[クローズアップ] 化学分析と鉄道

 部材の損傷等のトラブルを解決するためには,現象の理解がその第一歩です。方法は目視・在姿での外観観察に始まり,顕微鏡による破断面の詳細な観察など様々です。その過程で化学分析が役立ちます。「分析」の意味は事柄の内容・性質などを明らかにすることと国語辞典に掲載されており,その言葉からは要因分析,経済分析など多岐にわたる用語が想起されます。しかし,ここでは物質固有の化学的性質を利用して成分や組成などを知ることやその操作のこととします。では,どのように役に立つかを以下に紹介します。

何と何の混合物か

 車軸の軸箱や歯車箱に充てんされた油が,交換から間もないのに通常とは違う変色をしたり,発生した泡が消えなかったりするとき,何か異物が油に混入した可能性があります。そのような場合,その現象が発生した油に対して赤外吸光分光分析を実施します。物質はその物質に固有の波長の光を吸収する性質があります。油や油に含まれる添加剤は,可視光より少し波長が長い赤外線の領域に特徴的な吸収を示すことが知られています。元の油と混ざったものとに特徴的な波長での吸収があれば,両方の吸収を測定して見比べることで,混ざったかどうかがわかります。

 測定の概念を図1に示します。物質に赤外光を照射し,透過光や反射光を検出することで,赤外吸収スペクトルを得ます。横軸は波長の逆数で,縦軸は物質に入射した光の強度に対してどれだけの光が吸収されたかを示します。スペクトルを比較することにより,2種類の油が混ざっていることが推定されれば,変色や泡の発生の原因である可能性を考えることになります。

  • 図1
    図1 赤外吸収スペクトル測定の概念

付着物は何か

 車輪とレールの間の粘着には様々な要因が影響を及ぼします。車輪・レールそれぞれの表面に付着した物質は粘着係数を高くも低くもさせるので,粘着現象に関するトラブル解決に際しては,表面付着物の正体を知ることが助けになる場合があります。このうち、車輪やレールのサビに対して,ラマン分光法を適用することを提案しています。ラマン分光法は,物質に光を照射した際,出射されてくるその物質固有の波長(正確にはその逆数)だけ高い波長,低い波長の光(これを散乱光とよびます)を捕捉することでスペクトルを得て,物質の種類を同定する分析法です。かつては小さい実験室1個分ほどの大きさが必要な分析装置でしたが,近年小型化し,本体を軌道の外に設置,プローブヘッドだけをレールまで持ち込んでの安全で簡便な分析が期待される方法です。

 例として,図2に試験機の中で塩水の環境と真水の環境にさらし,サビを発生させたレール表面のラマンスペクトルを示します。サビと言っても様々な種類の化合物から形成されていて,しかも置かれた環境により異なる種類のものが発生している様子がわかります。

  • 図2
    図2 サビを発生させたレール表面のラマンスペクトル
    ・それぞれ塩水と真水の環境にばく露したもの
    ・記号や物質名はサビのタイプを略記したもの

役に立つ分析のために

 混合物が何か,付着物が何か,化学分析からそれらを解明するには,混合する前の物質や付着している物質そのものが示す吸収やスペクトルがどのようなものなのか,推定される物質の情報が必要です。また,分析試料の採取法も重要な要素で,適切に採取することで,分析によってわかることが増えることもあります。遺伝子の構造も別の惑星の大気の組成も,ここに示した分析方法の延長線上の技術でわかってきたと言っても過言ではなく,鉄道技術の中で,化学分析が役立つ場面はもっとあるかもしれません。化学分析が問題解決の糸口になることができるよう,努力を重ねていきたいと考えています。

(材料技術研究部 部長 曽根康友)

[研究&開発] 高速車両の車内快適性向上のための新しい試験設備

はじめに

 長距離の移動に使われる新幹線などの高速鉄道では,高い車内快適性が求められます。現状の新幹線の快適性は高いレベルに保たれていますが,さらなる速度向上の際には,この快適性の維持あるいは向上が求められると考えられます。車両構造の観点からは,とくに振動と車内騒音の低減が重要になります。

