「鉄道総研式 事故の聞き取り調査手法」の教育プログラム

はじめに

 事故やトラブルの防止には、関係者の行動や発生状況等の十分な情報収集が必要です。そのため、我々は、事故等の発生状況や背景要因についての情報収集を現業機関で効率的に行うための聞き取り調査手法1)を開発しました。

 今回は、この調査手法を身に着けるための訓練方法とその有効性について紹介します。

教育プログラムの概要

 開発した教育プログラムは、図1に示すように、演習と解説を組合せた5つのステップで構成しています。このプログラムを一通り行うと4時間かかりますが、全てを一度に行う必要はなく、図中①②⑤の解説は講演形式で全体に対して行い、③④は実務者のみの少人数の訓練形式にするなど、状況に応じた組合せができるようになっています。

有効性の検証

 聞き取りや傾聴の体験演習についての有効性を評価するために、一通りの教育プログラムの受講者に教育プログラムで使用したマニュアルや見本映像の教材類が「手法の理解に役立つか」といった評価を求めました。その結果、教材や聞き取りの体験演習については9割の人が、傾聴訓練の体験演習については7割の人が、役に立つという肯定的な評価をしました。

 傾聴訓練は少々戸惑う人もいたようです。そこで、訓練時の着眼点の説明を追加したり、やり方を何度か全体で確認したりといった工夫をすることにしました。なお、こうした工夫を実施しても、一通りの実施は6時間内で可能です。

 また、1回の教育プログラムの受講によって理解が進む点とそうでない点を明らかにするため、聞き取り調査手法の理解度を比較する調査を実施しました。その結果、手法を全く知らなかったり、マニュアルを参照するだけだったりする人に比べて、教育プログラムの受講者は、開始時の話しかけや質問時などの聞き取り調査手法の主要な部分について、特に理解が進むことがわかりました(図2)。

おわりに

 今回は、この調査手法を身に着けるための訓練方法とその有効性の確認結果について紹介しました。そもそも調査手法はスキルですので、その獲得には繰り返しの訓練を行う必要があります。しかし、たとえ一通りの1回の受講でも、開始時の話しかけや質問のコツ等の主要な部分については、マニュアルを読むだけよりも、教育プログラムを受けて、訓練を体験した方が、理解が進みます。

 聞き取り調査やその実施者に対する現業機関での印象が好転すれば、職場内の信頼関係を良好になり、安全への取り組みへの協力を促すことが期待できます。本手法をぜひご活用ください。なお、研修講師の派遣等の詳細につきましては、ご相談に応じて対応しています。

  • 図1 聞き取り調査手法の教育プログラムの概要
    図1 聞き取り調査手法の教育プログラムの概要
  • 図2 新手法の認知状況別の理解度の比較結果例
    図2 新手法の認知状況別の理解度の比較結果例

参考文献

1) 宮地・鏑木・岡田:事故の背景要因に対する聞き取り調査手法と教育プログラム, 鉄道総研報告, Vol.29, No.7, pp.5-10, 2015

(安全性解析グループ 宮地由芽子)

運転士の眠気を捉える

はじめに

 人の注意力の維持には限界があり、どんな人でも眠気などによってヒューマンエラーを起こす可能性があります。今日の鉄道では、各種保安装置の整備により、運転士の眠気による注意力の低下が重大な事故に直結する可能性は大幅に減っています。しかし、安全・安定輸送のために、眠気発生の問題は軽視できるものではないので、運転中に眠気を催した場合に、運転士を支援する装置があってもよいのではないでしょうか。このためには、まず、運転士の眠気を捉える技術が必要になります。ここでは、運転士の顔画像から捉えた目の瞬きなどから眠気を評価する技術(人間科学ニュースNo.195参照)の開発について、その一部を紹介します。

眠気評価のための瞬きの検出

 最初に、トンネル、夜間、西日等の影響を受けにくい撮影手法を構築するため、アクティブ赤外線照明器、近赤外線カメラ、並びに運転台に装架可能な撮影用治具からなる撮影システムを製作しました。次に、当該装置で得られた画像データから、人の顔を検出し、その領域から目、鼻、などの顔器官を抽出し、目の輪郭の座標を得ることが必要となります。これには、既存のソフトウェアライブラリを活用しました(図1)。これにより得られた目の座標値から、目の開き具合を求め、これがある値を跨いだ時に、瞬きをしたと判断します。そして、単位時間あたりの瞬目回数や閉眼時間などの瞬きに関する特徴量を算出しました。

