電車線線条位置の非接触計測手法

 画像による電車線検測はトロリ線を対象にしたものから実用化が進められていますが、他の線条や金具類などへの対象拡大を目指し研究開発を行っています。その基盤となる線条位置の非接触計測手法の開発状況をご紹介します。
 画像による物体の位置計測手法としては2台のカメラによるステレオ計測がありますが、完全な非接触で複数の線条を計測する場合、各線条の検出・識別が課題です。図1は鉄道総研所内にある試験架線を2台のラインカメラで下から撮影した画像ですが、線条の検出・識別は困難です。


  • 図1 ラインカメラによる試験架線のステレオ画像
    図1 ラインカメラによる試験架線のステレオ画像

 一方、レーザー測域センサは空間内の物体位置を把握するもので、対象物の位置や形状を三次元で把握できるため、線条の検出・識別に有利ですが、精度や走査周波数がラインカメラより劣るのが課題です。そこで、レーザー測域センサと画像によるステレオ計測を併用し、前者による各線条の検出・概略位置把握と、後者による精度のよい位置測定を組み合わせる計測手法を検討し、その基礎試験を行いました。
 測定器の構成を図2に示します。これを手押しトロッコに搭載し、模擬架線の下を走らせながら計測を行いました。線条検出・識別、ステレオ計測処理等のプログラム開発やブレ補正手法の検討も合わせて行い、図1と同じ試験架線を図3のように計測できることを確認しました。


  • 図2 測定器の構成
    図2 測定器の構成
  • 図3 レーザー測域センサとステレオ計測の併用による架線位置測定結果(試験架線)
    図3 レーザー測域センサとステレオ計測の併用
    による架線位置測定結果(試験架線)
 ただし、今回の基礎試験は数km/hの走行速度で行ったため、今後は鉄道車両への搭載を見据えた要素技術(計測速度、計測精度、ブレ補正、校正方法等)の向上とともに、引き続き金具類など測定対象の拡大に取り組んでいきます。
 なお、本件は株式会社明電舎との共同研究です。
※撮像素子が一直線上に並んだカメラ。走りながら撮影することで図1のような画像が得られる。

(集電管理 松村 周)

センサ技術を用いた高圧がいしの保全管理方法の検討

 一般的に、電車線路における高圧がいしの汚損対策は、沿岸部、内陸部、トンネル区間および山岳地域などを細分化せず、線区毎に一律とする場合が多いようです。また、同一線区内の高圧がいしの点検・清掃等の周期は、雨洗効果の有無や塵埃等の影響を考慮して決められています。
 近年、高経年を迎える高圧がいしが増加傾向にあり、既設の高圧がいしの継続保守による延命化を進めるべきか、あるいは更新すべきかを判断する必要があります。更新する場合であっても、適切な取替指標があれば、優先順位を付けた部分取替が可能となり、延命可能と判断される区間においてはコスト削減も期待できます。
 そこで、センサ技術を用いた高圧がいしの保全管理方法について検討しました。使用したセンサは、大気中の腐食進行を計測する手法として使用されている ACM ( Atmospheric Corrosion Monitor ) センサです。ACMセンサの基本構成は図1に示すように互いに絶縁された二つの異種金属(Fe-AgまたはZn-Ag)と電流計であり、図2のような構造となっています。


  • 図1 ACMセンサの原理
    図1 ACMセンサの原理
  • 図2 ACMセンサの構造
    図2 ACMセンサの構造

 絶縁性有機フィルムにペーストされたスリット部には炭素鋼またはZn表面が露出するため、海塩粒子(NaClやMgCl2など)や大気含有成分(SO2など)が直接あるいは水溶液の状態で付着します。これより、炭素鋼上で腐食反応が促進され、Fe原子から電子が水膜中に溶出します。炭素鋼上で式(1)の腐食反応が促進され、Fe原子から電子が水膜中に溶出します。Ag上では式(2)の反応が生じます。この反応によって授受される電子が炭素鋼とAgとを短絡したリード線に流れる電流として測定され、ACMセンサの出力となります。


