[研究&開発]振動の位相差からダンパーの異常を検知する

はじめに

 車両の油圧ダンパーは,走行する車両の振動(揺れ)を抑える重要な部品の一つです。もしダンパーに劣化や故障が生じ,所定の減衰力が出なくなると,乗り心地が悪くなったり,振動の種類によっては走行安全性にも影響します。鉄道車両には,一定の期間や走行距離ごとに各種の定期検査が定められており,規模の大きな定期検査では車両の各部を解体して検査します。その際ダンパーも車両から取り外し,分解検査や性能試験を行います。しかし定期検査は,状態が徐々に変化するような劣化を把握するには有効ですが,突発的な異常は定期検査よりも早く発見することが望まれます。特に振動制御システムにおいては,走行中にダンパーの異常を検知することが求められます。振動制御システムは,車両の振動に応じてダンパーの力を適切に制御することで,効果的に乗り心地を向上するシステムです。このような制御システムには,システムの一部に異常が生じた際に制御を停止する機能が必要になります。
 鉄道総研では,まくらばねダンパーを制御する振動制御システムを開発し,そのシステムの異常検知機能の一つとして,まくらばねダンパーの異常を検知する方法を開発しました。ここでは,その検知方法と,車両に実際に搭載した異常検知システムについて紹介します。

振動の大きさで異常が判るか

 ダンパーが正常に機能しているかどうかを走行中に判別するには,例えば力を測定するセンサーをダンパーに組み込み,実際の減衰力を計測すれば可能です。しかしこのようなセンサーは,実用レベルの耐久性を確保することが難しく,コストもかかります。そこで,加速度センサーを使って車両の振動を監視することで,ダンパーの状態を間接的に診断することを考えました。
 まくらばねダンパーが故障した場合に,車両の振動がどのように変化するか確かめるため,まくらばねダンパー4本のうち1本を車両から取り外して走行する試験を行いました。図1のように,1本のまくらばねダンパーが故障しても,車体の振動はあまり変わりません。一見,異常を検知する必要がないように思えますが,故障を知らずに走行を続け,複数の異常が発生する場合を考えると,そのすべての組み合わせについて検証することはできません。そのため,ダンパー1本が故障した時点で確実にそれを発見することが重要です。しかし,図1の波形からそのまま異常を判別するのは難しいことがわかります。さらに,車両の振動は軌道変位(レールの凹凸)によって変わるため,振動の「大きさ」をもとに,ダンパーが正常かどうか判断することはできません。


  • 図1 車体の上下振動加速度
    図1 車体の上下振動加速度

位相差から異常を判別する

 車体の上下振動を図2のように平面的に捉えると,上下方向の並進運動と回転運動(ピッチング)の2つの成分に分けることができます。さらに,凹凸のあるレール上を走る台車の動きは,2つの台車をつなぐ基線が並進運動と回転運動をしていると考えることができます。
 基線が並進運動すると,まくらばねとまくらばねダンパーを介して車体は並進運動します(図2-A)。基線が回転運動すれば,車両も回転運動します(図2-D)。このとき車両が前後対称ならば,基線の並進運動で車体の回転運動(図2-B)は起きず,その逆(図2-C)も起きません。しかし1本のダンパーに異常があると,車両の前側と後ろ側のダンパーの力は同じではなくなるので,BとCが起こります。この相互作用によって,並進運動と回転運動の位相差(タイミングのずれ)に変化が生じます。そのため,この位相差の変化に注目することで,まくらばねダンパーの異常が検知可能になります。

  • 図2 並進運動と回転運動
    図2 並進運動と回転運動

開発した異常検知システム

 この異常検知方法は,振動制御システムの異常検知機能として組み込まれ,現在,JR 九州の観光特急車両で使われています(図3)。この振動制御システムは,車体に取り付けた4 つの加速度センサーで車体の動きを捉え,それに応じてまくらばねダンパーを制御することで,車体の振動を低減するシステムです。ダンパー異常検知機能は,振動制御に使う加速度センサーをそのまま利用するので,この振動制御システムの構成を変えることなくダンパーの異常が検知できます。
 図4 は,ダンパーの異常検知アルゴリズムです。4つの加速度センサーの信号から,車体の上下方向の並進運動と,ピッチングを計算します。それぞれをバンドパスフィルターに通すことで特定の周波数成分を抽出し,両者の位相差を算出します。算出した位相差が,あらかじめ設定したしきい値を超えた場合に,ダンパーの異常と判断します。
 図5 は,実際に1 本のダンパーを異常状態にし,営業路線を走行した結果です。位相差がしきい値を超えた際にダンパーの異常を検知しています。また,位相差が正常範囲からどちら側に外れたかによって,故障ダンパーの位置が車両の前側か後ろ側かを特定しています。ダンパーの異常や,その他制御システムの異常が検知された場合には,制御装置は直ちに振動制御を停止します。


