コミュニケーションエラーと対策 その1

コミュニケーションエラーとは

 指示内容や伝達情報が、送り手の意図どおりに相手に伝わらないことをコミュニケーションエラーといいます。日常の業務において「そういう意味じゃないよ!」「え~そういう意味だったの!?」と情報を正しく伝えること、理解することの困難さを経験したことがある方もいると思います。

 コミュニケーションエラーは場合によっては重大な事故につながる可能性もあり、様々な対策や工夫が実施されています。

「復唱」による確認

 コミュニケーションエラーに起因する事故を防止するために、「復唱」という確認方法が用いられています。これは、相手の言った内容をくり返して言うもので、指示内容を正しく聞いたということを確認することが主な目的です。単に繰り返して言うだけなので簡単な方法のようですが、ここで重要なのは指示を出した側が復唱された内容を注意深く聞くことであり、これが意外と難しいのです。指示を出す側というのは、自分の指示が終わったら次の指示等の他の作業に注意が向いているものです。コミュニケーションエラーが関連した事故の報告書等を分析してみると、情報の受け手が「誤った復唱」をしているのに指示者が気づかないケースがあります。「復唱」を有効に機能させるポイントは「復唱」を行う側ではなく、「復唱」を受ける側と言えそうです。

「確認会話」による確認

 航空業界や、医療業界でも「復唱」を行っていたにも関わらずコミュニケーションエラーが原因となる事故が繰り返し発生し、新たな対策として「確認会話」が注目されるようになりました。これは、相手の言ったことを単にくり返すのではなく、「○○(指示内容)とは、つまりこういう事ですね」と別の言葉や表現で言い直したり、「そうすると、このようになりますが、良いですか?」と結果として起こる事を相手に返したりするものです。最近では、病院で生年月日を確認する際に、例えば「シチガツトウカ(7月10日)です」というと「ナナガツジュウウニチですね」といったように別の言い方で確認される事があります。自分が言った表現と異なる表現が相手から帰ってくると、自然と注意が向き、「ん?正しいかな?」と意識的に確認できます。

要注意ワードを知ろう

 「復唱」も「確認会話」も聞き間違いや理解間違い等のエラーを検出することによって、誤りを正すための対策です。一方で、そもそもコミュニケーションエラーを発生させないための会話方法というものはあるのでしょうか。

 指令と乗務員等の間のやり取りの録音データを分析してみると、コミュニケーションエラーにつながる可能性のある要注意ワードがたびたび使われている事が分かりました(表1)。

 指令員も乗務員も情報伝達に関してはプロなので、実際にはこのような表現や用語が使用されていたとしても経験や前後の文脈から正しく伝わる場合がほとんどです。しかし、当事者が新人である場合や異常時で焦っている時などはコミュニケーションエラーにつながる可能性が高くなります。各職場でどのような言葉や表現がコミュニケーションエラーにつながる可能性があるのかを議論し、整理しておくことによって、指示や会話の際に「要注意ワード」を避ける、または補足説明を付けるなどの工夫が可能になるでしょう。

 さらに、普段の業務で当たり前のように使用している用語や表現が他の職種や職場では通じない事や全く違う意味で使用されていることもあります。他職場との意見交換や、他職種の事例資料等を参考に、コミュニケーションエラー要注意ワード集を作って共有することができればさらに効果的でしょう。

  • 表1 要注意ワード例
    表1 要注意ワード例

(安全心理グループ 中村竜)

障害は環境がつくる

「しょうがい」の表記をめぐって

 近頃、障害者を「障碍者」や「障がい者」と書いた例を散見します。「害」という字を用いると、社会に危害や害悪を及ぼしているようで好ましくないという意見があり、それに賛同する人々が「障碍者」あるいは「障がい者」と表記するためです。言葉によって受ける印象が変わるということは確かにありそうで、痴呆症を認知症、精神分裂病を統合失調症と言い換えるようになった例もあります。ただ、言葉自体はそのままで表記だけを変えた例というのはあまり聞いたことがありません。