 このACMセンサ出力から12時間毎の等価塩分付着密度(以下、ESDD)を算出することができます。センサ出力からESDDへの変換は、10分サンプリングのACMセンサの腐食電流値と測定箇所の相対湿度から、表面に付着した塩の質量を割り出すことにより算出します。図3にACMセンサ出力から得られたESDD換算値を示します。同一線区であっても、ACMセンサを使用することにより地域毎のESDDを定量的に把握することが可能になり、この指標を基準とした汚損区分および点検・清掃周期等の算定を行うことができると考えています。


  • 図3 高圧がいし取替指標例
    図3 高圧がいし取替指標例

(き電 田中 弘毅)

接触力測定に基づくトロリ線の左右偏位ならびに静高さの簡易推定法

 現在,検測車を用いた架線検測では様々な項目が測定されていますが,その多くはパンタグラフ通過の影響を受けた,いわゆる動的な量を計測したものです。その一方,近接検査ではもっぱら電車線の静的な架設状態が測定されており,電車線の架設基準(トロリ線の高さ,左右偏位,勾配,わたり線におけるトロリ線の相対位置など)もまた静的な状態を基準に定められています。このように,検測車において測定されるデータと保守作業の基準となるデータとが必ずしも一致していないことが,現在の架線検測における問題の一つだと思われます。そこで鉄道総研では,検測車においてパンタグラフの接触力測定を行うとともに,従来の検測データと組み合わせることにより,電車線の静的状態量を推定する手法について検討を行っています。  図1は,パンタグラフの接触力測定結果をもとにトロリ線の左右偏位を推定した例です。同図にはトロリ線左右偏位を地上側にて測定した結果も示していますが,両者はよく一致しています。トロリ線左右偏位は検測車の現行検測項目にも含まれていますが,高価なレーザ装置が不要あり,さらにオーバラップにおいてパンタグラフがA線からB線へと移行する位置を評価できることが本手法の利点です。ただし,本推定法を適用するためには,舟体もしくはすり板体が左右2箇所で支持される構造で,しかも舟体に作用する揚力の速度特性が事前に把握できていることが必要です。


  • 図1 接触力測定結果より求めたトロリ線左右偏位
    図1 接触力測定結果より求めたトロリ線左右偏位

 一方,トロリ線の静高さについては,解析的手法によって接触力波形からトロリ線静高さを推定する手法をすでに提案しているところですが,その実行には実際の径間長やハンガ割りなどを正しく反映させたシミュレーションを実施する必要がありました。そこで,より簡易にトロリ線静高さを見積もる手法として,コンパウンド架線の不等率が小さいことをふまえてパンタグラフ点における架線の等価ばね定数を一定値と見なし,接触力を架線の等価ばね定数で除した値をパンタグラフ高さから減じることによってトロリ線静高さを推定する方法を提案しました。図2に本推定法の適用例を示します。同図には,地上側において精密に測定したトロリ線静高さも示しています。両者を比較すると,場所によっては無視できない程度の誤差も認められるものの,トロリ線静高さをおおまかに把握できていることがわかります。


  • 図2  接触力とパンタグラフ高さを基に推定したトロリ線静高さ
    図2 接触力とパンタグラフ高さを基に推定したトロリ線静高さ

 以上紹介した方法はいずれもパンタグラフの接触力測定を必要としますが,検測データを保守作業に活用する上で有用な情報を提供することができます。今後は,推定精度の向上や推定結果の具体的な活用手法について検討を進める計画です。

(集電力学 池田 充)

