耐候性鋼材を用いた既設鋼橋の維持管理

1.はじめに

 耐候性鋼材とは,表面に緻密なさび層(保護性さび)を形成し,塩分,水,酸素の浸入を阻止することで,腐食の進行を抑制する鋼材です.いわば,保護性さびが塗膜としての役割をしており,「さびをもってさびを制す鋼材」です.このような特徴を有する耐候性鋼材を利用し,塗装していない鋼橋のことを耐候性鋼橋(無塗装橋梁)といいます.

 耐候性鋼橋は定期的な全面塗替えが不要となるため,以前は「耐候性鋼橋はメンテナンスフリーである」と流布されたこともありましたが,飛来塩分量の多い架設環境や,常時湿潤する構造ディテールでは,期待した保護性さびが生成されない場合があるため,実際には耐候性鋼橋も適切な維持管理が必要となります.そこで,本報告では,耐候性鋼橋の維持管理における留意点と最近の研究事例について紹介します.

2. 耐候性鋼橋の維持管理における留意点

①保護性さびの状態

 耐候性鋼橋においては,保護性さびの状態を確認することが最も重要です.特に保護性さびが適切に生成できていない場合に生じる,うろこ状さび(図1),層状はく離さび(図2)の有無を確認します.このようなさびを放置すると,鋼材の腐食が進行して板厚が減少するため,桁の耐荷力を低下させてしまいます.

 うろこ状さびや層状はく離さびは,常に湿潤している環境で生じやすく,桁端部や排水管損傷部などの漏水・滞水しやすい箇所に生じます.また,飛来塩分量の多い環境下で,特に雨洗されにくい部材・部位に生じます.鉄道橋における耐候性鋼橋では,下フランジ上面の排水性を考慮して設計・架設されたものがあり(図3),このような構造では,かえって下フランジ下面に雨水がまわらず,付着した塩分が洗い流されないため,うろこ状さびや層状はくりさびが生じた事例が多く報告されています.

  • 図1 うろこ状さびの例
    図1 うろこ状さびの例
  • 図2 層状はく離さびの例
    図2 層状はく離さびの例
  • 図3 雨洗されない箇所
    図3 雨洗されない箇所

②その他

 耐候性鋼橋においても疲労き裂や,支承部の不具合など,一般の塗装橋梁と同様の変状が生じます.したがって,保護性さびの状態以外にも,一般の塗装橋梁と同様に全般検査における調査項目を設定して調査する必要があります.

 耐候性鋼橋においては特に疲労き裂の目視調査に注意が必要です.塗装橋梁では疲労き裂が発生すると,時間の経過とともに疲労き裂がさびる,もしくは疲労き裂からさび汁が垂れるため,疲労き裂の発生部位が塗装色と異なり目視で識別しやすくなります.一方で,耐候性鋼橋においては,疲労き裂周辺も保護性さびに覆われているため,疲労き裂が目視で識別しづらくなっています(図4).

  • 図4 疲労き裂
    図4 疲労き裂

3.既設耐候性鋼橋に対する摩擦接合方法の研究

 近年,既設耐候性鋼橋において,前述のような疲労き裂の発生が認められています.既設耐候性鋼橋では,疲労き裂に対する当板補修や耐震補強部材の設置などで高力ボルト摩擦接合継手を用いる際,塗装橋梁に準じた接合面処理として,耐候性鋼材のさびを完全に除去することは,ブラスト処理によっても困難です.そこで,さびを有する耐候性鋼材に対して,簡易な素地調整のみとして,さびをある程度残した状態で高力ボルト摩擦接合できる方法の検討を行っています.

 さびを有する耐候性鋼材に対する素地調整は,簡易な工具として,ディスクグラインダ,ブリストルブラスタ,ワイヤブラシによる方法を検討しました.素地調整の程度は,ディスクグラインダは鋼材素地面が所々で露出している程度,ブリストルブラスタは鋼材素地面がほぼ露出している程度,ワイヤブラシは鋼材素地面に固着したさびが残っている程度としました(図5).これらを母材として,ブラスト処理した当板をボルト接合して継手試験体を作製し(図6),すべり試験を行いました.すべり試験の結果,ワイヤブラシによって固着したさびを残した試験体のすべり係数が最も大きく,設計で一般に用いるすべり係数0.4を上回っていました(図7).このことから,さびをある程度残した状態で高力ボルト摩擦接合を用いても,すべり耐力を確保できる可能性があることが確認できました.

