[クローズアップ]列車内の快適性に影響する要因

 生活レベルの向上や環境制御技術の発達に伴い、鉄道などの公共交通機関に対しても、「より快適に」「より便利に」というニーズが高まっています。「快適」は日常生活でもよく用いられる言葉ですが、研究対象としては曖昧な概念です。以下、列車内の快適性評価に影響を与える要因を整理してみたいと思います。

1 「 快」と「適」

 快適という言葉は文字通り、「快」と「適」の二つの意味から成り立っています。不快な刺激のない状態が「適」、より積極的に心地よく感じる状態が「快」です。たとえば、嫌な匂いを消臭剤で消すと、人は心地よく感じるのでしょうか?そうではありません。「不快な匂いを感じなくなった」だけです。人が不快さを感じない状態が「適」環境です。振動、騒音、悪臭などは刺激の強さが増すにつれ、不快感も増えます。このため、振動や騒音の強さを抑えて、不快さを感じないようにする必要があります。

 一方、温度、湿度、照度などの要因は、高すぎても低すぎても不快なため、多くの人が不快と感じない範囲内に制御することが求められます。車内が暑すぎたり寒すぎたりすれば、乗客の不快感は増えますが、「適温」であれば、人は温度そのものを意識しません。

 快適性の研究では、振動、騒音、悪臭などを低減要因、温度、湿度、照度などを最適化要因と区別します。どちらの要因でも、利用者がその刺激を意識しないように制御するのが理想です。

 これに対し、利用者が心地よさを積極的に意識できる環境が「快」です。車内のデザインやBGM を工夫したり、さわやかな芳香剤を活用したりといった例が考えられます。「快」環境の実現にあたっては、好みの個人差が大きいことが最大の問題です。芳香剤でも、香りの好みはさまざまですし、強い匂いを嫌う人もいます。BGM も同様で、曲の好みや適切な音量は人によって異なります。

 衣服や日用品であれば、その人が心地よく感じる商品を選んで購入してもらえばよいのですが、鉄道のような公共交通機関では、そうもいきません。「適」環境の実現を基本としつつ、可能な範囲で「快」環境の実現を目指す必要があります。影響を与える要因を整理してみたいと思います。

2 広義の快適・狭義の快適

 車内の快適性にはさまざまな要因が影響します。振動、音、温熱、明るさ、匂いなどの物理的要因はもちろん、座席の質感、デザイン、眺望、さらには乗務員の接客などの要因も無視できません(図1)。

 最も狭義の乗り心地研究では振動要因(図1のA)が対象です。乗り物は移動に伴い振動が発生し、一般に速度の増加とともに振動も増すため、振動の低減が常に大きな課題でした。つぎに騒音(B)や温熱(C)、さらに視覚(照度など)、空気、気圧変動、座席の形状・質感など、車内の物理的要因が課題となります(D)。昔も今も振動研究の比率が高いのですが、最近ではさまざまな物理的要因を対象にした研究が活発になっています。

 もう少し広く車内の快適性を考える場合には、客室内のデザインや車窓眺望、車内設備の使い勝手、乗務員の接客、他の乗客の話し声などが含まれます(E)。定量化が難しかったり、鉄道事業者側で制御しにくい要因を含みます。タブレット端末やスマートフォンなどの電子機器を扱う乗客が急増しているため、最近では、快適な無線環境の重要性が増しています。さらに広義には、費用、所要時間、駅設備の利便性から天候、食事、施設の満足度など、幅広い要因が旅行の快適性に影響します(F)。

 この号では、振動以外の要因に着目して車内の快適性に関わる諸研究を紹介します。

  • 図1 列車利用時の快適性を構成する主な要因
    図1 列車利用時の快適性を構成する主な要因

(研究開発推進部 主管研究員  鈴木 浩明)

[研究&開発]鉄道車両の台車からの固体伝搬音低減対策

1 はじめに

 現在、新幹線をはじめとした鉄道車両では、車内環境の向上に対する要求があります。その中で、車内騒音の低減は乗客の快適性向上の重要な課題の一つです。しかし、車内騒音は騒音源とその伝搬経路が多く存在し、さらに、車内の音場は非常に複雑で十分に解明されていません。また、車両に対する質量やコストなどの制約が厳しいことから、これまでは十分な騒音低減対策が必ずしもとられていないのが現状です。

