SNCF TGVによる574.8km/h樹立時の架線系の諸元

 2007年4月3日、SNCF(フランス国鉄)の東ヨーロッパ線において、鉄輪式鉄道の世界最高速度がSNCFによって574.8km/hに更新されました。筆者は、1年11ヶ月間のSNCFでの出向の機会を与えていただき、表題の話題について話を聞く機会がありましたので、少し前の話題になりますが、この試験時の架線・パンタグラフ系の諸元などについていくつか紹介いたします。

 SNCFによる試験走行における最高速度記録は、主に、1955年に331km/h、1981年に381km/h、1990年に515.3km/hのように更新され続けています。いずれの場合にも、記録樹立とほぼ同時期、あるいはしばらくしてから、営業最高速度が、210km/h、270km/h、300km/hへと向上されています。

 東ヨーロッパ線における試験区間(約120km)の架線方式は、シンプル式架線です。試験のために架線、パンタグラフおよびき電電圧は表1のように変更されました。ちょう架線の張力を変更しなかった理由は、吊架線の弛度の変化をできるだけ小さくして、試験のためのハンガ変更を避けるためと聞きました。5両編成で構成される試験車両の最後尾の車両に前後の舟体が独立に運動するタイプのパンタグラフが元々搭載されており、試験時には、パンタグラフの動特性を向上させるために片方の舟体を取り外しています。このときに得られた知見によって、現在では、片側の舟体のみを搭載したような状態を標準とするパンタグラフが営業線で使用されています。

 この世界記録更新の後に、営業最高速度が320km/hに向上されています。今後更なる高速化を目指すのかSNCFの職員に尋ねてみましたが、現時点ではその予定はないようです。速度向上に伴うエネルギコストやメンテナンスコストなどの増大と速度向上がもたらす利益が釣り合わないと経営陣が判断したようです。そのため、SNCFにおける研究プロジェクトには、メンテナンスコストの低減に関わるものが多く見受けられるように感じました。

  • 表1 通常(営業)時と試験時の架線,パンタグラフおよびき電電圧条件
    表1 通常(営業)時と試験時の架線,パンタグラフおよびき電電圧条件

(記事:集電力学 山下 義隆)

盛土・切取における電車線柱固有周期の計算方法

 鉄道総研では最新の電車線路設備の耐震設計指針として「電車線路設備耐震設計指針・同解説(平成25年3月)」を発行しています。この指針における耐震性評価では最初に電車線柱の固有周期を求めますが、盛土・切取では水平ばねや回転ばねを考慮して算出する必要があります。代表的な電車線柱の固有周期は指針・同解説の付表に記載がありますが、これ以外の柱の固有周期を求める場合は式1の行列式(指針・同解説P32解説式5.2-1)を満たす1次固有周期に対応した変数βを求め、式2(指針・同解説P32 解説式5.2-2)で電柱の固有周期Tpに変換しなくてはなりません。

  • 式1………式1
  • 式2………式2

 式1 を直接解くことは大変難しく、このような場合はエクセルに搭載されているソルバー機能を用いると簡単に解を求めることができます。ソルバーとは、解きたい式の変数に様々な値を代入しながら解を探索していく手法で、解を見つけるのが困難な数式を解くときによく用いられます。

 エクセルでは行列式をMDETERM関数で求めることができます。電車線柱下端における回転ばねKr、電車線柱下端における水平ばねKhは定数なので、柱の定数である曲げ剛性EI、電柱の長さL(基礎根入れを除く)が決まれば、変数はβだけです。便宜的に変数βを0.01として行列式を計算すると0にはなりませんが、βを0.25とすると行列式の値の符号が反転するので、0.01~0.25のどこかに行列式が0になるβが存在することがわかります。さらに範囲を狭めて試していけば最終的に行列式が0になるβを求められますが、人力では大変です。そこでソルバー機能を使うと自動的に行列式が0になるβを求めることができ、わずか数秒で結果を知ることが出来ます。

