踏切安全性評価の精度向上に向けて(2)

 私達は、踏切の安全性を評価するために、踏切事故と踏切設備台帳のデータを分析してきました。しかし、人が経験的に得た知識と統計などの分析で得た結果が異なっていることが少なくありません。
 なぜこのようなことが起こるのでしょうか?実は、分析手法にはそれぞれ異なる目的があり、分析の目的に適した手法を使う必要があるのです。
ここでは、以下の特徴を持つ踏切で事故が多いことが経験的に分かっていた場合を例に説明します。
(a) 遮断時間が長い
(b) 踏切長が長い
(c) 踏切見通しが悪い
踏切事故件数と踏切設備台帳(踏切長や遮断時間など)のデータを分析して、どのような特徴がわかるでしょうか。

回帰分析による評価

 まずは、一般的によく用いられる分析手法である回帰分析を使って分析してみます。回帰分析は、目的変数(踏切事故件数)を重み付けした説明変数(踏切長や遮断時間など)の和で推定する手法です。例えば、その結果が図1のようになったとすると、踏切事故件数の多い踏切の特徴として、遮断時間と踏切長が共に長い踏切が危ないことがわかります。しかし、回帰分析では踏切見通しが悪いという特徴は出てきませんでした。踏切見通しが悪いという特徴は事故件数と関係ないのでしょうか?


  • 図1 回帰分析結果の例

樹木分析による評価

 次に、樹木分析という手法を試してみます。樹木分析は、効果的に事故件数を分割できる条件を見つけ、その条件で踏切を分類し、グループ化していく手法です。樹木分析の結果を図2に示しますが、遮断時間が長いか短いかで、全踏切を2つの踏切群に分けています。さらに遮断時間の長い踏切群が踏切長の長い踏切群と短い踏切群に分かれ、その踏切長の短い踏切群が踏切見通しの良い踏切群と悪い踏切群に分かれています。
 踏切群の平均事故件数を下部に表示しますが、最も大きい平均事故件数(5件)の踏切群は、遮断時間と踏切長のどちらも長い踏切です。次に大きい平均事故件数(3件)は、遮断時間が長く、踏切長が短い踏切で、さらに踏切見通しが悪い踏切群となっています。
 このように、樹木分析では、遮断時間、踏切長、踏切見通しの3つの特徴を抽出することができ、この結果は経験的な感覚と一致しているため納得しやすいものです。


  • 図2 樹木分析の例

どの手法が良いの?

 実は、回帰分析は全ての踏切に共通する傾向を求める手法なのです。踏切見通しが悪いという特徴は、遮断時間が長く踏切長が短い踏切群において重要な条件で、全踏切に共通する特徴ではないため回帰分析では上手く抽出されなかったのです。
 実際の分析では、状況はさらに複雑です。一つの分析手法で全てを完璧に分析できるということはありません。分析目的に適した手法を用いて、様々な角度から分析を行うことによって、より正確な評価が可能となるのです。このように、私達は、目的に適した手法は何かを検討しながら踏切安全性評価の精度向上を行っています

(安全性解析 畠山 直)

自動車の安全性評価について

はじめに

衝突事故が万が一発生した際に、お客様の被害を軽減させることを目的とした研究に取り組んでいます。このような研究・開発が最も進んでいるのは自動車業界であり、この分野で用いられている技術・知識を鉄道に応用して研究を進めています。今回は、国内の自動車業界で安全性評価として実施されているJNCAP(日本新車評価プログラム)についてご紹介したいと思います。

JNCAPとは

 自動車の安全性については国内の法規で定められた基準がありますが、より事故条件が厳しく、より評価項目が多いのがJNCAPです。また、それらの評価が詳細に確認できるよう一般にも公表されています。現在このような安全性評価は各国で実施されています。そもそも、安全性を商品の付加価値の一つに引き上げることが目的で、米国において1979年からNCAPと呼ばれ実施され始めたそうです。日本では1995年から独立行政法人自動車事故対策機構(NASVA)が行っています。

