[クローズアップ]2016年度の研究開発計画

 鉄道総研では、2015年度からの5年間の基本計画RESEARCH 2020を定め、各事業を進めて参りました。本稿では、2016年度の事業計画のうち、研究開発事業についてご紹介致します。2016年度は、研究開発を次の方針で行い、成果を公表します。

 ・安全性の向上に関するテーマの重点的な実施

 ・鉄道の将来に向けた研究開発の着実な実施

 ・鉄道事業者のニーズに対応する実用的な技術開発の実施

 ・基礎研究テーマの積極的・重点的な実施

 ・チャレンジングな研究開発テーマの実施

 研究開発を効率的に進めるため、大学等他研究機関との連携を強化するとともに、部外の学識経験者から助言や評価を受ける研究開発レビュー等を積極的に活用します。

(1)鉄道の将来に向けた研究開発

 おおむね10数年先の実用化を念頭におき、鉄道事業者のニーズ、社会動向等に応え、先行的、かつ実用化した場合の波及効果が大きな課題を「鉄道の将来に向けた研究開発」として実施します。4件の大課題において10件の個別課題を実施します(図1)。

 「鉄道システムの更なる安全性の追求」では、鉄道の安全性を更に高めるため、巨大地震時の列車の走行安全性確保、車両特性を考慮した軌道管理手法、踏切内での歩行者や高齢者ドライバーの行動に基づく踏切保安に係わる研究開発を行います。「情報ネットワークによる鉄道システムの革新」では、情報ネットワークやICTの活用等により利便性の向上、低コスト化、省エネルギー化を図るため、柔軟な列車運行を可能にする列車群制御技術、画像解析技術を活用して構造物の変状を検出する技術、列車の運行電力を予測するシミュレータの開発を行います。「新幹線の速度向上」では、新幹線の更なる速度向上に必要な基盤技術を確立するため、トンネル内微気圧波低減対策の他、カーボン系すり板の適用等を含め体の軽量化によりパンタグラフの追随性能を向上する技術の開発を行います。「鉄道シミュレータの構築」では、鉄道システムの統合的な挙動解析を行うため、軌道、車両、電車線とパンタグラフ等の個別シミュレータの開発に加え、実験結果との比較を行うことで計算精度の検証を行います。また、個別シミュレータ間の連成計算を可能とするインターフェースの構築ならびに計算結果の可視化ツール等の開発を行います。

(2)実用的な技術開発

 実用的な成果を適時、的確に提供するために、鉄道事業に即効性のある課題を実施します。実施に当たっては、JR各社をはじめとする鉄道事業者のニーズに応え、迅速に成果を提供できるよう、十分なリソースを投入します。また、鉄道事業の現場で実用化されることを前提として、オリジナリティの高い技術の開発や、鉄道の将来に向けた研究開発等で得られた成果の実用化に関する技術開発を実施します。

(3)鉄道の基礎研究

 革新的な技術の源泉及び鉄道の諸問題の解決のために、現象の解明、分析・実験・評価方法の構築、シミュレーション技術の高度化、新しい技術・材料・研究手法等に関わる研究を行います。また、目標が特に高く成果の波及効果の大きい課題をチャレンジングテーマとして実施します。

 以上、鉄道総研は、研究開発活動をダイナミックに行い、高い品質の成果を創出するこことで社会の信頼を得るよう努めて参ります。

  • 図1 鉄道の将来に向けた研究開発
    図1 鉄道の将来に向けた研究開発

(企画室 室長  奥井 明伸)

[研究&開発]車両試験台上で編成走行を模擬する

1 はじめに

 鉄道車両の開発過程において、数値シミュレーションにより運動特性の定性的な傾向を把握することは、非常に有効です。しかし、様々な現象を取り扱えるよう車両の全ての要素をモデル化することは難しく、モデル化されていない要素が関わる現象については、シミュレーションで評価をすることは困難です。したがって、最終的な定量評価は現車を用いた走行試験に頼っています。

