風通しの良い職場風土づくり-天敵を作らない-

ヒューマンエラーやコンプライアンス関連の不都合の発生に職場風土が関係ありそうだという見解がある。さらに心の病の発症も職場風土の影響を受けるかも知れない。共有する情報が不足しているのが原因であると判断し、関係の規則を強化しても新たな問題が発生する。そうした規則の中で予測される課題を網羅するのは困難であり、何でも自由に話せる風通しの良い職場風土を作るのが効果的である。
 苦手であるとか性が合わないという、いわゆる天敵が存在すると、天敵との接触を避けるようになりコミュニケーションの機会が減り、また、話の内容も限定される。「自己中心的である」、「協調性に欠ける」、「プライドが高い」、「横柄である」、「気が短い」、「人の弱点に触れる」等の対人評価は、やがて天敵の誕生に繋がる可能性が高い。この種の評価や感情は劣等意識からも生まれやすく、天敵を作らないためには、他人から学ぶという姿勢が大切である。短気で自信家というイメージが強い職場における上位者は、天敵になりやすい。
 6年程前に当誌に「恐れ・使命感・自己実現」という拙文が掲載された。その中で心得10則「怒るな、威張るな、疑るな、貶すな、侮るな、焦るな、恐れるな、怠けるな、自慢するな、腐るな」を紹介した。これは筆者の先輩である国会議員の事務室の壁に貼ってあったもので、特に多くの情動と関係している「恐れるな」に筆者は関心を持っている。自己実現を目指すならば恐れの心情は消え、天敵から学ぶ気持ちが湧いてくる。また、自らが天敵にならないためにもこの心得は参考になる。筆者は、人間関係だけでなく業務、スポーツ等何事においても苦手意識を持たないように努力してきた。一たび苦手意識を持つと、手強い事象からの逃避の連鎖に繋がると考えているからである。目下、天敵はいないと思っているが、果たして自分が天敵になっていないだろうか。「天敵を作らない」は、天敵にならないことを含め風通しの良い職場風土づくりの王道である。

(鉄道総合技術研究所 理事長 垂水 尚志)

安全対策とリスク補償

リスク補償とは

 安全対策が行われても、人々がそれによって危険性が低くなったと感じた結果、対策導入前より危険な行動を行うことにより、期待されていたよりも対策の効果が得られないという現象を、リスク補償と言います。
 リスク補償が生じる状況や程度については議論がありますが、リスク補償が生じる可能性があることは、様々な研究から明らかになっています。

リスク補償の実験例

 例えば、スタントン(Stanton)らは、VES(vision enhancement system)による自動車ドライバのリスク補償について、実験的に検討しています。VESとは、赤外線カメラによって撮影した映像をヘッドアップディスプレイに投影し、現実の映像と重ねて提示するシステムです。暗いところで見逃す可能性のある障害物を発見することが可能となります。彼らは、日中、夜間、霧中の条件において、VESを装備した場合と装備しなかった場合の運転行動を比較する実験を行いました。
 実験の結果、装備しなかった場合の霧条件、夜条件は日中条件よりも走行速度が遅く、追い越し回数が少ないという結果になりました。この結果は、より見落としの危険性が高い夜間や霧中では、日中より慎重に運転することを示しています。しかし、VESを装備した場合には、装備しなかった場合よりも夜条件や霧条件での走行速度が速くなり日中条件と同様の速度で走行すること、霧条件において追い越しの回数が増加するという結果が得られました。
 スタントンらはこの結果を、 VESの装備によって危険性が低まったと感じた運転者が、夜間や霧であっても、日中同様の速度で走行したり、追い越しを行ったりしても大丈夫だと考えた結果だと考えています(図1)。

  • 図1 リスク補償が生じる要因
    図1 リスク補償が生じる要因

リスク補償への対処

 現在、VESをはじめとした様々なシステムが実用化されています。
 しかし、このようなシステムを導入しても、リスク補償が生じる分だけ、期待したほどには安全性が向上しない可能性があります。
 リスク補償についてのひとつの考え方は、ある程度のリスク補償は許容する、というものです。VESの装備によって夜間の走行速度が日中程度に維持できるということは、VESの装備による夜間走行の快適性向上効果と考えられます。快適性向上効果を考慮して、安全性が低下するほどのリスク補償が生じないのであれば、多少のリスク補償は許容する、という考え方もあります。

リスク補償を減らすには

 それでも、可能な限り安全性を高めたいという考えに基づくと、リスク補償をできるだけ減らすことが望まれます。これは、それほど容易なことではありません。
 リスク補償を減らすためには、一人一人が自分もリスク補償を起こすかもしれないと客観視することが重要です。そして、そのような気づきを促すような教育を実施することが対処案として考えられます。
 鉄道分野では、新たなシステムが導入される際には、システムの使用に必要な技能について訓練が行われます。その際に、リスク補償が生じる心理的なメカニズムを教え、自分も安全性を低下させるような行動変化を起こしてしまう可能性があるのだということを実感できるよう指導、教育することが望まれます。

参考文献

Stanton, N.A. et al.: Behavioural Compensation by Drivers of a Simulator when using a Vision Enhancement System: Ergonomics Vo1.43, pp. 1359-1370, 2000.

