運転士の注視行動と異常事象の発見

はじめに

 鉄道の運転士は様々な異常時に対応することを求められており、運転中に前方に発生する異常事象を如何に発見するかに着目すると、視線の動きが重要だと考えられます。シミュレータ訓練において異常事象を発見できた者とできなかった者の視線の動きの違いを明らかにし、その知見をもとに異常事象を発見しやすい運転士を育成するための訓練について検討しています。ここでは、注視に関する他分野でのこれまでの研究を紹介し、鉄道の運転士の注視の特徴について考えてみます。

視線の「移動」と「注視」

 視線の動きは「移動」と「注視」に分けられます。

 「注視」は視線が一点に停留している状態で、通常0.3秒程度ですが、1秒以上になることもあります。

 「移動」は一つの注視点から別の注視点に移る途中の状態で、0.05秒程度です。移動の間に情報は取得できません。人間は視線の移動と注視を繰り返し、注視している間に視覚情報を得ています。視線研究では、注視点を抽出し注視時間などを分析します。

注視時間に関するこれまでの研究

 自動車分野の研究1)では、周囲に他の車両がなく車線変更もしない場合と比較して、狭い道への右左折など複雑な走行場面では注視時間が短くなると言われています。これは様々な視対象を確認しなければいけないという状況に対処しているからだと考えられています。

 船舶分野の研究2)では、出港時と比較して洋上では注視時間が長くなると言われています。これは特定の視対象がない一様な海面から異常物を探し出そうとするために、長時間の注視を行っているからだと考えられています。

注視行動と異常事象の発見

 視線検知機能付き列車運転シミュレータ(三菱プレシジョン株式会社製)を使用した異常時訓練での注視点分析の一例をご紹介します。異常事象として、右側の隣接線が陥没しているシナリオを設定しました。それに加えてATS地上子の故障を予め運転士に通告し、陥没に気付きにくいように注意をそらす条件としました。

 陥没箇所を通り過ぎる前にブレーキをかけた者(発見群)とブレーキをかけずに陥没箇所を通り過ぎた者(非発見群)の注視時間の特徴的な例を図1、図2に示します。陥没箇所の手前30 秒程度を分析した結果です。図1は長い注視と短い注視が混在しているのに対して、図2では長い注視が少ないことがわかります。なお、両者ともATS 地上子の故障には対応できました。このことから、長い注視と短い注視がバランスよく混在していることが、様々な視対象を確認したうえで、特定の視対象がないレール付近の異常事象にも気付くのに適した注視行動である可能性が考えられます。

 今後、注視行動と異常事象の発見との関係についてより詳細に探っていきます。また、異常事象を発見しやすい運転士を育成するための訓練方法についても検討する予定です。

 ここで紹介した視線データの取得では、北海道旅客鉄道株式会社の関係者の皆様に多大なご協力を頂きました。ここに記して厚く御礼申し上げます。

  • 図1 発見群の注視時間の特徴的な例 (長い注視と短い注視が混在)
    図1 発見群の注視時間の特徴的な例
    (長い注視と短い注視が混在)
  • 図2 非発見群の注視時間の特徴的な例(長い注視が少ない)
    図2 非発見群の注視時間の特徴的な例
    (長い注視が少ない)

参考文献

1) 三浦利章:行動と視覚的注意, 風間書房, pp.86-90, 1996

2) 福田忠彦他:ヒューマンスケープ, 日科技連, pp.192-193, 1996

(人間工学グループ  鈴木 大輔)

なぜなぜ分析での主語の大切さ

はじめに

 ヒューマンエラーに起因する事故を防止するためには、そのヒューマンエラーを誘発する背景要因を調査分析し、対策を講じる必要があります。そこで、鉄道総研では、「鉄道総研式ヒューマンファクター分析法」を開発し、研修等の技術指導を行っています。

 この分析法は、まず、時系列対照分析表を用いて、「求められている行動」と「実際の行動」とのズレ(エラー)を特定します。次に、特定したエラーについて、エラーが起きた背景要因をなぜなぜ分析で掘り下げます。最後に、なぜなぜ分析で得られた要因を整理して、対策を検討・選択するという3段階の手順に分かれています。ここでは、なぜなぜ分析で留意すべきポイントを1つ紹介します。

なぜなぜ分析

 なぜなぜ分析とは、「エラーの背景には、エラーを誘発させる理由が複数あり、それぞれの理由の背景にも同様に複数の背景要因がある」と考えて、エラーの根本的な原因まで掘り下げていく分析法です。

 「なぜエラーしたのか?」を考えて、「○○だから」と背景要因を考え出します。考え出した背景要因に対して、さらに「なぜ○○なのか?」と考えて背景を掘り下げていきます。この時、要因は複数考え出され、縦と横に広がりますが、1つ1つ主語を明記するルールになっています。

