現場で運転士の眠気や疲労を測る(1)

はじめに

 今日の鉄道は、ATSなどの保安装置によるハード対策によって、運転士の眠気や疲労が事故につながる可能性は大幅に軽減されています。しかし、徐行や災害時の運転速度規制などでは、運転士の注意力に頼っている場合が少なくありません。眠気や疲労は、注意力を低下させる原因の一つであり、鉄道の安全輸送において軽視できない問題でもあります。
 眠気や疲労をどのように測ればよいでしょうか。大別すれば、生理機能測定と心理機能測定に分けることができます。ここでは、現場で運転士の眠気や疲労を測るための手軽なものさしを紹介します。

生理機能測定

 眠気や疲労は、知覚や思考などの心理的活動を受け持つ大脳皮質の活動性低下を主症状としています。脳波は、大脳皮質の活動水準と対応関係が見られることから、それを捉えるには有効なものさしです。しかし、現場調査では脳波の測定が困難なため、代わりにフリッカー値が広く用いられています。
 フリッカー値とは、明滅する光を一定の条件下で注視させて、それが連続した光として見えるか、ちらついた光として見えるかの境界における値を周波数で示したものです。眠気や疲労で大脳皮質の活動水準が下がるとフリッカー値も下降します。当研究所で開発した装置(図1)は、毎秒2.5Hzの一定速度で周波数が下降し、ちらつきを認めたときに応答ボタンを押すとその時の周波数が記録され、続いて自動的に15Hz上昇して次の測定に入り、これを5回続けると測定が終了するようになっています。
 フリッカー値測定の考慮点としては、ちょっとした会話や姿勢変化によってフリッカー値が高められたりするため、作業直後に出来る限り素早く行うこと、また、一定したちらつきの判断が難しいため習熟するまで十分練習させることが重要です。

心理機能測定

 眠気や疲労を測る心理機能測定の一つに、産業疲労研究会によって考案された「疲労自覚症状しらべ」があります。この質問票は、「眠気とだるさ」、「注意集中の困難」、「局在した身体の違和感」の3群、各群10項目で構成され、各項目について該当する場合は「○」、該当しない場合は「×」を記入するものです。各群の訴え率を比較することにより、当該作業の疲労症状の把握に役立てられます。
 また、継続時間の影響を見極めるものさしとして、当研究所が独自に開発した「運転負担質問票」が活用できます。本質問票は、「眠気・疲労」、「負担に抗する努力」、「あき・集中困難」の3群、各群2項目で構成され、各項目について0点~5点の6段階で評価するものです。 眠気に特化した代表的なものでは、「眠気のVAS(Visual Analog Scale)」があります(同誌の「眠気の評価法」を参照)。

その他

 生理・心理機能測定の結果の意味付けにせまれるようにするために、体調や睡眠時間などの個人情報、運転速度や力行・ブレーキハンドル操作などの運転情報も同時に収集することも重要です。最近の技術では、腕時計型の小型高感度加速度センサーなどで睡眠時間を手軽に調べられますし、車両に搭載されている「運転状況記録装置」で運転情報を得ることができます。

おわりに

 鉄道の運転士のみならず、バスやトラックの運転手にも同様な測定が可能です。現状分析の結果をもとに、眠気や疲労の対策案が提案できます。

  • 図1 フリッカー値の測定風景
    図1 フリッカー値の測定風景

(人間工学 澤 貢)

現場で運転士の眠気や疲労を測る(2)

はじめに

 本誌「現場で運転士の眠気や疲労を測る」で、現場で手軽に眠気や疲労を測るいくつかの方法について紹介しました。本稿では、その方法のうち、自覚的な眠気の評価法として知られる自己評価法についてと、それらとは異なり、実験室での生理的計測による眠気評価法について紹介します。