(安全心理 増田 貴之)

非常用装置の使用法をご存知ですか

 駅のホームに設置されている「非常停止ボタン」、通勤電車などの車内に設置されている「非常通報装置」、新幹線の車内に設置されている「非常ボタン」、これらを操作すると、どのようなことが起こるかご存知ですか。一部の新幹線では、緊急停止用と火災用の非常ボタンが併設されています。これら2つの違いをご存知ですか。
 人間科学ニュースの読者のほとんどは鉄道会社に勤務している人ですから、正解はおわかりだと思います。しかし、皆さんのご家族に質問してみたらどのような回答が得られるでしょうか。

安全安定輸送の最前線にいる人

 安全安定輸送の最前線にいるのは鉄道会社の社員だけではありません。そこには鉄道を利用している人達もいます。特に、駅や車内で突発的な事象が発生した場合は、駅員や車掌や運転士がその事象を発見できる場所にいるとは限りません。そのとき最前線にいるのは利用者であり、利用者の協力があるのかないのかが対応の迅速さや適切さに大きく影響すると考えられます。そのために前述した各種の装置が設置されているはずです。

装置に対する利用者の認識

 これらの装置に対する利用者の認識の実態を調べた例として、平成22年3月に国土交通省鉄道局がまとめた「鉄道利用者等の理解促進による安全性向上に関する調査」があります。
 この調査の中で、“車内非常通報装置を見たことがあるかどうか”、“使い方を知っているかどうか”を質問しています。回答者は1777人で、“見たことがある”と回答した人は70%であり、“使い方を知っている”と回答した人は24%でした。駅のホームにある非常停止ボタンについてもほぼ同様の傾向でした。見たことはあるが、使い方まではわからないというのが実態のようです。さらに、それぞれの装置を使うべき状況についても質問しており、ここでは詳細を示しませんが、使用状況に関する利用者の理解が不十分であることが述べられています。
 この調査の報告書は、国土交通省のホームページ(http://www.mlit.go.jp/tetudo/tetudo_fr8_000005.html)から無償で入手することができます。

利用者を育てる

 安全安定輸送を維持していくためには、協力してくれる利用者を創り、育てていくことも大切です。社員である運転士、車掌、駅員は、研修などで操作を体験する機会があるでしょう。しかし、利用者が体験する機会はほとんどありません。装置を使用すべき状況が来たときに、装置をどのように操作し、操作によってどのようなことが起こるのかを予測できる情報を提供しておく必要があります。
 沿線の学校などに対する鉄道会社の活動を紹介する新聞記事や、駅や車内に掲示されたポスターなどで鉄道会社の取り組みを目にする機会は増えています。これらの取り組みを一過性のものにせず、継続していくことが重要です。

利用者向けの情報を探してみてください

 冒頭で各種のボタンを押すと何が起こるのか質問しましたが、ここには正解を記さないことにします。利用者の理解につながるような情報が、十分に提供されているかどうかをぜひ調べてみてください。

  • 図 非常用装置のイメージ(左:駅ホームの例 中:通勤電車の車内の例 右:新幹線の車内の例)
    図 非常用装置のイメージ(左:駅ホームの例 中:通勤電車の車内の例 右:新幹線の車内の例)

(人間工学 藤浪 浩平)

生物多様性の計り方

 今年の6月29日、国際連合教育科学文化機関(ユネスコ)は、小笠原諸島を世界自然遺産に登録しました。植物で161種、陸産貝類では100種もの豊富な固有種が生息する、多様性に富んだ小笠原の生態系が評価されたためです。
 「生物多様性」とは様々な生物がバランス良く生息していることといえます。我々人間はそこから様々な恩恵を受けています。生物多様性を保全・維持することの大切さが具体的に世界共通認識となって現れたのは1992年のいわゆる地球サミットの場でした。この会議では気候変動(温暖化)と生物多様性という重要な2つの条約について話し合われました。温暖化の議論の方が先行して始まったと思われる方も多いと思いますが、スタートは同じ年でした。温暖化の評価には「温度」という世界共通の尺度を使うことができるため議論が活発になったのだと考えられます。一方、生物多様性の評価に使える共通の指標はありません。環境省が策定した「生物多様性民間参画ガイドライン」によると、“生物多様性とは、一言でいえば、人間も含めた様々な種類の生物がつながりを持って存在している状態のこと”とされています。このような概念なので簡単に数値化することはできませんが、生物多様性を評価する手法の開発が進められています。

