人間を測る

 人間相手の研究は難しい、筆者も建築研究室で駅構内の旅客の流動を専門としていたので、そう感じていた。それは、測るべき指標を見いだすこと、そして、測れたときでも人間なので個人差が大きいことの2つによると考えている。

 旅客流動において、旅客の歩行のしやすさ(しにくさ)を評価したいとき、それを直接測ることは現在できないので、歩行する速度を一つの指標として考えているが、歩行速度には個人によるばらつきがあり、それも加味すると一段と難しいものとなる。

 駅の旅客流動解析を行う旅客流動シミュレーションでは、朝ラッシュ時の自由歩行速度を1.4m/秒として、周辺の人の密度に応じて歩行速度が低下していくとモデル化している。実際に測ると、かなり均質なラッシュ時でも、速い人遅い人、かなりのばらつきが見られる。しかし密度が上がってくると、ばらつきは次第に収まってくるので、混雑時の状況を主な対象とする駅の旅客流動解析では実用的なものとなっている。

 このように、限定された場面では人の行動は、そこそこ実用的に測れるものと考えているが、人間科学が専門に扱う心理や感覚は測ること自体の難易度はかなり高いものと思っている。筆者がよく知らないだけで、この分野も発展を続けているのだろうが、端的に「エラーの起こしやすさを表す指標」や「車両の乗り心地指標」が求めたいものなのに、それがなかなかできないので、適性検査結果やワークロードとか騒音振動レベル等、様々な側面からの提案になっている。更に、個人ごとのばらつきという要素まで加わるので、その大変さは一層増している。

 人間のすること、思うことが、あまりにも完璧に測定・推定・評価されてしまったら、それはそれでなにか嫌な気もするが、そういう究極の目標に向かって、安全で快適な鉄道のために人間の研究を深めてもらいたい。

(企画室長 青木 俊幸)

高齢ドライバーによる踏切事故

踏切事故を起こすドライバーは?

 踏切事故防止のために、どのようなドライバーが事故を起こしているのかを調べてみました。

 国土交通省鉄道局が作成した「鉄軌道輸送の安全にかかわる情報(平成24年度)補足資料」によると、平成22年から24年の3年間の踏切における自動車の事故件数は430件で、そのうち60歳以上の自動車ドライバーによるものは210件、49%を占めていました。

 日本は先進国の中でも高齢化の程度が高く、超高齢化社会と呼ばれる段階にあります。自動車による踏切事故の約半数のドライバーが60歳以上だとしても不思議はないのでしょうか。そこで、自動車による一般の交通事故の状況と比較してみました。

 警察庁交通局が作成した資料「平成24年中の交通事故の発生状況」では、平成24年の自動車事故件数は63万件で、そのうち60歳以上の自動車ドライバーによるものは16万件、25%でした。

 2つのデータを比較すると、踏切自動車事故では60歳以上の占める割合は49%、一般の事故では25%となり、踏切では高齢ドライバーによる事故がより起こりやすいと言えそうです(図1)。

高齢ドライバーの踏切事故の特徴?

 では、高齢ドライバーはどのような原因で踏切事故を起こすのでしょうか。

 前述した国土交通省の資料では、警報機・遮断機のある踏切における自動車事故の原因別の件数を、60歳以上と60歳未満とに分けて示されています。それによると、停滞という原因が、60歳以上では47%、60歳未満では33%で、もっとも大きな差があります(図2)。

 停滞は、警報のないときに踏切に入ったけれど出る前に遮断機が下がったり、渋滞などで出口に空間がなかったりしたため、踏切から出られず事故になってしまったことを示します。

高齢ドライバーへのアプローチ

 当面の問題として、高齢ドライバーに対し、踏切に気を付けていただくよう働きかけることが大切だと思います。

 高齢ドライバーに対する交通安全教育の必要性は広く認識され、取り組みがなされていますが、交通事故は単年度で64万件も起こるのに対し、踏切事故は3年間で430件ですので、教育の内容に盛り込まれるのが難しいようです。たとえば、日本自動車工業会は高齢ドライバーを対象とした「いきいき運転講座」という交通安全教育プログラムを作り、普及を図っていますが、踏切の項目はありません。

 このような既存の教育プログラムの中に踏切の項目を入れてもらったり、事業者が独自に教育・広報活動を行ったりするアプローチがありそうです。

 鉄道総研では、踏切の安全性向上に向けた研究を進めていく予定です。その一環として、より効果のある教育ができるように、高齢ドライバーの踏切事故の特徴などについて明らかにしたいと考えています。

  • 図1 踏切自動車事故と一般自動車事故の年齢段階別の件数割合
    図1 踏切自動車事故と一般自動車事故の
    年齢段階別の件数割合
  • 図2 踏切自動車事故の年齢別の原因割合
    図2 踏切自動車事故の年齢別の原因割合