 「しょうがい」の表記に関しては、2010年に政府の障がい者制度改革推進会議が検討を行っています。その会議資料1)によれば、「しょうがい」という語には、元々、「障害」と「障碍(障礙)」の2通りの表記がありました(碍は礙の異体字です)。「障害」は遅くとも江戸時代末期には使われていた記録があります。一方、「障碍」は仏教に由来する語で、「しょうげ」がもともとの読み方ですが、明治時代頃から「しょうがい」とも読まれるようになりました。「しょうがい」の表記に「障害」と「障碍」が共に使われた時代もあります。しかし、「障碍」には「しょうげ」と「しょうがい」の2つの読みを使い分ける必要があったことから、次第に「しょうがい=障害」、「しょうげ=障碍」と使い分けられるようになり、大正時代には「しょうがい」は「障害」と表記されるのが一般的でした。

 時代は下り、戦後の国語改革で制定された当用漢字(1946年)や法令用語改正例(1954年)には「碍」という字は含まれませんでした。その当時の「障害」と「障碍」の使用実態を反映した結果と言われています。当用漢字は1981年に常用漢字へと発展し、それは2010年に改定されましたが、それらの際にも結局、「碍」の字は追加されていません。そして、法令や公用文は常用漢字で表記されることから、それらには「障害」の表記が用いられます。

 冒頭で述べたように、「害」という字の使用に批判的な人々は「障碍者」あるいは「障がい者」と表記する訳ですが、こうした表記に対する批判もあります。「障碍」に対する批判には、例えば、語源的に「怨霊に邪魔される」という仏教用語の影響を免れ得ないため「障害」と表記する場合とは別の問題を生じる可能性があるというものや、漢字の表記だけを変えても根本的な解決にはならないというものなどがあります。また、「障がい」に対する批判には、例えば、表意文字である漢字を表音文字である平仮名に換えてしまうと漢字がもつ意味が出ないというものや、漢字と仮名を交ぜ書きにすることで文章の意味把握が難しくなるというものなどがあります。

 当事者の意見にも様々あり、現在のところ、「しょうがい」の表記に関する議論はまだ決着をみていません。「しょうがいしゃ」という言葉自体が問題だとして、「要支援者」に変えたらどうかという意見もあります。ちなみに筆者は、バリアフリー整備ガイドラインやJIS規格等の記述に従って、「障害者」と表記しています。

障害は環境がつくる

 ところで、障害を意味する英語にはimpairment、disability、handicap などいくつかあります。これらを一様に「障害」と訳してしまうと意味合いの違いはわからなくなってしまいますが、WHO(世界保健機関)が1980年に示した国際障害分類では3つの語が明確に区別されています。

 それによれば、impairmentは低視力や下肢麻痺などの「機能・形態障害」を意味する語です。それに対して、impairmentの結果として起こる読字困難や歩行困難などの「能力障害」がdisabilityです。そして、impairmentやdisabilityによって就労困難や通勤困難など「社会的不利」な状況が生じればhandicapと呼ばれます。impairmentが個人の特性を表しリハビリや治療の対象になるのに対して、disabilityは個人の特性に環境要素が加わって表れるものです。低視力や下肢麻痺であっても、字が大きく表示されていたり車椅子の使用が容易なら、読字や移動の問題は軽減できるからです。

 このdisabilityの考え方に基づけば、環境の側に問題となるレベルの障壁(バリア)がある場合に障害が生まれることになります。障害は環境がつくるという訳です。そして、disabilityに直面する人々(disabled persons)をできるだけ少なくするための環境整備としてバリアフリーやユニバーサルデザインが必要になります。

 そこで、私たちは、鉄道のバリアフリー化、ユニバーサルデザイン化に向けての検討を行っています。

参考文献

1) 「障害」の表記に関する作業チーム:「障害」の表記に関する検討結果について,第26 回障がい者制度改革推進会議資料,2010

(人間工学グループ 大野央人)

マニュアルには「フロー図」を

はじめに

 一般に作業マニュアルには、内容が正しく読み手に伝わるように、分かりやすいものであることが求められます。特に、異常時における対応マニュアルは、タイムプレッシャーのかかった状況で使用されることも多く、参照したい箇所を素早く見つけ出せるものでなければなりません。そのために、鉄道現場の異常時対応マニュアルにおいても様々な工夫がされており、その1つとして「フロー図」の利用が挙げられます。

「フロー図」の効果

 フロー図には、「場合分け」があるような複雑な構造を持つ文章を分かりやすく示す効果があると言われています1)。一般的にマニュアルは、状況によって“すべきこと”が変わる「条件分岐」の構造を持つことが多く、文章で示すよりフロー図を用いて示した方が、読みやすさが向上すると思われます(図1)。読みやすさの向上は、情報探索速度の向上にもつながるものと予想されます。

