事故防止対策検索サイトの提案

 ヒューマンエラーを防止し、事故を防止するために職場が独自に開発した対策はたくさんあります。対策を考える際に、他の職場の対策を参考にできると効率的ですし、さらによい対策が開発できるかもしれません。

 そこで、職場が独自に開発した対策の情報を集め、他の職場がそれを見て情報を共有できる仕組みとして、対策の検索サイトを作ってみてはいかがでしょうか。

 あるJR会社の5つの職場の協力をいただいて、検索サイトの試案を作成しましたので、紹介させていただきます。

対策の収集

 対策の内容はサイト管理者が集めるのではなく、職場が自主的に入力して共有化します。これは、サイトの管理人が収集することは負担が大きいと考えたためです。たとえば、インターネット上にあるクックパッドという検索サイトと同じやり方で、みんなが自分の料理のレシピを入力し、情報交換をする仕組みと同じです。

検索サイトの構成

 検索サイトには、対策を入力する機能、検索する機能、検索一覧を表示する機能(図1)、詳細を表示する機能、口コミを書く機能、口コミを表示する機能があります。

 図1に示した検索一覧のイメージにはオススメ度の欄があります。これは、このサイトを見た他の職場が入力したオススメ度の平均値を示すものです。対策の数が膨大になり、内容が玉石混合になると必要になってくると思います。

 しかし、職場の意見によると他の職場の対策を評価すること、ましてや低い評価をすることが難しいと感じるそうです。オススメ度を採用するかどうかはよく検討すべき項目です。

検索サイトの将来像

 この検索サイトは自社内に限定して運用することを想定して検討しました。

 このサイトが順調に発展すれば、職場全体で実施している対策だけでなく、個人が開発した自主的な工夫を扱うこともできます。

 さらに、会社を横断して、鉄道業界で対策を共有することが考えられます。実現できれば、中小民鉄ではとくにメリットが大きいでしょう。

 さらに、業界を越えて、他の運輸業界や工場等との共有も考えられます。ヒューマンエラーの防止対策には業界を越えても有用なものが多くあると思います。

  • 図1 検索結果一覧画面イメージ
    図1 検索結果一覧画面イメージ

(安全心理グループ 井上貴文)

フォローアップが研修の効果を高める

 皆さんの職場では、研修を“実施したまま”や、“受けたまま”にしていないでしょうか。これでは研修の効果を十分に活かすことはできません。

研修で学んだ内容が業務に活かされる割合

 皆さんは、研修で学んだ知識、技能、態度などが、実際の仕事に活かされたり、応用されたりする割合はどのくらいだと思いますか。諸説ありますが、60~90%は仕事に応用されないことを示す研究や、研修直後では62%が仕事に活かされるが、6か月経つと44%になり、1年経つと34%になることを報告する研究などがあります。せっかく貴重な時間と労力をかけて研修を実施したり、受講したりするのであれば、より長期にわたり効果が持続する研修が実践されることが望まれます。

研修効果の持続を左右する要因

 研修で学んだ内容を業務に活かすための教育的工夫や方策について検討する研究領域では、これまで伝統的に研修受講者の資質(例えば、受講者の理解力や勘の良さなど)や研修中の要因(例えば、講師の教え方や進行の上手さ、使用される教材の適切さなど)の影響力について調べた研究が多くみられました。しかし、2000年代以降は、これらの伝統的に検討されてきた要因に加え、研修の前や後に、職場の上司や同僚が支援やフォローアップをすることの重要性が論じられるようになり、それらの影響力の大きさを調べる研究が増えています。

異常時放送に関する研修では

 私達は、ある鉄道会社の約600名の車掌を対象に、異常時放送の研修で約40分のDVD教材を視聴してもらい、その視聴効果を持続させるための視聴後の対処(フォローアップ)のあり方を実験的に調べました。DVD教材の視聴の狙いは、異常時のお客さまへの情報提供において、運転再開見込み情報を早期から積極的に案内すること(目標行動)の重要性を理解、納得してもらい、実践に繋げることです。DVD教材を視聴する研修の後、研修受講者に対し、下記の①から④のいずれかの方法で指導助役(車掌区の指導担当者)にフォローアップしてもらいました。

① 教材の視聴のみでフォローアップしない(統制群)

② 教材を視聴した直後に研修受講者が、今後、業務で運転再開見込み情報をどのように案内するかを紙に書いて提出する(目標設定群)

③ 教材視聴から約3か月後の職場訓練で、教材の視聴により、研修受講者の意識や実践の変化の程度を示した紙を研修受講者に配布し、確認してもらう(フィードバック群)

④ 教材の視聴後に上記②と③を行う(併用群)

 なお、②や③の実施時間は5~10分程度でした。

 教材の視聴から半年後の研修受講者の目標行動の実践率を図1に示します。図の左半分は、教材視聴前に目標行動を「とっていなかった」人の結果、図の右半分は教材視聴前に目標行動を「とっていた」人の結果です。研修後に何もフォローアップしなかった統制群では、目標行動の実践率が43~57%でした。②から④のいずれかの方法で対処した場合は、それよりも3~15ポイント実践率が高くなり、フィードバックを行うことが、教材の視聴効果を統制群に比べて高めることがわかりました。