 鉄道車両の主な騒音源を図1に示します。台車やパンタグラフ、床下機器などで発生する振動や台車のモーターやギヤから発生する音、車輪とレール間で発生する転動音、パンタグラフと架線間で発生するしゅう動音、空力音など多岐にわたります。また、伝搬経路によって車内騒音を分類することができ、新幹線車両などの高速鉄道車両では、図2に示すような台車や床下機器などの騒音源から振動として車体に伝搬し車内に放射される「固体伝搬音」と、車外の音が車体構体を透過して車内騒音となる「透過音」が支配的です。ほかには、車内で反射する「反射音」や側扉や窓などの隙間から侵入する「空気伝搬音」があります。

 車内騒音の低減対策としては、騒音源対策と伝搬経路対策の2つに分けることができます。騒音源対策は最も効果的ですが、有効な手法が見出せない場合もあり、伝搬経路対策も多く実施されています。したがって、騒音低減対策を効率よく検討するためには、伝搬経路を把握することが非常に重要です。

 本稿では、台車からの固体伝搬音への低減対策として、現在取り組んでいる分割床板と吊り床構造を紹介します。

  • 図1 鉄道車両の主な騒音源
    図1 鉄道車両の主な騒音源
  • 図2 伝搬経路による車内騒音の分類(固体伝搬音と透過音)
    図2 伝搬経路による車内騒音の分類(固体伝搬音と透過音)

2 台車からの固体伝搬音低減対策

2.1 新幹線車両の床構造

 最近の新幹線車両では、図3(a)に示すように、床構体(床構造のうち、客室床板を除く構体部分を、ここでは「床構体」と呼びます)と床板の間に空調ダクトがレール方向に配置され、床板は床根太とよばれるレール方向にのびる梁状の部材に支持されています。そのため、台車からの固体伝搬音は、台車内で発生した振動が床構体、床根太を伝搬し、床板から車内に放射されると考えられます。これまでの床構造に関する固体伝搬音対策の代表的なものとして、床板と床構体(床根太)の間に防振ゴムなどを挿入して弾性支持する浮床構造が挙げられ、最近の新幹線車両にも採用されています。

  • 図3 新幹線車両の床構造と分割床板
    図3 新幹線車両の床構造と分割床板

2.2 分割床板

 新たな固体伝搬音対策として、図3(b)に示すように、床板を分割して弾性支持することにより床板からの放射音を低減する手法を提案しました1)。新幹線車両では腰掛1列ごとに1枚の床板を並べていますが、このように面積が大きい床板の場合、台車からの振動は、図2に示すように、けん引リンクやヨーダンパーなどの車体と台車を結合している部品を伝搬するため、結合箇所付近が局所的に大きく振動し、さらに、床板全体が複雑に振動します。これに対し、放射音同士の打ち消し合いによる音の低減を目的とした「分割床板」を考案しました。本床構造は、床板を小面積に分割した上でそれぞれを弾性支持し、分割床板と防振ゴムの特性を調整し、隣り合う分割床板同士の振動に位相差をつけることで、放射音同士の打ち消し合いにより放射音を低減します。また、この手法では振動の大きい範囲のみを局所的に対策することが可能となります。

 床板からの音響放射パワーが最小となる位相差を求めたところ、隣接する床板が逆位相(180°)で振動する条件であることが分かりました。従来の床板と分割床板による客室空間の音圧分布の比較を図4に示します。音圧分布を求めた範囲は、床上高さ1.2m位置における加振点(けん引リンク受)直上の床板1枚分で、従来の床板に対して、分割床板にした場合、音圧分布が全体的に低減されていることが分かります。

 このような構造は、床板だけでなく天井や側等の内装パネルにも適用できる可能性があると考えています。

  • 図4 音圧分布の比較(186Hz, 加振点直上の高さ1.2m位置における床板(3.0m×1.2m)範囲)
    図4 音圧分布の比較(186Hz, 加振点直上の高さ1.2m位置における床板(3.0m×1.2m)範囲)

2.3 吊り床構造

 試験車両の車体を加振し、改めて構体の振動特性を解析すると、側構体の上下振動は、床構体中央部の上下振動より小さいことが分かりました。そこで、床板から放射される台車からの固体伝搬音を低減する手法の一つとして、台車直上の床板を側構体から吊り下げる「吊り床」構造を考案しました2)。吊り床構造の概要図を図5に示します。これまで、床根太を介し床構体に固定されていた床板を、側構体から「吊り部材」によって吊り下げます。これにより、床板は床構体から浮いた状態になり、床構体から伝搬する振動が完全に絶縁されます。その結果、床板への振動入力は側構体からのみとなり、床板の振動が低減されることで放射音が小さくなります。吊り部材としては、棒状の部材あるいはワイヤーなど、側構体と内装パネル間に配置可能な構造を検討する必要があります。

