安全な職場

 鉄道に限らず「現場」には必ず危険な場所や危険な作業があります。通常そこでは事故を防ぐために可能な限りの対策が施され、作業マニュアルが整備され、教育や訓練も行われますが、それでも事故は起こってしまいます。それはまるで、神様が浅はかなヒトの所業を見透かしているかのように、心の隙を突いて突然現実のこととなります。

 事故やトラブルは、現場で直接業務に当たっている作業者によって引き起こされることが多いのですが、背景には現場管理者のチェック不足、設計者のミスや配慮不足、果ては組織の責任者の無知や思い上がりなど、巨大な鉄道システムを支えるあらゆる部署における心の隙-責任感の欠如があるのではないかと感じています。特に非現業の職場では、日ごろ直接危険な経験をする機会が無いこともあって、現場の状況をイメージしながら業務を行うことが難しく、従って結果に対して無反省な態度に陥りがちになります。

 「時間がたりなかった」、「いらいらしていた」、等々、ヒトの心にはすぐに隙が出来ます。その隙を事故につなげないためには、現場の職員のみならず、設備やシステムの設計者、組織の管理者にいたるまで組織の全員が、一つ一つの仕事を大切にし、思いやりの心を持って誠実にその仕事を遂行し、その上で自らの心の隙を神様にお許しいただけるようお祈りをする、こうした環境の職場を作っていく以外に方法は無いのではないかと思っています。

 「人事を尽くして天命を待つ」という言葉は、事故を起こさない職場作りのためにあるのではないかと思っています。

(鉄道総合技術研究所 理事 河合 篤)

エラー経験のエラー防止効果

エラー経験

 普段の作業の中で私たちは、ときどき小さなエラーをしたり、ときには事故を起こしたりすることがあります。また、ヒヤリハット情報や事故速報など他の人が起こしたエラーや事故の情報を受け取ることもたびたびあります。このような経験を積み重ねることが、本当にエラーや事故の防止に役に立つのでしょうか。これを確かめるために、次のような2つの課題を用いた実験をしました。

見間違い課題1

 課題1は、図1の左のような数字をできるだけ速く正確に書き写すものです。この課題では、図の最後から2番目のターゲット以外の数字が、2桁のパーセント数字になっているため、すべてが2桁であるという思い込みを持ちやすくなっています。このような思い込みを持ち、ターゲットのような紛らわしい数字を見ると、よく見れば5%であることが分かるはずなのに、8割くらいの人が誤って50%と答えます。

見間違い課題2

 課題2は、図1の右のような漢字の読みをできるだけ速く正確に書くものです。この課題では、図の最後から2番目のターゲット以外の漢字が、色名になっているため、すべてが色名であるという思い込みを持ちやすくなっています。このような思い込みを持った上で、ターゲットのような紛らわしい漢字を見ると、よく見れば「えん」(あるいは、「ふち」)であること分かるはずなのに、8割くらいの人が誤って「みどり」と答えます。

エラー経験がエラーを防ぐ

 課題1と課題2は、思い込みを持ちやすい流れの中で急いで曖昧なターゲットを見ると間違いを起こしやすいという意味で、非常に類似した課題です。
 実験では、被験者(144名)を一同に集め、まず課題1を実施し、ターゲットの答え合わせをしました。これにより間違えなかった人も、このような課題では多くの人が見間違いを起こすことを知りました。1週間後、再び被験者を集め、課題2を行いました。課題2が終わった後、実施時に、課題1の見間違いのことを思い出したかどうかも聞きました。
 実験の結果、課題2を行うときに課題1の間違いについて思い出した人は、エラーをする割合が少ないことが分かりました(図2)。この傾向は、課題1で見間違えを起こさなかった人も同様です。つまり、自分のエラーであっても、他人のエラーであっても、どういう状況でエラーするかということを思い出すと、類似課題のエラーを防止できるわけです。
 この結果は、自分のエラー経験や他人のエラーの記憶がエラーや事故を防ぐことを示すものです。事故速報やヒヤリハット情報に注意することは、やっぱり事故防止に役立つのです。今後もこのような情報には注意を払い、事故防止に心がけてください。
 なお、課題1のことを思い出せなくても、課題1でエラーした人は正解した人よりも、課題2でエラーする人の割合がやや少なくなっています。この結果からは、エラーを実際に経験することにもエラー防止効果があるといえます。

