待ち時間の有効活用

はじめに

 鉄道利用時には、さまざまな待ち時間があります。列車の到着を待つ時間やエレベータを待つ時間などがイメージしやすいでしょう。運転見合わせで待たされるのも待ち時間です。列車に乗っている間の時間も目的地に到着するまでの待ち時間と言えるでしょう。また、鉄道利用時ではありませんが、踏切で列車の通過を待っている時間も鉄道関連の待ち時間です。これらの待ち時間をうまく利用できれば、サービスの向上につながる可能性があります。

 最近、この待ち時間の有効活用について考えさせられる出来事がありました。その状況と私なりの改善提案をご紹介させていただきます。

切符発券までの待ち時間

 出来事の状況を説明します。

 私の両親が東京から鉄道とバスを使って九州旅行に出かけることになり、私が代理で切符を購入することになりました。3泊4日で途中下車があり、新幹線や複数の特急に乗車する行程でした。乗車券を複数日にまたがって使用するため、特急券の利用日を勘違いして発行される可能性がありました。

 父から鉄道の利用行程を記載したメールを受け取っていたので、それをプリントアウトしたものを持参し、みどりの窓口の担当者に渡しました。口頭だけでのやり取りの場合は、窓口担当者は乗車日や列車種別などの情報を声に出して確認してくれます。しかし、このときは紙の情報を受け取ったからでしょうか、ひとつひとつの情報を口頭で確認することなく、すべての行程の切符を一気に発券してくれました。発券後はカウンターに切符を並べて内容の確認です。乗車券の説明から始まり、特急券の説明の段階で切符の乗車日に誤りがあることに気づきました。当然、再発券することになりました。

 紙を渡してから切符の説明を受けるまでの時間は、私にとっての待ち時間でした。この間、私は窓口担当者の動きをなんとなく眺めているだけでした。読者の皆さんにも、同じような時間の過ごし方をした経験があると思います。

発見過程の可視化とお客さまの眼の活用

 待ち時間を有効活用するための改善提案をご紹介します。担当者の動きに向けられたお客さまの眼を、別のものに向けて有効活用する案です。お客さま用のディスプレイを設置して、切符ができあがっていく過程を見ていただきます。

 担当者用の画面をそのまま見せるのではなく、発券される切符を模擬したものを見せるような、お客さまにとって理解しやすい方法が良いでしょう。例えば、切符の台紙のようなものが画面に表示され、この台紙に、発駅名、着駅名、利用日などの情報が順々に記載され、切符ができていく様子を表示するような方法が考えられます。この方法は一例です。より理解しやすく効果的な方法もあるでしょう。

 この過程をお客さまがなんとなく眺めていてくれれば、前記のような誤りを発券前に発見できる可能性があります。お客さまの参加によるヒューマンエラー防止対策と言い換えられるかもしれません。この点から考えれば、注目して欲しいところに自然と目が向いてしまう見せ方ができれば理想的です。

 また、あくまでも推測の範囲ですが、お客さまは発券過程を逐次確認していることになるので、特に急いでいる人の中には、発券後の説明の省略を望む人が出てくることも考えられます。つまり、1人当たりのカウンター占有時間の短縮です。そのためには、画面内の情報を見誤ることなく、短時間で確実に理解できる見せ方が求められます。

 なお、お客さま用の画面をカウンターに埋め込んだりして、当該のお客さまだけに情報が見えるようにする配慮が必要です。

おわりに

 鉄道利用における待ち時間の様相は、ここ十数年間に大きく変化し、多くの人は、わずかな待ち時間があればスマートフォンの画面を眺めています。しかし、ここでご紹介した例のように、待ち時間をうまく活用して新たな価値を生み出せる場面は他にもあるでしょう。自分自身の待ち時間の中から、お客様の待ち時間の価値を向上させる案が見つかるかもしれません。待つことについて自分の行動を振り返ってみたり、周囲の人の行動を観察してみたりすることをおすすめします。

(人間工学グループ 藤浪 浩平)

運転再開見込み情報の需要と受容 ―東海・関西地方の鉄道 利用者に対する調査―

はじめに

 人身事故や車両故障などによって列車の運行がしばらく停止してしまうことがあります。このような状況で、鉄道利用者はいつ運転が再開するのか、予定どおりに目的地につけるのかなどが気にかかり、不安や不満を感じます。しかし、鉄道総研で実施した調査で、早期に運転再開見込み情報(以下、見込み情報)を案内した場合、鉄道利用者は見通しを持って、主体的に判断して行動できるため、輸送障害時の不安や不満が低減されることがわかっています。