 図6に、試験車両の定置加振試験における従来床構造と吊り床構造の床板振動特性を比較した結果を示します。車内の騒音レベルが大きい200Hz~400Hz帯域を中心に、10dB前後の低減効果が確認できました。

  • 図5 吊り床構造
    図5 吊り床構造
  • 図6 従来床構造と吊り床構造の床板振動の比較
    図6 従来床構造と吊り床構造の床板振動の比較

3 おわりに

 今回、ご紹介した台車からの固体伝搬音への低減対策は、いずれも伝搬経路対策です。これらの低減対策を実際の車両に適用する上では、騒音源である台車からの伝搬経路を正しく把握することが重要です。今後は、騒音低減対策の開発とともに、車内騒音の伝搬経路の把握に関する研究に取り組んでいきます。

参考文献

1) 朝比奈峰之ほか:分割床板による高速鉄道車両の車内騒音低減対策、鉄道総研報告、Vol.29、No.9、pp.29-34、2015

2) 山本克也ほか:吊り床構造による鉄道車両の固体伝搬音低減対策、No.S5-1-4、第21回鉄道技術・政策連合シンポジウム(J-RAIL2014)、2014

(車両構造技術研究部 車両振動 副主任研究員  朝比奈 峰之)

[研究&開発]車内で電波を利用する

1 はじめに

 近年の携帯電話やスマートフォン、タブレット端末などの普及に伴い、鉄道車両内における、メール、インターネット、テレビ視聴などのニーズが急速に高まっています。現在、これらのサービスを鉄道車両内で利用するためには、一部のサービスを除き、沿線に設置された基地局(送信所)から送信された電波を直接利用することがほとんどです。しかし、それらのサービスは、鉄道車両内で利用することを想定して設計されておらず、その伝送品質を詳細に把握することができません。そこで、簡易な測定とシミュレーションにより、鉄道車両内における電波を利用した無線通信の品質を推定する手法と、放送波を例とした車内の受信環境を向上させる手法について検討した結果を紹介します。

2 公衆高速無線通信サービスを利用したシステムの伝送品質評価手法

 鉄道環境で公衆無線通信サービスを利用しようとした場合、沿線基地局の位置やその仕様が公開されていないため、鉄道事業者側でサービスエリアや伝送品質を詳細に把握することは困難です。そこで鉄道総研では、公衆無線通信サービスを含んだ車上の端末と地上に設置されたサーバ間の通信における伝送品質を予測し、所望のアプリケーションを導入可能か否かを評価する手法を検討・提案しました。

 公衆無線通信サービスを利用したアプリケーションの導入の可否を、導入しようとする線区内で, 所望の品質を一定の割合以上確保できる区間の割合(場所率)によって評価する手順を図1に示します。提案手法では、3つのステップ(A~C)で伝送品質の予測と導入可否の評価を行います。

  • 図1 伝搬品質予測とアプリケーション導入評価手順
    図1 伝搬品質予測とアプリケーション導入評価手順

2.1 伝送品質の予測

 伝送品質を予測するため、まず鉄道事業者で把握できる要素(スループットや受信電力など)を測定します。例えば、スループットと受信電力の変動は概ね相関関係にあることから、一方の特性を把握することで、もう一方の特性もその概要を把握することができます。次に、測定の結果から概ねの基地局の位置を推定して、ネットワークシミュレータによる伝送品質のシミュレーションを行い、その伝送品質を把握します。

2.2 アプリケーション導入可否の評価

 アプリケーションの導入が可能か否かを、要求事項や所望の伝送品質とシミュレーションの結果から評価する手法を紹介します。図2に車上で撮影した画像を指令や保守区などのサーバに伝送するシステムを想定し、評価手順に従って導入の可否を評価した事例を示します。この事例では、車上アンテナの位置による伝送品質の違いから、アプリケーションが導入可能かどうかを評価しています。評価の結果、全てのアンテナ位置で②中品質(標準画質)および③低品質(携帯電話用)の画像が伝送可能であるが、アンテナを屋根上に設置しても、①高品質(例えばハイビジョン)の画像の伝送に必要なスループット、遅延時間は確保できないと判定できます。このように、提案手法を用いて、所望のアプリケーションの導入可否を評価することができます。

 ここでは、車上で撮影した画像を地上に伝送することを想定した例を示しましたが、車上に設置したアクセスポイント(簡易基地局)を通して、お客様が地上と通信する際の品質も、同様に評価することができます。