図1:見間違い課題1と2の例
図1 見間違い課題1と2の例
図2:課題1後の課題2でエラーした人の割合
図2 課題1後の課題2でエラーした人の割合

(安全心理 重森 雅嘉)

コピー不可と安全性

 日本では、2011年に、地上波のテレビ放送がアナログからデジタルに切り替わるそうですが、これに関連して、録画した放送のコピー制限についてコピーワンス(録画はできるが、コピー不可)とかダビング10(10回までOK)とか、いろいろと議論になっているようです。これは著作権に関わる問題ですが、安全性においても、情報のコピー禁止は重要な発想です。

鉄道におけるコピー不可の発想

 例えば、鉄道では、一閉そく区間に二つ以上の列車が存在しないようにすることで、衝突を防いでいますが、初期の鉄道では、閉そく区間に進入できる許可を与えるもの(スタフ)をやりとりするスタフ閉そく式という方法をとってきました。スタフは1区間に1個しかないもので、何らかの理由によって、コピーができてしまうと、事故につながります。
 とはいえ、同じ方向に2回以上列車を走らせる場合には、許可証となるスタフのやりとりだけではうまくいきません。この問題点を解決するために考えられたのがタブレット閉そく式です(図1)。
 これは区間の両端にタブレット閉そく機A、Bを用意します。2つの機械は電気的に接続されており、例えばAから一つタブレットを取り出したら、A、Bどちらもロックされ、さらにタブレットを取り出すことができないようになっています。ロックを解除するには、出したタブレットをAに戻すか、もしくはBに収める必要があります。その為、常に1つしかタブレットが出せないようになっています。
 タブレット閉そくは十分安全なものですが、昔は閉そく機の信頼性がまだ高くなく、ロックしたままタブレットが出なくなる故障が多くありました。そのため、タブレットが取り出せないのを故障と思い込み、不正な方法でタブレットを取り出して、事故になった場合などがあったようです。
 今ではスタフやタブレットのように、物をやりとりする方法はほぼ使われなくなりましたが、ここでの“コピー不可”の考え方は、自動閉そくにも受け継がれています。

論理におけるコピー不可の発想

 ここで話は、論理学に飛びます。現在の論理は、19世紀のイギリスの数学者ブールによるブール論理と呼ばれるものですが、このブール論理では、
 ・私は100円持っている。
 ・100円あれば缶コーヒーが買える。
 ・100円あればお茶が買える。
という命題から
 ・私は缶コーヒーとお茶の両方が買える。
という命題も、導けてしまいます。
 このような不都合は、実は、前提となる命題をコピーして、何度でも使用できるために起きます。上記の例では、「私は100円持っている」という命題は缶コーヒーを買えば失われる性質なので、コピーして用いるとおかしな結果になる、というわけです。
 このような不都合を解消するため…というわけでもないのですが、20世紀も末になって、論理学の研究から、命題のコピー使用を禁止するリニア・ロジックというものが考えられました(リニアモーターカーとは関係ありません)。このリニア・ロジックで、さきほどの100円の例を考えると
 ・私は缶コーヒーが買える
 ・私はお茶が買える
のいずれも導けますが、どちらか1つを選ぶ必要があり、両方同時には導けません。
 昨今、論理学を用いてシステムの安全性、信頼性を高めるフォーマルメソッドが注目を浴びており、鉄道総研においても研究が行われていますが、リニア・ロジックを用いると、安全性やセキュリティ防止のメカニズムが、自然な形で記述でき、システムの検証に役立つのではないかと期待されています。

図1:タブレット閉そく
図1 タブレット閉そく

(安全性解析 松本 真吾)

満員電車の乗り心地

プロローグ

 『通勤電車で座る技術』(かんき出版)という本があるのをご存知でしょうか?通勤電車で座るためのありとあらゆるテクニックが紹介されています。「勝負は改札前から始まっている!」、「何番目までに並べば座れる?」、「初期動作(=降りるサイン)に注目せよ!」など、目次には興味を引く見出しが並びますが、読んでみると考察もなかなかユニークでただのジョーク集というわけではありません。もっとも、なかには「病人を装え!」とか「降車ホームから乗車せよ!」なんていう明らかな反則技もありますから(本の中でも“悪のマニュアル”として区別されています)、そうした「技術」を実際に実践するかどうかはともかく、読み物としては楽しめること請け合いです。