JNCAPの試験内容

 JNCAPは、衝突安全性能試験、歩行者の頭部保護性能試験(歩行者が自動車にひかれた際に頭部がボンネットもしくはフロントウィンドウにぶつかると想定している)、ブレーキ性能試験、シートベルトに関する試験、チャイルドシートに関する試験と様々な試験が含まれています。これらの試験は人体の傷害の程度(傷害値)や自動車側・チャイルドシート側の性能や使用性が評価の対象となっています。

衝突安全性能試験

 衝突安全性能試験は、衝突に対する乗員の安全性を評価するための試験です。この試験は人体ダミーと呼ばれる人間の形をしたマネキン(図参照)を実車に乗せて様々な事故形態(前面衝突、側面衝突)で衝突させて、乗員の傷害値や内装品の変形量を評価します。事故形態によって用いられるダミーは異なり、(a)が前面衝突試験に用いられハイブリッドⅢ、(b)は側面衝突試験に用いられるユーロシッド1(現在はこの改良バージョンであるES-2と呼ばれるダミーが広く用いられています)と呼ばれるダミーです。また、後面から衝突された際の乗員の頚部保護性能(むち打ち対策)を評価するための試験もあります。この試験には上記のダミーではなくバイオリッドⅡと呼ばれる後突専用のダミーが用いられます。実車を用いない試験方法で、台車上に自動車シートを設置しその上にダミーを座らせて台車に衝撃を与えます。この衝撃により台車上で衝突事故時の車内状況を再現する方法でありスレッド試験と呼ばれることもあります。この試験方法はチャイルドシートの安全性評価にも用いられ、その際は乳幼児の体格(生後3カ月から3歳児)である小さなダミーが用いられています。
 ところで鉄道への応用ということでは、鉄道総研で過去にスレッド試験を実施しました。図は、台車上に鉄道用の腰掛((a)はボックスシート、(b)はロングシートおよび板型そで仕切り)を設置し、ダミーを着座させている状況です。このように実際の内装品とダミーを用いたスレッド試験を行うことにより、事故時の傷害状況を把握することが目的です。ユーロシッド1による試験(紙面右が列車衝突方向)の結果、そで仕切りにぶつかった際に胸部の一部に力が集中しないような板型の形状であると胸部傷害が発生する可能性が下がるということが分かりました。

おわりに

 今回は、日本の自動車業界で実施されているJNCAPについてご紹介させて頂きました。この指標で評価された結果については、NASVAのホームページで閲覧できるので、自動車購入の際には参考にしてみても良いかもしれません。


  • 図 衝突用人体ダミー

(人間工学 中井 一馬)

鉄道自殺に対するソフト面からの対策

はじめに

 国土交通省によると、2008年度に首都圏1都3県で発生した輸送障害679件のうち、自殺が原因のものは307件(45%)もありました。このような事態を防ぐにはどうすれば良いのでしょうか。
 駅ホームからの飛び込みに関しては、ホームドアの設置が最も有効な対策であると考えられています。国土交通省もホームからの転落や自殺の防止に効果があるとして、ホームドアの設置を推進しています。しかしホームドアを設置するためには、多額の費用に加えて、車両の扉位置の統一が必要です。このためすべての駅に今すぐホームドアを設置するのは難しいのが現状です。  ホームドアはいわばハード面からの対策ですが、人間の心理状態を考慮したソフト面からの対策としてはどのようなものが考えられるでしょうか。ここでは、ソフト面からの対策について考えてみたいと思います。