  • 図2 アプリケーションの導入評価事例
    図2 アプリケーションの導入評価事例

3 車内における電波の受信環境向上手法

 車内において放送波の受信環境を向上させようとした場合、車両で一旦受信した電波を増幅・再送装置により車内へ再送信する方法が最も有力な手法であると考えられます。近年、鉄道車両内で提供されている車内インターネット接続サービスも、この方法によりサービスが提供されています。当該方法であれば、車内の部分については、鉄道事業者が通信環境を設計することができます。ところが、放送波の場合は、移動体の車内において一旦受信した信号を一定レベル(微弱無線局の送信出力)以上に増幅して再送信する装置の設置が法律で認められていません。そこで、鉄道車両内で実現できる電波の受信環境の向上手法について、地上デジタルテレビ放送の移動体向サービスであるワンセグ放送を対象に検討を行いました。

3.1 無給電再送方式による受信環境向上手法の提案

 前述したように、放送波は鉄道車両内で増幅・再送信できないため、増幅せずに再送信する方法(無給電再送方式)を提案しました。提案する無給電再送方式の構成イメージを図3に示します。この手法は、受信アンテナを車上の放送波が受信しやすい場所に設置し、同軸ケーブルで接続した車内のアンテナで再送信する方法です。

  • 図3 無給電再送方式の構成例
    図3 無給電再送方式の構成例

3.2 提案手法による受信環境向上効果

(a) 実験による提案手法の検証

 提案した手法の効果を確認するため、無給電再送方式による実験を行いました。その結果、車内再送信用アンテナの近くにおいて受信電界強度が向上するなど(図4の 測定点③④)、無給電再送方式に効果があることが確認できました。

(b) シミュレーションによる車内受信環境向上の検討

 提案した無給電再送方式による受信電界強度を向上手法の効果を車両全体で確認するため、時間領域差分法(Finite-Difference Time-Domain method:FDTD 法)によるワンセグ放送波の鉄道車両内電波伝搬特性シミュレーションを実施しました。

 その結果、送受信アンテナの利得の合計を20dBi以上とすることで、放送波の入射側とは反対側の座席まで、所望受信電力以上とすることができました(図5)。しかし、提案した手法で受信環境を向上できる範囲は限定されることから、車内全体の受信環境を向上させようとした場合には、受信アンテナと再送用アンテナを、全ての窓ごと、もしくは1つおき程度の間隔で設置することが望ましいといえます。

 なお、紹介した手法は車外から到来する電波に対して有効であり、ワンセグ放送だけでなく、他の放送や通信に対しても適用することができると考えています。

  • 図4 無給電再送方式による受信環境の向上
    図4 無給電再送方式による受信環境の向上
  • 図5 シミュレーションによる提案手法の効果の予測結果
    図5 シミュレーションによる提案手法の効果の予測結果

4 おわりに

 鉄道車両内で公衆無線通信サービスを利用する場合の品質評価方法やワンセグ放送を対象とした受信品質の向上手法について紹介しました。鉄道車両内での電波利用については、今後も需要が増えると考えられます。快適な鉄道の旅を楽しんでいただけるように、今回紹介したような手法を活用して鉄道車両内のよりよい電波利用環境の構築を支援していきたいと考えています。

(信号・情報技術研究部 ネットワーク・通信 主任研究員  中村 一城)

[研究&開発]車両のにおいを調べる

1 はじめに

 においは、車内の居住空間としての快適性を向上するうえで、考慮しておかなければならない要素です。車内のにおいには、空調や内装材などの車内設備に由来するにおいのほか、飲食物、香水、汚れなど、車両を営業に使用する過程で新たに発生するにおいなどがあります。

 においの対策には、芳香剤などを使って不快なにおいを感じにくくする方法もありますが、においには嗜好性があり、どのような種類のにおいでも人によって快適に感じる場合と不快に感じる場合があることから、公共性の高い鉄道では、においの刺激をできるだけ取り除くことが求められます。そのためには、においの全体像を把握し、主要なにおいの発生源を突き止め、においの発生そのものを抑えることが必要です。しかし、一般的に車内で感じられるにおいは、複数の発生源から発生したにおいが混合し、薄く広がっているため、どこからにおいが発生しているのかはっきりしない場合があります。そこで、本稿では、このようなにおいの調査方法として、機器分析と人の嗅覚を組み合わせたにおいの調査手法と、新車臭の調査事例について紹介します。

