地山補強土工法の設計の合理化に関する検討

1.はじめに

 切土における地山補強土工法の設計は,地山の不確実性により地山補強の効果の定量的評価が難しいため,設計に用いる土質諸数値や地山補強材の極限周面摩擦抵抗力の設計用値は安全側に設定されることが一般的です.既往の調査によれば,切土補強土擁壁の施工のうち「地山補強材の打設およびのり面工の構築」に関わる施工が全体工費・工期の半分以上を占めることが報告されています.そのため,地山補強材の引抜特性や,地山補強材が壁体と一体化されている効果を適切に評価することにより,工費・工期を大幅に縮減できる可能性があります.以上を考慮し,①地山補強材の抵抗特性の評価,②のり面工と地山補強材を一体化させた効果,③合理的な設計手法の提案について示します.

2.地山種類ごとの地山補強材の抵抗特性の評価

 図1に収集した全引抜試験データにおける極限周面摩擦抵抗力度と地山のN値の関係を示します.地山が同種でありN値が同レベルであっても極限周面摩擦抵抗力度のばらつきは大きい傾向があります.これは地山補強材周辺のローカルな地山特性の違いや施工のばらつきに加えて,載荷試験方法(補強材頭部の拘束条件)の違いによる影響などに起因していると考えられます.また,同じN値であっても砂礫地山と砂質地山で差が見られました.これらの引抜試験結果を踏まえ,表1および図1に地山の種類,N値に応じた極限周面摩擦抵抗力度τsの推定値を示しました.推定値は収集したデータの最低値レベルに設定しました.地山の土質諸数値(c,φ,γ)から極限周面摩擦抵抗力度τsを算出する手法では,地山の深い箇所でのτsを過大評価する可能性があること,地山の土質諸数値が不明な場合は算定できないこと等の問題がありましたが,この表に従えばN値に応じたτsを算定することが可能となります.
  • 図1 地山補強材の抵抗特性の評価
    図1 地山補強材の抵抗特性の評価
  • 表1 地山補強材の極限周面摩擦抵抗力の推定値
    表1 地山補強材の極限周面摩擦抵抗力の推定値

3.壁体と地山補強材を一体化させた効果

 表1は地山補強材単独の抵抗特性ですが,実際には多くの地山補強材が打設され,格子枠等の壁体と一体化された状態で安定化させるため,この効果を考慮した試計算を行いました.図2に壁体設計に用いる構造解析モデルのイメージと,プッシュオーバー解析によって得られた荷重-変位関係を示します.図2から壁体の剛性が高いほど降伏荷重が高いことが分かります.これは壁体の剛性が高いほど載荷点から離れた地山補強材にも抵抗力が分担されているのに対して,剛性が低い場合には載荷点近傍の地山補強材に集中して抵抗力が生じるためです.また,壁体の剛性が高い場合,地山補強材の抵抗特性のばらつきが全体的な地山補強土の安定性に及ぼす影響を軽減し,地山の局所的な破壊が抑制されると考えられます.この効果を定量的に評価するために図2 に示した構造解析モデルを用いた地山補強材の引抜強度に変動係数20%のばらつきを与えプッシュオーバー解析を行い,その結果を用いて試行回数10000 回のモンテカルロシミュレーションを行いました.図3 に地山補強材1 本当たりの極限周面摩擦抵抗力のヒストグラムを示します.地山補強材単独の引抜強度がばらついた場合でも,壁面剛性が高いほど全体的には高い強度が期待できます.


  • 図2 壁体の違いによる荷重-変位関係の比較
    図2 壁体の違いによる荷重-変位関係の比較
  • 図3 モンテカルロシミュレーションによる壁体剛性の比較
    図3 モンテカルロシミュレーションによる壁体剛性の比較

4.現地試験を考慮した設計法の提案

 表2 に壁体剛性の効果と情報化施工を考慮した設計フローを示します.土留め標準による切土補強土擁壁の設計では壁体剛性の効果を考慮していません.前述した結果を考慮し,壁体の種類に応じた切土補強土擁壁の設計法を提案しました.