鉄道利用地域が見込み情報の認識に与える影響

 鉄道総研では、これまで主に関東地方の鉄道利用者を対象に、見込み情報を案内することの有効性を検証してきました。この調査に基づいて開発した教材(人間科学ニュースNo.177)などの研究成果を紹介する場で“見込み情報の需要と受容の地域差”に関する質問を受けることが何度かありました。しかし、他の大都市圏である東海地方や関西地方では、見込み情報の案内に対する需要や有効性についてほとんど検討していませんでした。このような背景から2013年12月と2014年1月に、東海・関西地方の鉄道利用者約400人を対象に、見込み情報の需要と受容について調査を行いました。

 なお、見込み情報は予測情報であり、再開予定時刻と実際の再開時刻がずれたり、再開予定時刻が変更されたりする可能性があります。そのため、このようなズレや変更の影響についても調査しました。

見込み情報の需要

 輸送障害時に最も取得したい情報を15の情報の中から1つ選択してもらいました。その結果、見込み情報を選択した人は東海で約78%、関西で約76%であり、強く必要とされていることがわかりました。その次に必要な情報として、東海では、“輸送障害の発生時刻・原因・場所”が約5%、“列車がホームに到着する時間”が約4%選択されました。関西では、“振替輸送の案内”が約6%、“代替交通機関の早さ”が約6%選択されました。見込み情報以外に必要な情報は、地方によって少し異なるようです。

見込み情報の受容

 見込み情報の案内を有益かつ望ましいと認識している人は、東海で約95%、関西で約96%でした。また、見込み情報のある程度のズレを許容できる人は、東海で約96%、関西で約97%でした。具体的には、ズレの大きさに関わらず案内する価値があると思う人が東海で約53%、関西で約51%でした。そして、ズレの大きさが一定以内なら価値があると思う人は、東海で約43%、関西で約46%でした。

 ズレが一定以内なら価値があると回答した人に、許容できるズレを確認した結果を図1に示します。両地方ともに、早くなるズレよりも遅くなるズレに対して厳しいことがわかります。とは言え、常に遅めに案内すると見込み情報自体の信頼性が大きく損なわれ、案内する意味がなくなってしまいます。

 また、見込み情報が実際の再開時刻からずれる可能性や変更になる可能性を事前に説明して欲しいと考える人は多く、両地方ともに約94%でした。また、事前に説明があれば時間のズレや変更を許容できると考えている人も多く、両地方ともに約93%でした。

 したがって、見込み情報は遅めに案内するのではなく、事前に時間のズレや変更可能性を説明し、見込み情報から再開時刻が変更する場合には早めに鉄道利用者に案内することが望ましいと考えられます。

おわりに

 今回の調査から、東海・関西地方でも見込み情報の需要は高く、鉄道利用者から受容されることがわかりました。また、事前に時間のズレや変更可能性を説明すると見込み情報の有効性が高まります。

 今後も、お客さまの心理を踏まえた輸送障害時の案内方法の改善に貢献していきたいと思います。

  • 図1 見込み情報のズレの方向に対する許容率
    図1 見込み情報のズレの方向に対する許容率

(人間工学グループ 菊地 史倫)

「組織信頼感」を高めるために伝えること

どんな相手なら信頼できる?

 もし、大事な仕事を人に任せなければならないとしたら、どのような相手に任せたいでしょうか。きっと、経験豊富な先輩や、真面目な同僚など、信頼できる相手に任せたいと思われることでしょう。同様に、鉄道利用者も、鉄道の運行は信頼できる事業者に任せたいと思うのではないでしょうか。

 一般には、信頼は大きく以下の二つの要因から判断されるとされています。

 ・「能力」:相手が役割を果たすだけの専門的能力を持っているかどうか

 ・「公正さ」:相手が自身の都合によらず、責任を果たしてくれるかどうか

 では、鉄道利用者は事業者への信頼を判断する際に、どちらの要因をより重視するのでしょうか。

鉄道事業者への「組織信頼感」

 人間科学ニュース2014年9月号(「鉄道利用者のリスク認知モデル」、「事故の発生件数に対する利用者の認識」)でもご紹介したように、安全性解析グループでは社会の価値観を踏まえた鉄道のリスクマネジメントを行うための基礎的な検討を行ってきました。その一環として、鉄道利用の安心を支える「組織信頼感」についての調査1)を行いました。