 一方、営業線における走行試験は、車両の信頼性や性能を評価するために欠かせませんが、営業運転を最優先にする必要があることから、様々な制約を受けることがあります。

 もし、この走行試験の一部を実験室の仮想走行試験環境で実施できれば、幅広い条件で十分な確認・調整が事前に可能になり、車両開発の効率化が期待できます。この仮想走行試験環境を実現するために開発した「鉄道車両用HILSシステム」について紹介します。

2 仮想走行試験の必要性

 鉄道総研には車両試験台があり、実物車両1両を回転する円盤(軌条輪)上にのせて走行状態を模擬しながら、上下・左右・ローリング方向に加振することができます。この試験装置を用いれば、1車両について走行時の運動特性を評価することができます。

 ところで、営業線で走る多くの列車は、複数の車両を連結した編成状態で走行しています。編成中の車両は、連結器の他、車体間前後ダンパーや車端ダンパーなどの結合要素によって隣接する車両と連結されています。そのため、車両は隣接する車両の動きに互いに影響を与え合うことから、編成中の車両と単独車両の挙動には、その振幅や位相に違いが出てきます。すなわち、実際の車両の走行状態を詳細に評価するためには、編成状態での試験を行う必要があるといえます。

3 実験室で仮想走行試験をする

 編成走行状態での試験は必要ですが、長いもので10両以上からなる編成での走行を実験で再現することはできません。そこで、すべて実物を用いて試験をするのではなく、評価したい要素は実物、それ以外は数値モデルを用いるハイブリッドシミュレーターの一種であるHILS(Hardware In the Loop Simulation)という試験手法を導入しました。HILSは数値シミュレーションと実物を用いた試験、両方の利点を兼ね備えていることから、これを利用して、仮想走行試験実現のための「鉄道車両用HILSシステム」を開発しました(図1)。このシステムは、実物車両をのせた車両試験台、HILS対応の試験装置(車体間運動模擬装置、ダンパー試験装置、空気ばね試験装置)、実時間シミュレーターから構成され、全体をネットワークで結合しています。「編成走行模擬試験」と「要素部品性能試験」の主に2つの使い方を想定しています。

  • 図1 ハイブリッドシミュレータ-の全体構成
    図1 ハイブリッドシミュレータ-の全体構成

4 編成走行模擬試験

 編成走行模擬試験は、軌条輪上の実物車両と両端の車体間運動模擬装置、軌条輪加振装置、実時間シミュレーターを組み合わせることで、編成状態で走行する車両の運動特性の評価を行うことができます。

 図1では、2号車が実物車両、前後の1・3号車が数値モデルで表現した仮想車両です。仮想1・3号車の動きは、高速演算が可能な実時間シミュレーター上の数値モデルによって計算し、その車端部の動きを車体間運動模擬装置によって再現しています。この車体間運動模擬装置は、上下・左右・ロール、ヨーの4自由度の動きが可能です。

 この仮想車両(車体間運動模擬装置)と供試車両の間には、現車と同様、車体間前後ダンパーや車端ダンパーなどの結合要素を配置します。これらの結合要素に発生した反力を計測し、実時間シミュレーター上の数値モデルにフィードバックします。その結果を用いて数値モデルで運動を計算し、車体間運動模擬装置を動作させることで、実物車両と仮想車両の相互作用を考慮した編成の運動を再現することができます(図2)。

 この試験環境の精度を向上するため、隣接車両の動きを再現する車体間運動模擬装置の動作精度や、軌道不正を模擬する軌条輪の加振精度の向上に取り組んできました。図3にその結果を示します。これは、中間車両が実物、その前後が仮想車両の模擬3両編成(実測値)による試験結果です。車両試験台で用いた試験車両の本線走行を想定した計算値(本線走行相当)と、実測値が概ね一致していることが分かります。

  • 図2 実車両と仮想車両間の相互作用
    図2 実車両と仮想車両間の相互作用
  • 図3 編成走行模擬試験
    図3 編成走行模擬試験

5 要素部品性能評価試験

 要素部品性能評価試験では、鉄道車両用のダンパーや一本リンク、空気ばねなどの主要な要素部品の開発にあたり、実車両搭載時の条件で性能評価を行うことができます。ここでは、評価対象の要素部品は実物を用い、車体を含むそれ以外の部分は数値モデルで表現します。