多様性を示す方法

 生物多様性を直接数値化する手法はありませんが、多様性の重要な要素である動物の生息しやすさを定量的に評価する方法のひとつに「ハビタット評価手続き(Habitat Evaluation Procedure:HEP)」があります。この方法は、評価しようとする土地に生息している様々な種類の生物のなかから、ある特定の動物を選択して、その動物の生育にどれほど適しているのか、 その適性を定量的に評価する手法です。
 評価をする時には、まず対象とする動物を選択します。その土地にしか生息しない固有種や全国的に見ても貴重な動物が選ばれることが多いですが、どのような種類の動物でも選択することが可能です。動物を選択したら、その動物の成育に影響を与える要因の洗い出しをします。そしてそれぞれの要因が、その動物の成育に与える影響度合いを評価して適正指数(0(生育不能)~1(生育に最適))を算出します。例えばオオタカが巣を作るためには高さ15m以上の樹木が適し、最小でも13mは必要であることが過去の調査から分かっています。これらを踏まえて適正指数を下図のように表すことができます。

  • 図1 木の高さによる適正指数の変化
    図1 木の高さによる適正指数の変化

 また、傾斜(40度以上の急傾斜地では巣作りをしない)、人家や道路からの距離、狩り場までの距離などについてもそれぞれの適正指数を算出し、これらの相乗平均を求めることにより、その土地のオオタカに対する適正指数を算出します。こうして得た値はその土地の「質」を現し、この値に面積を乗じてハビタットユニット(HU)を得ることができます。HU値が高いほど動物にとって住みやすい土地(≈自然が豊か)であることを示します。
 HUを用いることによって、複数の土地の比較が可能になりますが、ある土地の開発前と後の比較にも用いることができます。また、現状のまま10年経った場合と、5年後に一部開発が行われた場合との比較のように、時間的変化を考慮した検討も可能です。例えば、自然再生事業など生態系復元を試みる場合に、復元作業前後にHEPによる評価を行い、目標の達成度を定量的に示す手段として利用されています。

終わりに

 鉄道業でもその活動と生物多様性とは切り離せないという認識が形成されつつあります1)。例えば、ドイツ鉄道は今後発展が予想される高速鉄道が希少種の生息地を分断した場合の影響が生物多様性の低下につながらないのか研究を行っています。今後、国内でも生物多様性への影響評価および評価結果の公表など積極的な対応を要求されるかもしれません。

参考文献

1) 辻村太郎ら:生物多様性と鉄道との関わりを考える, RRR, Vol.66, No.12, 2009

(生物工学 志村 稔)

デシベルってなに?

単位とデシベル

 ものをはかる(計る・測る)ときには、同じ次元をもつ基本量、すなわち単位を基準にその何倍かを調べます。単位には、長さを示す『メートル(m)』や重さを示す『キログラム(kg)』、時間の長さを示す『秒(sec)』などがあります。力やエネルギーなどの物理量も、これらの基本単位(SI単位)を組み合わせることによって示すことができます。
 さて、SI単位で示せない数値も世の中にはあります。音の大きさや乗り心地を示す単位として、よく耳にするのは『デシベル(dB)』ではないでしょうか?音や振動の大きさはエネルギーなど物理的な測定値でも示すことができますが、人間がどのくらいの大きさに感じているかという感覚量で示すほうが直感的にわかりやすいものになります。このように感覚量を数値で示す場合のもとになる考えが「人間の感覚量は、刺激の強さの対数に比例する」という“ウェーバー・フェヒナーの法則”です。

人間は「比」で感じる

 ウェーバーは、おもりを手でもつ実験により「刺激の弁別閾(気づくことができる最小の刺激差)は、基準となる基礎刺激の強度に比例する」という法則を発見しました。はじめにある重さのおもりを手にもってもらい、少しずつおもりを足して、差があると感じたところの重さとはじめの重さとを比べると、人間の感覚はどの程度増えたか(差)ではなく、もとの何倍になったか(比)に依存することがわかりました。例えば、100gのおもりを持っていたときには1gの差でも違いがわかるのに対して、500gのおもりを持っていたときは5gの差がないとわかりませんでした(実際の数値は異なります)。これを最初のおもりの重さに対する比であらわすとどちらも100:1となり、同じ感覚量が同じ比であらわされていることがわかります。さらにフェヒナーが感覚量は対数を用いた式であらわせることを示し、現在はまとめてウェーバー・フェヒナーの法則と呼ばれています。この法則は、重さ(触覚)だけではなく人間の他の感覚にもあてはまることが示されています。天体の明るさを示す等級も同様で、昔の人々が目で見て決めていた1等星と6等星の実際の明るさを近年の天文学者が測定した結果、その差が約100倍であったことから、5等級の差が100倍となるよう定義されています。ただし、天体の等級は数字が小さくなるほど物理量は大きく(明るく)なります。
 さらに、記憶量が時間経過に比例した刺激であると仮定し、時間経過の感覚にもこの法則がなりたつと考えられています。例えば5歳の子どもの1年は50歳の大人の10年に等しいと考えることができます。歳をとるにつれてだんだん時間が経つのが早く感じられるのはこのためだと言われています。