通勤電車の混雑

 オフピーク通勤が社会に浸透したことなどもあり、通勤電車の混雑はひと頃に比べるといくぶん緩和されてきてはいます。しかし路線によっては混雑率が依然高く、問題解決にはほど遠いのが実情です。今後、我が国の人口は減少に向かうとはいえ、東京をはじめとする大都市圏に人口が集中する傾向はなおも続くため、通勤混雑が大幅に改善することは期待できないとの予測もあります。しかも統計資料に載っている混雑率はラッシュピーク1時間の平均値でしかなく、また車両の場所によっても混み具合は一様ではありませんから、いわば「瞬間風速」のようにごく短時間でみた混雑率や、局所的にみた混雑率はもっと高いことも多々あります。
 ちなみに混雑率とは「輸送人員÷乗車定員」で算出される数値のことです。乗車定員とは座席の定員(座席定員)と、車両の有効床面積を乗客1人に必要な床面積で割って算出した定員(立席定員)を足して求められます。乗客1人に必要な床面積は車両型式によって異なり、ロングシート車両で0.35m2、クロスシート車両で0.40m2と定められています(シート種別を問わず0.30m2とするやり方もあります)。

混雑率と乗り心地

 満員電車の乗り心地についての知見はいくつかあります。例えば、どれほどの混雑率で乗客がどうなるかということが簡単なイラストとともに示されています(図1)。それによれば、混雑率が150%なら新聞を楽に読むことが出来ますが、180%になると新聞を折り畳んで読むなどの工夫が必要になります。200%で周囲の人から圧迫を受け始め、250%になるともはや身動きがとれず手も動かせなくなってしまいます。
 定量的な検討もいくつか行われていますが、混雑率や揺れの強さを体系的に操作した例はなかなか見当たりません。しかし乗り心地管理に役立てるためには、こうした操作が必要です。そこで私たちは混雑率や揺れの特性などを種々に変えながら、満員電車の乗り心地を検討しています。満員状態でブレーキのような強い揺れが起こったらどうか?満員状態に長時間詰め込まれたらどうか?それは揺れの影響を受けるのか?…などといったことがらを検討しています(紙面の都合上、結果は別の機会に譲ります)。

エピローグ

 ところで窓に沿ってぶら下がっている吊革の間隔が乗客1人分のスペースより狭い理由をご存知でしょうか?これは、歴史的経緯から、乗客が列車の進行方向に向かって立つことを前提に吊革が付けられているからです。だから窓向きに立つ時、両手で持ててしまうほど吊革の間隔が狭いわけです。

参考文献

 万大『通勤電車で座る技術』(かんき出版)

図1:混雑率と乗り心地の関係(国交省鉄道局監修『数字でみる鉄道2008』)
図1 混雑率と乗り心地の関係(国交省鉄道局監修『数字でみる鉄道2008』)

(人間工学 大野 央人)

人体挙動シミュレーション解析について1

はじめに

 万が一衝突事故が起きた場合を考え、鉄道車内に衝撃が発生した際の乗客の被害軽減を目的とした研究に取り組んでいます。

コンピュータによる解析

 事故時の被害軽減を人間側の立場から考えると、衝突事故時(一次衝突時)の車内に発生する衝撃により車内装品に衝突(二次衝突)する現象がみられることから、この二次衝突による傷害を軽減させることが大きな課題となります。そこで、衝突により人体への傷害が高いと推測される内装品の位置・形等を検討することにより被害軽減を考えています。この推測を行うのに有効である手段がシミュレーション解析です。ここでいう解析は、コンピュータ上で鉄道車内をモデル化し、人体を模擬したモデル(人体モデル)を配置し、事故状況を再現し、人体の傷害を推測するというものです。具体的にいうと、鉄道車両のデータを基に内装品(床、壁、ロングシート、握り棒、袖仕切り、荷だな、つり革)をモデル化した車内に、旅客が乗車するように人体モデルを配置します(図1参照)。このような車内に衝撃を与えて、人体がどのように飛ばされて、どの内装品にどのようにぶつかり、どのような傷害を受けるのかというのを推測します。
 我々が用いている人体モデルはMADYMO(マディモ)というモデルとTHUMS(サムス)というモデル(図2参照)です。マディモは、衝突試験に用いられている衝突ダミー(図3参照、以下単にダミー)を模擬しています。テレビCMで自動車の衝突試験の映像が一時期流れていたので覚えている方もいらっしゃるかもしれません。運転台に人体の代わりにダミーが置かれており、衝突時の車内の映像が流れていました。ダミーはこのような試験において、人体の挙動・傷害の推測に用いられています。一方、サムスは、内臓・筋肉・骨格が含まれており 人体を詳細に模擬しています。

