人間科学ニュース

2018年1月号(第213号)

鹿の習性を利用した接触事故防止対策

 鹿は仲間との情報交換に声を使用することが分かっています。雄が縄張りを主張する時、敵を威嚇する時、求愛する時や仲間に危険を知らせる時などに声を発し、13種類の音声を使い分けていると言われています。危険を知らせる声は警戒声と呼ばれ、我々はこの警戒声を利用して、鉄道車両との接触事故防止方法の開発を試みています。

警戒声への反応

 鹿の警戒声は、人の声よりも高く、「ピャッ」という短い音です。危険と結びつけて学習されており、鹿接触事故防止対策に利用した場合、繰り返しの使用にも慣れが生じにくいと考えられます。また、多くの声は繁殖期だけに使用されるのに対し、警戒声は1年中使用されていますので、年間を通じて効果が期待できます。そこで、警戒声に対して、実際にはどのような行動を取るのかを確認しました。

 野生の鹿に対して警戒声をスピーカーから吹鳴すると、草を食べることを中断し、警戒声のした方向を注視することが観察されました。このことから、例えば列車から警戒声を吹鳴すれば、鹿が接近する列車に気づきやすくなると考えられました。しかしながら、鹿の行動を観察した結果、その場から逃走する個体はほとんど確認されなかったことから、警戒声の吹鳴だけでは接触事故防止には不十分だと考えました。

忌避音の考案

 警戒声吹鳴試験の結果から、警戒声吹鳴後に何らかの刺激を追加することによって、鹿の移動を促すことを考えました。追加する刺激にも音の採用を検討しました。爆音、サイレン等が候補に上がりましたが、これらの音には鹿が直ぐに慣れてしまうという報告があったため採用しませんでした。そこで、鹿が犬を嫌うという習性を利用し、犬の咆哮を採用しました。すなわち、鹿警戒声と犬の咆哮を組み合わせて忌避音とする新たな提案をしました。鉄道の沿線で聞こえた場合を考えますと、人工的な音よりも自然音である鹿警戒声や犬の咆哮を使用することの方が好ましいと考えられます。

忌避音の効果検証

 忌避音の効果を確認するために、列車から忌避音を吹鳴し、沿線の鹿の行動を観察しました。具体的には、鹿との接触事故件数が多い区間を走行する営業列車にスピーカーを設置し、忌避音を吹鳴しながら走行する試験を行いました。列車から忌避音を吹鳴する場所は、基本的には鹿との接触が多く発生する区間にしました。この際に、周辺住民や鉄道利用者を考慮して、民家等が近接する場所と駅では吹鳴しないようにしました。また、この区間を設定するための作業には、地理情報システム(GIS)を活用し、作業の効率化を図りました。

 吹鳴試験中は、列車上から目視によって沿線に出没する鹿の観察を行い、目撃回数を記録しました。なお、比較対象として、忌避音を吹鳴しない条件(通常走行)での観察もあわせて行いました。

 走行試験は合計7日間実施し、合計1100kmの走行中に鹿を目撃した回数は82回でした(目撃回数は目撃した頭数にかかわらず1回としました)。一方、吹鳴していない通常走行試験は合計4日間実施し、走行距離は660kmで、90回の目撃がありました。これより列車走行距離100km当たりの目撃回数をそれぞれ求めたところ、通常走行では13.6回、走行試験では7.5回となり、走行試験では45%減少していました(図)。この結果から忌避音は接触事故防止に有効な手段であることが示されました。

 現在、実用化に向けた取り組みとして、効果の持続性の検証等のフィールド試験を進めているところです。

(生物工学グループ  志村 稔)

鹿衝突シミュレーション手法の開発

 近年増え続ける鉄道車両と鹿の衝突に対し、鉄道事業者は鹿衝突事象の回避や被害最少化のため、様々な取組みを行っています。衝突時において、鹿が直接接触する車両の排障器の形状を変えることによる、鹿の車体下への巻き込み防止対策も、その取組みの一つです。この対策の有効性を高めるには、どのような排障器形状が巻き込み防止に、より効果的かを知る必要があります。このため、巻き込みを防ぐために有効な形状をコンピュータ上で簡易に検討できる手法を開発しました。