 振動に関しては,車体自身が変形する車体弾性振動(車体曲げ振動ともいいます)が問題となります。これまでの検討により,乗り心地に影響する弾性振動は,従来想定されていたような車体全体が弾性はりのように変形する単純なものだけでないことがわかっています。現行の新幹線よりさらに高速で走行する車両においては,そのような弾性振動に対する対策の重要性がより高まると考えられます。

 また,走行に伴って生じる騒音は速度とともに急激に増大するため,速度向上のためには車内騒音低減対策が必須となります。とくに,台車などからの振動が車体に伝わって床板や内装パネルを振動させ,それらがスピーカーのような働きをして車室内に音を放射する「固体伝搬音」とよばれる騒音は,500Hz 以下の比較的低い周波数において対策が難しく,車内快適性向上にとって重要な課題となっています。

 これらの車体弾性振動や車内騒音の問題に対し,従来は別個に検討が行われてきました。両者を同時に扱う試験設備がなかったことがその大きな理由でしたが,いずれも車体の振動が関係するため,本来は統一して検討するのが合理的です。そこで鉄道総研では,車体弾性振動と車内騒音が小さく快適性が高い車体実現のための検討を統一的に行うことのできる新しい試験車体と加振試験装置を開発しました。

高速車両用多目的試験車体

 高速車両用車体の振動と車内騒音の状況をできるだけ忠実に模擬し,具体的な対策実施と効果の検証を行うための「高速車両用多目的試験車体」(以下,多目的試験車体)を製作しました(図 1)。構体は,最近の新幹線や特急車両で標準的なアルミニウム合金製ダブルスキン(アルミダブルスキン)構造で,標準的な新幹線中間車をベースに各種試験に対応するための設計変更を行っています。

 すなわち,車体弾性振動や車内騒音の低減対策を適用し,その効果を検証するため,床板や内装パネルなどを容易に着脱できる設計としました。また,側-床および側-屋根の結合部に,車体断面の変形を抑制するための「コーナーブレース」の取り付け座を設けています。さらに,最近の車両では車体間ヨーダンパを装備する例が増えており,車体弾性振動に影響している可能性があるため,それらの取り付け条件が変更できるようにしています。換気や空調用のダクトも設置し,ベース車と同等の気密性能も確保しています。

高周波車両加振試験装置

 今まで,車体弾性振動と車内騒音に関する高速車両の試験を協調して行うための加振試験装置として製作したもので,車両を定置して各種加振を行うためのピットと装置全体を覆うカバー部(図 2),輪軸位置から車両の上下加振を行う輪軸加振装置,車体のヨーダンパ受や中心ピンに設置する慣性型加振装置(固体伝搬音模擬用加振装置)などからなります。テント倉庫形式のカバー部は長さ 29.5 mでそのうち 24.7m 部分がピットになっています。ピット終端には隣接車両との結合要素を締結するための連結架台を設置し,連結状態を模擬した試験も可能です。

  • 図
    図1 高速車両用多目的試験車体
  • 図
    図2 高周波車両加振試験装置(左:外観,右:内部)
  • 図
    図3 輪軸加振装置
  • 図
    図4 固体伝搬音模擬用加振装置
    (ヨーダンパ受に設置した状態)

 走行中の鉄道車両の上下方向の車体弾性振動は,主に軌道の高低不整に起因して発生すると考えられます。これを再現するため,図 3 に示す輪軸加振装置を製作しました。この装置は,車両の質量による静的な荷重は空気ばねで支え,振動による荷重は直動式のアクチュエータで与える方式で,加振する輪軸を変更しながら試験を行うため,移動可能な設計としています。振動を与えるアクチュエータは小型ながら出力が大きく,高周波数まで動作が可能な電気サーボモータ式のものを採用しました。ピットのレールには切り欠きが設けられており,加振される輪軸はレールと同形状の加振装置の支持部に支えられて上下に加振されます。