  • 図3 まくらばねダンパー異常検知機能を搭載した振動制御システム
    図3 まくらばねダンパー異常検知機能を搭載した振動制御システム
  • 図4 ダンパー異常検知アルゴリズム
    図4 ダンパー異常検知アルゴリズム
  • 図5 ダンパー異常検知の試験結果
    図5 ダンパー異常検知の試験結果

おわりに

 ここで紹介した異常検知方法は,振動制御システムを搭載しない車両にももちろん使うことができます。しかしこのような異常検知システムを低コストに実現するには,センサーなどの機器をできるだけ共有化することが重要です。1 つのセンサーでより多くの状態を監視できるシステムが今後求められると考えています。

(車両構造技術研究部 走り装置 副主任研究員 小島 崇)

[研究&開発]レアメタル削減合金鋳鉄制輪子の耐摩耗性向上

はじめに

 鉄道のブレーキには,踏面ブレーキという車輪踏面にブロック(制輪子)を押しつけて車両を停止させる方式があります(図1)。鋳鉄制輪子は,普通鋳鉄制輪子に合金元素を添加させた合金鋳鉄制輪子により摩擦係数や耐摩耗性を向上させてきました。合金鋳鉄制輪子には,レアメタルであるクロム(Cr),ニッケル(Ni),モリブデン(Mo)が含まれています。その中でもNi,Moは高価なうえに価格変動が大きい原材料であるため,資源リスク回避の観点からは使用しないことが望ましいです。しかしながら,Ni,Moは,高速での摩擦係数や耐摩耗性の向上への寄与が大きく,特に,在来線では最高速度から機械ブレーキにより600m以内に停止しなければならないため,合金鋳鉄制輪子中のNi,Moの含有量を削減する場合には,別の要素で摩擦係数の低下を補わなければなりません。
 一方,合金鋳鉄制輪子の耐摩耗性の向上も大きな課題です。新品の制輪子の厚さは60mmで交換目安厚さは15mmであり,それに達するまでの走行距離は約3万kmで,早いものでは交番検査周期90日の半分の約45日で交換されています。そのため,制輪子の寿命を交番検査周期まで延伸することが求められています。
 これまでに,高速でのブレーキ距離を短縮し,車両の高速化を目指した,炭化ケイ素発泡体(フォーム)を鋳ぐるんだ鋳鉄制輪子を開発し,高速での摩擦係数が向上することを確認しました1)。しかし,Ni,Mo使用量を削減し炭化ケイ素フォームを鋳ぐるんだ鋳鉄制輪子のブレーキ性能については未検討であり,また,耐摩耗性についての検討も不十分でした。そこで,Ni,Moを削減した合金鋳鉄制輪子に何種類かのセラミックフォームを鋳ぐるんだ鋳鉄複合制輪子を試作してブレーキ性能を確認し,さらに開発した鋳鉄複合化制輪子の実用化を目指して,実用に即したブレーキ試験を実施して性能を確認したのでここに紹介します。


  • 図1 踏面ブレーキ
    図1 踏面ブレーキ

セラミックフォーム鋳ぐるみレアメタル削減制輪子2)

 現用の合金鋳鉄制輪子(以下,現用品とする)のNi,Mo含有量を可能な限り減らすことを考慮し,現実的な削減量の目標として,Ni含有量を0.5から0.3mass%(40%削減),Mo 含有量を1.0 から0.3mass%(70%削減)と設定しました。また,セラミックフォームを鋳ぐるむことによりNi,Mo削減に伴うブレーキ性能低下を補うことを考え,既開発の炭化ケイ素(SiC)フォーム以外に,アルミナフォーム開発品(Al-1)と汎用品(Al-2),チタン酸アルミニウム(Ti-Al)フォームを鋳ぐるみました。アルミナフォーム開発品(A1-1)の外観を図2に示します。
 ブレーキ試験には,実物大ブレーキ試験機を用いました。相手材の車輪径は810mm,慣性モーメントは1068kgm²(輪重64kN相当)です。ブレーキ初速度は95,125,135km/hとして,押付力は95km/hのみ25kN両抱き,125,135km/hでは40kN両抱きとしました。試験回数は5回,車輪の初期温度を60℃としました。
 ブレーキ距離の測定結果を図3に示します。ブレーキ初速度125,135km/hでのブレーキ距離は,セラミックフォームを鋳ぐるむことにより,現用品より大幅に短縮しました。測定した中では,Al-1のブレーキ距離が最も短縮しました。
 制輪子の摩耗量の測定結果を図4に示します。現用品より高速での摩耗量が最も少なかったのはAl-1で,ブレーキ初速度125,135km/hでは現用品より約40%低減しました。