主語を省略するとどうなるか

 例えば、「作業員が喚呼すべきところで喚呼していない」というエラーのなぜなぜ分析の例を図1に示します。

 左側の分析例では、「なぜ作業員が喚呼していないのか?」を考え、「作業員が見習いに話しかけられる」を理由として下に繋げています。そこで、主語を見習いに変えて、「なぜ見習いが話しかけたのか?」に対して、「手があいたと思う」、「このタイミングで喚呼することを知らない」と繋げています。そして、「なぜ喚呼のタイミングを知らないのか?」の理由として「喚呼のタイミングを指導していない」と掘り下げています。

 一方、右側の分析例は出てきている要因は同じですが、主語が省略されています。

 さて、「喚呼のタイミングを指導していない」と同じ内容ですが、どちらも一番下の要因は、誰に指導していないか明記されていません。それぞれの分析例から導き出される対策では、誰に対して指導が必要になるでしょうか?

 図1左側の分析例では、1つ上の要因を見ると喚呼のタイミングを知らないのは見習いとわかります。ですから、見習いに指導が必要なのが明確です。

 しかし、図1右側の分析例は、主語が省略されていますので、1つ上の要因を見ても喚呼のタイミングを知らないのは誰かわかりません。この時、一番上まで辿ると作業員が出てくるので、知らないのは作業員だと誤解すると、指導対象が作業員になってしまいます。作業員に指導することに問題はありませんが、この見習いに対して指導が行われないと、間違って覚えたままになってしまいます。

 この対象の間違いは、「このタイミングで喚呼することを知らない」の主語の誤解から生じています。

 このように、主語を省略して記述すると、分析途中で主語が変わっているのを忘れてしまい、対策を考える際に対象を間違える可能性があります。当たり前と思って主語を省略せず、ルール通りに書いていれば、こういった誤解を防ぐことができます。

  • 図1 主語の省略によるなぜなぜ分析の違いの例
    図1 主語の省略によるなぜなぜ分析の違いの例

おわりに

 分析者と対策の実施者は異なることが多いので、分析結果は、事前に確認をする必要があります。

 ここで紹介した以外の、分析の留意点やコツは「鉄道総研式ヒューマンファクター分析法マニュアル[中級編]」に記載しています。分析結果の確認の際の参考にぜひご活用ください。

 このマニュアルは、(株)テス(Tel:042-573-7897)が販売しております。

(安全性解析グループ  鏑木 俊暁)

ロービジョン者に必要な配慮(その1)

はじめに

 近年、障害者や高齢者に配慮した設備が、社会の様々な所で増えています。鉄道分野においても、平成12年に施行された交通バリアフリー法を契機として、種々のバリアフリー対策が進んできました。例えば、1日の利用者が5千人以上の駅におけるエレベーターやエスカレーターの設置率は、平成27年度末時点で98%に達しています。

 同様に、視覚障害者用のバリアフリー対策も進展してきましたが、これまでの対策は、視力をもたない全盲者のための対策が中心で、それに比べて、残存視力をもつロービジョン者のための対策は立ち遅れているという声が当事者や専門家から聞かれます。

ロービジョン者とは

 ロービジョン者とは、いくらかの視機能をもつ視覚障害者のことです。弱視者と呼ぶこともありますが、医学分野では弱視という言葉がやや異なる意味に用いられることから、混同しないように、近頃ではロービジョン者と呼ぶことが多くなっています。

 視機能の上では、ロービジョン者は全盲者と晴眼者(視覚に障害のない人)の間に位置します。ただし、全盲者から晴眼者に至る視機能の相違は本来連続的なもので、便宜的に基準を設けて全盲者とロービジョン者と晴眼者を区分しているに過ぎません。基準の置き方によっては、ロービジョンと全盲者の区分も、ロービジョンと晴眼者の区分も変わります。

 そのことがわかる例があります。厚労省の「平成23年生活のしづらさなどに関する調査結果」によれば、日本の視覚障害者人口は31.6万人とされています。これは障害者手帳の交付数に基づいた推計値です。一般に視覚障害者のうち視機能を全く持たない人は1割程度で、残りの約9割は何らかの視機能をもっていますから、「何らかの視機能をもつ人」をロービジョンと定義するなら、31.6万人の約9割にあたる約28万人がロービジョン者ということになります。

 ところが、障害者手帳の視覚障害の認定基準には異論もあり、例えば日本眼科医会は米国の基準を用いて、日本の視覚障害者は164万人、そのうちロービジョン者は144.9万人と推計しています1)。平たく言えば米国の認定基準の方が緩いため厚労省の推計の5倍以上になった訳です。