人体モデルの使い分け

 マディモは、衝突事故時の人体挙動の大局的状況(例えば、通勤列車車内において人が大きく飛ばされるような状況)を推測するのに向いていますが、推測できる傷害は一部に限られます。サムスは車内の大局的状況を推測するのには向いておりませんが、人体が受ける傷害に関して詳細な推測が可能です。また、コンピュータによる計算時間にも違いがあり、総じて、前者は短く、後者は長くなります。このようなそれぞれの特徴を持つ人体モデルの使い分けが重要となります。我々は、ある事故状況において、マディモにより人体が受ける傷害を評価し、それが不足・不可能な場合には、条件・状況を絞り込んでサムスを用いるという方法が最も現実的であ ると考えています。

おわりに

 鉄道業界以外でも事故時の客室被害軽減を目的とした研究は行われており、その研究にもシミュレーション解析が用いられています。次回はそのあたりをご紹介したいと思います。

図1 車内・人体モデル
図1 車内・人体モデル

図2 人体モデル
図2 人体モデル

図3 衝突ダミー
図3 衝突ダミー

(人間工学 中井 一馬)

乗り心地レベルの補正について

「乗るなら、乗り心地の良い列車に」

 おそらく多くの旅客はそう思うでしょう。特急列車や新幹線は、特に、乗り心地に対するお客様の期待が高いことも、過去の調査でわかっています。
 このように、旅客に重視される「乗り心地」ですが、新幹線の高速化に伴い、従来では想定していなかった、高い周波数の振動が増えつつあります。前回(人間科学ニュース 2008年11月号(第158号))は、このような高周波振動が生じると、今の乗り心地評価法である「乗り心地レベル」が、体感と合わなくなる問題をご報告しました。今回は、振動に対する体感実験を様々な姿勢で繰り返し行った結果と、その結果を基にした乗り心地レベルの補正案について、ご報告します。

振動体感試験

 実験では、鉄道総研が有する動電型三軸振動台の上に、新幹線座席を設置して、上下振動に対する「新幹線の乗り心地として許容できない大きさ」を調べました(図1)。また、この実験を、様々な条件(肘掛利用の有無、閉眼やフルリクライニング状態など)で繰り返し行いました。その代表的な結果を図2に示します。横軸は周波数、縦軸は加速度実効値で、値が小さいほど、その周波数の振動に対する感度が高い(より小さい加速度でも乗り心地として許容できないと感じられる)ことを意味します。①の線は肘掛を利用した条件、②の線は肘掛を利用しない条件での実験結果を示しており、( )内は被験者数です。なお、図中の一点鎖線は、現在の乗り心地レベルが用いている等感覚曲線です。
 図から、高周波領域では、実験結果のほうが、等感覚曲線より加速度実効値が小さい、つまり、感度が高いことがわかります。特に、10~30Hzの領域での変化の傾きにその特徴がみられ、異なる実験条件でも再現性が高いことがわかりました。

乗り心地レベルの補正案と今後の課題

 乗り心地レベルの評価値は、実測データに「乗り心地フィルタ」の重み付けをして求めます。このフィルタは等感覚曲線に基づいて、乗り心地に影響する周波数成分は大きく、あまり影響しない成分は小さくなるように重み付けするものです。上記実験によれば、現行の乗り心地フィルタでは高周波領域で評価値と人の感覚とのずれがでることが予想されます。そこで現在、上記実験結果を反映し、8Hz以下は現行のままとし、8Hz以上のみ、現行より重み付けを高くする補正案を検討しています。実際に、被験者46名を乗せた現車試験で、上述の補正案を検討し、全ての試験区間で、このような補正を行ったほうが、現行より体感と相関が高くなることを確認しました。この実験の詳細は、次回ご報告します。
 さて、乗り心地レベルの補正案の実用性を高めるには、異なる座席種別の影響や、複数の営業線での確認など、いくつか検討すべき課題があります。今後は、これらの課題に加え、乗り心地に大きく影響する左右方向についても同様の検討を進め、高周波振動に付随して生じる音の複合影響についても、調査する予定です。
(この実験は国庫補助を受けて実施しました)

図1 振動台上の新幹線座席に座る被験者の様子
図1 振動台上の新幹線座席に座る被験者の様子

図2 許容限界曲線と等感覚曲線(上下振動)
図2 許容限界曲線と等感覚曲線(上下振動)

(人間工学 中川 千鶴)