主観評価と評価時間

はじめに

 人間の快適性などを定量的に示す方法として、アンケート調査のように言葉を使って評価を行う主観評価1)、脳波や心拍など生理的な信号を計測して評価を行う生理的な評価、人間の行動や反応時間などを観察する行動的な評価があります。

 このうち主観評価は、実施が比較的容易で、一度に多数のデータを収集できるため、幅広く利用されています。被験者への教示、設問の提示順序などを良く吟味して実施されたアンケート調査は、十分な信頼性を得ることができます。

座席の座り心地の主観評価

 図1は、鉄道車両の座席に腰掛けた際に、座った直後と2時間程度が経過した後で座り心地の印象が変わったことがあるかを尋ねた結果です。「ほぼ変わらない」と答えた人は約2割程度でした。一方、「変わる時もあれば変わらない時もある」と「ほぼ変わる」の項目を合せると全体の3/4となり、時間の経過によって座り心地に変化が生じることがあると感じている人が多数を占めていることがわかります。

図1:座り心地の印象の時間による変化
図1 座り心地の印象の時間による変化

 座席の座り心地は、これまでも主観評価が実施されていますが、数分といった短い時間で評価が行われるケースが多いのが実状です。実際の新幹線や特急列車のお客さまは2時間、3時間…、と長時間にわたって乗車される方が多く、図1の結果を見ると、はたして現在の評価方法で大丈夫なのか?といった疑問が湧いてきます。

 人間が比較的長時間にわたり使用するものとして、座席以外にもパソコン、カメラ、釣竿、キャリーバック、机、浴槽、靴など、さまざまな製品・設備が挙げられます。これらの全てではありませんが、座席のように実際の使用時間を考慮した評価が行われてないケースが多いのも事実です(読者の方も、ある製品を使ってみて、最初は調子が良くても長時間使い続けると問題が表面化してきた経験をお持ちの方も多いと思います)。

時間経過に伴う主観評価の振る舞い

 図2は主観評価量と時間経過の関係を概念的に描いたものです。座席の座り心地の例を当てはめると、横軸は座席に着席してからの乗車時間、縦軸は座り心地の主観評価量となります。現状の主観評価は前述のように短時間で行われていますので図中の斜線部分で実施されていることになります。一方、実際の乗車時間を考慮した場合は図1の結果からA、B、Cのように時間経過とともに何らかの変化が生じることが予想できますが、座席の場合はどのような変化が生じるかが残念ながら解明されていません。

 このように人間が比較的長い時間にわたり使用する製品・設備などの主観評価を行う場合には、時間とともに評価量が変動する可能性があることを認識しておく必要があります。

図2:主観評価と時間の関係の概念図
図2 主観評価と時間の関係の概念図

おわりに

 主観評価が時間経過とともにどのように変化していくかを調査することは、これからの課題と言えます。この関係が把握できれば、より適切な主観評価方法を見出すことが可能とみられ、より優れた製品・設備の開発に役立つものと考えます。

参考文献

1) 社団法人人間生活工学研究センター編:人間生活工学 第4巻,丸善株式会社,2004

(人間工学 島宗 亮平)

異常時対応能力向上プログラムの開発

 自列車による鉄道運転事故や輸送障害(以下、「事故」と略す)発生時、その原因が運転士に把握できなかったり、運転士自身によるエラーがその発端であったりすると、心理的な不安やショックから、普段ならできるはずの事故時の適切な対応ができなかったり、所定の運転に復したところで事故のことを思い出し、2次的なエラーを起こしてしまったりすることがあります。

 そこで、列車運転シミュレータ(以下、「シミュレータ」と略す)上でそのような心理過程を擬似体験でき、その運転過程をふりかえると同時に、異常時の運転取扱いについて確認する教育訓練プログラムを開発しました。

シミュレータ課題

 本プログラムでは、シミュレータ上にエラーを誘発させる事象を組み込んでエラーを起こさせ、事故に至りやすくしたり、ブレーキ不具合により事故に至らしめたりし、事故措置とその後の自身の運転行動と心理過程を擬似体験しうる5つのシミュレータ課題を作成しました。