①壁体(のり面工)を構築しない場合
 地山の諸数値から算定される極限周面摩擦抵抗力,あるいは地山のN 値から算定される極限周面摩擦抵抗力(表1)を用い,補強土体の安定解析を行います.既設盛土を補強材と支圧板によって補強した場合がこれに相当します(図4 参照).

②剛性が期待できる壁体(のり面工)を用いる場合
 壁体の種類,剛性に応じて表1 に示した極限周面摩擦抵抗力を壁体の剛性に応じて1~3 割程度割り増して用い,補強土体の安定解析を行います(図4 参照).表1 の地山補強材の極限周面摩擦抵抗力の推定値は収集データの最低値のため,現地での地山補強材の引抜き試験による極限周面摩擦抵抗力は大きくなる可能性があります.実際に地山補強材の引抜き試験を行った現場を用いて,試計算を行った結果,地山補強材の奥行き方向の間隔を大きくすることができ,工費・工期の削減ができることを確認しました.なお,本報告で示した地山補強材の極限周面摩擦抵抗力(表1)や情報化施工を考慮した設計フロー(表2)については,適切な施工管理や品質管理を確保していることが前提となります.詳細については地盤工学会の地山補強土工法設計・施工マニュアルや関連する鉄道標準を参照してください.本設計法のご不明の点については,下記までご連絡ください.


  • 表2 壁体剛性効果と情報化施工を考慮した設計フロー
    表2 壁体剛性効果と情報化施工を考慮した設計フロー
  • 図4 壁体の効果を考慮した地山補強土工法の設計法の提案
    図4 壁体の効果を考慮した地山補強土工法の設計法の提案

(記事:栗山 亮介)

鉄道構造物の耐震設計基準の改訂

1.はじめに

 現行の「鉄道構造物等設計標準・同解説(耐震設計)」は,1995年の兵庫県南部地震での鉄道構造物の大被害を契機にとりまとめられました.その後,急速に整備された地震観測網により多数の強震動が記録されるとともに,地震工学分野の研究は大きく進展しました.さらに,鉄道の技術基準は,平成13年に発出された『鉄道に関する技術上の基準の定める省令(国土交通省令第151号)』により,仕様規定から性能規定化されました.これらのことを受けて,耐震設計においても平成17年度より「耐震設計標準に関する委員会」において改訂に関する審議を重ね,平成23年度末の時点では成案が得られていました.そのような中で,平成23年3月11日に東北地方太平洋沖地震が発生しました.この地震は,従来の設計では想定もしていない巨大な地震であったことから,「鉄道構造物耐震基準検討委員会」を発足させ,この地震に対する設計標準の適用性について検証してきました.以上の経緯を経て,新しい「鉄道構造物等設計標準・同解説(耐震設計)」の考え方がまとまりましたので,その骨子を簡単に報告します.

2.改訂のポイント

(1) 性能照査型設計への移行とその意義

①国際規格への適合: 耐震設計に関連する国際基準としては,ISO2394等がありますが,特に重要なのはISO23469「構造物の設計の基本―地盤基礎構造物の設計に用いる地震作用」です.ISO23469は,codes for code writersとして書かれたもので,今回の改訂によりこれら国際標準との整合性を確保しました.
②柔軟な対応: これまでの仕様に捉われず,自由な発想での設計を可能にし,新技術の導入に対して柔軟な対応が可能となるように配慮しました.これにより,コストダウンや,より性能の高い新技術開発へのインセンティブとなることが期待されます.

(2) 地震時の要求性能

 地震時における要求性能は安全性について設定し,重要度の高い構造物については復旧性についても設定することにしました.安全性は,想定される作用のもとで,構造物が使用者や周辺の人の生命を脅かさないための性能で,構造物の構造体としての安全性(構造物全体系が破壊崩壊しないための性能)と機能上の安全性(車両が脱線に至る可能性をできるだけ低減するための性能)です.復旧性は,構造物周辺の環境状況を考慮し,想定される地震動に対して,構造物の修復の難易度から定まる損傷等を一定の範囲内に留めることで短期間で機能回復できる状態に保つための性能です.安全性のうち,構造安全性はL2地震動に対して,機能上の安全性はL1地震に対して確保することになります(表1参照).