 ここでは、その一部ですが、鉄道事業者への「組織信頼感」と「能力」と「公正さ」との関係についてご紹介します。

「組織信頼感」と「能力」と「公正さ」との関連

 調査は8都道府県の鉄道利用者(計2146名)を対象に行いました。調査では、37の様々な事故・遅延原因への対策について、ふだん最もよく利用する鉄道事業者の「組織信頼感」、「能力」、「公正さ」を質問しました。

 この37の様々な事故・遅延原因には、台風、地震、車両故障、電気設備不具合、機械故障、運転士ミス、保守係員ミス、踏切内滞留、ホーム転落等が含まれていました。

 また、「組織信頼感」、「能力」、「公正さ」に関する質問は次の3つでした。

 (1)「組織信頼感」:対策の判断を任せておけるかどうか

 (2)「能力」:対策を判断する能力があるか

 (3)「公正さ」:対策を公正に判断できるか

 回答を分析した結果、「能力」よりも「公正さ」が「組織信頼感」に強く影響していることが分かりました(図1)。これは、いずれの対策についても同様の結果でした。

 今回の調査結果から、事故・遅延対策について、利用者からの「組織信頼感」を高めるには、対策の的確さや効果(「能力」)を示すだけでなく、公共交通として利用者の立場に立って、責任を果たすために対策を実施していること(「公正さ」)を伝えることがより有効であると考えられます。

おわりに

 利用者からの信頼は鉄道利用の促進にもつながり、円滑な事業運営にとって不可欠なものでしょう。今後、調査を積み重ね、鉄道事業者の日々の取り組みが利用者の信頼により結びつく情報提供の在り方等についてさらに検討していきたいと考えています。

  • 図1 「組織信頼感」と「能力」,「公正さ」の関係(※図中の値は関係の強さを示す偏回帰係数の例)
    図1 「組織信頼感」と「能力」,「公正さ」の関係(※図中の値は関係の強さを示す偏回帰係数の例)

参考文献

1)岡田・宮地:事故・遅延原因ごとの鉄道事業者への組織信頼感の実態調査, 鉄道総研報告, Vol.28, No.5, pp.47-50, 2014

(安全性解析グループ 岡田 安功)

駅における植物の香りの利用

はじめに

 最近、駅コンコースなどで緑化を導入する事例が増えています。もともと、駅といえば人工的で機能的な空間というイメージがありますが、このような空間に緑化で自然環境を演出することにより、利用者にとってより快適な空間を創出することができます。現在、緑化はおもに視覚的効果を高める目的で導入されていますが、植物の香りなどによって空気環境に与える効果もあることが知られており、鉄道総研では、緑化の付加価値をさらに高めることを目的として、植物の香りを活用する緑化の研究を行っています。

植物の香りの効果

 植物の香りにはさまざまな効果があると言われ、植物から抽出した香り成分であるアロマオイルがアロマテラピーといわれる美容やリラクゼーションなどに用いられるなど、古くから私たちの生活の中で利用されてきました。

 こうした効果は、おもに経験に基づくものが多く、科学的根拠があまり明らかにされていなかったことから、効果について疑問視されることもありましたが、近年、生理・心理学評価によって香りによる具体的な効果が明らかにされつつあります。例えば、ラベンダーの香りを嗅いだときに、自律神経系の副交感神経が優位になることや、脳波のα波が増えることが確認されており、香りによるリラックス効果が説明されています。また、一時的な気分の変化を評価する「心理プロフィール検査(POMS)」などにより、香りを嗅ぐことによって緊張状態や疲労感が緩和されることが示されています。

駅待合室での評価試験

 一般募集したモニターにより、一定の方法で電車の乗降と駅構内の歩行を行ってもらった後、①香りのある植物で緑化した場合(芳香植物条件)、②香りの少ない一般的な観葉植物で緑化した場合(観葉植物条件)、③植物が無い場合(植物なし条件)のいずれかの待合室に10分間滞在したときの疲労感の変化を、POMSを用いて評価しました。その結果、芳香植物条件では他の条件と比較して、待合室に滞在することによってどのくらい疲労が回復したかを示す「疲労回復効果」が高いことがわかりました(図1)。