(安全心理グループ 井上 貴文)

異常時の臨機応変なアナウンスを支援する

平常時と異常時の業務

 車掌や駅員などの平常時の業務では,決められたことを,ミスなく,正しい手順でこなすことが,重要な目標になります。一方,異常時の業務では,決められたことを,決められた通りにこなすだけでなく,状況に応じて臨機応変に行動することが求められます。つまり,異常時には,平常時にはさほど問われない「判断力」や「思考力」が,強く問われることになります。このような「判断力」や「思考力」は,経験や勘によって養われることが期待できますが,それらにのみに頼っていると,できる人とできない人の格差が広がったり,また,せっかく養われたスキルも次世代に効率的に伝えられなかったりするという問題が残ります。これは,異常時のアナウンス業務についてもあてはまります。

研究開発の流れ

 そこで鉄道総研では,下記の3つのステップで,鉄道従業員のアナウンス能力をベースアップする訓練教材の開発に取り組んでいます。

  • Step1: 臨機応変なアナウンスに必要なスキルのモデル化
  • Step2: 上記のスキルを理解し,それらを実務に落とし込むための気づきや,更なる主体的な学びを促進させる教育手法の構築
  • Step3: 上記の教育手法を実装した訓練教材の開発

スキルのモデル化

 今回は,Step1の“スキルのモデル化”について,簡単にご紹介します。臨機応変にアナウンスするには,「判断力」や「思考力」が必要ですが,何について判断したり,考えたりすればよいのでしょうか。それらのエッセンスを表したものが図1のモデルです。このモデルは,下から順に,「状況整理力」「支援力」「説明力」と呼ばれるスキルで構成され,上位ほど高度なスキルであることを表しています。

 「状況整理力」は,最も基本になるスキルです。アナウンスの内容,構成を変える必要がある5つの局面(トラブル発生時,運転再開見込み発信時,復旧作業中,運転再開時,ダイヤ乱れ時)を意識できること,さらに,同じ局面であっても,特徴的な状況,例えば,人身事故でも,極めて稀なケースで,運転再開までかなり時間がかかりそうな場合など,を見極め,アナウンスに反映するスキルを指します。

 「支援力」は,最も核となるスキルです。利用者が自ら必要な判断や行動がとれるように支援するためのスキルです。異常時に遭遇した人は,現状がどのようになっているのか(現状把握),今後,どのようになるのか(予測),どんな行動の選択肢があるのか,また,その行動の選択肢はどれくらい上手くいきそうか(行動),の3つに関する情報があると,落ち着いて必要な判断がとれるようになります。そのため,これら3つの観点から情報が提供できているか,自分のアナウンスをチェックし,不足している観点があれば,情報収集して補うことも重要です。

 「説明力」は最も応用的なスキルです。これは,指令から発信された情報を利用者にそのまま伝えるだけでなく,利用者に誤解を与えそうな状況,理解が得られにくそうな状況,不安を与えそうな状況を察し,少しでも理解が得られるように,説明を加えるスキルです。例えば,お客さまトラブルが原因で1時間以上,列車の運転が停止している場合,なぜ,それほど時間がかかっているのか,被害の状況や再開に向けた復旧活動について,利用者にわかりやすく説明することなどが該当します。

おわりに

 「臨機応変に案内する」という漠然とした意識ではなく,どこに注意を向け,何に配慮すべきなのか,何を事前に用意しておく必要があるのか,ということをその理由や根拠と共に理解し,自分のアナウンスを振り返る視点を獲得できれば,より多くの人が臨機応変に案内できるようになることが期待できます。

  • 図1 臨機応変なアナウンスのためのスキル
    図1 臨機応変なアナウンスのためのスキル

(人間工学グループ 山内 香奈)

ヘラジカ対策を参考に?

はじめに

 近年、鹿と列車の衝撃事故は増加する傾向にあり、この衝撃による車両の故障や輸送障害などが大きな問題となっています。人間科学ニュースNo.189(2014年1月)では、野生動物との衝撃事故の現状と取り組みをお伝えしました。ここでは、この取り組みで得た鹿衝撃対策の参考情報をご紹介します。

 北海道では、鹿(エゾシカ)との衝撃事故の増加傾向が顕著であり、この問題に悩まされています。また、衝撃事故に限らず、畑が荒らされる食害や、植生の破壊も問題になっているようです。エゾシカ(図1)は本州に生息しているニホンジカの亜種であり、体格は奈良公園などでみられるニホンジカと比較するとやや大柄です。個体差はありますが、オスの成獣の体高(4本足で立った状態の地面から背中までの高さ)が約100cm、体重が約120kgです。