自覚的な評価と他覚的な評価

 眠気評価法の話に入る前に、少し「眠気」について考えてみます。普段、仕事中に眠気を催して困ったり、就寝時刻に近くなると眠くなって寝床に入ったりと、眠気は私たちの生活と密接に関係しています。しかし、現場等で用いることのできる簡易的な方法であろうと、実験室等での詳細な方法であろうと、眠気の定量的な評価法として、定まったものがあるわけではありません。
 手元の辞書では、眠気とは「眠いという感じ」「今にも眠りに入りそうな気持ち」と説明されています。眠気の評価法として、この「眠いという感じ」など、自覚できる側面を、質問紙を用いて評定する方法が、自覚的評価法(自己評価法)と呼ばれるものです。一方、眠気が強い時ほど、眠るまでの時間が短いだろうという前提に立ち、この時間 -専門的には睡眠潜時といいます- を測定する他覚的な評価法があります。

他覚的な「眠りやすさ」の評価

 上記の眠るまでの時間の長短で眠気を評価する方法を「反復睡眠潜時検査(MSLT)」といいます。これは、検査の対象者に、部屋のベッドに横になってもらい、「眠って下さい」と指示をした後、どれ位の時間で眠りに入るかを、同時に測定している脳波等の結果から判定・計測するものです。これを2時間おきに、4~5回繰り返し、その平均時間を求めて眠気の評価値とします。
 この方法は、眠気の客観的・他覚的な評価の標準とされるものですが、検査する側もされる側も多大な労力を要することや、眠気を評価するために眠らせるため、眠気の時間的変化を追うことができないという欠点があります。もちろん、脳波等を計測する専門家と計測環境が揃わないと評価できません。

眠気の自己評価

 人間を対象とした実験・調査で、例えば、眠気の時間的変化等をみる場合などによく使われる自己評価法として、スタンフォード眠気尺度(SSS)、カロリンスカ眠気尺度(KSS)、Visual Analog Scale(VAS)などがあります。SSSは、覚醒- 眠気の程度を表す22項目(例えば「元気で活動的」等)が7段階に分類され、この1~7段階のうち、自分の状態に最も当てはまる段階を眠気の程度とするものです。KSSは眠気の程度が、1.「非常にはっきり目覚めている」から、9.「とても眠い(眠気と戦っている)」(KSSの日本語版KSS-Jによる)までの9段階の尺度で、眠気を表す記述は奇数段階のみに示されています。また、VASは、水平に引いた100mmの線分の左端に「まったく眠くない」、右端に「非常に眠い」とした尺度で(図参照)、今の眠気が線分中のどの位置に該当するか縦線で示して貰います。左端(全く眠くない)を0点として、この左端から縦線までの距離をmm単位で測り、その数値を眠気得点とします。

  • 図 Visual Analog Scale (VAS)(※実際は100mmの線分)
    図 Visual Analog Scale (VAS)(※実際は100mmの線分)

 自己評価法は、眠気を簡単に繰り返し測定でき、使い勝手もよく、眠気の時間的変化を評価できるという利点があります。その一方で環境要因や動機付けなどの影響を受けやすいため、これらの条件を統制して用いることが重要です。
 眠気の評価法には、この他の自己評価法や生理的評価法、あるいは作業成績で評価する方法等があり、その目的や眠気のどの側面を評価するかにより使い分ける必要があります。

(人間工学 水上 直樹)

疲労やストレスのバイオマーカー

はじめに

 近年、ストレスを抱える人や過労の人、健康志向の人などが増えています。このため、「疲れた」「ストレスがたまっている」といった主観的な評価に加え、客観的な評価指標が求められています。疲労やストレスのマーカーは古くから研究がされていますが、解析技術の発展や知見の蓄積に伴い、新しいマーカーや検出方法の研究がされるようになってきました。ここでは、比較的最近になって研究されているバイオマーカーについてご紹介します。

遺伝子発現で調べる

 六反1)は、白血球における遺伝子発現を詳しく調べ、ストレスにより発現量が変化する数千種類の遺伝子を選び出しました。そして、これらの遺伝子を1つの小さな基板上に載せ、遺伝子発現をいっぺんに測定することができる「DNAチップ」を開発しています(図)。この「DNAチップ」により、心理的ストレスと身体的ストレス、急性ストレスと慢性ストレスとの間では、それぞれ遺伝子発現のパターンが異なることを明らかにしました。このように、ストレスの「質」を遺伝子発現のパターンによって、客観的に表現することができるかもしれません。