 図4はダンパーを評価対象とした試験の流れです。コンピューター上の数値モデルを用いて車両運動の時系列応答を計算します。次に、評価対象を取り付けたダンパー試験装置を、その応答波形を目標に駆動させ、その発生力を測定します。この発生力を次のステップの応答を計算する際の入力とすることによって、評価対象の影響が車両の運動に反映されます。

 ここで用いるダンパー試験装置は、鉄道車両に取り付けられている様々なダンパーを、実際と同様にピン付きゴムブッシュなどの弾性部材も含めて取り付けることが可能です。さらに、ダンパーの相対的な動きが車両の実走行時と同様になるように3次元の加振が可能です。そのため、取り付け部分の影響や軸方向以外の干渉を考慮した、実態に即したダンパーの減衰特性を評価することができます。

 HILSシステムは評価対象に供試ダンパーを用いますが、数値モデル側の精度も重要となります。図5の車体数値モデルの精度検証結果では、数値モデルを用いて算出した推定値と実測値が概ね一致しています。

 このように試験装置と高精度な数値モデルが実時間で連動することで、仮想的な車両搭載条件下で要素部品を評価することができます。

  • 図4 要素部品試験装置のイメージ
    図4 要素部品試験装置のイメージ
  • 図5 精度検証結果
    図5 精度検証結果

6 おわりに

 鉄道車両用HILSシステムについて紹介しました。このシステムによって、営業線で走行試験を実施する前に十分な調整・検証をすることができ、走行試験などの開発に係る費用や時間を抑えることが期待できます。また、走行試験で実施が困難な条件を、コンピューターの仮想環境上で実現することができるため、品質向上にもつながります。

 鉄道車両の開発期間短縮や品質向上に貢献できるツールとなれるように、今後も研究開発を継続していきたいと考えています。

(車両構造技術研究部 車両振動 副主任研究員  小金井 玲子)

[リポート]VPPC2015に参加して -inカナダ-

1 はじめに

 2015年10月19日から22日までの4日間、VPPC2015(正式名称:Vehicle Power and Propulsion Conference 2015)がカナダのケベック州モントリオールにて開催されました。この会議に参加し、発表しましたので報告いたします。

2 会議の概要

 VPPCは、IEEE(The Institute of Electrical and Electronics Engineers)が主体となり2004年に第1回がフランスで開催されて以降、毎年開催されています。会場の様子を図1に、開催概要を表1に示します。今年の会議会場は、カナダ屈指の名門校であるMcGill大学の学生寮を兼ねたホテルのホールでした。

 将来の交通システムにおける省エネ技術を開発・促進するために知識や経験、画期的なアイデアを世界中の研究者で共有する目的で開催されています。

 また会議期間中は毎朝、個別の発表が始まる前にオープニングセッションが設けられており、近年注目を集めている燃料電池車や水素エンジン自動車、ハイブリッド自動車の省エネ技術に関する講演で、質疑応答に関しても日本と比べてかなり活発な議論を繰り広げていました。

  • 図1 会場の様子
    図1 会場の様子
  • 表1 会議の概要
    表1 会議の概要

3 発表の内容

 VPPCは、もともと輸送機関全体の研究内容を対象とした会議ですが、今会議で採択された約250の発表の内、ほとんどが最新の自動車技術に関する研究内容でした。ここでは、講演の一部を紹介します。

3.1 自然エネルギーを使った電気自動車

 再生不可能な化石燃料の使用を減らすことを目的に、自然エネルギーを使用することで、燃料消費を抑え、長距離を移動する新しいハイブリッド電気自動車の提案について述べていました。

