ヒューマンファクタ分析のすすめ

 鉄道では、これまでにソフト・ハード面の様々な観点から、事故防止対策が行われてきました。しかし、設備や機器等の機能性・信頼性を向上しても、その設備や機器を扱う人間との調和が不可欠であり、また、設計、製造・施工、維持、操作など、何らかの形で人間が関与している限り、ヒューマンエラーによる事故を起こす可能性は残っています。交通システムに限らず、あらゆる産業において、ヒューマンエラーに起因する事故の防止、被害の最小化は最大の関心事であり、このための組織的な安全体制の充実は共通の懸案事項です。

 事故防止に向けた安全マネジメントを検討するためには、管理対象となる作業について、どのような事象(ヒューマンエラー)が事故を発生させるのか、事象の発生に影響する要因(ヒューマンファクタ)は何なのかを把握することが必要です。そこで、こうした取組みを支援するため、私どもは、ヒューマンエラーに起因する事故の分析手法を開発してきました(図1)。

鉄道総研式ヒューマンファクタ分析法の概要
図1 鉄道総研式ヒューマンファクタ分析法の概要

 このたび、ヒューマンファクタの分析方法や関連知識をまとめたハンドブックを7月から販売を開始しました(図2)。適切な分析が行なえるようになるためには、手法技術だけではなく、分析対象となる人間の特性を理解することが必要です。そのため、本ハンドブックでは、ヒューマンエラーが発生する仕組みや背景要因となるヒューマンファクタの追求手法、および対策の策定方法について解説し、また、 キーワードとなる用語には、「索引」を設け、解説を参照できるようにしています。これらの解説は、事故防止に関するたくさんのヒントが包含されていますので、事故分析の担当者だけでなく、職場の安全マネジメントに携る多くの方々にも理解を深めていただけるものと考えています。

 ハンドブック購入のお問合せ・お申し込みは、(財)研友社へお願いします。一般価格は¥2,100(税込み)、鉄道技術推進センター会員価格¥1,050(税込み)です。ただし、別途送料がかかります。

 なお、分析手続きの指導等については、毎年1月に開催しています鉄道技術講座『安全の人間科学』において行っています。

ハンドブックの表紙(実物はカラー印刷です)
図2 ハンドブックの表紙

(安全性解析 宮地 由芽子)

視覚障害者向け情報提供システムを用いたフィールド試験(その4)

視覚障害者向け情報提供システム

 鉄道総研では、目の不自由な方の単独移動を支援する目的で、視覚障害者向け情報提供システムを開発しています。本システムは、(1)場所IDを書き込んだ無線IC タグが埋め込まれている視覚障害者誘導用ブロック(以下ブロック)、(2)この場所IDを読み取る専用の白杖、(3)内部の地図データと照合して位置に関する案内を音声で行う携帯端末装置から構成されます。目的地を入力することで、そこまでナビゲーションを行うこともできます(システムの詳細は人間科学ニュースNo.140を参照)。

システムを繰り返し利用した場合の習熟について

 これまで視覚障害者が本システムを利用することで、初めての場所でも、目的地まで単独で移動できることを確認してきました。しかし、その行動内容をみると、被験者が戸惑っているケースもありました。例えば、何らかの理由で必要な案内がなされない時に、ブロック上にいてもその場から動けなくなってしまうのです。このような時は、ブロックに沿って少し移動すれば、別の無線IC タグのデータが読み込まれ、適切な案内を聞くことができます。このような対処行動をとることは、一回の利用では難しくても、何回か繰り返して利用すれば自然に出来るようになる可能性もあります。
 そこで、3名の方に、約1ヶ月の間に8日間、システムを繰り返し利用してもらう試験を実施しました。試験初日では、3名中2名で、前述のように動けなくなってしまうケースが確認されました。しかし、試験の中盤頃からは、初めて体験する移動コース上で、本来あるべき案内がなくても、その場に留まるのではなく、ブロックに沿って移動するという行動が自然に出来るようになっていました。また、被験者からは、「試験前半では案内に意識を集中するため、心理的に余裕がなかったが、後半には、余裕を持って行動することができた」との感想が聞かれました。単独移動時には、周囲からの情報にも気を配る必要があるため、この点は重要です。

ユーザビリティテストの被験者

 これまで、鉄道や道路をフィールドとして、のべ50名以上の方を対象にユーザビリティテストを実施してきました。被験者の条件は、「全盲あるいはこれに近い視力」で、「日常的に単独で外出し、かつ、鉄道を単独で利用している方」というものです。後者の条件は、鉄道の利用が試験に含まれるため、段差や障害物の検知などの単独歩行に必要なテクニックを習得していることに加えて、ホーム上での移動と列車乗降が確実に出来る必要があるからです。例えば、ホーム縁端警告ブロック上であることは、案内出来ますが、最終的には白杖を使うことなどで縁端を自身で認識しないといけないのです。つまり、これらの条件をクリアしている方に対して本システムの有効性をこれまで確認してきたことになります。

鉄道を単独で利用していない人にも有効か?