情報接触の影響

 鉄道総研が実施したインターネットによるアンケート調査では、日常会話、駅の電光掲示板、テレビや新聞などで鉄道自殺に関する情報に接触した経験の多い人ほど、自殺の手段を考えた場合に鉄道を思いつきやすいことが示されました。これらの結果や文献調査、専門家へのヒアリング調査などを踏まえて、鉄道総研では図のような「(鉄道)自殺行動モデル」を構築しました。
 このモデルでは情報接触が影響を持つ可能性を示していますが、WHOによるガイドラインでも報道のあり方が影響を持つとして、「自殺の報道を過剰に、繰り返し報道しない」などが提言されています。また多少古い話にはなりますが、オーストリアにおいては、オーストリア自殺予防学会が報道のガイドラインを出して以降、新聞は地下鉄での飛び込みに関してセンセーショナルな記事を控えたり、報道そのものを控えたりする場合も出てきたそうです。そしてガイドラインの発表以降、地下鉄への飛び込みは激減したそうです。

ソフト面からの対策

 「(鉄道)自殺行動モデル」をもとに考えると、鉄道自殺に関する情報に必要以上に接触しないようにすることが有効であると考えられます。
 現在、輸送障害の原因を「人身事故」という言葉を使って案内する場合があります。インターネットによるアンケート調査では、「人身事故」という言葉から全体の59%の人が「ホームからの飛び込み」をイメージし、誤っての接触・転落をイメージする人は少ないことが示されました。実際にはそうでないにも関わらず「人身事故」と案内することで飛び込みであると受け取られると、鉄道自殺に関する情報に接触することになってしまいます。このことから、自殺でない場合は「人身事故」以外の言葉で案内するということも対策の検討候補だと思います。

おわりに

 今回は、鉄道自殺に対するソフト面からの対策を考えてみました。ハード面からの対策とソフト面からの対策を組み合わせることで、より一層の効果を得られる可能性があると思います。

参考文献

赤塚肇他:鉄道人身事故に関する自殺行動モデル、鉄道総研報告、Vol.22、No.7、p.31-36、2008


  • 図 (鉄道)自殺行動モデルの一部

(人間工学 村越 暁子)

「子連れ」外出事情~バスへのベビーカー 乗降体験記~

 過日,筆者はとある学会の「子育ち・子育てまちづくりセミナー」の一環で行われた「子育ち・子育てバリアフリー教室」という催しに参加しました。
 実際に乳幼児や,乳幼児の代わりの米袋5kgを乗せたベビーカーで,ノンステップバスへの乗降ほかの利用を体験してきました。

ベビーカーによるバス乗降体験

 以前は,バス利用時はベビーカーをたたんで利用することをバス事業者は呼びかけていました。最近は状況が変わってきており,例えば,横浜市交通局や東京都交通局,西武バス,名古屋市交通局,大阪市交通局などでは,車内が混雑していないときに,自己責任においてベビーカーに乳幼児を乗せたまま,たたまずに乗車することが容認されるようになりました。また,バス自体もベビーカーを広げたままでも利用しやすくなってきています。2006年(平成18年)に,国土交通省標準仕様のノンステップバスが制定されました。これによると,乗降口の有効幅は800mm以上,乗降時ステップ高さは285mm以下(小型については300mm以下)とされ,これまでのワンステップバスやツーステップバスと比較して,ベビーカーをそのまま乗り込ませることが容易になっています。2007年(平成19年)に発行された,「公共交通機関の車両等に関する移動等円滑化ガイドライン(バリアフリーガイドライン(車両編))」でも,乗降時床面の高さは270mm以下とすることや,車いすを取り回すことができる車いすスペースを設けることとされています。
 筆者には子どもはおりませんので,ベビーカーを触るのも,押すのも初めて,もちろん,ベビーカーでのバス乗降は初めてでした。乗車時,ベビーカーに米袋を載せて,前の入口から乗車しましたが,この時は,ベビーカーの前輪を上にあげて(いわゆるウィリー状態),比較的簡単に乗車することができました。ただ,ノンステップということで,車内にタイヤハウスがせり出しており,通路幅はベビーカーがぎりぎり通るものでした。
 乗車後は,ベビーカー固定用のベルトがついている座席にベビーカーを固定します。座席の肘掛けに補助ベルトが付いており,それでベビーカーのフレームを肘掛けに固定し,ベビーカーのストッパーを使用します(ベビーカーは進行方向とは逆むきに固定されます)。そして,保護者がベビーカーを保持します。