 Aという異常時にはBという措置といった基本的な知識の確認だけでなく、ある異常事態(事故)の心理状況下での直前・直後・回復の過程全体での実践的対応能力の向上を目指しています。

 図1は課題の1例です。実際の課題は、トンネルの先に消灯した閉そく信号機があり、トンネル手前にその信号機の喚呼位置標があって、その手前で、車掌から運転士に車内で急病人が発生したという連絡を入れ、消灯している信号機手前に停止できず信号冒進という事故に結びつきやすくしています。現職運転士18名に本課題を実施したところ16名が信号冒進する結果となりました。

図1:シミュレータ課題例
図1 シミュレータ課題例(閉そく信号機消灯)

フィードバックシステム

 シミュレータ運転を行った後、運転のふりかえり、運転取扱いチェックリストによる評価、指導員による知識の確認と講評を行いました。また、フィードバックシステムの一環として、運転行動と運転環境に関する指標(ノッチ・ブレーキ操作、列車速度、ATS動作等の車上側情報と信号現示といった地上側情報)を同時に提示する客観評価を支援するツール(図2)を開発したり、アイカメラによって取得した視線移動のデータを図示化したり、生理指標を用いて運転士の運転中の心理状況の変化を確認したりしました。このようなフィードバックにより、運転士が運転時の行動を実際とは異なって認識していた場合でも、自分の行動が誤っていたことを納得しやすくなります。

図2:客観評価支援ツール
図2 客観評価支援ツール

 本プログラムは参加いただいた現職運転士18名全員から異常時の対応能力の向上に役立つという評価をいただきました。

(安全心理 喜岡 恵子)

視覚障害者誘導用ブロックの検討課題について

はじめに

 目の不自由な人の歩行による移動を支援する視覚障害者誘導用ブロックは、道路や交通ターミナルをはじめとした公共施設などに広く普及しています。

 この視覚障害者誘導用ブロックには大きく分けて2種類のタイプがあります。一つは、点状の突起を持つ点状ブロックで、歩行者への注意喚起や警告を行うものです。もう一つは、線状の突起を持つ線状ブロックで、歩行者がその線の向きに移動できることを示すものです。これらのブロックを、鉄道駅のどこにどのようなレイアウトで敷設するかについては、「公共交通機関の旅客施設に関する移動等円滑化整備ガイドライン(以下、ガイドライン)」に記載されています。しかし、敷設の詳細が示されていないため、敷設管理者が判断に迷うケースや、配置がまちまちで視覚障害者が困ることも少なくありません。

通路のどこに敷設すべきか

 線状ブロックの敷設経路について、ガイドラインには「視覚障害者の移動の際に屈曲経路が続くことにより進行方向を錯誤しないよう、短い距離にL字形、クランクによる屈曲部が連続的に配置されないよう配慮する」「安全でシンプルな道すじを明示することを優先するとともに、一般動線に沿うことに考慮しつつ可能な限り最短経路により敷設する」と記載されています。

 例えば、幅の広い通路やコンコースでのブロック敷設位置について考えてみます。この場合、ユーザーにとっては、通路の真ん中と壁寄りのどちらに敷設されている方が使いやすいのでしょう。ユーザーが壁を活用する可能性を考慮すると、壁寄りに敷設した方が良いと思われます。ただし、壁側に歩行の妨げとなる障害物や、転落の危険がある降り階段などがあると、むしろ壁から離して敷設した方がよいと考えられます。

 また「一般動線に沿うことを考慮しつつ可能な限り最短経路」になるようにするため、コンコースなどを斜めに横切るように敷設する方法はどうでしょうか。ショートカットのために斜めの敷設を多用することは、視覚障害者が頭の中に持っている地図と現実環境の照合や、その地図の中での自身の位置・方向づけを難しくする可能性もあります。「安全でシンプルな道すじ」はどのような敷設であるかを具体的に記述するためには、駅の多様なスペースなどの実態調査を含めて検討することが望ましいと思われます。