 目の不自由な方の中には、道路は一人で歩くが、鉄道はホームからの転落が怖いため、一人では利用しないという方も少なくありません。このような方には、本システムは有効な支援ツールとならないのでしょうか。例えば、本システムは乗車位置の案内が可能なので、乗車時の扉の検出は、システムがない場合より容易になるものと思われます(システムの有無に関わらず列車の床の確認は必要です)。また、降車後に、出口に通じる階段を探すことも通常は困難ですが、これに対しても本システムのナビゲーション機能が有効に作用するでしょう。
 そこで、鉄道は単独で利用しない全盲の方を被験者としたテストを実施しました(図3)。その結果、ホーム以外での移動に問題はないものの、ホーム上では、ホーム縁端警告ブロックから線路側に、不用意に2、3歩ほど踏み込み、測定員が止めに入ることがありました。何日か繰り返してもらっても同様のケースが確認されました。従って、現時点では、本システムを利用すれば誰もが安全にホームを移動できるというわけではなく、ホームでの移動に特化した経験・訓練を積むことが必要だと考えています。この点については、今後もデータを蓄積し、検討していく予定です。

視覚障害者向け情報提供システムのテスト風景
図3 視覚障害者向け情報提供システムのテスト風景

(人間工学 水上 直樹)

踏切の安全性評価

 鉄道総研の最寄の国立駅では、連続立体交差化事業の工事が進行中です。踏切事故対策の観点から、立体交差化は事故を根絶できる抜本的な対策といえるでしょう。しかし、全ての踏切を立体交差化することは不可能です。これまで保安設備の整備・高度化のハード対策、事故防止キャンペーンのソフト対策など、様々な踏切事故対策がなされてきました。その結果、踏切事故の発生件数は長期的には減少傾向です。しかし、平成17年度には運転事故全体の約半数を占める419件が発生しており、踏切事故対策は、未だに鉄道事業者にとって大きな課題の一つとなっています。

 鉄道総研でも、効率的・効果的な踏切の安全管理の支援を目的として研究を進めてきています。今回は、踏切の安全性評価に関する最近の研究概要をご紹介させていただきます。

事故の起こり易さを評価する

 まず、踏切の事故の起こり易さを評価する手法を提案しました。事故が発生した踏切のみに対して対策を施すやり方では、いつまでも事故と対策の“いたちごっこ”になりがちです。そこで、「事故が発生した踏切と同じ環境・設備を持つ踏切は同じように事故が発生する可能性がある」と考え、同じ環境・設備の踏切を抽出することにより、踏切事故の未然予防対策を支援することを目的とした手法です。鉄道事業者が管理している設備台帳情報等の様々な環境・設備情報の中から踏切事故発生に関係する情報を多変量解析により判別し重み付けをすることにより、個々の踏切の事故の起こり易さを評価できます。

踏切事故をリスクとして評価する

 上記の手法で、踏切事故の起こり易さの評価が可能となりました。しかし、踏切事故の被害規模による差異を考慮できていません。主要線区の踏切事故と閑散線区の踏切事故を比較した場合、踏切通行者の被害、鉄道車両の被害には大きな差異は無いかもしれませんが、列車運休・遅延などによる影響を考慮すると、事故の影響の規模には大きな違いが想定されます。
 このような事故の起こり易さ(発生確率)と影響の規模(被害規模)を組み合わせるのが「リスク」の考え方です。発生確率の想定には上述しました手法を用い、被害規模の想定には前回の人間科学ニュース(2007年9月号(第151号))にて紹介した考え方を用いて個々の踏切のリスクを算出したものが図4です。

発生頻度とリスクの順位の関係
図4 発生頻度とリスクの順位の関係

 図4は、ある地域の第1種踏切約1500個のデータを用いて、横軸に発生確率(図では発生頻度順位)、縦軸にリスクの大きさ(図ではリスク順位)を表しています。リスクは発生確率と被害規模の積として算出しました。図中○印付近の踏切は、図中△印付近の踏切よりも発生確率は低いですが、リスクは高くなっていることが判ります。