 表1にエクセルのソルバー機能を使用した固有周期の計算結果と、指針・同解説の付表の固有周期を示します。よく一致した結果が得られています。表2に指針・同解説に掲載されていない電車線柱の固有周期をソルバー機能で計算した結果を示します。電車線構造研究室ではソルバー機能で簡単に固有周期を計算できるエクセルファイルを用意しております。ご興味をお持ちの方はお問い合わせください。なお指針・同解説は鉄道技術推進センターの会員用ホームページからダウンロードできます。

  • 表1 固有周期の比較
    表1 固有周期の比較
  • 表2 その他の柱の固有周期
    表2 その他の柱の固有周期

(記事:電車線構造 本田 誠彦)

トロリ線着霜の再現試験装置

 トロリ線の着霜は集電を阻害し、アーク放電でトロリ線やパンタグラフが著しく損傷することがあります。そのため、架線側ではトロリ線塗油等の、列車運行面では霜取り列車やノッチ制限等の対応が取られています。鉄道総研ではトロリ線着霜に関する研究の一手段として、着霜を実験的に再現する試験装置を紹介します。

 空気が含むことができる水蒸気の濃度には上限があり、飽和水蒸気濃度といいます。飽和水蒸気濃度には図1の曲線のような温度依存性があり、曲線の右下は水蒸気濃度が未飽和、左上は過飽和の領域です。相対湿度は、その時点の水蒸気濃度の、同一温度における飽和水蒸気濃度に対する比です。ある温度・水蒸気濃度の空気中に、過飽和領域に相当する低温の物体が置かれると、物体の温度が氷点下でなければその表面に露が、氷点下であれば霜が発生します。したがって、温度(気温)、湿度、対象物体の温度をそれぞれ調整できれば、人工的に霜を発生させることができます。

  • 図1 温度と飽和水蒸気濃度の関係
    図1 温度と飽和水蒸気濃度の関係

 鉄道総研の塩沢雪害防止実験所の低温実験室内に設置されている着霜再現試験装置の外観を図2に示します。装置の中心は恒温箱(幅約1m×奥行き約1m×高さ約1.5m)で、この中の気温と湿度を調整します。気温は恒温箱内のヒータと低温実験室内の冷気導入で、湿度は水温を所定の温度に保てる水蒸気発生装置を恒温箱内に設置して調整します。

  • 図2 着霜再現試験装置
    図2 着霜再現試験装置

 トロリ線は冷媒を流して温度を調整するため、外径16mm、肉厚3mmの銅のパイプで模擬しています。この模擬トロリ線は恒温箱上部に最大4本設置可能で、循環型恒温槽で冷媒(メタノール)を循環させます。

 霜の発生量は、霜の厚さや模擬トロリ線から霜を削り取った質量を測定して評価します。霜の付着強度は図3に示す装置などを用いて、霜が発生した模擬トロリ線をパンタグラフすり板材でしゅう動し、両者の電気的導通で接触の有無(霜に乗り上げていないか)を調べたり、霜を削りながらしゅう動するのに要する力を測定して評価します。

  • 図3 霜付着強度評価用すり板材しゅう動装置
    図3 霜付着強度評価用すり板材しゅう動装置

 本装置を用いて、気温、湿度、トロリ線温度、経過時間等の条件と霜の発生量や付着強度との関係や、トロリ線塗油等による差違を調べることができます。なお、トロリ線着氷は着霜と発生メカニズムや付着状態が異なるため、別途検討する必要があります。

(記事:集電管理 菅原 淳、防災技術研究部 気象防災 鎌田 慈)

地上・車両・運転を連成した新たな列車運行電力シミュレータの開発

 地上電力設備に関する電気鉄道の運転電力シミュレーションは、従来、新線電化に際しての変電所機器容量選定、最大需要電力の把握および電圧降下による列車走行の可否判断等を主目的として行われてきました。しかし近年、既営業路線において消費電力量の一層の削減が要望されるようになり、地上用電力貯蔵装置をはじめとする新しい電力供給システムの導入も始まっています。これに伴い、電力部門のみならず、車両部門、運転部門も含めた様々な施策の導入効果評価のため、運転電力シミュレーションの高精度化が望まれるようになってきました。