シミュレーションモデルの作成

 シミュレーションに用いる鹿のモデルを作成するため、シミュレーションソフトMADYMOを用い、シカモデル(図1)を作成しました。鹿は5つの楕円体でモデル化し、寸法はエゾシカに関する様々な資料を参考にして決めました。質量などは、各楕円体の密度を水と同等と仮定して設定しました。これにより作成したシカモデルの体格と質量は、一般的なエゾシカと近いものとなりました。

シカモデルの妥当性の確認

 作成したシカモデルの妥当性を検証するため、鹿が列車と衝突した時の実際の映像と、車両衝突時のシカモデルの挙動のシミュレーション結果を比較しました。鹿衝突事故件数が多い路線において、車両先頭部と後部に設置したビデオカメラで鹿との衝突の様子を撮影しました1)。

 まず、撮影された衝突事象のうち、鹿が車体下部に巻き込まれた3件を比較対象としました。このうち1件の実映像では、臀部から斜めに衝突後、頭から列車下部に巻き込まれていましたが、シミュレーションにおいてもシカモデルは同様の挙動を示していることがわかりました(図2)。他2件の事象においてもシカモデルは実映像における鹿と同じ挙動を示していました。

 また、鹿を巻き込まなかった3件の衝突事象においても、鹿の挙動を再現できていることを確認し、作成したシカモデルが適切であることがわかりました。

排障器形状の影響の評価

 作成したシカモデルを用いて、排障器の形状の違いが衝突後のシカモデルの挙動に与える影響を評価しました。排障器部分の高さ、上向き角度、横向き角度を自由に変えられるように設定し、全18条件のシミュレーションを実施し、衝突後のシカモデルの挙動を確認しました。その結果の一例を図3に示します。排障器部分の高さ、上向き角度、横向き角度を変化させることにより、衝突後のシカモデルの落下地点に変化が見られました。その中でも排障器の高さがレール方向への、また、横向角度が枕木方向への落下地点の距離に変化を与えていることが分かり、横向き角度を大きくするほど、鹿が線路から外れ、巻き込みを防ぎ易く出来ることが分かりました。

おわりに

 開発したシミュレーション手法を用いることで、巻き込みを防ぐために有効な車両の排障器部分の形状を検討することができます。今後、排障器の設計において、形状を決定する際の参考とすることが可能となりました。

参考文献

1)志村稔、潮木知良、京谷隆、中井一馬、早川敏雄:車両接近時の鹿の行動と音による行動制御の可能性、鉄道総研報告、Vol.29、No.7 pp.45-50、2015

(人間工学グループ  榎並 祥太)

現場社員からの報告・相談を促す

 事故やヒヤリハットといったリスク情報は、積極的に報告することに何かしらの利点、すなわち活用予定がなければ収集されにくいものです。一方、効果的に情報を活用するためには、収集した情報の量や質が課題となります。情報を上手く引き出すには、いかに自由に報告させるかが鍵です。

 また、事故やヒヤリハットに限らず、職場の同僚や管理者に何事も相談し易い職場づくりは、安全風土の重要な側面の一つです。

 では、社員から、積極的に報告や相談をしてもらうには、どうしたらよいのでしょうか。

 そこで、職場で相談を受けることが多い管理者がどんなことをしているのか、具体的な内容を調べて整理しました。ここでは、その概要を紹介します。

社員から相談を受け易い管理者の特徴

 社員からの相談を受ける機会が多い管理者の態度や行動を調べた結果、“ふだん”と“相談や面談時”の2つの場面に整理できました。

 ふだん場面では、「管理者から積極的に社員に声をかける」などの、話す機会を増やすための積極的な態度や行動がポイントであることがわかりました。また、そのためには、ふだんから社員一人ひとりのことをよく知ろうとする個人把握のための行動もポイントとなります。

