可動式ホーム柵の「人身事故」防止効果について

 近年、新規開業路線を中心に、プラットホームと軌道とを仕切る「ホームドア」や「可動式ホーム柵」が設備されることが多くなっています。前者は、強化ガラスなどで壁状にプラットホームと軌道とを仕切るものです。後者は柵で仕切る「安全柵」の1つで、ドアの部分に柵がない「固定式ホーム柵」と車両のドア部分が可動する「可動式ホーム柵」のやり方があります。特に「可動式ホーム柵」は地下鉄を中心に既に整備された路線や導入予定の路線が多くあり、JR線でもJR東日本・山手線の目黒駅および恵比寿駅に先行導入されています。「可動式ホーム柵」は、プラットホームにおける鉄道人身障害事故防止の「切り札」的な見方がなされています。「可動式ホーム柵」は、不慮の転落事故については、「ホームドア」と同様に、その防止効果は十分に高いと考えられますが、乗り越えようと思えば乗り越えられる程度の高さ(一般的には1.3mから1.4m、図参照)です。


図 「可動式ホーム柵」の例

 「可動式ホーム柵」は意図的に軌道内に立ち入る自殺の防止について、果たして効果は見込めるのでしょうか?
 海外の文献によると、高所からの飛び降り自殺に対する予防対策としては、柵の高さは、6フィートから9フィート(約1.8mから約2.7m)の高さが効果的といわれています1)。確かに、柵の高さが2 m 近くあれば、そこをよじ登って軌道内に立ち入ることはほぼ不可能です。しかし、「可動式ホーム柵」の高さは、1 m ちょっとですから、冷静になって考えれば、決して乗り越えられなくはない高さです。
 そこで「可動式ホーム柵」の自殺防止効果の有無を試みに分析してみました。その結果をご紹介します。
 まず、「可動式ホーム柵」が導入されていない線区と全駅に導入されている線区とが混在する鉄道事業者の1つを分析対象としました。
 自殺の件数は、弊所の鉄道技術推進センターの「鉄道安全データベース」から、ある年を基準として、そこから5箇年の期間で、分析対象とした鉄道事業者の駅で発生したものを抽出しました。また、同じ期間の各線の一日平均輸送人員を、国土交通省発行の「数字で見る鉄道」から拾い出し、一日平均輸送人員の平均を計算しました。
 集計したところ、全駅にホーム柵が設置されているA線においては、ある5箇年で自殺による輸送障害が1件、ホーム柵非設置のB線では同じ期間に6件発生していました。
 一日の平均輸送人員は、A線は50万人、B線は58万人ですから、A線とB線の輸送人員の割合は、1対1.1 です。路線ごとの自殺率がA線とB線とで同じであれば、A線とB線とで同じくらいの自殺の発生があるはずです。ところが、実際の自殺者数はA線が1に対してB線が6と、B線の方がずいぶん多くなっています(下表参照)。ある統計的な手法を用いて分析したところ、この差が偶然生じたのではないことが確かめられました。
 したがって、「可動式ホーム柵」は、自殺防止に効果があることが示されました。推奨されている高さほどでなくても、それなりに自殺の防止に役立っていることが示されたといえるでしょう。
 一方、「可動式ホーム柵」を導入しているA線でも自殺がなくなってはいないことから、その他の多面的な対策、取り組みも求められるでしょう。たとえば、「いのちの電話」の案内や自治体の相談機関(精神保健福祉センターなど)の掲示、専門家への橋渡しなどが、考えられます。

表 ある鉄道事業者の自殺による輸送障害件数と一日平均輸送人員

参考文献
1) 英国保険省(国立精神・神経センター精神保健研究所 自殺予防総合対策センター訳):自殺多発地点でとられるべき活動の手引き、2007

(安全心理 赤塚 肇)

踏切における交通流の影響

 本題に入る前に、確率の問題にお付き合い下さい。

問題

 人に道を歩いてもらいます。その道には実は落とし穴が何個も続けて掘ってあります。人が穴の上を通ったとき落ちる確率pは一定とします。落ちても生命には別条はありませんが、落ちたらそこで終了とします(図1)。このとき、歩く人がn番目の穴で落ちる確率を、最大にする確率pはいくらでしょうか?