可動式ホーム柵等が設置されている場合の敷設方法

 近年、可動式ホーム柵やホームドアを導入する駅が増えています。このような駅のホームにおける敷設方法が不統一であることも指摘されています。開口部のブロックの有無(図参照)やホーム長軸方向に敷設されているブロックの有無などホームによってまちまちです。ホームから転落する危険性はなくなったわけですが、利便性の観点から必要な(不必要な)ブロックについて再整理する必要があります。鉄道事業者の意見も参考にして、何らかのルールが示されることが望ましいと思われます。

図:ブロックの敷設例(ホームドア)図:ブロックの敷設例(可動式ホーム柵)
図 ブロックの敷設例(左:ホームドア、右:可動式ホーム柵)

 エスカレーターへの誘導についても残された検討課題の一つです。現状では、エスカレーターには線状ブロックを敷設せずに、まずは効果が大きいと思われる音声案内の普及を促進することが重要とされています。しかし、鉄道を単独で利用する視覚障害者からは敷設のニーズも高く、鉄道事業者、専門家なども含め多様な観点から望ましい誘導案内のあり方について議論することが必要です。

 鉄道総研では、これまでホーム上のブロック設置のガイドライン化に携わってきました。今後も残された検討課題に積極的に取り組んでいく予定です。

(人間工学 水上 直樹)

お父さんのストレス講座 -ソーシャルサポート-

ソーシャルサポートとは

 私たちが日常の中で、様々なストレスに適応して生活していくためには、以前ご紹介したようなコーピング(ストレスへの対処)などの個人の努力以外にも、周囲の対人関係が重要な役割を果たすことは、言うまでもないでしょう。

 このように、個人の心身に対して、ポジティブな影響を与える対人関係のことを、ソーシャルサポート(サポート)と呼びます。

ソーシャルサポートを与えられれば健康か?

 サポートを多く与えられることが、心身の健康に良い影響をもたらすことは多くの先行研究で明らかとなっています。しかし一方で、サポートの量さえ多ければ、すなわち心身の健康も向上するという、単純な関係性にはないことも分かっています。サポートがポジティブな効果をもたらす条件には、サポートが必要性、期待、規範と合致していることが必要であると言われています。

  1.  必要性と合致していない場合とは:例えば、金銭的援助が必要な際に、温かい言葉かけなどの情緒的なサポートが与えられても、サポートは心身の健康にうまく寄与しません。
  2.  期待と合致していない場合とは:受け手が期待していたほどのサポートが実際には与えられなかった場合、むしろ心理的不満が大きくなってしまうと言われています。
  3.  規範と合致していない場合とは:例えば、一般的な先輩・後輩関係では、先輩からサポートを与えられることが社会的に規範化されているため、サポートが与えられていない状態は不満をもたらす原因となります。つまり、受け手である後輩の期待とは関係なく、サポートが与えられることが社会的に規範化されている場合、与えられないことはやはり心理的不満をもたらすと言われています。

 このように見ると、与えられるべきサポートが多く与えられた時に、サポートはそのポジティブな影響力を発揮すると言えそうです。

ソーシャルサポートの互恵性

 さらには、必要性、期待や規範と合致したサポートが多く与えられていれば、心身の健康に有効かというと、一概にそうとは言えないことも分かっています。

 実は、サポートは与えられるだけでなく、他者に与えることが自分自身の健康にとっても重要であることが明らかとなっているのです。このように、サポートの受容と供給の関係性についての問題は、ソーシャルサポートの互恵性と呼ばれています。

 サポートの互恵性に関する研究成果を見ると、図のように、サポートの受容より供給が少ない場合や、受容より供給が多い場合、つまり受容と供給がアンバランスな状態では、孤独感、抑うつなどの心身の健康度が低下することが明らかとなっています。

図:サポートの互恵性と心身の健康度
図 サポートの互恵性と心身の健康度
(Rook,1987を元に作成)