  • 図1 フロー図と文章の比較
    図1 フロー図と文章の比較

「フロー図」が情報探索速度に与える影響

 フロー図を用いることで、「マニュアルのどこに何が書いてあるのか」がすぐ分かるようになると考えられます。そこで、フロー図利用の有無と手続き内容における条件分岐の有無が、マニュアルから情報を探索する際のスピードに与える影響を実験的に検証しました。

 被験者139名に対し、パソコン画面上に文章、またはフロー図で書かれたマニュアルを呈示し、その中から指定された作業手順を探してもらい、見つけたら出来るだけ速くその箇所をクリックしてもらうように教示しました。提示したマニュアルには消火器やAEDの使い方などといった異常時対応用のものを用いました。マニュアルが呈示されてから、当該箇所をクリックするまでの時間を情報探索時間としました。呈示するマニュアルには手続き内容に分岐構造があるものとないものを用意しました。

 その結果を図2に示します。分岐ありの手続き内容の場合、文章に比べてフロー図で情報探索時間が短くなりました。分岐なしの手続き内容の場合は、文章とフロー図で情報探索時間に大きな差は見られませんでした。

  • 図2 情報探索時間の比較
    図2 情報探索時間の比較

おわりに

 実験後に実施したアンケートでは、分岐あり・なしの各条件で示した文章およびフロー図に対して、読みやすさ、理解しやすさ、情報の探しやすさを聞きました。その全てにおいて、フロー図の方が文章よりも優れているという結果になりました。マニュアルを作る、あるいは改善する際、特にスピードが求められる作業を含む異常時対応用のマニュアルを作る際には「フロー図」を使うことによる効果を思い出していただけたらと思います。

参考文献

1)海保博之:朝倉実践心理学講座5 分かりやすさとコミュニケーションの心理学,朝倉書店,2010

(人間工学グループ 秋保直弘)

リスクの見積りをどう表すか?

はじめに

 組織や職場で取り組むべき対策を決定するための一方法としてリスクアセスメントがありますが、実際に取り組もうとすると、評価対象の洗い出しやリスクの見積りに悩むことがあります。特に、ヒューマンエラーを対象とすると、その発生には多様な背景要因が複合的に影響しているので、明確な判断基準を設けることが難しいのが現状です。そのため、事故やヒヤリハットなどの過去に発生した事例を用いた予測や、経験者の議論による判断が行なわれています。

 一方、リスクは本来、対策検討の議論を促すための一情報です。それでは、見積った結果をもとに、対策のための適切な議論を促すためには、リスクの見積りをどのように表現したらよいでしょうか。

 ここでは、リスクの見積りの2つの表現方法について考えてみたいと思います。

代表的なリスクの表現方法

① リスク値を算出する方法

 まず、評価対象がヒューマンエラー事象であれば、その「発生しやすさ」と、事象が進展した先の最悪の「事故影響(重大性)」を想定します。次に、それぞれ想定された点数を乗算や加算することで、リスクの大きさを値の大小で一元的に評価することができます。

② リスクマップで図示する方法

 横軸を「重大性」、縦軸を「発生しやすさ」としたリスクマップで分布を可視化します(図)。この方法では、「重大性」および「発生しやすさ」の側面を把握することができます。

  • 図 リスクマップのイメージ
    図 リスクマップのイメージ

表現方法の特長と使い方

 例えば、「通路に凸凹があり、それにつまずいて転ぶ」というエラーの防止策を議論する時、本来、根本的な原因である通路の凸凹を取り除けば、通行する人が転んで怪我をするというリスクはなくなります。しかし、根本的にリスクを取り除く対策ができない場合は、何らかの対処策を検討し、可能な限りリスクを低減できないか検討を行います。

 一つには、「『凸凹に注意』という貼紙を通路に掲出する」という対策が考えられます。これが実施されれば、貼紙を見た人が凸凹に注意しながら慎重に歩くことで、転ぶことはいくらか少なくなるかもしれません。しかし、この対策は、エラーによる事故の「発生しやすさ」を減らすための対策となる一方で、転んでしまった後の怪我の大きさ(「重大性」)といった影響を軽減するものではありません。

 一方、「凸凹がある付近に緩衝材を設置するなど、周囲を養生する」という対策も考えられます。緩衝材の設置に気付いた人が注意して慎重に歩いてくれるかもしれませんが、主な効果としては、転んだときの怪我がひどくならないで済むようにするための対策です。