眠気評価式の作成

 列車運転中の運転士の眠気評価式を作成するために、列車運転シミュレータを用いた実験を実施しました。被験者は、鉄道総研の職員です。瞬きに関する各種特徴量のデータを用いて、眠気評価式を作成するためには、被験者には実際に眠くなってもらう必要があります。シミュレータの運転作業が困難であったり、運転作業に“やりがい”を覚えたりすると、被験者が眠くならない可能性が考えられたため、日中に実験概要の説明とシミュレータの運転に習熟させるための練習走行を実施し、深夜早朝時間帯を中心に、本試験を実施しました(図2)。本試験の作業は、信号の確認とこれに伴う指差喚呼、駅間の運転速度に従った運転、駅での所定位置への停車です。本試験では、運転台に設置した画像入力装置で、運転中の被験者の顔を撮影しました。この画像から、検査者が眠気表情評価値を求め(No.195を参照)、これを正解値として、瞬きなどに関する各種の特徴量との関係式(眠気評価式)を求めました。

被験者の顔の撮影、顔画像データから顔器官の抽出、上記評価式に基づく眠気の程度の算出までを、当初はオフラインで実施していましたが、リアルタイムで算出できるように改良しました。

今後の課題

 眠気の程度をリアルタイムに評価するための基本的な仕組みを構築しましたが、精度の向上に課題があります。人の顔の特徴や瞬きには個人差があり、また、運転姿勢や体格の違いにより、カメラと顔の相対的な位置関係も変わるため、誰にでもよく当てはまる推定式の作成には至っていません。西日を受ける場合など、多様な光環境に対応することも課題です。また、運転士の前方監視とメーター等の確認時など、注視点が素早く移動している時にも適切にデータがとれているかなども検証する必要があります。列車運転士の眠気の状態把握に関して、新たな要素を加えながら、更に検討を進めます。

  • 図1 目や口の輪郭(図中の点)を検出した状態
    図1 目や口の輪郭(図中の点)を検出した状態
  • 図2 撮影システムを装備したシミュレータでの実験
    図2 撮影システムを装備したシミュレータでの実験

(人間工学グループ 水上直樹)

温熱指標とその適用限界

はじめに

 私たちの温熱感覚には、環境要素である気温、湿度、放射温度、気流、人的要素である着衣量、活動量が複合的に影響を及ぼしています。これら6つの要素のいずれかを組み合わせて作った変量を一般に温熱指標と呼び、これまでに様々な指標が提案され、温熱環境の評価に利用されています。

 ただし、全ての環境に適用できる万能な指標はなく、その指標の精度が保証される環境範囲、すなわち適用限界が必ず存在します。

適用限界の「なぜ」を探る

 人間科学ニュースNo.190(2014年3月号)</rd/news/human/human_201403.html>の「何℃で『暑い/寒い』?」では、人の温熱感覚を予測する指標として、現在最も広く利用されている予測平均温冷感(PMV)と予測不満足者率(PPD)をご紹介しました。ここでは、PMV・PPD指標を例に、なぜ指標には適用限界が存在するのかを探ってみましょう。

 PMV・PPD指標の計算方法の中身を見てみると(図1参照)、環境-人体間の熱平衡モデル部と被験者実験データに基づく統計モデル部の大きく2つのパートがあります。

 第1パートの熱平衡モデルでは、人体は「快適時の生理状態が維持される」と仮定されています。実際は、周囲の温度が高くなればより多くの汗をかき、温度が低くなれば震えて寒さに耐えますが、このような動的な体温調節は想定外ということです。

 第2パートの統計モデルの基となった実験は、温熱環境を固定した人工気候室で行われ、被験者はそこに数時間滞在した上で寒い/暑いといった温冷感を評価しました。つまり、温熱感覚も定常状態となったデータが基となっているということです。

 このような計算方法や実験データに由来して、 PMV・PPD指標の予測精度が保証されるのは定常環境に限られ、これが適用限界となります。

適用限界内でも体感と合わない時がある?

 指標の適用限界内であれば、大抵は適正な評価が可能です。ただし、「評価結果と体感が合わない」といった状況が数多く発生した場合は注意が必要です。

 PMV・PPD指標を例にすると、統計モデル部のPPD計算式は、温熱環境に対する「不満足者」を、「温冷感評価で『やや涼しい』、『中立』、『やや暖かい』以外に回答した人」と仮定して導出されました(図1参照)。これは、四季のある日本では合わない可能性があります。例えば、蒸し暑い夏季に「やや暖かい」と感じる環境は、「満足」ではなく「不満足」と感じる人の方が多いのではないでしょうか。PMV・PPD指標は欧州で作成されたため、季節の影響を考慮する必要がなかったのかもしれません。