北欧の鹿対策

 鹿との衝撃事故は国内だけでなく国外でも問題になっているようです。ヘラジカと呼ばれる(エルクあるいはムースとも呼ばれます)鹿が北欧や北米あるいはシベリアに生息しており、スウェーデンでは1日当たり13件も自動車との衝撃事故が発生しています1)。ヘラジカの体高は成獣で約160cm、体重は600kgに達する場合もあり、エゾシカと比較すると非常に大柄です。そのためヘラジカが自動車と衝撃すると、乗員が死に至るような被害もあり、大きな問題になっています。

 北欧の自動車メーカーはこのような衝撃事故をそもそも発生させないために、自動車の操舵能力を高めるという対策をとっているようです。走行中の自動車が道路上に現れたヘラジカを模した障害物を回避できるかどうかを確認する試験が行われています。また、ヘラジカと衝撃した際にも乗員の被害を抑える性能を確認するための試験も行われています。これはヘラジカを模したマネキンに自動車を衝突させて、自動車前面部の強度を確認する試験です。実際の衝撃事故において、乗員にとってリスクの高い状況は、道路を横切っているヘラジカの足元に自動車のバンパーが衝突し、胴体がボンネット上に跳ね上げられ、フロントガラスやフレームに衝撃するパターンです。このような状況が発生した際にも、乗員の安全を確保するために、自動車前面部が衝撃荷重に耐えられるかどうかを確認します。この性能試験に用いるヘラジカのマネキンを開発するための研究がスウェーデンの大学および政府研究機関で行われています1)

おわりに

 鉄道総研では上記情報も含め、鹿衝撃対策に関連した調査を行っています。今回ご紹介した北欧の鹿対策は、エゾシカと比較すると5倍以上の体重であり、自動車との衝突事故を対象としていることから、そのまま日本の鉄道に利用することはできませんが、列車が鹿と衝撃した際の対策の参考となるところがあります。特に衝撃時の鹿の挙動などは情報が極めて少ないため他分野の対策もさらに調査を進めていきます。

 国内においては、鹿の個体数は年々増える傾向にあることから、今後ますます重要な課題となることが予想されます。鉄道総研ではより有効な対策を求めて鹿衝撃事故の研究に取り組んでいきます。

  • 図1 エゾシカのはく製
    図1 エゾシカのはく製

参考文献

1) Magnus Gen:Moose crash test dummy, Swedish national road and transport research institute,2001

(人間工学グループ 中井 一馬)

結果の評価とプロセスの評価

「頑張らなくてもいいから結果を出せ」?

 私が学生の頃、取り組んでいた研究に思うような結果が得られなかった時のことです。指導の先生に「頑張ります」と伝えたところ、「頑張らなくてもいいから結果を出せ」と一喝されたのです。当時はまだ、日本企業で成果主義の導入が注目され始めてまもなくの頃でしたから、その斬新な発想に目から鱗が落ちる思いをしたことを覚えています。

 一見、逆説的にも思われるこの言葉の意義深いところは、一体何をどうやって頑張るのかという具体的視点が全く欠けていることを気づかせてくれた点にあります。頑張らずに結果を待つのは、宝くじを買って、座して当たりを待つようなものですから、結果を出すためには、当然のことながらやはり「頑張った」上でかつ「結果」を残す必要があるということになります。私にとってこの経験は、やみくもに頑張ることが決して良いことではなく、出すべき結果を意識した上で、具体的にどのように頑張るのかを考えなければ、仕事は決して成功しないということを気づかせてくれるきっかけとなりました。

そのプロセス、標準化できますか

 仕事を評価する際に、結果で評価すべきか、プロセスで評価すべきかには多くの議論がありますが、未だ結論が出ていないところを見ると、結果とプロセスは、車の両輪のようなものであり、両者を比較して0か1かを判断することにはあまり意味がないということなのでしょう。

 結果を出したプロセスが良いプロセスとは限らないことは周知の通りですが、プロセスへの評価を強調し過ぎる場合には少々弊害があると考えられます。例えば、小集団活動などのいわゆるQCサークル活動において、「他のグループの追随を許さないような頑張りを見せている」ので評価する、といったようなケースです。「トヨタの問題解決」という本によれば、大手自動車メーカーのトヨタでは、あるプロセスについて、別の誰かが同じことをやっても、同様の効果を得られなかったり、続けられなかったりするということは、プロセスに問題があると見なすのだそうです。これを参考にすれば、「例年にない頑張り」「抜きん出た頑張り」を見せる取り組みは、裏を返せば、その取り組みは継続できない、もしくは他のグループが展開できない可能性が高い取り組みであるとも言えます。すなわち、優れたプロセスとは、標準化できるプロセスであると考えられます。