  • 写真  ベビーカーでの乗車方法
    (横浜市交通局WEBサイトから許可を得て転載)

 降車時は,そのままの向きですと,ベビーカーを前へ向けてバスから降りることになります。ベビーカーが前のめりになってしまい,危険ですので,車内でベビーカーの方向を変えなくてはなりません。標準仕様のバスでは車いすやベビーカーを取り回すスペースが確保されていますので,無理なく向きを変えて降車することができます。

列車内でのベビーカー利用

 鉄道でもベビーカーを利用する人を見かけることもしばしばあります。駅舎や駅ホームでのバリアフリーが進展してきている昨今,ベビーカーを使用して鉄道を利用するお客様は増加していくでしょう。このような鉄道利用者にとっての使いやすさという視点も重要です。 鉄道総研では,物理的・心理的にベビーカーを置きやすくすることと,安全に乗車してもらうことを両立するための検討を進めてきました(人間科学ニュース158号など)。車いす利用者,ベビーカー利用者,大きな荷物を持ったお客様など,様々なお客様に共通して使いやすい「車内旅客用多目的スペース」などの提案もその一例です。

(安全心理 赤塚 肇)

においと微生物の関係

はじめに

 これまでにも、『「カビくさい」の正体を探る』という内容で、鉄道設備とにおいとの関連性について、カビに注目をしてご紹介をしてきました。今回は、においと微生物の関係について、カビではなく細菌に注目してご紹介したいと思います。
 現在、我々のグループでは、鉄道施設内の臭気評価をテーマとしています。その一環として、駅トイレ内臭気の評価に取り組んでいます。これまでに鉄道利用者に対する意識調査において「駅の空気環境・においに対し関心がある」という回答を得ており、また、嫌なにおいがする場所の一つとして「駅トイレ」があがっています1)。そこで、駅トイレ臭を左右する要因として、駅トイレ床面に存在する細菌に注目しました。

トイレ床面の細菌とアンモニア発生

 話をトイレに戻しますが、トイレ内臭気の発生源の1つに、私達はトイレの床面に着目しています。その理由として、駅トイレは、①利用頻度、人数がとりわけ多い、②床面積が広い、ことが挙げられます。駅トイレは家庭用トイレとは異なり、使用頻度、利用人数がとりわけ多いため、駅トイレ利用者の移動に伴い、尿やその他の汚れ(細菌の栄養となる)が床面全体に広げられている可能性があります。そして、トイレ臭気と関連する物質を放出する細菌が床面全体に生息するとすれば、トイレ床面は臭気源としては重要な要素になるでしょう。そこで一度、きちんと駅トイレ床面の細菌の量や分布を把握する必要があると考えました。
 これまでに、冬と春に、営業終了後の駅で、トイレ内床面の細菌の調査を実施しました。その結果、冬よりも春のほうが細菌量が多く検出される傾向があることが分かりました。また衛生器具周辺床面にて細菌が多く検出される傾向もみられました。また駅トイレ床面で採取した細菌を、尿素を含む培地で培養した結果、トイレ臭の要因物質として知られるアンモニアが放出されることを確認しました。これは、細菌が尿素分解酵素により、尿素をアンモニアへと分解した結果です。ですから、この尿素培地の上で生じた現象が、同様に駅トイレ床面でも生じていることが考えられます。今後は、さらに駅トイレ床面に生息する細菌の種類を特定し、駅トイレ臭気の形成メカニズムに迫っていきたいと思います。

参考文献

鈴木浩明他:衛生・清潔に関する利用者意識の実態と要望の分析、鉄道総研報告、Vol.19、No.1、p.15-20、2005


  • 図1 細菌が尿素を分解しアンモニアを放出するイメージ

  • 図2 駅トイレで採取した細菌を尿素培地で培養した後のアンモニア計測の様子

(生物工学 川﨑 たまみ)