小型起振器を用いた土留め壁の健全度診断

1.はじめに

 鉄道土木構造物のうち,石積壁やもたれ壁といった土留め壁の維持管理では,定量的な健全度診断法が確立してないことから,現状では目視によって構造物の変状を確認した後に,大がかりな対策を講じているのが実情です.そこで,鉄道総研では,土留め壁の健全度と相関性のある検査指標の抽出のため,既設土留め壁に対して現地試験を実施しました.その結果,土留め壁の振動特性が検査指標として有効である結果が得られました.次に,実務的な振動計測方法として,小型起振器を用いた振動計測法を開発しました.さらに,小型起振器を用いた土留め壁模型の振動試験を実施し,土留め壁の健全度と振動特性に相関性があることを明らかにしました.以上の結果を用いて,既設土留め壁の健全度評価法を開発しました.本報では,土留め壁の健全度診断法(振動計測法と健全度評価法)を述べ,最後に検証試験結果を示します.

2.土留め壁の振動計測法

鉄道土木構造物の振動計測方法には様々なものがありますが,代表的な計測方法に橋梁下部構造物の健全度診断に適用されている衝撃振動試験法があります.衝撃振動試験法は,鉄道橋梁下部構造物やラーメン高架橋の定量的な健全度診断法に20年以上に渡り適用されています.この衝撃振動試験法を既設土留め壁に適用する場合には,以下の問題点があります.①パルス入力のため,高振動数の入力が難しい,②背面土の減衰が高く,振動波形が減衰する,③重錘(一般的な重さ30kg)が重く,可搬性に欠ける,④打撃時の荷重を測定するのが困難なことから,入力荷重が不明である,⑤打撃は人力で実施することから,技術者によって,入力荷重が若干異なる. そこで,上記の衝撃振動試験法の欠点を改善するために,小型起振器を用いた振動試験法を開発しました.開発した小型起振器とその性能を図1と表1に示します.

  • 図1  開発した小型起振器
    図1  開発した小型起振器
  • 表1  小型起振器の性能
    表1  小型起振器の性能

3.土留め壁の健全度評価法

鉄道総研では,既設土留め壁に対する現地試験,室内模型実験における振動試験により,土留め壁の振動データを収集し,分析を実施しました.その結果,健全な土留め壁は揺れにくく,不健全な土留め壁は揺れやすいことが分かりました.図2に不健全と健全の土留め壁のフーリエ振幅スペクトルのイメージを示します.図2に示す極値は土留め壁の固有振動数ですが,振動モードが不明なため,固有振動数による評価は適切ではありません.そこで,土留め壁の揺れやすさを,図2に示すフーリエ振幅スペクトルの面積で評価することとしました.スペクトル面積の算定においては,ある閾値を設定した後,この閾値以下の面積を求めることとしました.

  • 図2  土留め壁の健全度評価法
    図2  土留め壁の健全度評価法

4.既設土留め壁における検証試験

スペクトル面積による健全度評価法の妥当性を検証するために,既設土留め壁に対して検証試験を実施しました(図3).試験対象とした土留め壁は,不健全2箇所,補強1箇所,健全1箇所です.試験結果から得られたフーリエ振幅スペクトルを図4に示します.図から,不健全な土留め壁は低振動数領域で振幅値が大きく揺れやすく,健全な土留め壁と補強した土留め壁は低振動数領域で振幅値が小さく揺れにくいことが分かります.図4に示した結果を用いてスペクトル面積を求め,健全な土留め壁のスペクトル面積で正規化した結果を図5に示します.ここで,スペクトル面積算定のための閾値は40Hzとしました.算定結果から,不健全な土留め壁のスペクトル面積が相対的に大きいことが分かります.一方,補強した土留め壁のスペクトル面積は,不健全な土留め壁のスペクトル面積よりも小さくなることから,提案法により補強効果を定量的に評価できることが分かります.

  • 図3  土留め壁天端に設置した小型起振器
    図3  土留め壁天端に設置した小型起振器
  • 図4  既設土留め壁のフーリエ振幅スペクトル
    図4  既設土留め壁のフーリエ振幅スペクトル
  • 図5  フーリエ振幅スペクトルの面積比
    図5  フーリエ振幅スペクトルの面積比

5.おわりに

既設土留め壁は,構造形式,周辺環境,地盤条件等で応答特性が異なります.多数の現地試験結果を集約し,統計処理することで土留め壁が保有すべきスペクトル面積を求めることが理想的ですが,蓄積したデータ数が少ないのが現状です.そのため,当面は隣接する健全な土留め壁と比較することで,安定性を相対的に評価する方法が適切であると考えられます.提案手法が土留め壁の健全度診断手法として実務で活用され,試験データが蓄積されることを期待しています.