  • 表1 設計地震動と要求性能
    表1 設計地震動と要求性能

(3) 地震動の見直し

設計では,以下の2つの地震動を考慮します.

  •  L1地震動  設計耐用期間中に数回程度発生する確率を有する地震動
  •  L2地震動  建設地点で想定される最大級地震動
ISO23469および土木学会の第3次提言を受けて,L2地震動の定義を見直しました.また,平成11年標準以降,急速に発展した強震観測網により,多数の地震記録が得られており,これらを使うことにより,設計地震動の標準スペクトルを見直しました.なお,L2地震動には従来通り,海溝型地震を想定した『スペクトルI』(Mw=8.0,断層最短距離60km)と内陸活断層を想定した『スペクトルII』(Mw=7.0,直下)を設定しています.

(4) 応答値算定法・照査法の高度化

 応答値算定方法として,「一体型モデルによる動的解析法」と「分離型モデルによる静的解析法」を標準的な手法として位置づけています.それぞれについて,近年の成果を参考にしつつ,応答値の算定方法の高度化を図りました.特に,動的相互作用問題として,慣性相互作用の他に,幾何学的相互作用を重視しており,例えば,原則として深い基礎に関しては,地盤種別によらず地盤変位による強制変形を地震作用として考慮することとしました.また,幾何学的相互作用による入力損失効果についても積極的に考慮することで,応答値の合理化を図りました.

(5) 新しい性能照査方法への取組み

限界状態設計法によらない,新しい指標を用いた照査方法の可能性についても言及しています.これは土木学会地震工学委員会でも提唱されているもので,復旧性については,初期建設コストと設計耐用期間における地震後の復旧コストと間接被害の期待値の和,すなわちトータルコストを最小化することを照査指標としたものです.

(6) 地震随伴事象や危機耐性への配慮

 津波や地表断層変位など,地震動以外に地震に付随して発生し得る地震随伴事象に対しては,未解明な部分も多く設計手法も確立していないことから,性能を定めて照査をする対象とせず,線路計画を含めて構造計画の段階で適切に配慮することとしました.
 また,東北地方太平洋沖地震でも経験したように,L2地震動を越える地震動の発生の可能性は排除できません.しかし,鉄道構造物は一般に公共性が高く,円滑な機能の維持・確保が個人の生命や生活,社会・生産活動にとって非常に重要であるため,表1のような性能を満足していることに加えて,想定以上の地震に対しても,構造物またはシステムとして,破滅的な状況に陥らないように設計する必要があると考えられます.ただし,このような想定を超えた状態に対する性能(危機耐性)を直接的に定義し照査する体系はまだ構築されていませんので,「耐震構造計画」でこれを配慮することにしました.


3.東北地方太平洋沖地震への対応

 東北地方太平洋沖地震に対する設計標準の妥当性についても検証し,以下の(i)~(iv)の結論を得ました.(i)改訂標準には大きな問題はありませんでした.(ii)良好な地盤において,上記の設計地震動を短周期側で大きく上回ることが確認されたので,標準地震動に加えて,別途,短周期が卓越した地震動についても設定しました.(iii)震源から離れた関東地方において,低加速度でありながら地震動が長時間継続することによって広範囲にわたり大規模な液状化が発生しましたが,本標準で採用している累積損傷度法を用いた液状化判定によって低加速度・長継続時間地震動による液状化程度を評価できることを確認しました.(iv)高架橋上に建植されている多数の電車線柱で傾斜・折損等の被害が発生したため,電車線柱の地震応答特性について検証し,電車線柱の応答値の算定方法について提案しました.

4. まとめ

 紙面の都合で概略のみを紹介するにとどめましたが,耐震設計標準に関連した講習会を10月25~26日(大阪会場),11月1~2日(東京会場)で開催する予定ですので,ご参加頂ければ幸いです.