 車体振動および車内騒音の伝搬経路として台車からの振動がヨーダンパおよびけん引リンクを介して車体に伝搬するものがあり, 100 ~ 300Hz の周波数帯域の固体伝搬音の主要な発生源とされています。そこで,この経路による車体加振を模擬するため,ヨーダンパ受およびけん引リンク受から車体を加振する固体伝搬音模擬用加振装置を製作しました(図 4)。実車のヨーダンパやけん引リンクの代わりに取り付けられる設計で,非常に効率的に試験を行うことができます。

 これらの試験装置群は,既存の汎用品を購入してコストを抑えつつ,加振機構や取り付け治具などに工夫を加えて鉄道総研が独自に製作したものです。

おわりに

 車体弾性振動と車内騒音が小さく快適性の高い車体を実現するための各種検討を行う目的で新しく製作した試験車体と加振試験装置を紹介しました。これにより,高速車両の車内快適性向上を検討するための重要なインフラが整備されたといえます。

 多目的試験車体と高周波車両加振試験装置を用い,定置試験による走行時の乗り心地評価,AMD(アクティブマスダンパ)や床下機器の高減衰弾性支持による車体弾性振動低減,車内音響モードの測定,床板の弾性支持や分割・吊り床構造の適用による固体伝搬音低減,MPP(微細穿孔パネル)による吸音率向上など,振動と騒音の低減に関する種々の検討を実施しており,各設備の稼働率は大変高くなっています。

 これらを活用し,車体弾性振動と車内騒音の低減に関する高速車両の適切な車体構造の設計指針提案に向け,今後も検討を進めて参ります。

 本稿で紹介した内容の一部は,国土交通省鉄道技術開発費補助金を受けて実施しました。

(車両構造技術研究部 車両振動 室長 富岡隆弘)

[研究&開発] 高周波振動の影響を考慮した乗り心地評価法

はじめに

 近年の高速化に伴い,車両の高周波振動が増えています。鉄道における代表的な乗り心地評価法として,乗り心地レベルがありますが,従来の方式の場合は高周波振動を過小評価するため,高周波振動が多く含まれる振動評価には適していません。このため,鉄道総研では,高周波振動に対応した乗り心地フィルタ ( 以後,乗り心地フィルタ 2011 と表記 ) を提案し,このフィルタを用いて乗り心地レベルを算出することを提唱しています。

 本稿では,この乗り心地フィルタ 2011 を用いる乗り心地レベルLTN をご紹介します。

乗り心地レベル

 乗り心地の国際基準として ISO2631 がありますが,乗り心地レベルでは,1981 年に当時の ISO2631 が示した全身振動暴露の限界値を基に,1 ~ 0.5Hz の範囲を拡張して,上下方向,左右・前後方向の振動周波数に対する「等感覚曲線」を定義しています(図 1 の黒一点鎖線)。

  • 図
    図1 等感覚曲線と許容限界平均値(実験結果)

 等感覚曲線は,周波数ごとの「同じ大きさ」と感じる加速度実効値を示し,この値が小さいほど,その周波数の振動は大きく感じやすいことを意味します。乗り心地レベルは,この等感覚曲線を論拠とした「乗り心地フィルタ(乗り心地レベル用の重み付け曲線,図 2 の薄紫太線)」を用いて,振動に含まれる周波数成分ごとに重み付け処理し,その実効値から算出します。

 重み付けフィルタを用いて実効値を求める基本的な考え方は ISO と同じですが,ISO との最も大きな違いは重み付けフィルタ(乗り心地フィルタ)の形状にあります。

  • 図
    図2 1974 年の ISO2631 に準拠する乗り心地レベルと1997,2000 年の ISO 改定版の比較

より体感と合う評価法に

3. 1 乗り心地フィルタの改良

 従来の乗り心地フィルタは,高周波振動の乗り心地への影響をほとんど反映しないため,本研究では,様々な周波数の振動に対する人間の不快の感度を調べ直し,その結果を基に,重み付けフィルタを改良しました。