図1 落とし穴の問題

答え

 nが1、つまり、最初の穴であるときは、p=1、つまり、必ず穴に落ちるようにすればいいでしょう。
 しかしnが2以上の場合はそう簡単ではありません。pが大き過ぎれば、手前にあるn-1個の穴に落ちる確率が多くなってしまい、n番目の穴に落ちる確率は小さくなるからです。
 この問題を解くポイントは、実は穴に落ちる確率pの代わりに穴に落ちない確率q=1-pを考えることです。n番目の穴に落ちる確率は、
・n-1個の穴に落ちない確率qn-1
・n番目の穴に落ちる確率p
の積qn-1p=(1-p)n-1pとなります。
 これが最大となる点を求めるには、微分を用いる必要がありますが、グラフを書いてみると、実はp=1/nのところで、最大となることが確認できます(図2)。つまり穴に落ちる確率をn回に1回程度とすれば最大となるわけです。


図2 n番目の穴に落ちる確率

踏切と交通流の関係

 先ほどの落とし穴の問題は、踏切における直前横断の問題と密接に関係します。自動車が踏切において直前横断し列車と衝突するには、踏切が鳴り始めてから列車が来る直前まで、当該自動車以外の他の自動車が存在しない必要があります。もし他の自動車が存在すれば、遮断器の前で止まる為、進入できないからです。落とし穴の問題と踏切の直前横断の対応を以下の表に示します。

 警報開始から列車到着までの時間を t とした時、踏切警報から時間 t 以内に他の自動車が踏切に到着することがなく、当該自動車が、時間 t にちょうど到着する確率は、自動車の到達頻度λが、おおよそ1/t、つまり、時間 t あたり1台の割合で走る頻度で、最大となります。
 上記の確率評価は、イギリスでは、踏切の直前横断の評価に用いられています。単純に考えると、自動車交通量が多くなれば、踏切の直前横断の確率も増えるように思えますが、実はある上限を過ぎると逆に小さくなるというのがミソです。
 上記のような簡単な問題なら、数式で答えを出すのはそれほど難しくありませんが、考慮すべき変数が増えてくると、交通流シミュレーション等を活用して評価を行う必要がでてきます。
 安全性解析では踏切付近の道路状況や交通流を再現する踏切安全性シミュレータを開発しました。今後、様々な道路交通状況における踏切の安全性について、評価、検討を進めていきたいと考えております。

(安全性解析 松本 真吾)

現車試験による乗り心地レベル補正案の検討

はじめに

 新幹線の振動に対する代表的な乗り心地評価法のひとつに「乗り心地レベル(Lt)」があります。しかしこの方法は、国鉄時代に提案されたもので、近年の高速化による車両振動の変化に対応した改良が必要となっています。人間科学ニュース2008年11月号(第158号)、2009年7月号(第162号)で、我々の「乗り心地レベル」補正のための研究を紹介してきましたが、ここでは、実際の列車走行による補正案の検証試験についてご報告します。

これまでの研究概要

 初めて読む方のために、これまでの研究を簡単にご説明します。高速化が進む新幹線車内では、これまであまり気にならなかった上下方向の30Hz付近の高周波振動(ビビリのような振動)が増え、体感乗り心地への影響が懸念されています。しかし、現行の乗り心地レベルはこの高周波振動が評価結果にほとんど反映されないため、実際の体感に近い評価を行うためには改良が必要なのです。我々は振動台を用いた実験で、高周波振動が乗り心地に影響することを確認し、高周波振動も反映される補正案を作成しました。本稿でご報告するのは、この補正案が実際の列車でも有効かを確認するための試験です。