鉄道車内へのPMV・PPD指標適用の妥当性

 鉄道車内、例えば夏季の通勤列車内は、駅停車中のドアからの外気侵入や乗客数の変化等により、温湿度変動を伴います。これは明らかにPMV・PPD指標の適用限界を超えた環境です。また、前述したように、夏季の日本人の温冷感と満足感の関係は、PPD計算時の仮定に合わない可能性が高く、年間を通した精度の高い予測は期待できません。したがって、PMV・PPD指標を、少なくとも通勤列車内にそのまま適用することは妥当とはいえません。

鉄道車内用の温熱指標作成に向けて

 今回はPMV・PPD指標の適用限界を、その計算モデルまで掘り下げて理解しました。これは、限界を知ると同時に、新たな可能性の発見にも繋がります。単純に考えれば、PMV・PPD指標の計算モデルの熱平衡モデル部と統計モデル部を日本の鉄道車内環境にも対応できるように更新すればよいのです。

 私たちのグループでは、これらを考慮して、日本の鉄道車内版PMV・PPD指標の作成に向けた理論的・実験的な研究を進めています。これらの研究結果に関しては、次の機会にご紹介したいと思います。

  • 図1 PMV・PPD指標の計算モデル
    図1 PMV・PPD指標の計算モデル

(人間工学グループ 遠藤広晴)

英国のヒューマンエラー防止法 -先取喚呼について-

はじめに

 昨年私は、英国のRSSB(Rail Safety and Standards Board 鉄道安全標準化機構)への出向を通して、英国の鉄道の運転について学んできました。また、ヒューマンエラー防止対策として英国で行われている先取喚呼についても研究をさせていただきました。今回は、その先取喚呼について取り上げたいと思います。

先取喚呼

 先取喚呼とは、運転士が考えていることや、これから行おうとしていることを口に出しながら運転する方法です。英国では、Risk Triggered Commentary drivingと表記され、RTCという略称で呼ばれています。直訳するとリスク駆動型発声法になるかと思います。発声法の前にある「リスク駆動型(Risk Triggered)」という意味ですが、運転士が運転中にリスク(将来、エラーをしてしまう可能性)を感じた時にこのコメントをし始めることからきていると思われます。RTCが将来を先取って喚呼(発声)することである点と日本の鉄道では「喚呼」という言葉が既に浸透している点から、本稿ではRTCのことを先取喚呼と呼んでいます。

 この先取喚呼は様々な場面で使用されているのですが、その1つに信号冒進場面があります。英国での信号冒進の原因の1つは、停止現示信号機の存在失念です。注意現示信号機を通過した後は、列車速度を注意区間の制限速度以下に落として走行しなければなりません。そこへ、停車駅での乗降扱い、保線係員への汽笛、列車運転に伴うその他の操作等を行っているうちに、自列車が注意区間を走行中であるという意識が希薄になる場合があります。そのような時に、常設されている速度標を見て、本来ならば、制限速度以下で走行し続けなければならないところを速度標に釣込まれ、速度を上げてしまい、停止現示信号機に気がついた時には非常ブレーキをかけても既に遅く、信号冒進してしまうという事象が英国でみられることがあります。

 この信号冒進を防ぐために、注意現示走行区間中に「次の信号機は赤」等と口頭で言い、次の停止現示信号機の存在を忘れないようにするのが先取喚呼です。

英国における先取喚呼の現状

 この先取喚呼が使用されて既に10年ほどになりますが、既に英国の鉄道会社13社において導入されております。ただ、それらの会社に所属する運転士の全員が先取喚呼を実践しているわけではありません。先取喚呼を実践するかしないかについては、運転士の裁量に任されているからです。管理側としては、より多くの運転士に先取喚呼を実践してほしいと考えているようです。このことから、先取喚呼は英国でまだ広がり続けることが予測されます。

先取喚呼と指差喚呼

 先取喚呼と指差喚呼は、運転中に声を出すという共通点があります。しかし、その目的は異なります。先取喚呼が主に「し忘れ防止」が主目的であるのに対して、指差喚呼は確認の正確性向上が主目的です。その為、両手法のメリットを生かすことができれば、より効果的に事故防止に貢献できると思います。例えば、日本では臨時の速度制限区間などを失念して速度超過するという事象が存在しますが、その防止に先取喚呼が有効かもしれません(図1)。

 今後は国をまたいでのエラー対策の情報共有が進んでいくと思われます。海外で行われている安全対策について目を向けることで、日本の鉄道の安全対策を考える上でよいヒントとなると思われます。

  • 図1 速度超過防止の先取喚呼
    図1 速度超過防止の先取喚呼

参考文献

RSSB:Risk Triggered Commentray Driving, Fact Sheet, 2008

(安全心理グループ 佐藤文紀)