 実験では,鉄道用座席を設置した車内振動騒音評価シミュレータ(図 3)を用いて,1 ~ 50Hz の 14 種類の正弦波振動を提示しました。この正弦波振動は,振幅がゆっくりと増加→減少するもので,被験者には「新幹線の乗り心地として不快」と感じている間,評価ボタンを押し続けるよう教示しました。この実験は,座席種別,肘掛利用,リクライニングの程度,開眼閉眼の違いなど,様々な条件で実施しました。代表的な結果(座席種別の違い)を図 1 に示します(青:普通座席,緑:グリーン座席)。

  • 図
    図3 車内振動騒音評価シミュレータを用いた実験の様子

 この結果から,高周波域では,従来の等感覚曲線より小さな加速度でも不快と感じることや,変化の傾きが緩やかであることがわかりました。また,この傾向は,座席種別だけでなく,姿勢,閉眼状態,性別が違っても同じであったため,上記の様々な実験結果を基に図中の赤線の近似線を求めました。そして,乗り心地フィルタ 2011(図 2 の赤点線)は,この近似線から算出しました。

3. 2 乗り心地フィルタ 2011 の妥当性検証

 乗り心地フィルタ 2011 は,上述したように正弦波振動を用いた実験結果に基づいて作成されたため,実際の走行振動でも適用可能かを確認する必要があります。このため,新幹線車両による走行試験と,振動台を用いた在来線と新幹線の走行振動の官能評価試験を行いました。

【走行試験による検証】

 1 回 10 分前後の評価区間を設定し,被験者が 5 秒おきに乗り心地を 5 段階尺度([1]:問題ない~ [5]:非常に不快)で評価しました。これに対し,①乗り心地フィルタ 2011,②従来の乗り心地フィルタ,③ ISO2631 の重み付けフィルタの 3 種類のフィルタを用いて乗り心地レベル値を計算し,それぞれの主観評価との相関を求めました。

 現車試験の結果を図4に示します。図は各フィルタを用いて算出した乗り心地レベルの値と主観評価との相関係数を示し,上図が左右振動,下図が上下振動です。相関係数が1に近いほど主観評価とよく一致していることを意味します。この図から,他のフィルタに比べて乗り心地フィルタ 2011 が,左右,上下振動ともに全ての評価区間において,主観評価との相関が高いもしくは同等であることがわかります。

  • 図
    図4 主観評価との相関(走行試験結果)

【在来線と新幹線振動による検証】

 車内振動騒音評価シミュレータを用いて在来線特急と新幹線の走行振動を再現し,126 名の被験者に,前述の走行試験と同じように,5 秒おきに乗り心地を 5 段階尺度で評価してもらいました。

 試験結果を図5に示します。上図は乗り心地フィルタ2011による乗り心地レベル(紫)と従来フィルタによる乗り心地レベル(黒),下図は押しボタンによる主観評価平均との相関係数を示しており,左図が左右方向,右図が上下方向の振動の結果です。参考までに,ISO2631 フィルタを適用した場合の主観評価との相関値も併記しました。

  • 図
    図5 乗り心地レベルの値と主観評価との相関の比較(在来線と新幹線)

 これらの試験結果から,新幹線条件では乗り心地フィルタ2011 を用いた方が主観評価との相関が高く,先の走行試験と同様の結果でした。また,在来線条件では,乗り心地レベルは,いずれの乗り心地フィルタを用いてもほぼ同じ値となり,在来線のように高周波成分の寄与が低い場合も,乗り心地フィルタ 2011 を用いて問題ないことがわかりました。

 なお,乗り心地レベルと ISO2631 の評価方法は,フィルタだけでなく,その後の計算方法も異なるため,フィルタだけ流用した本検討は参考に留めるべきですが,振動の方向や新幹線・在来線の違いに関わらず,改良フィルタを用いた方が,主観評価との相関が高いことが確認されました。

おわりに

 乗り心地レベルが,高周波振動にも対応できるよう,乗り心地フィルタ 2011 を提案し,新幹線等の高速鉄道でも体感と合った評価が可能となりました。また,このフィルタは,在来線・新幹線を問わず用いることができ,実用に際しては,従来の乗り心地レベルで用いている乗り心地フィルタを乗り心地フィルタ 2011 に置き換えるだけで使用できます。