 一方、過去に社員から相談を受けた時や面接をした場面で誠実に対応できたかどうかも、今後、相談を受け易くなるかのポイントとなります。例えば、社員から相談を受けた時は、相手の状態や性格に合った対応が求められます。もし、何かこちらから説明する必要がある場合は、具体的な事例で丁寧に説明した方が好印象です。また、面談を終らせる時は、こちらの都合ではなく、相手が話したいことをすっきり話せてから終らせるようにした方が良いでしょう。

どんな相談を受けることが多いか

 社員からの相談を受ける機会が多い管理者の態度や行動について、調査結果から34項目に整理し、これらの点について現場の管理者がどのくらい実行できているかを調べました。さらに、34項目に対する評価と、社員から受ける相談の頻度との関係を分析しました。内容別の関係を整理した結果を表1に示します。

 この結果を見ますと、「気がかりや改善要望」については、管理者の態度・行動のどんなポイントとも関連していることがわかります。一方、「取扱いミスの報告」については、相談を受けた時や面接をした時の態度や行動との関連があることが分かります。また、「自身や家族の健康」や「結婚や育児等の生活」等のプライベートに関する相談は、ふだんから話す機会を増やし、個人把握のために相手のことをよく知ろうとする態度が関連していることがわかります。

おわりに

 誰でも、自分の話をしっかり聞き、受け止めてくれる相手に対して、悪い印象をもつことはないものです。適切な傾聴は、職場内の信頼関係を良好にし、対策を実行していく時の積極的な取り組みを促すことにもなります。安全風土の醸成のため、職場内のコミュニケーションの活性化にぜひ取り組んでいただければと考えています。

参考文献

宮地ら:現業管理者コミュニケーションスキル評価手法、鉄道総研報告、Vol.31、No.11、pp.5-10、2017

(安全性解析グループ  宮地 由芽子)

ルール違反の危険性の理解を深める

はじめに

 ルールに反していると分かりながら、「大丈夫だろう」と考え、ルールを守らないことが、事故につながるケースがあります。このようなケースを防ぐためには、ルール違反の危険性の理解を深めることが有効です。

 今回は、ルール違反の危険性の理解を深めるための教育方法について紹介します。

ルール違反の危険性

 例えば、車通りの少ない道路を渡る時、「赤信号では止まる」というルールを守らなくても、危険性はないように感じられてしまうかもしれません。けれど、「いつもと違う場合」を想像してみると、様々な危険性があることが分かります。

 例えば、車通りが少ないと言っても、全く車が来ないとは言えないかもしれません。さらにその時、周囲が暗くて見通しが悪かったり、雨で音が聞こえにくかったりしたら、車の接近に気付くことができないかもしれません。あるいは、ぼんやりしたり、疲れたりしている場合も、車の接近に気付くことができないかもしれません(図1)。

 このように、周囲の状況や自分自身の状況が「いつもと違う場合」を想像してみると、ルール違反には様々な危険性があることが分かります。

「いつもと違うこと」を考える演習

 私達は、現場作業で必要な安全のルールを守っていただくために、「いつもと違う場合」の見える化をする演習方法を検討しています。

 この演習では、守って欲しいルールの作業場面が、どのような手順や行動から構成されるのかを整理します。そして、それを付箋紙に書き出し、模造紙の上の方に貼ります(図2の(1))。次に、各作業ステップ(行動ステップ)において、どのような「いつもと違うこと」が発生する可能性があるかを考え、グループで話し合い、付箋紙に書き出し、模造紙に貼ります(図2の(2))。この際、状況と作業者の両面について考えます。

 「いつもと違う場合」を周りの人と書き出して共有してみると、実はいろいろな可能性があることに気づきます。このように、「いつもと違う場合」の見える化により、ルール違反の危険性の理解が深まります。