おわりに

 今回、ご紹介した異常時放送の研修以外にも、研修で学んだことが業務に活かせていない事例は少なくないでしょう。そのような残念な事態を減らすには、研修後のフォローアップが役立ちます。特に、研修によって変化したことと、その変化の程度を把握して、それを分かりやすく学習者に伝えるフィードバックが有効です。

  • 図1 教材の視聴から半年後の目標行動の実践率
    図1 教材の視聴から半年後の目標行動の実践率

(人間工学グループ 山内香奈)

運転士のシミュレータ訓練用振り返り支援システムの活用

はじめに

 鉄道の運転士は様々な異常時に対応することを求められています。この対応力を向上させるための支援ツールとして、鉄道総研は三菱プレシジョン株式会社と共同で、運転士のシミュレータ訓練用振り返り支援システムを開発しました(人間科学ニュースNo.188、2013年11月号)。なお、「振り返り」とは、シミュレータ運転後に運転中の操作や判断について思い出すことを指しています。

 このシステムの特徴は、シミュレータ運転中の様子を正面、上、横の3方向から撮影し、この動画映像を運転環境や運転行動のデータと同期させながら再生できることです。この動画を見ることで、運転中の記憶が鮮明なうちに、マンツーマン指導で集中して運転内容を振り返ることができます(図1)。現在、この映像を効果的に活用し、異常時の対応で注意すべき点などを的確に指導できるように「指導ポイント集」を作っています(表1)。

指導ポイント集

 作成している指導ポイント集の特徴は運転士の取扱いの理由を解説しているところです。異常時については規程やマニュアルで基本的な対応が定められているため、その理由を深く考えずに従ってしまいがちです。しかしながら、勘違いや思い込みを防ぐためには規程やマニュアルの理由や背景を理解していることが大切です。

 この特徴を活かすためには、シミュレータ運転中にエラーをした箇所を指摘するだけでなく、正しい取扱いができた場合でもその理由を質問し、指導ポイントに書かれているような理由を運転士が説明できるかを確認するといった使い方をするのが効果的だと考えています。

 このような使い方でシミュレータ訓練を実施した指導員にアンケート調査を行いました。今回の調査の範囲では、「判断の理由を聞くことで、手順のみを覚えている状態か、意味を理解したうえで正しい取扱いができたのかを見極めることができた」や「映像を見ながら、似ているが全く同じではない状況だった場合の対応方法について聞くと、理解しているかを把握できた」といった良好な意見が得られました。

おわりに

 ここでは、運転士のシミュレータ訓練用振り返り支援システムの活用方法を、「指導ポイント集」との連携の視点で紹介しました。今後は、振り返りの内容を詳細に分析することで、異常時の取扱いに関する理解を深めるための質問の仕方等を整理し、振り返り支援システムを用いた訓練手法を改善していきたいと考えています。

 ここで紹介した指導ポイント集の作成および運用においては、北海道旅客鉄道株式会社の関係者の皆様に多大なご協力を頂きました。誠にありがとうございました。

  • 図1 振り返りの様子
    図1 振り返りの様子
  • 表1 指導ポイント集の抜粋(閉そく指示運転の例)
    表1 指導ポイント集の抜粋(閉そく指示運転の例)

(人間工学グループ 鈴木大輔)

駅における植物の香りの利用(2) -PRの効果-

 人間科学ニュースNo.194(2014年11月号)において、駅待合室を香りのある植物(芳香植物)で緑化し、その待合室に滞在することによって疲労感が緩和される効果が得られたということを紹介しました。さて、このような取り組みについて、積極的にお客様にPRするべきでしょうか、それとも、あえてPRせず、さりげなくすべきでしょうか?

PR有無による空間印象の評価の違い

 駅待合室で行った評価試験では、待合室内を1週間ごとに以下の3種類の条件に模様替えし、各々の条件において、下記のPRを行ったうえで空間印象を評価してもらった場合と、何も伝えずに評価してもらった場合で、評価結果にどのような違いがあるか比較しました。

① 香りのある植物で緑化(芳香植物条件)

 PRの内容:「これから出発されるお客様にリラックスやリフレッシュをしていただく空間を提供するため、香りのある植物で緑化しています」

② 香りの少ない一般的な観葉植物で緑化(観葉植物条件)

 PRの内容:「これから出発されるお客様にリラックスやリフレッシュをしていただく空間を提供するため、観葉植物で緑化しています」

③ 植物が無い(植物なし条件)

 PRの内容:「これから出発されるお客様にリラックスやリフレッシュをしていただく空間を提供しています」

 その結果、芳香植物条件では、図1に示すとおり、PRを行ったうえで評価してもらったほうが、空間印象がよりポジティブになることがわかりました。一方、観葉植物条件ではPRの有無による差が無く、植物なし条件ではPRを行うことによって逆にネガティブに評価されました。