 どちらかの対策しかできない時に、その優先度を判断するにはリスク値を算出し、その値の大小で議論すれば明快です。しかし、根本的にリスクを取り除く対策でなければ、残った問題がどのようなリスクを含んでいるかを、対策実施後にも把握しておく必要があります。そのためには、リスク値を算出する前の「発生しやすさ」と「重大性」の2つの側面を把握できるリスクマップの情報を残しておくことで、引き続きリスク低減に向けた対策検討の議論ができるでしょう。

おわりに

 ここでは、対策検討の議論を促すための、リスクの見積りを表現する方法について考えてみました。

 実際にリスクアセスメントに取り組もうとすると、それぞれの見積りを具体的にどう行なうかということも課題となります。これについても、引き続き、目的に適う、やりやすい方法を検討していきたいと考えています。

(安全性解析グループ 板谷創平)

におい分析の高感度化で効果的な対策を

はじめに

 鉄道の様々な現場(駅やトイレ、車両等)から、においに関するご相談(原因物質とその発生箇所の調査依頼等)を頂く機会が増えています。においは現場毎に異なると言っても過言ではなく、その対策には現場毎に原因となる物質やその発生源を特定することが重要です。そのために導入した、GCMS-O(におい嗅ぎ装置付きガスクロマトグラフ―質量分析装置)と、分析の前段階となる空気試料摂取の手段である、SPME(固相マイクロ抽出)法については、人間科学ニュースNo.182(2012 年11 月号)でご紹介しました。これらを使ったにおい分析では、例えば、新車のにおいを分析して、主な原因物質と発生源を特定し、その対策を提案しています。一方、経験を積み重ねる中で、においを検知しても、物質名がデータからはわからなかったケースが時々あり、これらを解決して現場の方々により具体的に回答するため、より高感度な分析方法の必要性を感じました。今回は、そのために導入した採取法である加熱脱着法をご紹介します。

加熱脱着法の特徴

 前回ご紹介したSPME法では、前節で述べた例のように、検出された物質の発生源を調べることができます。このときは、当該車両の製造の初期段階から分析を始め、工程ごとに分析し、工程とにおいの関係を調べた結果、配線コードの設置工程で採取し、検出した物質のにおいが、完成後の新車から検出した物質と似ていたことから、原因物質がわかりました。しかし、この方法では、採取した空気量がわからないため、濃度が算出できません(物質の重さはわかりますが、採取空気の体積がわからないと、濃度は出せません)。また、別の分析では,採取できる試料の量が少ないため、物質名が特定できない場合がありました。このため、より多くの試料を採取、注入できる方法として導入したのが加熱脱着法です。この方法では、指定した量の空気を吸い込む装置が必要ですが,SPME法と比べて多量の試料が採取できる上、採取空気量もわかるので、濃度がわかります。このためSPME法では、物質名の推定が難しかったケースでも、物質名がわかる可能性が高まります。また、これまで漠然と物質名しか報告できなかったものが、「この物質が、○○μg/m3検出されました。」と具体的に言え、主成分がどれかを示すことが可能になるため、におい対策の具体的な対象物質と発生源を絞り込み易くなります。

におい調査の手順

 実際の現場での調査では、この2つの方法を組み合わせることで、におい物質やその発生源をより高感度に、また効率的に明らかにすることができます。具体的には、第一段階として、SPME法で、同時に複数の箇所を分析し、どの部位にどのような物質があるのか、大まかに把握します。この結果から、加熱脱着法による詳細な分析が必要な箇所が絞り込めます。そして第二段階では、絞り込んだ箇所を対象に、加熱脱着法による分析を行います。この調査により、SPME法単独より、においの発生源の追究が高感度にでき(より多種のにおい物質名がわかる)、その原因物質の濃度や、におい対策の効果が数値でわかります。加熱脱着法とSPME法の主な違いを表1に、大まかな分析の流れを図1に示します。

  • 表1 加熱脱着法とSPME 法の主な違い
    表1 加熱脱着法とSPME 法の主な違い
  • 図1 におい調査の大まかな流れ
    図1 におい調査の大まかな流れ

おわりに

 今回導入した加熱脱着法を、SPME法と併用することで、これまでわからなかったにおいの原因がはっきりするかもしれません。今後、この方法によるにおい調査の実績を積み、におい分析の精度を高めたいと考えています。

(生物工学グループ 京谷隆)