音のレベルの差

 音の大きさや振動などの加速度についてもこの法則がなりたつと考え、ある音圧や加速度を基準にレベル化した大きさが用いられます。レベル化とは物理量を基準となる量との比をとり常用対数で示すことで、このとき用いる単位がdBです。余談ですがレベルはもともと電話信号の減衰比を示すのに考案されたので、単位名ベルは電話の発明者・ベルに由来しています。1Bは強さの比で10:1と定義されますが人間の感覚ではこれでは差が大きすぎるため、一般的には10分割したdBを用います。
 さて、音の大きさに対する人間の弁別閾は約1dBです。定義から1dB小さい音はエネルギーでは0.79倍となります。つまり、元に比べ8割くらいまで弱くしなければ人は小さくなったとは感じないのです。数字でみるとたったそれだけと感じるかもしれませんが、対策を重ねてかなり小さくした音をさらに弱めることは至難のワザであると考えられます。音を小さくしたいという場合に、人間が聞いてわかるような差を示すためには、このような人間の感じ方も考慮しておく必要がありそうです。

  • 図  物理量と感覚量の関係
    図  物理量と感覚量の関係

(人間工学 安部由布子)

鉄道サービスの改善にもIDを!

 野村克也元監督は,データを重視した野球という意味の造語「ID野球(Important Data)」を掲げ,チームの改革を図りました。今回は,このIDの精神を鉄道サービスの改善に応用したダイヤ乱れ時の案内に関する教育訓練教材についてご紹介します。

運転再開見込み情報の案内方法

 大都市圏の鉄道において,事故などで列車の運転が停止した際、運転再開見込み情報の案内方法を改善することが、お客さまの不満を低減するのに有効です。しかし、運転再開見込み情報は、変更が重なったり、途中で情報が途絶えたりするため、お客さまへの案内を躊躇する鉄道会社の社員の方は多いのではないでしょうか。そこで我々は、大都市圏の鉄道において,運転再開見込み情報の案内方法として、どのような方法が効果的なのか、お客さまを対象とした調査を行い、検討しました。その結果、下記の方法が有効であることがわかりました。
 「運転再開見込み情報の案内(見込みが立っていないことも含む)は、停止から10分程度の早い段階から案内し、変更があった場合は、その理由と共に逐次案内する。その際、今後も情報が変更する可能性があることや、情報が入り次第、直ぐにお客さまにお伝えすることを合わせてお伝えする」です。

お客さま調査データの活用

 案内することに特に慎重な社員の方にとって、先のような方法が効果的な方法だと言われても、恐らく、簡単には納得できないのではないでしょうか。それは、上記の方法が本当に多くのお客さまが望んでいるのか、また、多くのお客さまの利便性を高めるのか、確信できないからだと思われます。そこでこの方法が他の方法に比べ多くのお客さまから支持されることを示したお客さま調査の結果を交え,わかりやすく説明した教材を開発しました。

教材の主な特徴

 教材のメディアはDVD(図1)で、再生時間は約34分です。自習用としても、集合形式の訓練にもお使いいただけます。教材の特徴は、次の通りです。

  1. (1)社員の方が把握しにくい多くのお客さま(ご意見を直接、伝えてこないお客さまを含む)の声を定量的に集約した知見に基づいている(図2)
  2. (2)研究員(図1左)と2名の駅社員(若手:図1中央、ベテラン:同図右)との対話形式で進行し、多くの社員が共有する疑問や不安に答える形で(1)の知見が紹介されている
  3. (3)途中にクイズやまとめが設けられており、記憶の整理や定着が図られやすい

  • 図1 DVD教材の盤面(平成23年3月試作版)
    図1 DVD教材の盤面(平成23年3月試作版)
  • 図2 教材画面例
    研究員(左)が駅社員(右)にお客さまアンケートの結果を紹介する場面
    図2 教材画面例

(人間工学 山内 香奈)