  • 図 遺伝子発現に基づくストレス評価
    図 遺伝子発現に基づくストレス評価

ウイルスで調べる

 ヘルペスウイルスに感染すると、症状が治っても、遺伝子が人の体内で維持されている潜伏感染という状態になります。そして、疲労やストレスなどをきっかけとして、潜伏していたウイルスが再活性化し、症状が再発することがあります。近藤2)は、この現象を利用し、HHV-6というヘルペスウイルスを指標として、疲労状態を測定する研究を進めています。例えば、ゴールデンウィークの前後(就労中と休養後)で、再活性化して唾液中に放出されたHHV-6の量を調べると、ウイルスが検出された人の数もウイルスの量も休養後に減少していたと報告しています。 ヘルペスウイルスは、多くの人が体内に持っており、疲労のマーカーとして有望と考えられます。

おわりに

 自分はまだまだ大丈夫、と思っている方でも、実は疲労やストレスがたまっているかもしれません。過労死に至った方の半数以上が、自覚症状がなかったとも言われています。疲労やストレスを客観的に評価することで、これらの予防に役立つ可能性があります。また、鉄道に関わる方の労務管理や健康管理に応用できる可能性もあるかもしれません。
 一方で、バイオマーカーについては、個人差があること、どんな種類のストレス・疲労の評価に向いたものなのか,そのメカニズムの解明とともに検証する必要があること、汎用性の高い安価かつ迅速な検出装置を開発する必要があることなど、今後研究すべき課題も多くあると言えます。

参考文献

1)六反一仁、心を映し出すDNAチップの開発-ストレスの理解と制御に向けて-、現代化学、No.442、pp.27-31、2008
2)近藤一博、ヘルペスウイルス感染と疲労、ウイルス、第55巻、pp.9-18、2005

(生物工学 吉江 幸子)

点字ブロックは誰のためのものか?

電力不足の陰で

 昨年3月の東日本大震災の際には首都圏でも計画停電や物資不足など様々な問題が生じたことは記憶に新しいところです。その後、原発の停止にともなう電力不足の対策として駅などの公共の場でも照明が減らされたりしましたが、そのためロービジョンの方々が影響を受けてたいへん困ったということはあまり知られていません。
 ロービジョンというのは視機能が弱いために日常生活や就労などの場で不自由を強いられる状態のことで、弱視という語とほぼ同じです。WHOの定義によれば「矯正眼鏡を装用しても視力が0.05以上0.3未満」となっていますが、その症状は様々で、暗い所で極端に視力が低下するもの、視野の一部が欠損しているものなどいろいろあります。ロービジョンの人(以後、ロービジョン者)は視力があるために、その安全対策は全盲者の場合よりやや遅れがちですが、外出時の歩行事故の経験率は全盲者よりロービジョン者の方が高いという報告もあり、全盲者の場合と同様、ロービジョン者を考慮した安全対策も十分に必要性が高いと考えられます。

点字ブロックの敷設をめぐって

 点字ブロック(正式には視覚障害者誘導用ブロック)が視覚障害者のために敷設されているということはよく知られていますが、ここでいう視覚障害者とは全盲者とロービジョン者の両方を含んでいます。たしかにブロックの敷設場所に対する両者の意見はほぼ一致し、駅ホームや階段など、転落や転倒が生じる場所で必要性が高くなっています。
 しかし、ブロックの敷設方法に関しては全盲者のニーズとロービジョン者のニーズが微妙に異なっていることに注意しなければなりません。全盲者はブロックを足や白杖(つまり触覚)で使用しますが、ロービジョン者の場合はブロックを利用する際にも視力に依存する傾向が強く、そのためブロックの視認性(周囲(背景)との輝度比など)が重要になります。
 また、階段の下端部におけるブロックは、我が国では段から30cm程度の間隔(以下、セットバック)を空けて敷設され(図1)、この敷設方式の妥当性は全盲者を対象にした研究で確認されています。しかし、近年、欧州の一部の国では、セットバックと踏面の寸法が似ていると、ロービジョン者が階段を降りる際にセットバックを階段の最下段と誤認し、実際より低い床面を想定して次の一歩を踏み出すため、転倒などのリスクを生じるとの考えが提起されています(図2)。これはブロックが敷設の仕方によってはかえって危険をもたらすことを意味しています。ただ、この考え方には全盲者の視点が欠けているため、今後、全盲者とロービジョン者の双方の視点からこの問題を検証する必要があると考えています。実態調査や実験などを通して、全盲者とロービジョン者のいずれにとっても使いやすいブロックの敷設方法を検討していく予定です。