 本研究の一部は,国土交通省鉄道技術開発費補助金を受けて実施しました。

参考文献

1)中川千鶴:高速鉄道の乗り心地評価を考える,RRR,Vol.67,No.5, pp.18-21, 2010

2)車両電気協会(編):乗り心地管理体制の充実に関する研究報告書,社団法人車両電気協会,1981

(人間科学研究部 人間工学 主任研究員 中川千鶴)

[解説] ディーゼル車両の変遷 - PART 1 -

本稿は『RRR Vol.70 12 月号』(2013.12 発行 ) より「鉄道技術 来し方行く末」の内容を一部編集したものである。

はじめに

 鉄道車両の動力源には蒸気機関,電動機(モータ),内燃機関(ディーゼル機関,ガソリン機関)があります。産業革命以降,鉄道輸送において蒸気機関車が世界各国の非電化区間で長らく用いられてきました。しかし,蒸気機関は大型で効率が低いことから,小型で高効率な内燃機関を動力源に用いる鉄道車両の開発が行われてきました。初期にはガソリン機関が用いられることもありましたが,燃料が安く引火点が高いことや,出力が大きいこといった長所から,ディーゼル機関を動力源に用いることが試みられました。さらに 1940 年に国内で発生したガソリンカー横転火災事故によりガソリンの引火しやすさが問題視され,現在ではディーゼル機関が主に用いられています。

 ディーゼル車両の動力伝達方式には,自動車の様にクラッチとギヤを用いる機械式と,液体式変速機を介して機関の動力を動輪に伝える液体式と,機関に直結した発電機による電力で台車内の電動機を駆動する電気式があります。その中でも,液体式ディーゼル車両はトルクコンバータの実用化とともにドイツで発達し,電気式ディーゼル車両は発電機の制御手法の変遷とともにアメリカを中心に発達してきました。ここでは,ディーゼル車両の変遷について,ディーゼル機関の発明や動力伝達装置の発達を中心に振り返ります。

ディーゼル機関の発明と初期のディーゼル車両

 ディーゼル機関は,1898 年にドイツのルドルフ・ディーゼルにより試作されました(図 1,図 2)。世界最初のディーゼル車両は,1913 年に営業運転を開始したスウェーデンのメレルスタ・セーデルマンランド鉄道といわれています。これは,75 馬力の 6 気筒ディーゼル機関に直結した発電機で直流電動機を駆動する電気式でした。このように,初期のディーゼル車両は機関に直結した発電機で直流電動機を駆動する電気式で,今でいう電車に近いものでした。

 第一次世界大戦中,潜水艦や航空機などの開発とともに機関の出力向上と軽量化が進み,鉄道車両への適用が容易になりました。1920 年代には,200 馬力程度のディーゼル機関を搭載した車両が製作されました。

  • 図
    図1 ルドルフ・ディーゼル
    出典:Wikimedia Commons / http://upload.wikimedia.org/ wikipedia/commons/3/39/Rudolf_Diesel.jpg
  • 図
    図2 ディーゼル機関プロトタイプ
    出典:Wikimedia Commons / http://upload.wikimedia.org/ wikipedia/commons/a/a8/Dieselmotor_vs.jpg

電気式ディーゼル車両の発展

 ディーゼル機関の出力が増加するとともに,機関の動力を動輪に伝える動力伝達装置には,制御の容易さや,大出力に耐える信頼性が求められるようになりました。特にディーゼル機関車は牽引する重量が状況に応じて大きく異なるため,機関出力を自動的に制御できる動力伝達装置の開発が必要でした。また,欧米では自動車の普及により 1910 年代から自動車専用道路が建設され,これに対抗するべく鉄道車両でも高速運転が必要になったことも,ディーゼル車両の研究開発に拍車をかけました。