3.2 電気自動車搭載のリチウムイオン電池の劣化診断

 近年、安全性の観点から注目を集めているリチウムイオン電池の性能劣化に関する発表でした。

 電池のSOH(State Of Health)と寿命の関係性については、今まで単セル単位では比較的多くの報告が挙げられていますが、とりわけ電気自動車(EV)に搭載されているようなモジュール単位では、システムの複雑さも相まってほとんど報告がありません。そこで、EVに搭載されている電池のモジュール単位での性能劣化に焦点を当て、ウェーブレット変換と統計解析をベースとした診断アプローチについて検証を行ったそうです。このアプローチによって、バッテリーシステムの安全性と、メンテナンスコスト削減の為に必要となる、モジュール全体の劣化情報だけでなく、個別の単セル単位での劣化情報を得ることができ、モジュールの劣化段階、単セルの潜在的な故障リスクのある箇所、最も劣化した単セルの場所から故障メカニズムまで得ることができたそうです。

4 会議以外の話題

4.1 ガーラディナー

 VPPCでは、毎年会議最終日に参加者が一堂に会してガーラディナー(晩餐会)が開かれます。今年はモントリオールで最も印象的な建築物の一つとして有名なRialto Theatreというモダンなシアターにて開催されました(図2)。正面中央ステージには専属の歌手がおり、楽器の演奏に合わせて歌を歌い、美しい歌声に耳を傾けながら食事を楽しむという、滅多に経験できないことをさせて頂きました。また、晩餐会後半にはVPPC2015のBest Paper Awardの発表と授賞式もあり、見事私と台湾の方の2名が受賞し表彰を受けることができました。ところが、受賞した台湾の方が会場に不在だったため、私のみ壇上で表彰を受けることになり、かなり緊張しました。

  • 図2 ガーラディナーの様子
    図2 ガーラディナーの様子

4.2 モントリオールの交通事情

 モントリオール市内は、地下鉄とバスがSTM社(Société de transport de Montréal)によって運行されています。

 地下鉄は1966年に開通し路線は大きく4つにわかれています。主にMR-63型と呼ばれる車両が運行しており、車輪ではなくゴムタイヤで走行しているのが特徴です(図3)。地下鉄は全68駅からなっており、それら全て違うデザインが施されています。私が滞在したホテルの最寄り駅でもあるPlace-des-Arts駅は、駅とは思えないほどおしゃれなデザインが施されており(図4)、大きなショッピングモールに隣接しており、駅周辺だけでも観光ができるのではないかと思うほど見ごたえがありました。

 また、市内のほとんどの場所を網羅しているのが市バスです。本数も多く、ノートルダム大聖堂もある旧市街など、モントリオール市内の観光名所のほとんどに行くことができ非常に便利な存在ですが、路線の複雑さや乗降車ルール等も相まって、分かりづらい印象を受けました。

  • 図3 モントリオールの地下鉄
    図3 モントリオールの地下鉄
  • 図4 Place-des-Arts駅
    図4 Place-des-Arts駅

4.3 現地の言語

 モントリオールは歴史上、フランス領であった時期が長く、公用語も住民の約2/3がフランス語、それ以外の住民が英語を話します。そのため、道路の標識や看板、お店の商品名までフランス語で書かれており、レストランで注文するのも一苦労でした。VPPCにおいても、発表や質疑応答は英語で話し、会場外での雑談や晩餐会での会話はフランス語といった一種独特な雰囲気でした。しかし、私がフランス語圏の人間ではないと分かると、すぐに英語に切り替えてくれるので、そこまでコミュニケーションに苦労するということはなく、現地の方のバイリンガルぶりを味わうこともできました。

5 おわりに

 今回、VPPC2015の概要を報告させていただきました。会議の参加、発表を通じて、国際会議での口頭発表、質疑応答など、非常に貴重な経験をさせて頂きました。また、はじめての海外出張ということもあり、出帰国時のルールも勉強させていただきました。

 次回のVPPC2016は2016年10月19日から22日までの日程で、中華人民共和国の杭州市にて開催が予定されています。

(前:車両制御技術研究部 駆動制御 研究員(現:JR九州 フリーゲージトレイン開発推進部)  寺田 篤人)

[解説]20世紀の蓄電池電車

1 はじめに

 21世紀に入って蓄電システム搭載形鉄道車両の開発導入が進展し,特に2010年代以降は世界的に営業投入を行う事業者が増えつつあります。ところで20世紀にも,海外や日本国内において旅客営業蓄電池電車が走行していました。ここでは20世紀までの代表的な蓄電池電車を紹介します1)