(記事:室野剛隆)

ローカル線用モニタリング手法の開発

1.はじめに

 軌道の状態検査のうち,軌道検測車では測定が難しいレール頭頂面の凹凸や道床状態等を車上からモニタリングできれば,検査に要する労力が軽減されます.そこで,ローカル線での活用を想定した軸箱上下振動加速度(以下,「軸箱上下加速度」という)を用いた軌道状態評価法について,シミュレーションと実車両による走行試験結果により,その実用化の可能性を検討しました.

2.車両/軌道動的応答モデルによる状態監視法の検討

車両/軌道動的応答モデルに,噴泥箇所やレール端部の落ち込みの実際の軌道状態データを適用し,台車前後の輪軸の挙動をシミュレーションによって把握することで,軸箱上下加速度を用いた軌道状態監視法の可能性を検討しました.バラスト軌道における噴泥には,浮まくらぎの発生していることが多いです.浮きまくらぎが5 本連続する箇所を90km/h で走行した場合の,動的輪重を計算しました.結果の例を図1 に示します.図から,励起される応答の振動数が台車枠のピッチングの固有振動数(7~9Hz 程度)に近くなることにより,同位置における前軸と後軸の応答の差(以下,「軸差」という)が生じるのを確認できます.したがって,軸差に着目することで,噴泥箇所を精度良く抽出できる可能性があると考えられます.次に,レール端部の落ち込み箇所を,90km/h で走行した場合の動的輪重の計算例を図2 に示します.レール端部の落ち込み箇所付近の輪重は前軸・後軸共に150kN 程度の大きな応答となっていることから,その検出は軸差ではなく,前軸あるいは後軸のみの応答に着目することで可能と考えられます.


  • 図1 浮きまくらぎ箇所走行時の動的輪重(走行速度90km/h)
    図1 浮きまくらぎ箇所走行時の動的輪重
    (走行速度90km/h)
  • 図2 レール端部の落ち込み箇所走行時の動的輪重(走行速度90km/h)
    図2 レール端部の落ち込み箇所走行時の動的輪重
    (走行速度90km/h)

3.車上測定による検討

 輪重変動と高い相関がある軸箱上下加速度を営業車両で測定し,実測値によりシミュレーション結果を検証しました.測定は,非電化単線線区で一般型気動車の同一台車の前後軸箱およびその直上の台車枠に加速度センサを設置し,データレコーダにより収録を行いました.また,速度および位置情報を補完するために,GPS 速度,車体ヨー角速度を同時に収録しました.加速度センサを一台車のみに設置したため,進行方向や編成により測定軸の位置が図3 に示す3 通りに変化することになります.この影響については,同じ日に測定した上下線のデータを用いて検証しました.なお,測定した区間の年間通過トン数は約100 万トン,主たる軌道構造は50kgN レール,普通継目,木まくらぎ(37~41 本/25m)で,道床は採石,道床厚は200~250mm,締結装置はF 形タイプレートもしくは犬くぎです.


  • 表1 車上測定項目
    表1 車上測定項目
  • 図3 加速度センサの設置位置
    図3 加速度センサの設置位置

(1) 噴泥・浮きまくらぎ

 噴泥・浮きまくらぎの検出には,軸距(2.1m)と浮きまくらぎ1 本の場合の長さを考慮して,軸差のデータに対して通過帯域0.5m~2.5mのバンドパスフィルタ処理を行いました.噴泥箇所の軸箱上下加速度および軸差の波形を図4 に示します.シミュレーション結果のとおり,噴泥箇所では前軸と後軸で応答の差が見られます.しかし,下り測定での後軸は上り測定での前軸と挙動が似ている一方で,前軸は(-)側に大きな振幅を示しているため軸差が(-)側に大きな振幅となっており,進行方向により違いが生じています.この箇所は近傍に踏切があったことから,踏切と一般区間の構造境界で励起された輪重変動が軸箱上下加速度の波形に大きく影響したと考えられます.以上のことから,噴泥・浮きまくらぎ箇所は軸差による検出法は有効だと考えられますが,構造物等が近傍に介在する場合には,単線区間の上下走行時の軸差データ間で差異が生じる可能性がある点に留意する必要があります.