電車線路設備耐震設計指針の改訂について

 「電車線路設備耐震設計指針」は,地震によって電車線路設備が倒壊や列車の走行空間を支障するような有害な損傷を防ぐことを目標として,そのための設計方法について示したものです。地震時における電車線支持物の被害の多くは,高架橋等の土木構造物と固有周期が近く,共振したと考えられる場合に発生しており,その挙動は土木構造物の挙動と密接な関連があります。また,安全を確保しつつ,合理的な設計を行うためには,土木構造物や電車線路設備等を含めた鉄道設備全体の性能について協調を図る必要があります。
 土木構造物の設計方法については,鉄道構造物等設計標準(耐震設計)に示されており,これが平成24年7月に改訂されたため,これに合わせて,鉄道技術推進センターテーマ「電車線路設備耐震設計に関する調査・研究」を実施し,電車線路設備耐震設計指針の改訂方針の検討ととりまとめを行いました。
 改訂された鉄道構造物等設計標準(耐震設計)では,設計に用いる地震動が見直されるとともに,平成23年3月に発生した東北地方太平洋沖地震での地震動の特徴や被害状況を考慮し,短周期成分が卓越した地震動の設定や,電車線路設備や駅舎などの土木構造物上の付帯構造物の挙動を算定する場合の入力波の与え方,それに基づく設計応答値の考え方の提示が行われています。今回,改訂した電車線路設備耐震設計指針では,これらとの整合性を確保するとともに,近年得られた電車線路の耐震性に関する知見を取り入れることで,耐震性評価の精度向上等を図っています。
 図1に高架橋・橋梁上の電車線柱に対する耐震設計の考え方を示します。まず,土木構造物の設計に用いるため用意された地盤の特性に応じた地震動(地盤毎の適合波)を構造物に入力し,構造物天端の応答波形を求め,それを電柱の基礎部に入力し,電柱に発生する加速度の応答値を計算します。そして,この応答値を基に電車線柱地際の最大モーメントを求め,電柱の耐力と比較して安全性を評価します。
 改訂した電車線路設備耐震設計指針では,耐震設計に用いる地震動と構造物の設計情報を表1のように整理しました。考慮する地震動は,電車線路支持物の応答値への影響を考慮して,「標準地震動」と新たに設定された「短周期が卓越した地震動」の両方のL2地震動としました。設計情報として,構造物の回転振動の影響を考慮するための回転水平比を新たに取り入れました。また,電車線柱に付加される重量物やコンクリート柱の曲げ剛性の特性を考慮して,電車線柱の固有周期を補正する手法を取り入れました。
 これらに基づき,改訂した電車線路設備耐震設計指針では電車線路支持物に対する耐震設計の具体的手順を示し,耐震性評価の計算例を掲載しています。


  • 図1 高架橋・橋梁上の電車線柱に対する耐震設計の考え方
    図1 高架橋・橋梁上の電車線柱に対する耐震設計の考え方
  • 表1 電車線路設備耐震設計に考慮する地震動と構造物設計情報
    表1 電車線路設備耐震設計に考慮する地震動と構造物設計情報

(電車線構造 清水 政利)

(ワンポイント講座)可動ブラケットの設計条件と性能確認方法について

 電車線を支持するために用いられる可動ブラケットの設計条件や性能の確認方法について紹介します。可動ブラケットとは,電柱への取り付け部を中心に水平回転できる支持装置で,温度変化による電車線の移動に対して抑制抵抗が小さく,張力の調整が円滑に維持される設備です。  可動ブラケットなどの電車線路用支持物の設計は,予想される最大風圧荷重,電線による張力等に対して支持物が耐え得る強度を有し,かつ,規定の安全率を満たすような設計を行う必要があります。例として,在来線で用いられる可動ブラケット(一般用)の設計条件を表1に示します。これは,旧JRS(日本国有鉄道規格)の規定などを基にしています。表2に可動ブラケット(一般用)の性能を示します。表1の設計条件を基にちょう架線支持金具やアーム支持金具の位置に加わる荷重を計算することにより定められています。


  • 表1 可動ブラケット(一般用)設計条件
    表1 可動ブラケット(一般用)設計条件
  • 表2 可動ブラケット(一般用)性能
    表2 可動ブラケット(一般用)性能

次に可動ブラケットの試験方法を説明します。図1は可動ブラケットの性能確認試験の様子です。可動ブラケットを通常の架設状態と同様に設置し,表2の例のような,可動ブラケットの種類に応じて規定された荷重を加えて試験を行います。 事前に各部にひずみゲージを張り付けておき,規定の荷重を加えた際に許容ひずみ以内であること,荷重を除荷後についても永久ひずみが無いことを確認します。 それぞれの荷重は,垂直荷重はちょう架線支持金具箇所に規定の重さの重すいを載せ,水平荷重はちょう架線支持金具箇所とアーム支持金具箇所にターンバックル等で規定の張力を加えることにより与えます。また,それぞれの荷重点で変位量を測定し,たわみ等に問題がないことを確認します。


  • 図1 可動ブラケット性能試験例(O形)
    図1 可動ブラケット性能試験例(O形)

(電車線構造 半田恵一)