 実情に即した高精度なシミュレーションのためには、地上設備・車両・運転操縦を網羅する詳細なデータを入力とし、各部門の詳細モデルを適切に連成した計算が必要です。そこで、鉄道総研内の運転部門・車両部門と共同で、複数車両間・複数変電所間での電流・電圧の相互作用を詳細に計算し、引張力特性の変化を運転曲線に反映させるとともに、各列車の力行・だ行・制動の運転操縦を必要に応じて指定可能とすることで実現象に近い状況を再現できる、新たな列車運行電力シミュレータを開発しました。

 シミュレータの精度を検証するには、明確な試験条件において、測定可能なデータを可能な限り外乱を排して測定する必要があります。このため、JR西日本殿のご協力の下、運転操縦や車両状態等の様々な条件を予め設定するとともに、変電所の操作によって他区間から孤立したき電区間を構成し、そのき電区間内に測定対象車両以外が存在しない状態にして、2つの変電所と2編成の試験列車とを同時測定した消費電力測定試験結果を用いて、シミュレータによる再現計算結果との比較を行いました。その結果、限定条件下ではありますが、各列車の集電電流と速度並びに変電所総括電流の時間推移は概ね一致し、各列車の主回路消費電力量が2~4%程度、2変電所合計での電力量が概ね10%以内の精度で再現計算ができることを確認しました(図1)。今後、営業運転時の列車運行を模擬可能とする等の機能拡張を行い、地上・車両・運転の各種省エネ施策の効果予測へと発展させていく予定です。

  • 図1 消費電力測定試験結果とシミュレータ計算結果との比較例(左:電流と速度,右:車両の消費電力量)
    図1 消費電力測定試験結果とシミュレータ計算結果との比較例(左:電流と速度,右:車両の消費電力量)

(記事:き電 森本 大観)

パンタグラフすり板の基礎

 パンタグラフすり板(以下、すり板)は、電車のパンタグラフの最上部に取り付けられ、トロリ線としゅう動しながら集電する摩耗部材です。すり板は車両部品の中でも交換頻度が高く、また、トロリ線の摩耗にも影響を及ぼすことから、車両と電力のメンテナンスコストに関わる重要な部材です。

 日本で使用されているすり板には様々なものがありますが、材質で大別すると、銅系焼結合金、カーボン系(メタライズドカーボン)、純カーボン、C/C複合材製、鉄系焼結合金があります(図1)。それぞれのすり板に長所・短所があり、線区や車両によって使い分けられています(表1)。例えば、銅系焼結合金すり板は、電気抵抗が小さいという特徴から電気機関車などで使用されており、カーボン系すり板はトロリ線の摩耗が少ないという特徴から、JRの多くの線区で使用されています。C/C複合材製すり板は、カーボン素材でありながらネジ止めできるため、銅系焼結合金からの置き換えが容易であるというメリットがあり、主に私鉄を中心に使用されています。また、純カーボンすり板はトロリ線の摩耗は少ないものの電気抵抗率が高いためJRでは使用されておらず、鉄系焼結合金は機械的特性や摩耗特性などから、主に新幹線で使用されています。

 JRの在来線で使用されているすり板の多くは、長さが270mm の平行四辺形で、これが2枚横並びになっています。したがって、パンタグラフ中心からまくらぎ方向に約300mmの範囲にすり板(主すり板)があり、それより外側には補助すり板が取り付けられています。補助すり板は、トロリ線と常時しゅう動することを前提には設計されておらず、多くは軽量化のためにアルミニウム合金が使用されています。このため、渡り線などでトロリ線としゅう動すると、トロリ線を局所的に摩耗させる場合があります。また、補助すり板自身も摩耗しやすいため、主すり板と補助すり板の境目で局所的な摩耗を発生させる場合があります。この対策としては、主すり板の範囲の延長や、補助すり板の上半分を主すり板材にした複合補助すり板の使用などが挙げられます。

  • 図1 すり板の種類
    図1 すり板の種類
  • 表1 各種すり板の特徴
    表1 各種すり板の特徴

(記事:材料技術研究部摩擦材料 宮平裕生)