  • 図4 噴泥箇所で,進行方向で最大の乖離を生じた箇所の軸箱上下加速度と軸差の波形(走行速度90km/h)
    図4 噴泥箇所で,進行方向で最大の乖離を生じた箇所の軸箱上下加速度と軸差の波形(走行速度90km/h)

(2) バッター

 バッターの波長は数十cm 以下であるので,軸箱上下加速度に波長0.2m のハイパスフィルタ処理を行いました.バッター箇所の前軸と後軸の軸箱上下加速度の波形を図5 に示します.前軸,後軸ともバッターの付近で最大300m/s2 程度の値であり,バッターのような短い波長の現象は,軸箱上下加速度の測定軸の位置に関わらず検出可能と考えられます.

  • 図5 バッター箇所の波形(走行速度90km/h)
    図5 バッター箇所の波形(走行速度90km/h)

(3) 継目落ち

継目落ちの検出では,軸箱上下加速度に通過帯域0.2m~0.5 m のバンドパスフィルタ処理を行いました.継目落ち箇所の波形例を図6 に示します.継目落ち箇所では,前軸,後軸ともに大きな値となっていますが,測定軸の位置の違いによるばらつきが大きい箇所も確認されました.また,前軸と後軸はほぼ同位相での挙動を示すことが多いため,台車の前軸,後軸の双方で測定を行い,いずれかで大きな加速度が生じた場合は,現地の状況を確認するなどの管理方法が考えられます.

  • 図6 継目落ち箇所の波形(走行速度90km/h)
    図6 継目落ち箇所の波形(走行速度90km/h)

4. まとめ

 営業列車で測定した軸箱上下加速度を活用した軌道状態の把握手法の実用化の可能性について,シミュレーションと走行試験結果により検証を行いました.その結果,噴泥・浮きまくらぎは,前後軸で測定した軸箱上下加速度の軸差に対して,バッター,継目落ちは,前軸または後軸で測定した軸箱上下加速度に対して適切なフィルタ処理を行うことで,一定の精度で検出できることを確認しました.但し,実際の管理方法としては,軸箱加速度の基準値を設定して管理することが考えられますが,軸箱加速度は走行速度により変動するため,速度補正値の設定や速度別の基準値の設定が課題です.

(記事:坪川洋友)

風速計の種類と特徴および風観測の留意点

1.はじめに

 強風時における列車の安全を確保するためには,鉄道沿線での風の状況に関する情報が不可欠です.2008年3月現在,全国の鉄道沿線(JR,民営鉄道会社の計160事業者)には1,520箇所に風速計が設置されており1),これらの風速計で観測された風速値をもとに,運転抑止や徐行といった運転規制が実施されています.しかし,風速計が沿線の風の状況を適切に捉えていなければ,運転規制を実施しても列車の安全にはつながりません.使用する風速計の特徴をふまえ,強風を監視する目的に適した方法で,風の状況を代表した風速値を得ることが大切です.そこで本稿では,代表的な風速計の種類と特徴,応答性の違いならびに風速計を用いた風観測における留意点を簡単に紹介します.

2.風速計の種類と特徴

現在,日本で使用されている代表的な3種類の風速計について,それぞれの特徴を以下にまとめます.
①風杯型風速計(図1(a))
 風速の変化により風杯の回転数が変化するという機構を用いて風速を計測するもので,鉄道沿線の規制用風速計として最も多く使用されている風速計です.電源設備を必要としないため,停電時でも使用できるという長所があります.一方で,風向を計測するには,別途風向計を用意する必要があります.