 このようなPRの有無による評価結果の違いは、先入観や期待が評価に影響を与える「期待効果」によるものと考えられます。芳香植物条件では、PRの内容から生じた期待に相応する実態があると評価されたため、ポジティブな評価になったと考えられます。しかし、観葉植物条件と植物なし条件では、PRの内容に対し、実態はあるが平凡である、もしくは、PRにより期待が高まったものの、実態がその期待に相応する程度には達していないと評価されたためポジティブな評価にならなかったものと思われます。

 このことから、芳香植物で緑化した場合には、積極的にPRすべきでしょう。ただし、必要以上に期待を高めてしまい、かえって逆効果にならないよう、「やりすぎ」には注意が必要です。

効果的なPRの方法

 PRの効果では、内容のほかに、どのようにPRするかという「方法」も重要です。例えば、テレビCMではインパクト、親近性、おもしろさの3要因が好感度との関連性があるとされています1)。緑化では、地域色のある植物や沿線観光地にちなんだ意匠をとり入れることにより、インパクトやおもしろさを与えることや、植物との距離感を縮めた配置、植物の名前や特徴の表記によって親近感を高めるなどの方法が考えられます。

おわりに

 芳香植物を利用した緑化を普及するために、香りの効果の検証に加えて、「伝える」ことによって空間印象を向上させ、より快適な空間であると感じていただける方法についても検討していきたいと考えています。

  • 図1 空間印象の評価結果
    図1 空間印象の評価結果

文献

1) 牧野幸志:広告効果に及ぼすコンテンツ情報の影響に関する研究(2) 受け手の気分,CM内容の印象とテレビ広告の好感度,商品評価との関連,経営情報研究,Vol.16,No.1,pp.1-11,2008

(生物工学グループ 潮木知良)

英国滞在記―RSSB出向を通して

 2014年の8月から2015年1月の半年間、共同研究のために、英国の鉄道安全標準化機構(RSSB:Rail Safety and Standards Board)に出向に行ってきました。今回は、その出向を通して経験したことや考えたことについて述べたいと思います。

出向先について

 鉄道総研とRSSBは、私の出向前からも何回か共同研究を行ってきましたが、私のように総研の職員が出向に行くケースは初めてでした。前任者がおらず、また、私自身が海外経験がほとんどなかったため、ビザの取得や住居手配などの手続きに非常に苦労しました。

 出向先のRSSBは、英国の鉄道会社から基金を募って運営されている非営利団体で、2003年に設立されました。構成人数は約250人です。設立の契機になったのは信号冒進が原因で生じた列車衝突事故でした(ラドブロークグローブ事故)。その事故から鉄道安全の促進を図るためにRSSBが設立されました。

 私の配属先はRSSBのヒューマンファクターチームでした。12名ほどのチームです。そこでは疲労、信号冒進対策、ERTMS(移動閉塞システム)等、様々な研究がなされています。私はその中で、コメンタリー運転法(Risk Triggered Commentary Driving)1)に関する研究を行いました。これは、し忘れ防止、覚醒度の維持等を目的として、これから行おうとしていることを声に出しながら運転するというエラー防止策の一つです。詳細については、今後の人間科学ニュースで紹介しようと思います。

英国の列車運転と指差喚呼

 英国の列車運転士がどのように運転するかを知る必要があったため、15回程前頭添乗の機会を得ました。日本の鉄道では、客室から運転席を窓を通して見ることができますが、英国の鉄道では窓がないために、客室から運転席を見ることができません。そのため、この前頭添乗の経験は非常に貴重なものでした。

 前頭添乗で印象深かったのは、運転士が静かなことです。日本の運転士の場合は指差喚呼を行っているため、運転中でも「出発進行」「制限60」などと発声しますが、英国運転士はコメンタリー運転法を行わない限り、黙って運転します。

 指差喚呼について知っているかどうかを聞いてみると、私がお会いした運転士さんの約半数がテレビ番組等を通して知っていました。日本の指差喚呼は英国の鉄道会社にも注目されています。また、2015年4月にポルトガルで行われた国際会議(WCRT)で指差喚呼の教育ソフト2)について発表したところ3)、興味をもたれた鉄道会社の方が幾人かいました。

出向を通して

 ヒューマンエラーの防止は、世界各国で様々な取り組み、情報共有がなされています。日本の鉄道の安全性はEUの上位グループと同等であるとの報告もありますが4)、それでもなお世界から学ぶことはたくさんあると思います。今回、私が調査研究してきたコメンタリー運転法もその1つです。今回の出向を通して、日本が安全対策において、世界から遅れをとらないためにも海外鉄道の動向を知っておくことは非常に重要だと感じました。

  • 図1 前頭添乗を行った列車
    図1 前頭添乗を行った列車

文献

1) RSSB:Risk Triggered Commentray Driving, Fact Sheet, 2008

2) 増田・佐藤:指差喚呼によるヒューマンエラー防止効果を体感する, RRR Vol.7(4), 8-11, 2014.

3) Nakamura, Masuda,Sato: Safety learning by experience-based software -Prevent human error by Point and Call Check-, WCRT, 2015

4) 大塚:日本と欧州の鉄道の安全比較, JR-EAST Technical Review (49), 17-21, 2014

(安全心理グループ 佐藤文紀)