 今後は実用化に向けて,さびの状態などの接合面の条件を変えた場合や長期的な耐久性の検討を進めていきます.

  • 図5 素地調整の程度
    図5 素地調整の程度
  • 図6 継手試験体の形状
    図6 継手試験体の形状
  • 図7 すべり試験の結果
    図7 すべり試験の結果

4.まとめ

 供用から30年以上経過した耐候性鋼橋が増加しており,今後はうろこ状さびや層状はく離さびの発生だけでなく,疲労き裂などの変状の発生も想定されます.適切な維持管理方法や補修・補強方法を確立するため,検討を進めていきます.

(記事:鋼・複合構造研究室 網谷岳夫)

CAモルタルの大断面補修

1.はじめに

 経年劣化したCAモルタルの補修方法として,通常は電動ピック等で奥行き100mm程度の劣化部分を除去して補修用樹脂等を充填する,いわゆる「額縁補修」が実施されています.しかし,CAモルタル内部の劣化範囲を定量的に評価し,その程度に応じて補修を行った事例はなく,適切な補修が行われているかを判断することは困難でした.そこで,衝撃貫入試験による強度推定方法によってCAモルタルの健全度を事前に調査し,その結果を反映した補修方法を検討しました.本稿では,試験施工として,寒冷地に敷設されたスラブ軌道のCAモルタル大断面補修の概要について報告します.

2.施工箇所におけるCAモルタルの劣化状況

 鉄道総研では,経年劣化したCAモルタルの健全度評価法として,リバウンドハンマーを用いた衝撃貫入試験により簡易にCAモルタル内部の強度を評価する手法を提案しています.本手法では,リバウンドハンマー(衝撃エネルギー:2.207N・m)を用いて貫入棒(直径:6.5mm)をCAモルタルに打撃・貫入した際の反発度が10以上の場合,CAモルタルの設計基準強度1.8N/mm2を満足するとしています.図1に衝撃貫入試験の様子を示します.

 本施工箇所は,寒冷地の明かり区間に敷設されている在来線スラブ軌道であり,補修用樹脂の剥離や内部のCAモルタルの細粒化(図2参照),列車走行に伴う軌道スラブの動的変位が確認されました.衝撃貫入試験の結果として,図3に施工箇所におけるCAモルタルの想定劣化範囲を示します.同図より,軌道スラブ隅角部における劣化が顕著であり,レール締結部直下付近にまで劣化範囲が及んでいることが分かります.軌道スラブ隅角部は,CAモルタル側面部が外気や雨水に接触する範囲が広く凍害による影響を受けやすい状態にあることや,列車走行に伴う軌道スラブの動的変位の影響を受けやすい箇所であるため,これら複合的な要因により劣化が広範囲に及んだと考えられます.一方,軌道スラブ中央部については,貫入深さが100mm以下であり,荷重支持状態に影響を与える範囲にまでは劣化が進行していないと考えられます.

  • 図1 衝撃貫入試験の様子
    図1 衝撃貫入試験の様子
  • 図2 劣化したCAモルタル
    図2 劣化したCAモルタル
  • 図3 CAモルタルの想定劣化範囲
    図3 CAモルタルの想定劣化範囲

3.CAモルタルの大断面補修

3.1 補修用材料の強度特性

 本施工箇所のように,広範囲に劣化したCAモルタルを補修する場合,てん充層により列車荷重を均一に支持するためには,既存の健全なCAモルタルと同程度の弾性・強度特性を有する材料で補修する必要があります.そこで,本施工では従来の補修用CAモルタルと同等の弾性・強度特性を有し,さらにゴム粉末を添加することにより,凍結融解作用に対する耐久性を向上させた高耐久性補修用CAモルタルを選定しました.また,図4に同材料の若材齢時における圧縮強度の推移を示します.寒冷地では低温時の施工も想定されますが,養生温度5℃における材齢1時間の圧縮強度は0.4N/mm2であり,目標値(材齢1時間):0.1N/mm2を満足することを確認しました.