  • 図1 日本で使用されている代表的な風速計
    図1 日本で使用されている代表的な風速計
②プロペラ型風向風速計(図1(b))
 風速の変化によりプロペラの回転数が変化するという機構を用いて風速を計測するもので,流線型をした胴体に垂直尾翼とプロペラ型の羽根が取り付けられています.風が吹くとプロペラが風上に向くように回転し,胴体の向きで風向が,プロペラの回転数で風速が計測されます.鉄道の現場では,新幹線や新都市交通システムなどで多く使用されています.
③超音波風速計(図1(c))
 発信部から受信部までの経路を伝搬する音の到達時間が風速によって変化するという性質を用いて,風速とともに風向を計測するものです.この風速計は風の鉛直成分を計測できるため,主に研究目的で使用されていますが,鉄道の規制用風速計としての使用実績は多くありません.


  • 図2 3種類の風速計による風観測の様子(左から風杯型、超音波型、プロペラ型)
    図2 3種類の風速計による風観測の様子
    (左から風杯型、超音波型、プロペラ型)

3.風速計の応答性

 風速計の応答性が異なる場合,観測される瞬間風速の最大値が影響を受けます.前節で示した3種類の風速計(図1および2)を用いて,風速を10Hzでサンプリングし,移動平均化時間をs秒として求めた瞬間風速の10分間の最大値を10分間の平均風速で割った値(突風率とよびます)を求めました(図3).同図より,超音波型風速計では突風率が大きめに,風杯型風速計では突風率が小さめの値となることが判ります.このことは,強風時の運転規制の場面で考えると,同じ規制基準でも使用する風速計によって運転規制の頻度が多少異なることを示しています.その一方で,瞬間風速を求める移動平均化時間を3秒以上にすることで,風速計の応答性の違いによって運転規制の頻度が異なるという問題を解消できることが判ります.


  • 図3 3種類の風速計による瞬間風速の平均化時間sと突風率との関係
    図3 3種類の風速計による瞬間風速の平均化時間sと突風率との関係

4.風観測時における留意点

 沿線の風の状況を代表した風速値を得るために,風の観測で留意すべき点について簡単に紹介します.
①風速計の配置
 「強風を監視する」ための風速計は,当然ながら頻繁に強風が発生する,あるいは発生すると推定されるエリアに配置しなければなりません.一方で,広い平野部に高架橋が連続する区間や河川の長大橋梁区間など,最も風が強い地点が明確に特定できない場合もあります.このような場合には,風速の空間的な代表性を考慮して1台の風速計を対象エリアの中央部に配置する,もしくは複数の風速計を配置して多重系で監視するといった方法があります.
②線路構造物の影響
 風は構造物の影響を受け,増速領域や減速領域,乱れの大きい領域などが形成され,風速計の位置によって観測される風速に大きな違いが生じます2)(図4).したがって,高い盛土や大きな断面をもつ橋梁区間などに風速計を設置する場合,その位置を適切に選ぶ必要があります.構造物が風速に及ぼす影響の度合いについては,施設研究ニュースNo.250等で紹介していますので参考にして頂けたら幸いです.
  • 図4 桁断面周りの空気流れ(参考文献2)をもとに作成)
    図4 桁断面周りの空気流れ (参考文献2)をもとに作成)
③メンテナンス
 観測の開始後は,風速計のメンテナンスが重要です.気象測器の精度は,気象庁の「検定」に合格していることで保証されます.前述した3種類の風速計の検定の有効期間はいずれも5年と定められているため,この有効期間を念頭に定期的な点検を行う必要があります.また,風速計本体に加えて,風速計が設置されている周辺環境の変化,例えば樹木の成長や建物の新築などによって観測値が大きな影響を受ける場合がありますので注意が必要です.

5.おわりに

 本稿では,3種類の風速計の特徴と風観測における留意点を紹介しました.これらを踏まえて風の観測を行うことによって,より合理的な運転規制が可能となることが期待されます.今後も,様々な地形条件や周辺環境、線路構造物を有する鉄道沿線での風速計の配置箇所や取付位置の合理化に寄与できるよう、研究成果の一般化を進めていく予定です.

参考文献

1)鉄道強風対策協議会:鉄道における強風対策の進捗状況について,第5回鉄道強風対策協議会資料,2008.04
2)鉄道強風対策協議会:風観測の手引き,2006.09

(記事:荒木啓司)