(記事:篠田昌弘)

レール頭部横裂のき裂進展速度の推定法

1.はじめに

レール頭部横裂や継目穴き裂等のレール傷はレール破断につながる可能性があり、発生メカニズムの解明および進展速度の把握は重要な課題です。本研究は、頭部横裂のあるレールを対象にき裂進展試験および試験を模擬した有限要素解析を行い、頭部横裂のき裂の進展特性について検討したものです。

2.き裂進展速度推定の考え方

頭部横裂のき裂の進展を予測するために、き裂進展でよく用いられている線形破壊力学による推定手法を用いています。その主な流れは以下のとおりです。

  • ① き裂形状、発生応力から応力拡大係数を計算します。
  • ② 応力拡大係数から有効応力拡大係数範囲を求め疲労き裂進展則に代入し、進みを求めます。

ここで、応力拡大係数はき裂先端付近に分布する応力の強さの程度を示す係数であり、また引張の応力変動に対応する応力拡大係数の範囲を有効応力拡大係数範囲といいます。既往の研究において、レール鋼の要素試験により、有効応力拡大係数範囲とき裂進展速度の関係が示されています。その疲労き裂進展速度は次式で表されます。

ここで、a:き裂の大きさ(mm)、N:応力変動の繰返し数、ΔKⅠeff:有効応力拡大係数範囲(MPa・m1/2)。本研究も上記の考え方に基づき、き裂進展速度の検討を行いました。

3.頭部横裂の検討

3.1 横裂進展試験

頭部横裂の進展速度を把握するため、使用履歴のあるレールの頭頂部に人工傷(半円状のスリット)を加工したレールおよびシェリングから頭部横裂が発生したレールを用い横裂進展試験を実施しました。横裂進展試験は、レール長さ方向と鉛直方向に同時に載荷できるレール曲げ疲労試験機を用いて、図1に示すようにレール頭部を上にした状態で実施しました。シェリングからの横裂はレール断面方向から傾いて進行することが知られていますが、予備解析により3点曲げに対して載荷点から20mm程度離れた位置で30度傾いた面の法線方向の応力が大きくなる結果が得られたことから、人工傷が載荷点から20mm離れの位置にくるようにレールを設置しました。載荷方法は、温度荷重を考慮したレール軸力を負 荷した状態で、応力全振幅を大小2通り設定し、所定の回数ごとに繰返しました。このように応力全振幅を変化させることにより、振幅ごとの疲労破面の境界が観察できると予想しました。総繰返し数は210万回とし、傷が斜めに進展する状況を再現しました。
横裂進展試験の結果を表1に示します。試験結果の概要は以下のとおりです。

  • ①引張軸力754kNの条件では、9本中4本が破断しました。
  • ②50kgNレールで引張軸力377kN、60kgレールで364kNの条件では、4本中1本が破断しました。。
次に、破断および未破断の両方の供試体について、疲労き裂の進展状況を観察しました。その結果、破断した供試体は応力振幅毎の進展状況の違いが概ね明確でしたが(図2)、未破断の供試体は不明確であり、破面の状態にばらつきがみられました。本試験における最も速い横裂進展速度は、引張軸力754kNの条件下で0.59mm/万回、底部応力振幅が140 N/mm2でした。

  • 図1  横裂進展試験概要
    図1  横裂進展試験概要
  • 表1  横裂進展試験結果
    表1  横裂進展試験結果
  • 図2  破断した疲労き裂の進展例
    図2  破断した疲労き裂の進展例

3.2 横裂進展試験の有限要素解析

試験レールの有限要素モデル(図3)を作成して静的解析を行い、横裂進展試験結果と比較しました。解析は軸力754kNおよび残留応力を考慮してレール長さ方向に等分布に50N/mm2を付加した場合と、鉛直荷重190kN(横裂進展試験の底部応力140N/mm2相当を与えた場合)の2パターンについて行い、応力拡大係数を求めました。軸力と残留応力に対する応力拡大係数に、鉛直荷重載荷時の圧縮側の応力拡大係数の変動を加えたときに生じる引張の応力拡大係数の変動を有効応力拡大係数範囲(図4参照)とし、式(1)のき裂進展則からき裂進展速度を求めました。その結果、有効応力拡大係数範囲は28.4MPa・m1/2となり、き裂進展速度は2.29mm/万回となりました。ここで求めた応力拡大係数に0.60の補正係数を乗じることにより、試験における最速の進展速度と同等の横裂進展速度が得られます。

  • 図3  有限要素モデル
    図3  有限要素モデル
  • 図4  解析の有効応力拡大係数範囲の概念
    図4  解析の有効応力拡大係数範囲の概念

3.3 横裂進展速度の推定

過去に開発したき裂進展解析ツールを改良し横裂の進みを推定しました。推定に用いた有限要素モデルの一部を図3(2)に示します。解析モデルは実軌道を模擬してまくらぎ14本分の長さとし、レール長さ方向の中央位置に横裂を設定しました。き裂進展ツールから出力される軸力および底部曲げ応力に補正係数を反映し、き裂進展速度を算定しました。本ツールを用いた横裂進みの試算条件は、軌道種別、車両種別、レール温度等を考慮して設定しました。図5に凹凸量0.50mmの場合の試算結果を示します。年間通過トン数で差があるのは、35mmに至る時期が異なるためです。なお、これらの結果は前述の条件により変わり得るものです。このように車両および軌道構造条件に応じたき裂進展速度の推定が可能となりました。得られた知見により今後のレール管理手法の見直しに活用したいと考えています。