ところで、ロービジョンの見え方にはいろいろなタイプがあります。ぼやけて見える(視力の障害)、視野が狭いか欠けている(視野の障害)、眼球が揺れる(神経の障害)などで、これらが複合することもあります。このように個人差が大きいこともロービジョン者への配慮を難しくする一因になっています。

ロービジョン者に求められる対策

 従来の視覚障害者用バリアフリー対策は全盲者のための対策が中心であったことは先に述べました。視機能をもたない全盲者用の対策が優先されてきたためと考えられます。また、全盲者用の対策はロービジョン者にそのまま役立つとの思い込みもあったかもしれません。しかし、全盲者用の対策がそのままロービジョン者にも役立つと考えるのは早計です。なぜなら、全盲者とロービジョン者の間には視機能の相違に基づく歩き方の相違があるからです。

 ロービジョン者は視機能をもつため、視覚から得た情報を活用して歩く傾向があります。また、視機能や歩行技術の程度によっては、全盲者が持っている白杖を持っていないことも少なくありません。そうした場合、白杖を使って一歩先の障害物を検知することは出来ません。そのため、バリアフリー対策において、ロービジョン者のためには視覚的な目印を見えやすく表示するなど、全盲者とは異なった対策が必要になります。つまり、ロービジョン者のためのバリアフリー対策はロービジョン者に特有の事情を考えなくてはならないという訳です。

ロービジョン者の視認性向上に向けて

 近年、巷に増えている黒っぽい縁取りのついた視覚障害者誘導用ブロック(以下、ブロックと略します)はブロックの視認性を高めるための工夫で、側帯と呼ばれます。これはロービジョン者に対する配慮の一例ですが、我々が調査したところ、側帯の色や幅にはかなりのバリエーションが見られました。視認性を高める効果は側帯の色や幅によって異なるでしょうが、一方、側帯の色や幅によっては、ロービジョン者には溝のように見えてしまうという弊害も指摘されています。そこで、我々は側帯が効果を発揮しながら、弊害を抑えるための方法を検討しています。その結果については、またの機会にお話しします。

参考文献

1) 日本眼科医会報道用資料「視覚障害がもたらす社会損失額,8.8兆円!!」,2009年9月17日

(人間工学グループ  大野 央人)

見方が変われば喜ばれる

はじめに

 「普段利用している電車のつり革の色は?」。電車で通勤している同僚にこのような質問をしたら、自信の無い答えが返ってきました。毎日見ているつり革でもはっきりとは覚えていないようです。他にも何人かに聞いてみたのですが同様の回答でした。このように、普段はあまり意識されていないつり革ですが、この色の印象に関する調査を行ったことがありますので、ご紹介したいと思います。

つり革の色の印象調査

 一般の利用者約100名(男女同数程度、平均年齢約43歳)に、オレンジ、黒、白、灰、青、赤の6色の丸型つり革を鉄道総研の模擬車両内で実際に見てもらい、それらの印象をアンケートにより調査しました。つり革は、乗車中に身体を支えて安全を確保するための設備です。そこで、つり革を使用していない場合に、すぐに掴めることは重要であると考え、「とっさの気付き易さ」を聞いてみました。その結果、赤、オレンジ、青、黒、白、灰の順で気付き易いという回答が得られました。また、利用者にとっての受け入れ易さも重要であると考え、「目障り度合い」も合わせて聞きました。その結果、赤、青、黒、オレンジ、灰、白の順で目障りであるという回答を得ました。さらに、実際の車内にあるとしたら許容できるか否かを2択で色毎に聞きました。その結果、許容できない割合は赤がダントツで高いことが分かりました(図1)。

 最もとっさに気付き易いのが赤なので、安全を考えるとこの色がベストですが、目障り度合いや列車内での許容できない割合のワーストも赤でした。このことから、赤を受け入れてもらうために、つり革のベルト部分を緑にして、「赤いつり革」を「リンゴのつり革」と意味づけすることで、許容できない割合を下げることはできないかと、思ったことがあります。しかしながら、混雑した通勤列車内にリンゴが多数ぶら下がっているイメージが頭に浮かび、受け入れられないだろうと考えていました。それから時を経て、なんと、「リンゴのつり革」があるという新聞記事を目にしました。

  • 図1 つり革の色の印象調査の結果の一部
    図1 つり革の色の印象調査の結果の一部

最近のつり革事情

 最近は様々なつり革が現れているようです。青森の弘南鉄道大鰐線ではリンゴをイメージした赤い丸型のつり革にしています(朝日新聞2017/2/6 夕刊)。ベルト部分に葉っぱに見立てた緑の三角形の飾りが付いているデザインです。また、JR東日本の中央・総武線の各駅停車では房総半島の菜の花をイメージしたつり革(ベルト部分が緑、手掛け部分が黄)、京浜急行列車では赤いハート型、近鉄列車ではピンクのハート型のつり革などが期間限定で現れ、評判は良さそうです(読売新聞2017/3/3 朝刊)。