2 黎明期 - 19世紀の蓄電池電車

 電気鉄道は最初1835年に,ボルタ電池で駆動するトーマス・ダヴェンポート(Thomas Davenport)の模型車両から始まったとされていますが,直後から集電によって駆動する方式が主流となり現在に至っています。しかし,蓄電池で駆動する方式が完全に途絶えた訳ではありませんでした。1859年にフランスで鉛蓄電池が発明されて1881年に量産可能になると,同年にパリとベルリンで蓄電池路面電車が営業運行を始めました。世界初の市内線における蓄電池電車です。1890年代にはアメリカ,ドイツ,ベルギー,イタリアでも開発が行われました。当時,鉛蓄電池は最先端技術でした。

3 20世紀の蓄電池電車

3.1 ドイツの鉛蓄電池電車 ー世界初の本線「旅客営業」蓄電池電車ー

 事実上の世界初の本線「旅客営業」蓄電池電車は,1909年にドイツのプロシア州立鉄道で運行開始したヴィットフェルト(Gustav Wittfeld)形蓄電池電車です。当時公共事業大臣でもあった,構想した鉄道技術者に因んで命名されました。2両固定編成の両端にカートを設けて鉛蓄電池を格納し,事故時に電解液蒸気が乗客を害さない構造です。最高速度60km/h,蓄電池のエネルギー容量170kWh,1 充電航続距離160km です。予備の単車を合せて163両製造され1962年まで活躍しました。

 図1~図3にドイツ鉄道の蓄電池電車ETA(Elektischer Triebwagen mit Akkumulatoren)515形式を示します。1954年から1965年にかけて448両製造され,2両編成で最高速度100km/h,運行上の1充電航続距離は250km でした。その性能を満たすため,電圧440V,エネルギー容量528kWh の鉛蓄電池を車両床下に搭載し,編成質量72tonのうち鉛蓄電池の質量17.4tonと約4分の1を占めています。

 充電は,充電ボックスと蓄電池電車をコネクタケーブルで接続し,1両当りコネクタ2箇所から最大約600kW の直流電力で行いました。電力会社から50Hz受電後に地上で整流し,電力平準化と設備利用率向上のため,8編成程度の単位で輪番充電工程を組み,走行の間隙と夜間を利用して充電する運用でした2)

 当時のドイツ連邦国鉄がETAを投入したのは,第2次大戦後の石炭や石油など化石燃料の価格高騰が最大要因でした。しかし,その後軽油価格も落着いてディーゼル車の採算性が相対的に向上し,1994年の合併民営化(旧西ドイツのドイツ連邦国鉄DBと旧東ドイツのドイツ国営鉄道DRの合併によるドイツ鉄道DBへの民営化)後の翌1995年,車両老朽化と採算面の理由からETAは定期運用を終え,ディーゼル車に置き換えられました。鉄製車体で相当の軽量化を行ったことも老朽化を早めたようです。

 図1~図3は,筆者がドイツ留学中(1994~1996年)の1995年9月に,ボッホム(Bochum)~ゲルゼンキルヒェン(Gelsenkirchen)間(運行系統RB46)の蓄電池電車が運行終了する直前に乗車し撮影したものです。特に図3の写真は,乗務員に「走行中の運転台写真を撮らせて欲しい」とお願いし,乗務員がノッチから手を離して(手を離しても戻らない!)撮影し易く配慮してくれたものです。

  • 図1 ドイツ鉄道の鉛蓄電池電車ETA515と若かりし筆者
    図1 ドイツ鉄道の鉛蓄電池電車ETA515と若かりし筆者
  • 図2 ETA515の車内
    図2 ETA515の車内
  • 図3 ETA515の運転台 2ノッチ力行中 電流700A・速度40km/h
    図3 ETA515の運転台 2ノッチ力行中 電流700A・速度40km/h