  • 図2 アルミナフォーム開発品(A1-1)
    図2 アルミナフォーム開発品(A1-1)
  • 図3 ブレーキ距離
    図3 ブレーキ距離
  • 図4 制輪子摩耗量
    図4 制輪子摩耗量

開発品の実使用条件でのブレーキ性能

 上記のAl-1を開発品として,実用に即したブレーキ試験を実施し,その性能について評価しました。試験条件は,ブレーキ初速度が135km/h,押付力はブレーキ3ノッチ相当である16kN両抱き(以下,B3条件と表記)と非常ブレーキ相当である40kN両抱き(以下,EB条件と表記)の2条件,試験回数は各押付力毎に計60回(15回を4セット),試験開始の車輪初期温度は60℃以下としました。15 回毎に制輪子の摩耗量(試験前後の質量測定)や車輪踏面形状を測定しました。なお,相手材の車輪径や慣性モーメントは2項と同様です。
 摩耗量の測定結果を図5に示します。開発品の摩耗量は,現用品より少ない傾向にありました。B3条件の摩耗量の平均は,開発品は現用品より8.5%減少し,EB条件の摩耗量の平均は,開発品は現用品より10.5%減少しました。しかしながら,EB条件の現用品では,車輪踏面の摩耗がなかったのに対し,開発品では若干の摩耗が認められました。


  • 図5 制輪子摩耗量
    図5 制輪子摩耗量

おわりに

 Ni,Moを削減した合金鋳鉄制輪子中に炭化ケイ素,アルミナ,チタン酸アルミのフォームを鋳ぐるむことにより,高速でのブレーキ距離は著しく短縮しました。さらにアルミナフォーム開発品(Al-1)を鋳ぐるむことで高速での制輪子の摩耗量が約40%低減しました。
 実使用条件でのブレーキ試験において,制輪子の摩耗量は,B3,EB相当ともに開発品は現用品より低減しました。しかし,開発品の車輪踏面に若干の摩耗が認められたため,それを改善することが今後の課題です。

参考文献

1) 森本文子, 宮内瞳畄, 半田和行, 辻村太郎, 川口清:摩擦特性に優れた鋳鉄複合化制輪子の開発,鉄道総研報告,Vol.22, No 4(2008),pp.17-22. 2) 宮内瞳畄:RRR,Vol.69,No.10,(2012.10), pp.20-23.

(材料技術研究部 摩擦材料 室長 宮内 瞳畄)

[研究&開発]湿潤条件下の車輪とレール間の粘着係数に影響を及ぼす因子

はじめに

 雨や雪などで車輪やレール表面がぬれると,車輪とレール間に介在する水膜の潤滑作用により粘着力は低下するため,駆動時の空転や制動時の滑走現象などが発生する事例が多く見受けられます。このようなトラブルは,ダイヤの乱れやブレーキ距離の延伸などに繋がるだけではなく,レールと車輪の接触面に空転傷または滑走傷が形成され,車両走行時の騒音や振動が大きくなって乗り心地が悪化する恐れもあります。車輪とレールの表面にできた傷を取り除くために臨時に車輪踏面削正などの保守作業を行っていますが,表面の損傷が重大な場合は,車輪あるいはレールを交換する場合もあり,その結果,メンテナンスコストが増加してしまいます。安全輸送,車両の乗り心地の確保および保守経費の削減のため,湿潤状態での粘着力に影響を及ぼす要因を見出し,それに基づいて粘着力の改善法を考えることは,鉄道事業者から求められる重要度の高い基礎的な研究課題と言えます。
 本稿では,車輪とレール間の粘着メカニズムを明らかにするために行われてきた理論解析や実験的な研究を踏まえ,湿潤条件下の車輪とレール間の粘着係数に影響を及ぼす因子について紹介します。

粘着係数の推定方法

 粘着係数には,基礎的粘着係数と実用上有効な粘着係数の二つの定義があります。基礎的粘着係数は,車輪とレール間の接触面に起きる摩擦現象に関係し,材質,表面性状,接触面の付着物,走行条件,環境雰囲気条件などに影響されます。一方,実用上有効な粘着係数は,主として車両や軌道の構造,駆動力や制動力の制御方式に関連した有効に使える粘着係数です。実際には,車輪とレールの表面が種々の環境条件におかれて車両走行時の各種条件がお互いに絡み合って作用するため,利用できる実用上有効な粘着係数はばらつきが大きく,極めて複雑なもので把握することが容易ではありません。ここでは,トライボロジー的な観点から,湿潤条件下の基礎的粘着係数(以下,粘着係数に略称)の推定方法について記します。
 実際の車輪とレールの表面には微小な突起が多数存在します。降雨・降雪時には,微小な突起同士が車輪とレール間に介在する水膜を突き破って接触する形態になります(図1)。この際の粘着係数は,水膜および微小な突起同士の接触により分担される輪重の割合,ならびに水膜のせん断抵抗係数と微小な突起同士の接触部のせん断抵抗係数から求めることができます(式1)。