嗜好の問題

 香りには、「人により好みが異なる」という側面があります。そのため、家庭や自家用車などの個人的な空間では好きな香りの芳香剤を自由に使うことができますが、駅や列車など、不特定多数が利用する公共的な空間では、香りを不快に思う利用者がいることを想定し、香りが積極的に使われた事例はほとんどありません。

 そこで、前述の駅待合室での評価試験に参加したモニターに対し、待合室退室後に「駅待合室に香りのある植物を設置すること」の賛否についてアンケート調査を行いました。その結果、芳香植物による緑化を体感した人と、していない人では回答傾向が異なりました。これは、実際に香りのある環境を体験したことによる好意的な評価と、「人により好き嫌いのある香りを公共空間で使うべきではない」という先入観による評価の差であり、駅での香りの利用が必ずしも否定的に捉えられているものではないと考えます。

 今後は、香りの種類や強さなど、駅にとって最適な香りの条件を追求し、植物の香りが駅の快適性をさらに向上する可能性について検討していきたいと考えています。

  • 図1 疲労回復効果の評価結果
    図1 疲労回復効果の評価結果

(生物工学グループ 潮木 知良)

においをどうやって測るか

 一般に、においが気になる場所としては、トイレを連想される方が多いと思いますが、鉄道施設のトイレにおいては、不特定多数の人が利用するため、清掃で対応しきれない場合があります。におい対策を行うためには、トイレ内のどこから、どのようなにおい物質が発生しているのかを知ることが肝要です。ここではトイレを対象に、においがどのあたりから出ているのか調べてみた例を紹介したいと思います。

におい物質を測る道具

 におい物質を測るには、簡単な方法から、高価な装置を使用する方法まで、目的に応じた様々な方法があります。今回は、検知管を用いた簡単な測定方法についてご紹介します。検知管とは、特定の物質に反応すると変色する粉末薬剤を細いガラス管に詰めたもので(図1)、その粉末薬剤のどの位置まで変色するかによって、目的物質の濃度を簡単に知ることができる器具です。私たちは、トイレの主たるにおいの一つである、アンモニアの濃度を計測するときに利用しています。トイレのように、においの主成分が絞られている場合には、検知管を用いた測定は、有効な方法だと思います。

検知管を使った物質量の測定方法

 先ほど述べたように、検知管は、粉末薬剤をガラス管に詰めたものです。両端を密封してありますので、使うときには、両端を専用のカッターで折り取ってから、吸引ポンプに接続し、測定したい場所の空気を吸い込みます。操作は手動で、完全に吸いきるまで1分くらいかけてゆっくりと吸い込みます。

 測定するときには、においが発生していそうな場所に検知管の先端を近づけてピンポイントで測定したり(図2)、底に穴を開けたステンレス缶を床に置いて、その中のアンモニア濃度を測定することで、タイル1枚当たりの発生量を調べるなどの工夫をしています。検知管の種類は非常に多く、多種類の物質をこの方法で測定することができます。

アンモニアの発生場所

 ある駅の男子トイレ内のアンモニア濃度を検知管で詳しく調べてみました。そうすると、便器と床との境目や、床表面、特に小便器に近い部分から比較的高濃度のアンモニアが検出されました。便器と床の境目は掃除がしづらいため、尿などの汚れがたまりやすく、アンモニアの発生源になりやすいと考えられます。また、小便器周りに尿が飛散しやすいことは容易に想像ができますが、少し離れた床表面でもアンモニアが検出されたのは意外な結果でした。おそらく、小便器近くに飛散した尿が、靴裏等を介してトイレ全体に広がり、そこからアンモニアが発生したのではないかと推測できます。また、タイルの部分よりも、それを接合している目地の部分から比較的高い濃度でアンモニアが検出される場合もあるようです。

おわりに

 におい対策のためといえども、トイレというデリケートな場所での計測は、お客様の邪魔にならないよう、周囲に気を使いながら実施しなければなりません。しかし、その甲斐もあって、少しずつ駅トイレのにおいのことがわかってきました。今後も調査、検討を続け、トイレのにおいが少しでも軽減できるよう、有効な方策を考えていけたらと思います。

  • 図1 アンモニア検知管
    図1 アンモニア検知管
  • 図2 検知管を用いた測定作業
    図2 検知管を用いた測定作業

(生物工学グループ 京谷 隆)