デザインの意味づけ

 列車内で許容できない人の割合が7割であった赤いつり革は、弘南鉄道では好評のようです。赤いつり革を受け入れてもらうために、意図的にリンゴのデザインにしたわけではなく、利用者を増やすなどの観光目的のようです。しかしながら、結果的には利用者にとって意味づけが変わることで受け入れ難いものが、喜ばれた1例であると解釈しています。車内設備をデザインするにあたり意味づけを変えるという手段もあることに改めて気付かされました。

おわりに

 最近、サイクロン式の掃除機を購入したのですが、使用中の音を恐れて息子が泣き出して、困っていました。ある日、その音は息子の大好きな消防車のサイレンの音に近いと気付いたので、「消防車だよー」と言ったら、泣き止むどころか喜び始めました。音の意味づけを変えた効果が得られたようです。

 なお、つり革の調査は、国土交通省の鉄道技術開発費補助金を受けて実施しました。

(人間工学グループ  中井 一馬)

上手に抗菌・防カビ・抗ウィルスを取り入れる

 最近、皆さんは以前に比べ抗菌加工・防カビ加工製品を目にするする機会が多くなったと思いませんか?清潔志向がより高くなり、このような製品があらゆる分野に広く利用されるようになったからでしょうか。今回は、鉄道でも一部活用されている抗菌・防カビ・抗ウィルス製品はどのように資格が判定されているのか、また、これらの製品をどのように利用していったらよいかについて、筆者のグループが考えているところをお話ししたいと思います。

抗菌・防カビ・抗ウィルス

 抗菌とは、製品の表面上における細菌の増殖を抑制すること1)と定義され、ISO (International Organization for Standardization:国際標準化機構)規格に準じた試験で、試験細菌の増殖抑制効果が判定されています1)。防カビとは、特定のカビの生育を抑制すること1)をいい、JIS の試験法に基づき、試験カビの増殖抑制度合いから効果が判定されています。抗ウィルスは、JIS の試験法に基づき繊維製品の抗ウィルス活性値により判定されています2)。いずれも試験に合格すると、抗菌加工・防カビ加工・SEK 抗ウィルス加工マークを申請する資格が得られます(図1左右下)。抗菌・防カビ・抗ウィルスといっても、100%細菌、カビ、ウィルス(以下、微生物)が死滅するわけではありませんが、加工された表面では、何も加工していない表面に比べ微生物の増殖が抑えられている、という事になります。

  • 図1 抗菌加工マーク<sup>1)</sup>(左)防カビ加工マーク(右)<sup>1)</sup><br>SEK抗ウィルス加工マーク<sup>2)</sup>(下)</br>
    図1 抗菌加工マーク1)(左)防カビ加工マーク(右)1)
    SEK抗ウィルス加工マーク2)(下)

大切なのは微生物がどう現象と関わるのか

 しかし全てのものを抗菌・防カビ・抗ウィルス製品にする必要はあるのでしょうか?そもそもヒトの体内には無数の微生物が生態系(マイクロバイオーム)を作り共存しています。つまり、微生物が全て悪という訳ではありません。ですから、どこでどういう微生物が有害または不快感を与えるのかを理解して、はじめて抗菌等製品の効果を享受できると考えています。このような観点から、鉄道利用の際に不快感が伴う現象がある際に、その理由として微生物が関係しているかどうかを見極めた上での加工製品の利用はとても意味のあることだと考えています。

 例えば私達はこれまでに、駅トイレ内の臭気発生には、細菌が関与することを明らかにしてきました。臭気発生要因として細菌の関与を明らかにしたことで、細菌の増殖抑制という対策の提案が可能になりました。

上手に抗菌・防カビ・抗ウィルスを取り入れる

 現在利用者の衛生観と鉄道設備の微生物の関係という視点で研究をしています。昨今駅等において、利用者がエスカレータを利用する際に、転倒したりする事象が発生していますが、もしかしたら、この事象は利用者の手すりに「触りたくない・触らない」という意識と、微生物が何かしら関係があるのかもしれません。そうだとしたら手すり等に、抗菌加工や抗ウィルス加工を施し、そのことを積極的にアピールすればエスカレータの手すりにつかまる割合が増えるかもしれません。

 まだ、データを採集し始めたところですが、微生物の遺伝子解析技術も導入しながら、「触りたくない・触らない」意識と微生物分布の実態との関係を明らかにしていきたいと考えています。

参考文献

1) 一般社団法人抗菌製品技術協議会, http://www.kohkin.net/#

2) (一社)繊維評価技術協議会, http://www.sengikyo.or.jp/

(生物工学グループ  川﨑 たまみ)