踏切対策の効果を評価する

 上記の手法では現状のリスク算出と共に、対策の効果をリスクの変動で算出します。既に実施されている対策の場合には、対策の有無以外の条件を統一させることにより、対策の有無によるリスクの差を算出することが可能です。このリスクの差を、対策の効果としています。しかし、新規の対策や施策については現在の手法では評価できません。そこで現在、踏切通行者の行動調査や、自動車シミュレーターを用いた新施策条件下での行動実験を行なって、特定の施策に対する評価を実施しております。

 このような調査や実験による知見を蓄積し、シミュレーション手法等と組み合わせることにより、より精度の高い安全性評価手法の提案を目指して研究を実施していきたいと思います。

(安全性解析 柴田 徹)

緊急地震速報が来た!

緊急地震速報は有効か

 平成19年10月1日から、気象庁の「緊急地震速報」の本格運用が始まりました。しかし、効果については色々な意見があるようです。大別すれば「有効だ」という意見と「パニックを起こす」という意見です。日本は地震が多い国ですが、それでも震度5弱以上の地震に遭遇する機会は多くないと思われます。筆者は今までに3回遭遇しましたが、筆者の周りには一度も遭遇したことがないという人もいます。このように遭遇頻度の低さも手伝って「有効だ」とか「パニックを起こす」とか色々な意見が出るのではないでしょうか。

 緊急地震速報は地震動が到達する前に、その地域に情報を伝える仕組みですが、人間が情報を得てから何らかの行動を起こすまでには、緊急地震速報からの電気信号を文字情報や音声情報に変換するためのインターフェイスでの処理時間や、人間が情報を理解するための時間が必要になります。これだけでも数秒~10秒弱程度は時間がかかるので、正に地震動の到達が先か情報が先かという競走になります。将来的には携帯電話へも緊急地震速報を配信する方法を開発中らしいですが、携帯電話へ秒単位を競うような緊急情報を配信することの是非については十分に検討する必要があると思います。

 地震動が到達する前に、その情報を知り得た場合の有効性を評価する一例として、衝撃加速度に対する姿勢保持の実験結果があります。この実験では、衝撃加速度を加える前に予告をすると、予告をしない場合と比較して姿勢を保持できる加速度値は約30%大きくなるという結果を得ています。これは、地震動を含めた衝撃加速度に対して、予告により身構えることが姿勢の保持に有効であることを示しています。姿勢が保持できれば結果的には傷害の予防につながるはずです。

緊急地震速報の活用は機械の方が得意

 人間の生活パターンを考えると、就寝中に地震が起こる確率はかなり高いはずです。この状況では、緊急地震速報の情報は受けられませんが、現時点では、緊急地震速報の情報が受けられない状況はいくらでも存在します。逆に、緊急地震速報の情報を直接受けとることができる状況の方が少ないのではないでしょうか。一方、緊急地震速報を何らかの装置が受けとった場合には直ぐに対応することができます。例えば、ガスを遮断する、エレベータを最寄り階に止める、交通信号機を制御する、列車を制御するなどの対応ができます。このように装置側で自動的に危険を回避すると同時に人間へも情報を伝えることは有効だと思います。機器の制御に利用できる緊急地震速報は平成18年8 月1日から既に提供されていることを考えると、人間が活用できるように情報を伝えることの方が難しいということがよく分かります。

地震動が来た後で

 緊急地震速報を受けた場合には、間もなく地震動がやってきます。その結果、電車は運転規制が解除されるまでは暫く止まることが予想されます。状況によっては所謂帰宅困難者になってしまう可能性もあります。最近は災害時帰宅支援地図などがブームになったこともあり、徒歩で会社から自宅まで帰るためのシミュレーションをした方も多いのではないでしょうか。しかし、出先など土地鑑のない場所から帰宅する場合はどうでしょうか。真っ先に思いつくのは携帯電話のナビ機能ですが、地震直後では携帯電話はつながらない可能性大です。中には、例え電話がつながらなくても、携帯電話に地図データベースが入っていれば、GPS機能で現在地点を地図上に表示することができる携帯電話があるようです。もちろん、カーナビ付きの自動車なら自宅へ帰るルートを検索するのは簡単なことです。実際に筆者も平成17年8月16日に宮城県で震度6弱を記録した地震に遭遇した時には、震度5強程度で揺れる高速道路を走行中で、間もなく最寄りのインターチェンジで高速道路から降ろされたことがあります。その時は、カーナビのお陰で全く土地鑑の無い場所でも何とか目的地までたどり着くことができたという経験があります。

