒアリング調査を、また、模擬踏切を使った実験のための準備作業を行う予定です。

○運転士支援システムの基盤技術の開発

 昨年度は、異常発生時に、停止すべき位置を運転士に提示するタイミングなどについて考案しました。

 本年度は、人間工学研究室で行う運転シミュレータでのデモや検証実験などに協力する予定です。

○コンサルティング・受託活動

 シムエラー指差喚呼版の販売およびそれを用いた研修のやり方の指導を引き続き行います。また、さまざまなエラーを体験できるヒューマンエラー体験課題版の商品化を進めます。

 運転適性検査員講習会の講師、検査冊子や教示CDの販売、検査処理プログラムの販売を行います。

(安全心理グループ 井上 貴文)

平成26年度の活動計画(人間工学)

 人間工学グループでは、安全輸送を目的とした運転支援に関する研究、輸送障害時の対応や事故時の被害軽減対策に関する研究、快適な車両を目指した旅客が感じる快・不快の評価の研究等に取り組みます。その他にも、鉄道事業者や利用者のニーズに応じて多様なテーマに取り組みます。主な研究の概要を以下にご紹介します。

運転支援

(1) 運転支援システム

 各種のセンサーによって様々な異常事態を自ら検知・診断できる高度な列車(知能列車)の開発を目指す中で、運転士の作業を支援するシステムの基盤技術として、運転台における情報表示の要件を、運転シミュレータを用いた実験などにより検討します。

(2) 運転室内における報知・警報

 運転室内の報知・警報の提示方法は、事業者間、車種間で不統一な部分があります。そこで、確認や操作のミスが生じないように、警報の意味や重要度に応じ、適正な根拠に基づく一貫性のある設計方針の提案を目指します。

輸送障害時・事故時の対応

(3) 輸送障害時における旅客案内の能力

 輸送障害時の案内放送は、旅客からの苦情対象となりがちで、対応の難しい業務です。放送担当者には臨機応変に案内する能力が求められますが、それらの能力を養成する手法について体系的な知見の蓄積が少ないのが現状です。そこで、臨機応変な案内能力を養成するための手法の提案を目指します。

(4) 列車事故時の車内安全性評価

 災害や事故によって車両に衝撃があったときの被害軽減を目的として、衝撃加速度、車内設備のレイアウト、乗車姿勢などの条件の違いによる乗客への影響を鉄道総研で構築したシミュレーション手法を用いて評価し、被害が大きくなってしまう条件を探索して安全対策を検討します。

(5) 避難誘導支援

 トンネル内で車両火災が発生したときに、乗員・乗客が車両から避難する方法について検討します。特に、避難誘導に係わる乗務員への情報提供方法に焦点を当て、列車火災時の乗務員等による対応状況を調査し、乗務員が避難に関する判断をする際の支援方針を検討します。

車内快適性の向上

(6) 振動乗り心地評価

 車両の振動は乗り心地にとって重要な要因であり、車両、軌道、運転のそれぞれの面で乗り心地が管理されています。しかし、従来の手法では検出できない不快な走行振動があり、さらなる乗り心地の改善に向けて、人の感覚により近い振動評価によって不快な走行振動を検出する手法を検討します。

(7) 曲線通過時の乗り心地と乗り物酔いの評価

 曲線が多い日本特有の事情から走行速度を上げると乗り心地が悪くなったり、乗り物酔いを起こしたりする心配があります。そこで、振り子車両を対象に、曲線通過時の車体の運動が乗り心地評価や乗り物酔いに及ぼす影響について検討します。

(8) 車内温熱環境の評価

 車内温熱環境の快適性評価方法の提案を目指します。車内温熱環境の実態や人の生理状態および心理状態について調べ、鉄道車両固有の温熱環境における快適性予測モデルを考えていきます。

人間工学分野のニーズへの対応

 概要の説明は省略しますが、踏切の安全性向上を目指した通行者の実態把握調査、弱視の鉄道利用者を想定した視覚障害者誘導用ブロックの輝度比の測定・評価に関する研究などにも取り組みます。これらの研究以外にも、人間工学関連のニーズに応じて、試験や調査に取り組んでいきます。また、これまでに開発した輸送障害時の案内放送の訓練教材、運転士のシミュレータ訓練用振り返り支援システムなどを活用していただけるように、積極的にご紹介させていただくとともに、ご相談に応じていきます。

(人間工学グループ 藤浪 浩平)

平成26年度の活動計画(安全性解析)

 安全性解析グループでは、現状の作業や職場管理の改善点を的確に把握するための手法、把握した結果から効率的なマネジメントの支援手法の開発研究に取り組んでいます。

 平成26年度は、リスク情報の共有化を支援するための研究開発や各社の安全マネジメントの支援に取り組みます。

【リスク情報の共有化の支援研究】

・リスクコミュニケーション訓練手法の開発

 異常時への対処場面では、職場内で関係者と情報を共有し協力し合うことが重要なポイントです。そこで、異常時という緊張場面でリスクを含む情報をいかに相手に伝達したらよいか、日頃からコミュニケーションの訓練をするための具体的な方法を提案したいと考えています。本研究では、訓練プログラムだけではなく、教材として具体的な訓練シナリオ(エラー等リスク情報)の作成とその管理ツール類、訓練の様子を評価する指導用のチェックリストの開発を目指しています。