  • 但し,一般的に水膜のせん断抵抗係数は微小な突起同士の接触部のせん断抵抗係数と比べて非常に小さいため,粘着係数は主に微小な突起同士の接触で分担する輪重の割合に支配されます。車輪とレールの間に介在する水膜の厚さが大きいほど,水膜を突き破って接触する微小な突起の数が少なく,それによって分担する輪重の割合も小さくなるので,粘着力の低下が生じると考えられます。

    • 図1 湿潤時の車輪とレールの接触形態
      図1 湿潤時の車輪とレールの接触形態

粘着係数への影響因子

 湿潤条件下における粘着係数への影響因子について,数値解析および室内模擬試験結果の一例を紹介します。数値解析に関して,数値モデルを用いて弾性流体潤滑理論とGreenwood-Williamsonの粗さ面接触方程式(表面の微小な突起の高さはガウス分布と仮定される)を適用し,ニュートン・ラプソン反復法により計算を行いました。室内模擬試験について,鉄道総研で開発した2円筒転がり接触試験機により実施しました。解析は新幹線の最高速度を考慮に入れましたが,試験は試験機の仕様範囲内に速度(最大100km/h)を設定しました。
 図2に列車の走行速度と粘着係数の関係を示します。数値解析と実験結果のいずれも走行速度の増加に伴って粘着係数が低くなる傾向が見られます。その原因は,走行速度の増加に伴って車輪とレール間に介在する水膜が厚くなり,水膜を突き破って接触する微小な突起の数が少なくなるためと考えられます。図3に車輪とレール間に介在する水膜の温度と粘着係数の関係を示します。水膜の温度が上昇すると粘着係数が高くなる傾向が示されます。通常,水の温度が上昇すると水の粘性が低くなります。その結果,同じ走行条件においても形成される水膜の厚さが薄く,水膜を突き破って接触する微小な突起の数が多いので,粘着係数が高くなると考えられます。図4に車輪とレールの表面粗さと粘着係数の関係を示します。表面粗さが大きくなると粘着係数が高くなる傾向が認められます。表面粗さが大きい場合は,微小な突起の高さも比較的大きいので,水膜を破り易く,粘着係数の向上に繋がると考えられます。図5に輪重(輪重をヘルツ最大接触圧力に置き換えて図に表す)と粘着係数の関係を示します。数値解析結果から,輪重が小さい範囲では,輪重の増加に伴って粘着係数が高くなり,輪重がある値を超えると粘着係数が低くなる方向へ転換する傾向が見られます。一方,実験結果から得られた輪重と粘着係数の関係は一定な傾向を示していないことから,走行速度や表面粗さなどの条件が粘着係数に大きな影響を与えることが示唆されます。
 上記のほか,車輪とレール面の付着物(錆,油など)も粘着係数に影響を与えます。錆の種類によって粘着係数の変化は異なります。

  • 図2 列車走行速度と粘着係数の関係(計算と実験値)
    図2 列車走行速度と粘着係数の関係(計算と実験値)
  • 図3 水膜の温度と粘着係数の関係(計算と実験値)
    図3 水膜の温度と粘着係数の関係(計算と実験値)
  • 図4 表面粗さと粘着係数の関係(計算と実験値)
    図4 表面粗さと粘着係数の関係(計算と実験値)
  • 図5 輪重と粘着係数の関係(計算と実験値)
    図5 輪重と粘着係数の関係(計算と実験値)

おわりに

 理論解析や実験的な研究結果から,湿潤条件下の粘着係数が列車走行速度の増加に伴って低くなる一方,車輪とレール間に介在する水膜の温度の上昇,または表面粗さの増大によって粘着係数が向上することがわかりました。降雨・降雪時に空転・滑走現象を抑制させるためには,これまで実施してきた表面粗さの増大(増粘着研磨子,砂撒き,セラジェット)による粘着限界の向上策のほかに,車輪とレールの接触部(手前)の水膜を排除または加熱することも有効と考えられます。一方でトライボロジー的な取り組みのみならず,空転・滑走検知や再粘着制御技術などと合わせてアプローチすることによって粘着性能をより一層高めることも必要です。

(鉄道力学研究部 軌道力学 主任研究員 陳 樺)