試験概要

 試験では、新幹線車両に一般の方26名と鉄道関係20名の合計46名が乗車し、10分前後の13回の評価区間の乗り心地を評価しました。評価の方法は、1を「全く問題ない」、5を「非常に(乗り心地が)不快」の5段階評定とし、5秒ごとに点灯するランプを合図に、押しボタンで回答していただきました。

実験結果

 車両床面の上下振動データを用いて、現行の乗り心地レベル法で算出した評価得点を「現行Lt」、補正案で算出した得点を「補正案Lt」とし、被験者の5秒間隔の主観評価と比較しました。図1に、ある評価区間での主観評価平均値と各Lt の時間的変化(上図)、速度とトンネルの有無(下図)を示します。補正案Ltの方が主観評価と近い変化をしていることがわかります。図2は、全区間の各Ltと主観評価との相関係数(値が1に近いほど、類似性が高い)を示しています。全ての区間で補正案Ltの方が現行Ltより相関係数が大きく、主観評価により近い評価が行えたことがわかります。

まとめと今後の課題

 現車試験でも補正案の方が体感と近いことが確認できました。今後は、異なる条件での確認試験を重ねて精度と信頼性向上を目指すとともに、上下だけでなく左右振動の補正案の検討も進めます。
(本研究の一部は国庫補助を受けて実施しました)

参考文献
1) 中川、他:高周波上下振動が乗り心地に及ぼす影響、 鉄道総研報告、 23(9)、 2009


図1 ある評価区間での主観評価や各LT等の変化1)


図2 被験者による主観評価点と、現行Lt 値、補正案Lt 値の相関係数1)

(人間工学 中川 千鶴)

光学式マーク認識による指定券自動発売

30 年前の指定券自動発売装置の研究

 実用化はされなかったようですが、今から30年ほど前に、旅客自身の操作による指定券の自動発売装置の開発が行われていました。この装置のユーザーインターフェイス(以下UI)には、光学式マーク認識(Optical Mark Recognition、以下OMR)が検討されていました。現在では、券売機のUIがタッチパネルになって、指定券が購入できるようになっていますが、30 年前には入学試験などで利用されていたOMR シートを利用した購入方法が検討の対象となったようです。OMR シートはオフラインで記入するので、券売機の占有時間が短いという利点があります。現在のようにICカードが切符に置き換わり、券売機の設置台数が減らせるなどということが想定できなかった時代には、券売機の占有時間が短いということは重要な要素でした。

OMR とOCR の違い

 OMR と似ているものに光学文字認識(Optical Character Recognition、以下OCR)というがあります。OMRはマークの有無を認識するものですが、OCRは文字(主に活字)を認識するものです。OMR シートは購入申込書や試験の回答用紙に使用されていることを考えると、認識エラーがかなり低いことが推測できます。ちなみに、筆者の思いつくOMR シートは、大学入試センター試験の回答用紙、数字選択式宝くじ申込カード、公営競技の投票カードなど、何れも認識エラーがあったら大変なことになるものばかりです。鉄道総研の関係では、図1のJR式安全態度診断の回答用紙がOMR 方式です。図1のシートでは氏名欄は手書き文字なので、OCR で読んでデータ化すると認識エラーが多くなるため、OMR 用に社員番号を記入してもらうようになっています。

OMR の長所と短所

 OMR 方式の長所は大量の回答を迅速にデータ化できるところです。選択肢が複数ある場合でも、マークすべきところに文字が書いてあれば、選択間違いを予防することができます。一方、OMR 方式の短所は、質問と回答欄がずれてしまう場合があることです。OMR 方式では質問と回答は別の用紙になっていることが一般的で、図1の回答用紙でも110 個の回答欄だけがあります。そのため、質問と回答欄が同じ番号であることを確認しながら回答することになります。図1のOMR シートの回答は「はい」と「いいえ」の二者択一ですから、回答用紙に直接記入しても記入間違いは少ないかもしれません。入学試験等の場合には、予め回答を問題用紙に記入しておき、後で回答用紙に転記するのが記入間違いを防止する一般的な方法のようです。
 冒頭で紹介した指定券の自動発売装置のOMRシートでは、回答欄のずれ予防として、記入すべき事柄の説明文がシートに書かれてあり、説明と回答欄がならんでいるようにデザインされていました。また、選択間違いの予防として、選択肢の多い乗車区間選択の箇所では、新幹線の場合には東京から博多までの駅名一覧に乗車駅と降車駅をマークするようにデザインされていました。しかし、指定券の自動発売を全列車を対象に行なうためには、線区別に十数種類のOMRシートが必要になることや、OMRシートの補充方法、記入場所の確保、満席時のOMR シートの修正の扱い等の問題点があり、これらを全て解決することは難しかったようです。