緊急地震速報の限界

 気象庁のホームページに以下のような注意書き(一部抜粋)があるように緊急地震速報にも限界があるようですから、過信は禁物です。

  • 情報を発表してから大きな揺れが到達するまでの時間は長い場合でも十数秒~数十秒
  • 震源に近いところでは、情報の提供が主要動の到達に間に合わない
  • 1観測点のデータを使っている段階ではノイズにより情報を発表する可能性がある
  • 特に大規模な地震に対しての推定精度の限界

(人間工学 白戸 宏明)

足下にご注意下さい(その2)- エスカレータとバリアフリー -

松葉杖とエスカレータ

 先日、知人が運動中にアキレス腱を断裂し、松葉杖の生活を余儀なくされました。その彼の話では駅の不便さが身に滲みたとか・・・。健康のありがたさは失ってはじめてわかると言いますが、自分ももし松葉杖をつくことになったら、きっと世界は今と違って見えることでしょう。話を戻すと、松葉杖で歩きにくい所のひとつはエスカレータだったそうです。近年、バリアフリー化の波に乗って駅のエスカレータ設置率は著しく進展しましたが、お年寄りや身体障害者にとってはエスカレータが使いにくいケースもあり、そのためお年寄りや身体障害者の中には敢えて階段を使う方もみられます。バリアフリーのための設備がお年寄りや身体障害者から敬遠されてしまうとは皮肉なことです。

エスカレータで起こる事故

 「エスカレータに係る事故防止対策検討委員会」の報告書は平成15年~16年の15ヶ月間に東京消防庁の救急車が出動した件数をもとにエスカレータ事故の実態を明らかにしています。それによれば、エスカレータに関する救急事故の6割以上は駅で起こり、原因の9割以上は転倒や転落など体のバランスを失ったこととなっています。被害者の半数以上は65歳以上の高齢者です。高齢者は転びそうになっても咄嗟に手をつくなどの対応ができないため、若齢者に比べて被害が重くなる傾向がみられます。事故が起こった場面で最も多いのはエスカレータに乗っている最中ですが、乗降時も3割以上を占めており見過ごすことは出来ません。実際、6割近い方々が乗降時にためらいを感じると述べています。

 乗降時は床面の速度が急に変わるため、体のバランスを失いやすいと考えられます。先の報告書でも、エスカレータの速度が毎分20mや毎分30mの場合と比べて、毎分40mの場合ではふらつきなどの発生率が飛躍的に高まり、その傾向は高齢者でいっそう顕著になることが示されています。

 この理由をエスカレータに乗り込む時を例にして説明すれば、エスカレータに乗り込む足はエスカレータによって前方に運ばれますから体のバランスを保つためにはこの移動分を考慮して体を前に押し出さなくてはなりません。しかし、エスカレータが速いと体を前に押し出すのが間に合わず、のけぞる格好でバランスを崩してしまうわけです(図5)。

遅いエスカレータと速いエスカレータに乗り込む時の重心移動
図5 遅いエスカレータと速いエスカレータに乗り込む時の重心移動

壊れたエスカレータ現象

 ところで、止まっているエスカレータに乗り込む時には、反対に、躓きそうになります。この理由もあわせて考えてみたいと思います。これは「壊れたエスカレータ現象」と呼ばれる現象です。我々の運動は脳でコントロールされていますが、状況によって使う脳の部位がやや異なります。普通に歩いている時には「歩く」ことをいちいち意識しなくてもよいことからわかるように、簡単な運動は原始的な脳によって自動的にコントロールされています。一方、エスカレータを見てその状態を判断するのは進化した脳です。止まっているエスカレータを見た時、進化した脳はそのことに気づくものの、原始的な脳は動いているエスカレータに乗り込む時のいつもの動作自然に繰り返してしまうため、必要以上に体を前に運んでしまって躓いてしまうわけです(図6)。

動いているエスカレータと止まっているエスカレータに乗り込む時の重心移動
図6 動いているエスカレータと止まっているエスカレータに乗り込む時の重心移動

おわりに

 エスカレータは本来バリアフリーの対策のために導入されるものですが、ここでお話ししたようなことを考えると、エスカレータ自体のバリアフリーもまた考える必要があることがわかります。こうした視点も考慮しながら、旅客の安全性に向けた検討を続けていきたいと考えいます。

参考文献

「エスカレーターに係る事故防止対策について―報告書―」、平成17年3月、エスカレーターに係る事故防止対策検討委員会

(人間工学 大野 央人)