・ヒヤリハット情報を用いた安全管理支援手法

 せっかくうまく聞き出し伝達できた情報も、リスクマネジメントに活かさなければ意味がありません。そこで、ヒヤリハット等の情報からリスクアセスメントを簡易に行うための方法について研究に取り組んでいます。また、これを活かして、既存の「鉄道総研式ヒューマンファクタ分析手法」も分析しやすくなるようバージョンアップを目指しています。

【安全マネジメントの支援】

・事故の聞き取り調査手法や分析法の指導

 従来から「鉄道総研式ヒューマンファクタ分析手法」を開発し、指導を行ってきましたが、事故やトラブルの防止策をきちんと検討するためには、事象の関係者の行動や発生状況等について十分な情報収集を行うことが重要です(図1)。そこで、事象の関係者から背景要因についての情報を収集するための聞き取り調査手法を開発しました。

 鉄道総研が主催の鉄道技術講座の他、各社の個別の要望に対応し、事例演習なども交えた研修の講師派遣を行っています。研修受講者は、事故担当者、指導者、職場管理者、若手リーダーなど様々な担当や階層レベルに対応できます。また、リスクアセスメントやリスク管理の導入時のポイント等について、研修や講演への講師派遣も行っています。

・職場の安全風土評価と醸成支援

 組織や職場の仕組みや状況に対する認識の程度(安全風土)は本人のやる気に大きく影響します。そこで、安全風土調査の実施支援、調査分析を行い、効果的な安全マネジメントをアドバイスします。また、過去の調査研究から得られた知見をもとに、安全風土の醸成の重要性や改善のポイント等についての研修や講演への講師派遣も行っています。

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    図1 聞き取り調査の様子

(安全性解析グループ 宮地由芽子)

平成26年度の活動計画(生物工学)

 生物工学グループは、駅空間や車両内に存在する電磁界・化学物質・微生物などの、健康や快適性に対する影響を研究しています。また、野生生物が鉄道にもたらす問題など、生物が関わるさまざまな鉄道の問題についても取りくんでいます。

◎電磁界の刺激作用の評価

 従来、電磁界の健康影響に関する興味は、発がん性に関するものが中心であり、鉄道総研でもこうした観点から電磁界の影響を調べてきました。一方、電磁界には神経刺激作用があるために、人体の防護を目的とした国際的なガイドラインが定められています。平成24年度に、このガイドラインを参考とした規制が始まり、地上電気設備や電車線等が対象に含まれました。このため、昨年度からは電磁界の神経刺激作用の評価の研究を行っています。

 電磁界の神経刺激作用の研究は限られた周波数について行われており、実際の環境中に存在する様々な周波数の電磁界が、それぞれどの程度の刺激作用を持つのかが十分にわかっているわけではありません。そこで、実際に鉄道環境で発生している電磁界の神経刺激作用を具体的に調べてみる必要があると考えます。ただし、人間そのものを使って実験をすることはできませんので、培養した神経細胞を用いて、電磁界ばく露による刺激のいき値を探る、新しい実験系を開発する計画です。すでに神経細胞の基本的な培養条件は確立できましたので、今年度は神経細胞ネットワーク(図1)の形成条件の確立と神経細胞ネットワークに電磁界をばく露するための、電磁界発生装置の作成を進める計画です。

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    図1 成長しつつある神経細胞
    紐状の部分で細胞同士がつながり、ネットワークが形成されていく

◎鉄道関連空間の臭気の研究

 これまでの臭気の研究では、お客様の快適性向上という観点から、駅構内やトイレを対象として取り組んできました。さらに、そこで働く方々にとっても身の回りの空間が快適であるということは大切なことであり、このため今年度から、働く人々が憩う空間の臭気対策を目的としたカビの研究に着手することにしました。

 日本は高温期の湿度が高いため、締め切りがちな空間にはカビが繁殖しやすく、放置しておくと「カビ臭い」状態になることがあります。休憩室や宿泊室などがこういう状態にならないように、あらかじめカビが繁殖しやすい場所やその理由を明らかにし、カビ臭が気になる前に手を打つことが求められます。カビ臭対策には、換気能力の強化や芳香剤の利用なども考えられますが、原因であるカビの特性を明らかにすることにより、少し違う視点からの対策を提案できないかと考えています。今年度は、すでにカビ臭が気になっている場所において、カビとにおい物質の調査から着手します。

◎野生生物対策に関する研究

 鉄道では、シカと車両の衝撃事故が増えていることから、その防止技術や被害低減技術に関する検討を行っています。衝撃件数が増加している背景には、シカの数が増えすぎたことがあります。現在、国や自治体が個体数削減に取り組んでおり、これに期待したいところですが、効果が現れるまでには時間がかかりそうです。このため、鉄道事業者が実施可能で、有効な方法の検討を行っています。鉄道事業者のご協力をいただきながら、現地での調査などを行ってきました。今年度は、シカの行動に影響を与える要因を調査するとともに、既存の対策技術に対する評価をまとめたいと考えています。

(生物工学グループ 早川 敏雄)