国勢調査にも使われるOMR とOCR

 今年は5年に一度の国勢調査の年です。皆さんのところにも調査用紙が届いたと思います。この調査用紙にもOMR 用とOCR 用の記入欄があります。今年の国勢調査では試験的にWEBで回答することが選択できるようになりましたが、WEB を利用できない世帯では、今後もOMRとOCRのお世話になりそうです。


図1 JR式安全態度診断の回答用紙

(人間工学 白戸 宏明)

体格にどうあわせるか

 さまざまな体格の人が使うものの寸法を決める際、①大きい人あるいは小さい人にあわせる、②複数サイズを用意する、③調節範囲を設けるなどの方法があります。ここでは、③を取り上げます。
 例えば、椅子の座面高さを、幼児、小学生、成人にあわせるとき、これらの人の身長範囲は必要な情報ですが、それだけでは調節範囲は決められません。図1に示すように、姿勢のあわせ方が何通りかあるからです。図1 (a) は座面高さを、図1 (b) は眼の高さを、図1(c)はテーブル高さを、図1 (d)は足の高さを一定にしています。同じテーブルで食事をする場合なら図1 (c) が良いですし、映画鑑賞や観劇であれば図1(b)のように眼の高さをそろえるのが適当と考えられます。学校の教室なら図1(d) が適当でしょう。いずれも、使う人の身長範囲は同じですが、望ましい座面高さ(図中太線)のとる範囲は異なります。調節範囲が、使う人の身長範囲だけでは決まらず、目的によって変わることがわかります。
 さて、近年では、女性乗務員が増加しており、女性の平均身長が男性より低いことから、乗務員の身長範囲が従来と比べて大きくなっていると考えられます。運転士用の座席については、どのようなあわせ方が適切でしょうか。信号や線路状態など車外の情報や、速度計や時刻など計器類からの情報を得るのは主に眼ですし、加速やブレーキ操作は腕で行ない、警笛を鳴らすのは足で、いずれも重要です。
 運転士に、運転席の座面高さや前後位置を調節する際、何をもっとも重視しているかアンケート調査(回答3851 人)を行なった結果、「眼の高さが良い(48.7%)」、「きちんと腰掛けられる・背もたれがつく(22.3%)」、「腕が楽・腕が届く(20.1%)」、「足が床につく(5.9%)」という結果が得られました。眼の高さがもっとも重視されており、その次に、きちんと腰掛けられることと腕の操作性が同程度に重視されていると言えます。この結果から、運転士用の座席の調節範囲は、眼の高さを適切にできるものであること、そして目の高さを適切にした際に、きちんと着座でき、操作ハンドルとの距離を適切にできるものであることが望ましいと考えられます。操作卓の高さを調節可能にすることは難しいという現実の制約も考えると、図1(b)と(c)を融合したようなあわせ方になるのではないでしょうか。
 なお、「足が床につく」を重視する割合は相対的に低いですが、これは、足がつかなくても問題ないということではありません。身長によって「足が床につく」を重視する割合は異なっており、身長157.5cm未満の人では31.6%と、「眼の高さが良い(42.1%)」に次いで高い割合でした。身長177.5cm 以上では、「足が床につく」を重視する人はいませんでしたが、これらの人では足が床についており、そのことが当然視されているために、重視度が低かったものと考えられます。



図1 いろいろな姿勢のあわせ方(模式図)

(人間工学 斎藤 綾乃)