おわりに

 この演習は、さまざまな作業でのルールを対象に、実施することができます。私達の職場でも、安全ミーティングで、この演習を取り入れて、危険性の洗い出しを行なっています。

 この方法は、職場のメンバーで議論しながら取り組むことができ、模造紙と付箋紙があればどこでも実施可能な方法です。皆様の職場でも、周囲の状況や自分達の状況が「いつもと違う場合」にはどのような場合がありうるかを議論してみてはいかがでしょうか。実施にあたってのご不明点等ありましたら、お気軽にご相談ください。

参考文献

村越暁子、宮地由芽子、岡田安功:職場で取り組める安全教育の開発、鉄道と電気技術、Vol.27、No.11、2016

(安全性解析グループ  村越 暁子)

駅環境における香りの利用

はじめに

 私たちのグループでは、これまでに駅の待合室に設置した植物の香りが、利用者の心理的な疲労緩和の効果があることなどを示してきました1)。今回は、香りの暑さを和らげる効果について検討したので、紹介します。

駅の不快さを改善するために利用する

 夏の駅などでは、暑さによる不快感が生じます。これに対して、空調等設備の整備や風通し等の構造的な対策を行うことは抜本的対策として重要ですが、大規模な工事等が必要になるなど、すぐに対応できない場合もあります。このような場合に、香りを用いることにより、少しでも暑さを和らげることができないかと考えました。

 オフィス環境等において、既に暑さによる不快さの軽減のために香りを利用する研究がされていましたが、オフィスではその場に長時間滞在するのに対し、駅はほとんどの人が移動中で、滞在したとしても短時間です。このような中で効果があるのかどうかは検討されていませんでした。

涼しさ度の比較

 ミントの香りが空間にある場合とない場合で、人が感じる涼しさの度合いが変わるのかどうかを検討した結果を紹介します。ミントの香りの量を変えて充満させた半透明の箱を用意しました。モニターの前に2つの箱を並べて、それぞれの箱に顔を入れ、「どちらが涼しいと感じるか」を比較してもらいました。なお、駅構内のある空間を通り過ぎる際に香りを感じることを想定し、箱に顔を入れる時間は5秒間としました。試験は、温度と湿度を一定に制御した人工気候室で、暑熱環境(体感温度として31℃程度)に設定して行いました。この結果、ミントの香りがある方が、ない場合と比較して涼しいと感じていることがわかりました(図1)。

好き・嫌いとにおいの強さとの関係

 駅のような様々な人が利用する環境では、香りに対しても感じ方が様々であることが想定されます。従って、「嫌い」と感じる人を少なくすることが重要です。そこで、香りの好き・嫌いとにおいの強さについて検討を行いました。小瓶の中にミントの精油を染み込ませた紙を入れ、蓋を開けると香りが感じられるようにしました。小瓶の中に入れた精油の量を変え、好き・嫌いとにおいの強さについて質問をしました。

 この結果、においの強さを「臭気強度」という指標で示すと、「何のにおいかわかる弱いにおい」~「楽に感知できるにおい」程度までであれば、今回用いたミントの香りでは、「嫌い」と回答する人の割合は20%を下回りました。実際に駅等で使用する場合は、このにおいの強さが目安となると考えられます。

おわりに

 今回ご紹介した結果は、実験室で行った基礎検討の内容です。駅に近い環境で同じミントの香りを噴霧してみたところ、効果は実験室より小さいものの、同様の傾向が確認されました。駅等で暑さを和らげるために香りを利用するには、場面に応じた効果的な香りの提供方法等について検討した上で、駅で効果を確かめてみる必要があると考えています。

参考文献

1)潮木:駅における植物の香りの利用、人間科学ニュース、No.194、2014

2)吉江ら:暑熱環境において香気が温冷感に及ぼす影響、鉄道総研報告、vol.31、No.11、pp.41-46、2017

(生物工学グループ  吉江 幸子)