2 においの分析

 においの根源は化学物質であるため、空気中の化学物質を分析し、どのような種類の物質が含まれているかを明らかにすることにより、においの発生源を推測することができます。空気中の化学物質の調査では、大きく分けて採取と分析の2つの工程があります。まず、採取では、固相マイクロ抽出法(SPME法)を用います。この方法は、空間内に吸着物質(SPMEファイバー、図1)を一定時間放置することにより、空気中の化学物質を自然に吸着させる方法です。その他の採取方法には、ポンプを用いて空気を強制的に吸着物質に接触させる方法などもありますが、SPME 法は採取器具が小型で電源を使用しないため、駅構内や車内などでの採取において自由度が高いという利点があります。次に、吸着材に捕集した化学物質をガスクロマトグラフ質量分析計(GC/MS)で分析します。GC/MS は、採取後の吸着材を加熱して吸着された化学物質を放出させ、分離管(カラム)に通過させて化学物質の種類ごとに分離し、分離した個々の化学物質の質量を分析する装置です(図2)。カラムには、化学物質の種類によって通過速度が異なる性質があり、複数の化学物質が混合した状態のものでも、カラムの出口ではカラムの通過速度が早いものから順番に排出されます。また、物質ごとにカラムの通過速度は固有であるため、カラムの通過に要した時間と質量分析の結果から、その物質が何であるかを推定することができます。

 しかし、分析によって車内空気中に含まれる化学物質の種類は明らかになりますが、個々の化学物質についてにおいの有無に関する情報は得られません。そのため、検出された多数の化学物質の中から、においに関係する物質を判別する必要があります。そこで、カラムの出口を分岐し、一方を質量分析に、もう一方を外部に排出し、直接においを嗅いでにおいの有無を判別する装置を導入しています(図2)。このように、においの調査は、機器分析と人の嗅覚を組合せて行うことが必要です。

  • 図1 SPME ファイバー
    図1 SPME ファイバー
  • 図2 におい嗅ぎ装置付きGC/MS
    図2 におい嗅ぎ装置付きGC/MS

3 新車臭の調査事例

 新車臭は、車内を構成する内装材、シール剤、接着剤、電線などから放出される揮発性物質に由来すると考えられます。そこで、車内空間に存在する揮発性物質と、個々の部材や接着剤などから放出される揮発性物質の双方を調べ、その結果を照合することにより、においの全体像を把握することを試みました。

 まず、車両に使用されている個々の部材や接着剤ごとに試験片を作成して、各々の試験片から放出される揮発性物質を分析し、試験片ごとに検出される特徴的な揮発性物質を把握しました。試験片から放出される揮発性物質の採取は、図3に示す試験装置で行いました。試験方法は、まず、チャンバー内に個々の試験片を入れ、エアポンプを用い、活性炭を通して揮発性物質を取り除いた空気を吹き込みました。その後、エアポンプを停止し、一定時間が経過した後、チャンバー内の揮発性物質を吸着材で採取しました。これを分析することにより、試験片から放出される特徴的な揮発性物質を明らかにしました。

 次に、車両の製造工程(構体組み立てから完成まで)を、内装材の使用状況をもとに5段階(表1)に区分し、各工程の施工後の車内に吸着材を設置し、車両が完成するまでの過程において車内空気中の揮発性物質がどのように変化するかを調べました(図4)。その結果、シール剤や接着剤などに含まれる強い刺激臭のあるエチルベンゼンなどは、使用した工程2で一時的に放出されるものであることがわかりました(図5)。一方、床詰め物から特徴的に検出されたベンジルアルコールや、主に電線から特徴的に検出されたアセトフェノンは、施工した工程4から車両の完成時まで継続的に放出しており、またそのにおいも新車臭様であることから、このような物質が新車臭の要因であると推測されました(図6)。

  • 図3 試験装置
    図3 試験装置
  • 表1 車両の製造工程の区分
    表1 車両の製造工程の区分
  • 図4 製造中の車内空気中の揮発性物質の採取
    図4 製造中の車内空気中の揮発性物質の採取
  • 図5 エチルベンゼンの検出の強さの相対比
    図5 エチルベンゼンの検出の強さの相対比
  • 図6 アセトフェノンの検出の強さの相対比
    図6 アセトフェノンの検出の強さの相対比

4 おわりに

 このように、においの原因を部材レベルで明らかにすることにより、においを低減するための具体的な検討が可能になります。また、車内のにおいはその後の営業使用の中で刻々と変化していきます。今後は、新車臭をベースとしてにおいの変化を追跡することにより、時間経過とともに変化するにおいを明らかにし、車内快適性の長期的な維持管理に役立てていきたいと考えています。

 なお、本研究の一部は東急車輛製造株式会社(現株式会社総合車両製作所)と共同で、東京急行電鉄株式会社の協力を得て実施しました。

(人間科学研究部 生物工学 主任研究員  潮木 知良)