  • 図5  試算結果(凹凸量0.50mm)
    図5  試算結果(凹凸量0.50mm)

(記事:細田 充)

プレストレスト・バラスト軌道の耐震性能

1.はじめに

新幹線をはじめとする上級線区のバラスト軌道では,抜本的な保守量低減策に加えて,著大な地震に対する耐震性が求められています.これらの問題を解決するための究極的な対策はバラスト軌道を直結軌道化することですが,強度や耐震性が十分でない構造物上のバラスト軌道を直結軌道化すると,却って保守コストが増大してしまう懸念があります.そこで,鉄道総研では,通常のバラスト軌道に比べて常時の保守コストが少なく,耐震性に優れ,かつ非常時の復旧性も損なわない軌道構造としてプレストレスト・バラスト軌道(図1,以下PSB軌道とする)の開発を進めています.本稿では,実物大軌道模型を用いた振動台試験等によって,PSB軌道の耐震性について検証した結果を報告します.

  • 図1  PSB軌道の概念図
    図1  PSB軌道の概念図

2.PSB軌道の概要

バラストのような粒状体が密に配列した構造体がせん断変形する際には,粒子配列の変化に伴って体積膨張が発生します(図2).逆に,この体積膨張を抑えこむことで粒子配列が変化しにくくなり,構造体のせん断強度は増加します.PSB軌道(図3)はこの原理を応用し,図1に示すように,土中のアンカーとまくらぎ上に設置された拘束梁をタイロッドで連結し,タイロッドに緊張力を加えることで,まくらぎを介してバラストに拘束力を作用させ,バラストの強度・剛性を増加させる軌道構造です.バラストの拘束力が大きいほど強度・剛性は高くなりますが,各部材の強度等のバランスを考慮して,当面は列車荷重の30%程度を拘束力の目安としています.

  • 図2  密な粒状体構造のせん断変形
    図2  密な粒状体構造のせん断変形
  • 図3  開発中のPSB軌道模型
    図3  開発中のPSB軌道模型

3.PSB軌道の横抵抗力

図4に,4Tまくらぎの1本引きによる横抵抗力試験における水平変位と水平荷重の関係を示します.無対策のバラスト軌道では,水平変位2mmにおける横抵抗力は7kN程度ですが,PSB軌道の場合,同じまくらぎを使用していても4倍の横抵抗力を発揮していることがわかります.また,座屈抵抗板や道床肩部の強化はバラストの受動土圧の増加によって横抵抗力を改善するため,抵抗力の発現にある程度の水平変位が必要ですが,PSB軌道は,まくらぎ底面の摩擦抵抗力を増加して横抵抗力を改善するため,微小な水平変位の段階から大きな抵抗力を発揮します.

  • 図4  PSB軌道の横抵抗力試験結果(4Tまくらぎ)
    図4  PSB軌道の横抵抗力試験結果(4Tまくらぎ)

実物大PSB軌道模型の振動台試験

振動台試験の供試体は,図5に示すように,新幹線軌道のカント200mmの曲線部を想定したまくらぎ2本分の実物大軌道模型とし,無対策のバラスト軌道とPSB軌道の模型を1つの振動テーブル上に構築しました.加振方向はレール直角方向,入力波形は3Hzの正弦波10波とし,加速度400galから900galまでのステップ加振を行いました.
図6にまくらぎの水平残留変位を示します.路盤面の加速度が600galまでは無対策軌道,PSB軌道ともほとんど残留変位が生じていませんが,800galを超えると無対策軌道の残留変位が増加していることがわかります.一方で,PSB軌道は900galの加振を受けても残留変位は微小でした.
図7に800gal加振中のまくらぎの応答変位波形を示しますが,無対策軌道の路盤/まくらぎの水平相対変位の振幅が1波ごとに増大していることがわかります.ただし,本試験の加振波形が対称形の正弦波だったため,最後に全振幅の半分が引き戻された結果,残留変位は最大水平相対変位の1/2となっています.したがって,入力波形が非対称の地震波であれば,より大きな残留変位が残った可能性があります.
以上の結果より,無対策のバラスト軌道は,概ね600galを超える水平加速度を受けると変位が増加することがわかりました.また,PSB軌道はバラスト軌道でありながら,直結軌道並の高い耐震性能が期待できる軌道構造であることが確認されました.今後は,営業線でのPSB軌道の施工法を確立し,試験施工等を踏まえて早期の実用化をめざします.

  • 図5  振動台試験の状況
    図5  振動台試験の状況
  • 図6  まくらぎの水平残留変位
    図6  まくらぎの水平残留変位
  • 図7  加振中のまくらぎ応答変位波形(800gal,外軌側)
    図7  加振中のまくらぎ応答変位波形(800gal,外軌側)

(記事:村本勝己)