 1914 年,アメリカのヘルマン・レンプが差動複巻界磁式制御を用いたレンプ式制御の特許を取得しました。これにより,発電機出力が負荷の変動に対して自動的に調整できるようになりました。このレンプ式制御の実用化によって,電気式ディーゼル車両の制御が容易になり,開発も活発になりました。

 こうした背景の中,1932 年,ドイツで 2 両連接式の流線形高速ディーゼル動車が運転を開始しました。このディーゼル動車はマイバッハ社製の V 型 12 気筒の410 馬力ディーゼル機関を両端の先頭車運転台裏に搭載し,300kW の電動機を 2 台駆動する電気式で,最高速度は 160 km/h にもなりました。この車両は “ フリーゲンダー・ハンブルガー号 ” と名づけられ,高速ディーゼル動車の先駆けとなりました(図 3)。そのころアメリカでは,1934 年に電気式ディーゼル動車 “ ゼファー ”が,1939 年に F 形電気式ディーゼル機関車が登場しています。この F 形電気式ディーゼル機関車は V 型 16 気筒 1350 馬力ディーゼル機関を搭載し,運転台付きの Aユニットと,中間車の B ユニットを組み合わせて運用されました。F 形電気式ディーゼル機関車は使い勝手が良く,信頼性が高いことから,その後アメリカのディーゼル機関車はほぼ全て電気式となりました。駆動方式については,最初は直流発電・直流電動機駆動でしたが,1971 年にはドイツで三相交流発電・誘導電動機駆動の電気式ディーゼル機関車 DE2500 が試作されています。

  • 図
    図3 フリーゲンダー・ハンブルガー
    出典:Wikimedia Commons / http://commons.wikimedia.org/wiki/File:Bundesarchiv_Bild_102-14151,_%22Fliegender_Hamburger%22,_DRG_778.jpg

液体式ディーゼル車両の発展

 電気式ディーゼル車両は,機関・発電機・電動機を搭載するため重く高価という側面がありました。そこでドイツを中心に,変速機を介して機関の出力を直接動輪に伝達する手法が模索されました。1920 年代,ドイツとスウェーデンで,流体継ぎ手を応用したトルクコンバータが実用化され,トルクコンバータを用いる液体式変速機の開発が進みました。その後,1928年には,トルクコンバータと直結段を組み合わせたリスホルム・スミス式変速機が,1935 年には複数のトルクコンバータを内蔵する充排油式(フォイト式)変速機が開発されました。こうした液体式変速機を用いるディーゼル車両は電気式に比べて軽量で,歯車式に比べて総括制御が容易であることからドイツを中心に発達していきました。1935 年にはドイツ国鉄により,8 気筒 1400 馬力ディーゼル機関とフォイト式液体式変速機を搭載する液体式ディーゼル機関車が開発されました。液体式ディーゼル車両の開発は第二次世界大戦により一時中断したものの,1953 年には,V 型 12気筒 1000 馬力ディーゼル機関を 2 機搭載した V200型本線用液体式ディーゼル機関車が製作されています(図4)。

  • 図
    図4 V200 形液体式ディーゼル機関車
    出典:Wikimedia Commons http://en.wikipedia.org/wiki/File:V_200_Technikmuseum_Berlin.jpg

まとめ

 これまでディーゼル機関や動力伝達方式の発明まで立ち戻り,初期のディーゼル車両の変遷を見てきました。振り返ると,ディーゼル車両より先に実用化された電車に対して,非電化区間で走行可能な鉄道車両を開発する要求から,いわば当時発明されたばかりのディーゼル機関を電車に応用した「電気式機関車」や,自動車と似たような構造を持つディーゼル動車が開発されていった経緯が見えてきました。ここまでは海外でのディーゼル車両の黎明期を取り上げてきましたが,日本国内のディーゼル車両の変遷については次号にて紹介したいと思います。

参考文献

1)鉄道の百科事典編集委員会:鉄道の百科事典,丸善出版,2012

2)持永芳文他:鉄道技術 140 年のあゆみ,コロナ社,2012

(車両制御技術研究部 動力システム 研究員 菅野 晋)