3.2 宮崎交通鉄道部の鉛蓄電池電車 ー国内初の「旅客営業」蓄電池電車ー

 国内初の「旅客営業」蓄電池電車は宮崎交通鉄道部のチハ101~103の3両です。

 戦後の燃料費高騰期に旧国鉄から払下げを受けたガソリン気動車キハ40000形式3両を改造し,鉛蓄電池を床下搭載した蓄電池電車として1950年から旅客営業運行を行いました。チハは南宮崎と青島の間12.7km,途中7駅の路線を31~ 33 分で結びましたが,1962年に全路線が廃止され,当時の国鉄が跡地を買収しました。そのため路線ルートの多くが現在のJR日南線となっています。

 車両は車体長11.5m,定員75名,質量19.8tonで,床下は推進軸と逆転機以外が撤去され,新たに電圧150V,定格電力50kWの直巻電動機ならびに,電圧160V,エネルギー容量40kWh,質量約2tonの鉛蓄電池が搭載されました。ブレーキ時の回生は行われませんでした。最高速度46km/h,加速度0.51km/h/s(≒ 0.14m/s2)で,蓄電池の電圧降下を防ぐために設計性能はかなり低かったのですが,エネルギー消費原単位は約1.5kWh/(車・km) と,石炭に比べ運転経費は48.7まで低減されました3)

 充電は,1往復ごとに充電所で車体から蓄電池箱を降ろし,手動でロープを巻取って充電架台へ載せ替え,充電作業後に復元を行いました。昼間は2~3時間の急速充電,夜間は8時間前後の通常充電を,1時間ごとに電圧,電流,電解液の比重や水素ガス発生状況をチェックしながら行ったようです。充電中の水素ガスが籠らないよう充電所は吹き晒し状態で,希硫酸電解液を純水と硫酸から自製し,また,1.5~2年の寿命ごとにセパレータ交換を施すなど,充電を含む蓄電池保守の労力は大きなものでした4)

 1960年頃からのディーゼル車の高性能化,低価格化と合わせ,国内においても一般旅客定期営業の蓄電池電車は一旦終了となったのです。

4.2 世紀の蓄電池電車による新たな運用方法

 鉛蓄電池の特性に起因する保守労力とそのコスト,質量面からの搭載量の制約を打破できるのがリチウムイオン電池です。小型軽量で急速充電が可能,使い方次第で10年前後を狙える長寿命,セルバランス自動調整回路が標準装備のため保守が不要です。1 日に数回の急速充電を前提にすれば蓄電池搭載量も過大にせずに済みます。充電作業も,乗務員が架線下でパンタグラフを上げて充電ボタンを押せば自動的に充電が始まり,数分から十数分程度の折返し時間で完了する,といった簡単な扱いで済みます。

 2003年に電圧600V,エネルギー容量33kWhのリチウムイオン電池を搭載したインバータ化改造蓄電池路面電車(図4)が鉄道総研から登場すると,その後,国内でも鉄道事業者や車両製造業者などから蓄電池駆動の試験車両が登場し,さらに2014 年にはJR で蓄電池電車の営業運転が開始されています。

5 おわりに

 先人の足跡を把握しておくことは,成功要因については大いに参考とし,失敗に関しては同じ轍を踏まないためにも重要です。20世紀までの蓄電池電車の開発の歴史と代表例,設計や運用保守の苦労を紹介しました。これら課題をクリアした21世紀の蓄電池電車には,さらなる発展が期待できます。

  • 図4 リチウムイオン電池搭載のバッテリートラム
    図4 リチウムイオン電池搭載のバッテリートラム

参考文献

1)小笠:「バッテリー電車をめぐる最近の技術開発-国内外の技術(その1)蓄電池電車の歴史的系譜」,鉄道車両と技術,通巻213 号pp.2-10,2014.05

2)Gerhard Wilke:「Ladeeinrichtungen für Akkumulatortriebwagen」,Elektrische Bahnen,Heft 12,p.268,1955.01

3)荻野:「蓄電池電車の採用について(1)~(完)」,電氣車の科學,第3巻,第10号,pp.31-33,第11号,pp.41-43,1950.10~11

4)田尻:「宮崎交通鉄道部」,ISBN-4-7770-5100-5,RMLibrary,pp.17-19,2005.05

(車両制御技術研究部 主管研究員  小笠 正道)