結果とプロセスを評価するバランス

 優れた結果には評価が与えられる必要がありますが、結果への評価を強調しすぎる場合にもやはり弊害はあるものと考えられます。例えば、「無事故○日」という成果の表現は、到達度をアピールする場合には優れた方法ですし、何より無事故であることを当たり前と思わず、組織として正当に評価していることを示しているという点で、社員のモチベーションを高める要因の一つにもなっています。しかし、「無事故○日」に至るまでには、言うまでもなく日々の膨大な努力や工夫の蓄積があります。このプロセスを評価していることを示さずに、結果への賞賛を強調してしまうと、成果を死守することに不当にエネルギーが割かれるおそれもあります。

 したがって、成果を賞賛する場合には、必ずプロセスへの評価とのバランスを考えることが重要であると言えます。組織の文化や評価の伝え方には、古くから数多くの研究が存在していますが、その最終的な解を得るまでにはまだ検討の余地がありそうです。

評価することの難しさ

 冒頭で触れた成果主義が日本の多くの企業で定着しなかったことは良く知られていますが、成果をどう評価するかが難しかったこともその一因であったと言われています。成果主義に限らず、活動のプロセスや結果を評価すべき立場にある場合、各小集団の頑張りを順位付けせざるを得ず、板挟みに苦しむという声を聞きます。誰もが納得する評価基準として、PDCAサイクルを回せるような標準化された取り組みであるかどうかということが、ひとつの有効な評価ポイントとなるのではないでしょうか。

(人間工学グループ 鈴木 綾子)

マニュアルデザイン2 ―情報を探しやすくするためのポイント-

 皆様の職場には多くのマニュアルがあると思います。そのようなマニュアルにとって、重要なポイントの一つはデザインです。デザインによっては、内容が優れていても、必要な情報を探しにくい場合があります。マニュアルは、常にページの上から順に読むわけではなく、必要な部分だけを探し出して読む場合もあるため、情報の探しやすさはマニュアルにおいて重要な問題です。そこで今回は、必要な情報を探しやすくするための工夫の1つを紹介させて戴きます。

情報を探しやすくする工夫

 情報を探しやすくする工夫について紹介する前に、マニュアル等の文書が何から構成されているかについて説明します。文書を構成しているにものには、文書の主たる内容が含まれる「本文」と、情報のまとまりを端的に表す「見出し」や「表題」等があります。そして、「見出し」とそれに付随する「本文」を合わせたものを「節」と呼びます(図参照)。節には、範囲があります(見出しから、次の見出しの直前まで)。そして、この節範囲を視覚的に分かりやすくすることが、今回紹介させていただく工夫になります。

 では、節範囲を分かりやすくするにはどうしたらよいでしょうか。そのポイントとして、例えば、以下のようなものが考えられます。

 1.「本文」よりも「見出し」の文字を大きくし、太くする。

 2.「見出し」の直前の行間を大きくする。

 3.「本文」の開始位置を「見出し」よりも少し右にずらす。

 上記のポイントは、ワープロソフトを使用すれば、簡単にできる工夫です。こうすることで、見出しと本文の関係性(結びつき)が視覚的に分かりやすくなり、節範囲が明確になります。それでは次に、この工夫によって、得られる効果について解説します。

節範囲を分かりやすくする効果

 節範囲の明確化による効果は、冒頭でも述べたように、必要な情報が見つけやすくなるというものです。節範囲を分かりやすくすることによって、結果的に「見出し」が目立つようになります。「見出し」は本文の内容を端的に表しているものであり、文書中から情報を探す際の手掛かりとなりますから、「見出し」が目立つことによって、読者は目的の情報を見つけやすくなると考えられます。

 さらに、節範囲の明確化は、「読もう」と読者に思わせる副次的効果があると考えられます。節範囲が分かりやすくなることで、文書全体が視覚的にすっきりし、メリハリのある文書となります。このような文章は、そうでない文章と比較して、読者が文書を前にした時の抵抗感を下げ、「読もう」とする気持ちが強くなると考えられます。

デザインへの配慮

 マニュアルを作成する時には、どうしてもその内容ばかりに目が行きます。もちろん、内容は最も重要です。しかし、マニュアル作成の最終段階では、デザインについても、見直していただければと思います。

 苦労して作成されたマニュアルも必要な情報を探しにくければ、マニュアルとしての意味が半減してしまいます。必要な情報を見つけやすく、そしてマニュアルの使用者の方々に「読もう」と思ってもらうためにも、このような小さなことにも気を配っていただけたらと思います。

  • 図 文書を構成する要素と節
    図 文書を構成する要素と節

(安全心理グループ 佐藤 文紀)