  • 図4 補修用材料の圧縮強度と材齢の関係
    図4 補修用材料の圧縮強度と材齢の関係

3.2 施工手順

 図5に施工フローを示します.本施工では,CAモルタルの劣化が広範囲であることから,夜間列車間合いを考慮し,補修範囲を軌道スラブ長手方向に対して端部と中央部(施工境界部は第1・第2締結中間部および第7・第8締結中間部)に分けて2日間で施工しました.また通常,劣化したCAモルタルの除去作業は,電動ピックやレール上を移動可能な専用の掘削機により行っていますが,本施工箇所のようにCAモルタルの劣化が軌間中心にまで及ぶ場合は,従来の機材による方法では,施工性の観点から不利となることが予想されます.そこで,本施工では劣化したCAモルタルの除去作業にウォータージェット(最大吐出圧力:25MPa)を用い,劣化したCAモルタルのみを迅速に除去する方法を採用しました(図6参照).除去作業後は,第1締結部,施工境界部,第4・第5締結中間部(軌道スラブ中央部)および第8締結部における除去範囲の深さ寸法を測定し,想定劣化範囲と比較しました.

  • 図5 施工フロー
    図5 施工フロー
  • 図6 ウォータージェットによるCAモルタル除去
    図6 ウォータージェットによるCAモルタル除去

3.3 CAモルタルの除去状況

 図7に想定劣化範囲と実施工における除去範囲を併せて示します.同図より,軌道スラブ中央部において想定劣化範囲と除去範囲に多少の差は見られますが,全体的に両者は概ね一致していることが分かります.本検討では測定位置を幾つかの代表点に限定し,各測定位置における想定劣化範囲や除去範囲を直線的に結び評価しましたが,さらに測定点を追加して作業中に除去深さを適切に管理することで,より精度の高い施工を実施できると考えています.

  • 図7 CAモルタルの除去状況
    図7 CAモルタルの除去状況

4.おわりに

 経年したCAモルタルの劣化範囲を定量的に評価した上で,広範囲に劣化したCAモルタルの大断面補修を実施し,軌道スラブの支持状態が良好に改善されていることを確認しました.今後は,営業線での大規模工事へ向けた更なる作業効率化に取り組んでいきます.

(記事:軌道・路盤研究室 渕上翔太)

高架橋との連成挙動を考慮した高架上家の最大応答変位予測法

1.はじめに

 高架橋の上部に付随する旅客上家(以下,高架上家(図1))は,高架上家の重量が高架橋と比較して軽いことから,高架橋と高架上家の条件によっては地震応答が大きくなることが懸念されます.そこで,高架上家の地震応答について既往の研究1)で検討し,高架上家と高架橋の固有周期比に応じた並進方向の応答特性の違いを明らかにしています.一方,平成24年版鉄道構造物等設計標準・同解説 耐震設計(以下,耐震標準)2)には,鉄道構造物に付随する施設の耐震設計に関する記述があり,高架橋との相互作用を考慮した電車線柱の応答量算出方法が示されています.耐震標準によると,この考え方(並進方向の共振とロッキングの考慮)は高架上家にも適用可能とされていますが,電車線柱と高架上家では構造形態(架構形式や基礎構造など)が異なるため,高架上家の特徴を考慮した応答量算出方法を確立することが重要であると考えられます.

 そこで,高架橋と高架上家の連成挙動を考慮した高架上家の応答特性を,並進方向における影響とロッキングによる影響でそれぞれ整理しました.そして,この検討をもとに,耐震標準に定めるL2地震動スペクトルⅡ地震動(以下,鉄道土木地震動L2spⅡ)が入力した場合の高架上家の応答変位を,高架橋との一体モデルを構築せず,高架橋の設計値や高架上家の設計目標値から簡易に求める手法を提案しましたので,本稿で紹介します.

  • 図1 高架上家の例
    図1 高架上家の例

2.並進方向における相互作用の検討

 並進ばねをもつ質点系モデル(図2)により,並進方向における検討を行いました.

 まず,検討にあたっては,質点系モデルのパラメータ全てに対してパラメトリックに行うのではなく,高架上家の応答変位に影響を及ぼすパラメータを理論式から整理して検討しました.このように整理することで,不必要なパラメータを検討することや,得られる結果が冗長的になることを防ぐことができます.理論式からの検討により,パラメータは,①高架橋応答塑性率,②高架上家応答塑性率,③質量比(高架上家/高架橋),④固有周期比(高架上家/高架橋),⑤高架橋等価固有周期,の5つに整理できることが分かりました.これらのパラメータは,高架橋の設計値や高架上家の設計目標値から与えることができます.