 サポートの受容が多く、供給が少ない場合、対人関係は与えられるのみで返報できないという負債感、自分では問題解決ができないと感じる劣等感を招くと言われています。逆に、サポートの受容が少なく供給が多いような対人関係は、孤独感や、対人関係を継続する上での負担感、不公平感を招くと言われます。

ソーシャルサポートを有効活用するには

 サポートは、他者から与えられるという性質上、一見自分自身の働きかけで活用することが難しいように思われます。しかしながら、サポートのバランスが自身の健康に重要であることを踏まえると、与えられるだけでなく、与えることに意識を向けることが、結果として自分自身にとっても良い影響をもたらすということができるでしょう。

 そして、サポートのバランスを保つ前提として、自身の与えるサポートが、受け手にとってサポートであると受け止められるような行為であることが重要です。他者の必要性と期待、社会的規範を考慮した上で、それに合致したサポートを供給することが、サポート活用の第一歩と言えるでしょう。

(人間工学 鈴木 綾子)

改良版「ワークロード評価スケール」

「ワークロード評価スケール」

 これまでに、運転士の勤務作成、事故防止の重点指導列車や休養管理の重点指導行路を把握するための支援ソフトとして、「ワークロード評価スケール」が開発されています。これは、人間の24時間の生理的リズムを基礎とした「勤務負荷評点表」と「睡眠効果評点表」をもとに、運転士の各種作業の疲労効果と各種休憩の休憩効果の重みを加味して、任意の時点におけるワークロード得点を算出するものです(人間科学ニュース2008年1月号(第153号)参照)。各種作業・休憩の開始時刻、運転士の作業の中心となる本線運転の補正要因(車種、乗務範囲など)をパソコンに入力すれば、行路単位または交番単位のワークロード曲線が表示されます。この妥当性については、18日間の勤務を対象に、運転士36名が各勤務の4時点で評価した疲労感とワークロード得点から検証されています。

 一方、本ソフトは、平常時の平均的なワークロードしか扱っていないこと、在宅時の休憩効果得点は在宅時間のすべてで睡眠をしたと仮定しているため、実態とかけ離れた数値となっていること、ワークロード得点に評価基準が設けられていないといった問題点がありました。

「ワークロード評価スケール」の改良

 そこで、列車運転シミュレータを用いた実験などの結果をもとに、同ソフトのワークロード得点に回復運転の影響を反映できるようにしました。所定のルール内で回復運転を最大限で行った場合、ワークロード得点は通常運転の1.3倍になることがわかりました。

 さらに、休憩効果得点の新たな算出方法を組み込み、ワークロード得点の評価基準も追加しました(図1)。新方式によるワークロード得点と疲労の伝統的な評価指標であるフリッカー値の間には、旧方式よりも高い相関がみられ、有効性が確認できました。

図1:表示のイメージ(時間帯によるワークロード得点の相違)
図1 表示のイメージ(時間帯によるワークロード得点の相違)>

 ワークロード得点の評価基準は、フリッカー値の基準を参考にして作成しました。フリッカー値は、「人間にとって好ましい限界」を作業前値から-5%以内、「生理的な可能限界」を作業前値から-10%以内としています。これをもとに、5つの運転区所、計15の勤務から得られた運転士のフリッカー値の-5%と-10%に対応するワークロード得点を求めた結果を評価基準として提案しました。3夜続けて、21:00~00:00の時間帯にEC旅客列車、05:00~07:30の時間帯にEL旅客列車に乗務する模擬行路を作成して、運転士の勤務の基準(ダイヤ作成基準)との関係を調べたところ、ワークロード得点は3夜目の前半乗務の終了時に186点、後半乗務で「要注意」領域に入り、終了時は215点となりました。多くの鉄道会社では、深夜帯の乗務を2時間以上含む行路は、連続2夜を限度としていますので、これを概ね支持する結果が得られたことになります。

おわりに

 運転士のワークロードは、作業条件、休憩条件のほか、年齢、作業意欲、工夫などにより大きく異なります。「ワークロード評価スケール」の効用と限界を理解したうえで、本ソフトを活用して頂ければ幸いです。

(人間工学 澤 貢)