 次に,先述の5つのパラメータに応じて応答変位を推定するスペクトルを作成しました.スペクトルは,質点系モデルのパラメトリックスタディにより作成しました.ただし,高架上家をバイリニアモデルとする場合,応答塑性率が設定値となるような降伏耐力を,解析ケースごとに逐一求めることが必要になってしまいます.この手順を避けるため,今回は,高架上家のみを弾性としたモデルで解析を行い,高架上家の塑性化の影響は後述の推定式によって評価することでスペクトルを作成しました.塑性化の影響を評価する推定式には,限界耐力計算告示(平成12年建設省告示1457号)によるスペクトルの低減式,および既往の研究による塑性化に伴う固有周期伸長の推定式3)を用いました.図3に,質量比0.05,高架橋等価固有周期0.8s,高架橋応答塑性率3.0の場合について,推定式によるスペクトルと,高架上家をバイリニアとした質点系解析結果の比較を示します.スペクトルは,解析結果と概ね整合することが確認できました.以上のように作成したスペクトルにより,並進方向のみを考慮した高架上家の最大応答変位を,5つのパラメータから簡易に推定することができます.

  • 図2 質点系解析モデル
    図2 質点系解析モデル
  • 図3 高架上家の塑性化を考慮したスペクトルと解析値の比較(質量比0.05,高架橋等価固有周期0.8s,高架橋応答塑性率3.0)
    図3 高架上家の塑性化を考慮したスペクトルと解析値の比較
    (質量比0.05,高架橋等価固有周期0.8s,高架橋応答塑性率3.0)

3.高架橋のロッキングの影響の検討

 耐震標準には,高架橋のロッキングの影響を考慮した電車線柱の水平応答震度算定法が示されています.これは,水平応答震度の割増係数(=1+kθ×Hv)(kθ:ロッキングを考慮した補正係数,Hv:高架橋高さ)によって,高架橋のロッキングの影響を考慮するものです.ただし,高架上家の構造形式には,電車線柱のような片持ち梁形式だけでなく,全覆型や半覆型などのラーメン構造があります.この場合,図4に示すように高架上家の回転変形角θsが,高架橋の回転変形角θvよりも小さくなると考えられますので,その影響を評価しました.

 高架上家の形状および高架上家柱脚の固定条件の違いによるロッキングと高架上家応答の関係について,高架橋のみに水平力を作用させた高架上家-高架橋の連成モデルに対する静的増分解析により検討しました(図4).θsvの値は,高架上家の形状および高架上家柱脚の固定条件により異なりますが,最大値は0.83となっています.従って,ラーメン構造タイプの高架上家については,新たなロッキングを考慮した補正係数として0.83をkθに乗じた値を用いることで,応答性状を安全側に評価できると考えられます.

  • 図4 高架上家の構造形式の影響
    図4 高架上家の構造形式の影響

4.応答スペクトルの作成とその検証

 2章の方法で求めた並進方向のみを考慮した応答変位に,3章で求めたロッキングの影響を考慮することで,鉄道土木地震動L2spⅡが作用した場合の変位応答スペクトルを作成しました.作成した応答変位スペクトルと,高架上家-高架橋一体非線形骨組モデルによる応答解析結果を比較(図5)すると,高架上家の応答を精度よく予測できていることがわかります.

  • 図5 骨組モデルとの比較検証
    図5 骨組モデルとの比較検証

5.おわりに

 鉄道土木地震動L2spⅡが入力した場合における高架上家の応答変位を,高架橋の設計値や高架上家の設計目標値から簡易に予測する手法を提案しました.

参考文献

1) 山田聖治,武居泰,清水克将:高架橋上旅客上家の地震応答特性と耐震設計法の提案,鉄道総研報告,Vol.22,No.10,pp.23-28,2008.10

2)公益財団法人鉄道総合技術研究所:鉄道構造物等設計標準・同解説(耐震設計),2012

3) 柴田明徳:最新耐震構造解析,森北出版,1981

(記事:建築研究室 三木広志)