  • 図1 我が国で一般的な敷設方式
    図1 我が国で一般的な敷設方式
  • 図2 欧州で指摘されている危険
    図2 欧州で指摘されている危険

(人間工学 大野 央人)

手押し相撲で勝つためには

「手押し相撲」での素朴な疑問

 皆さんは「手押し相撲」をしたことはありますか。手押し相撲とは「二人で向き合って立ち、お互いの手を押し合って相手の姿勢を崩し合う」というゲームです。中学生の頃、私はこの手押し相撲にはまり、休憩時間中に何度も友人と対決した記憶があります。あの頃は、ただ楽しく遊んでいただけでしたが、最近ふと「一体どれくらいの力で相手を押せたら、手押し相撲に勝てるのだろうか」といった素朴な疑問が湧きました。皆さんも、少し興味ありませんか?

実験データから考える

 過去に「ロープのついたベルトを腰に巻き、そのロープを後方(背側)に、姿勢が崩れるまでゆっくりと引っ張る」という実験を行いました。この時の被験者は成人男性72名(平均身長171cm、平均体重69kg)でした。被験者には、「引っ張られる力に対して、直立姿勢を保持するよう、できる限り踏ん張ること」をお願いしました。
 図1は実験で得られたデータを基に、姿勢を崩した力に関する累積分布を描いたものです。この図から、大体3kg重から姿勢を崩す人が現れ始め、5kg重で5割強、8kg重では9割を超える人が姿勢を崩したことがわかります。「○kg重の力」といってもあまりピンと来ないかもしれませんが、例えば「3kg重」といえば赤ん坊の平均体重ですので、赤ん坊を抱っこした時に感じる程度の力を、水平方向にそのまま受けるイメージです。
 従いまして、冒頭の「素朴な疑問」に対しては、「勝つためには、相手に少なくとも3kg重の力を与える必要があり、8kg重の力を与えることが出来れば、かなりの確率で勝てるだろう」と言えそうです。

  • 図1 姿勢を崩した力(後方)
    図1 姿勢を崩した力(後方)

鉄道利用場面では…

 「手押し相撲」の場合は、対戦相手が見えますし、しかもゲームですので、たとえ姿勢を崩しても「負けたー!もう一回!」となりますが、このような力を鉄道利用時に受けた場合は、とてもそんな気持ちにはなれません。快適性が損なわれるばかりでなく、安全性にも影響する可能性があります。
 鉄道で似たような状況としては、ホーム上であれば列車がホームを通過する際に発生する風を受けた時、車内であれば曲線通過時の遠心力やブレーキの減速を受けた時等が思い浮かびます。こういった際に受ける力を図1の実験データに当てはめてみることで、人の姿勢への影響を具体的にイメージすることが可能となります。
 快適性・安全性に関わる環境に対しては、鉄道旅客会社で状況に応じた目安値を設定しており、安全管理を行っています。現行の目安値に関して、上述したような観点から「人の姿勢への影響」を推定することで、目安値に対する理解がより深まるのではないでしょうか。

「手押し相撲」は奥が深い

 「手押し相撲」に勝つ条件として、相手に与える力の大きさを考えました。しかし、もちろん勝敗の要因はそれだけではありません。実際には、力のかかかる時間の長さや力のかかり方(速くかかる/ゆっくりかかる)、更に高度なレベルでは相手の動きの予測能力も勝敗に関わってきます。また、力を受ける人側の特性も重要であり、これらが総合的に影響しあって、最終的な勝敗が決まるわけです。鉄道環境の快適性・安全性に関しても同様で、環境は一定ではなく変動していますし、またその環境下にいる利用者の特性も様々ですので、これらを総合的に理解した上で、快適性・安全性を損なわないためにはどうすべきか、という問題に取り組む必要があります。
 今回は「手押し相撲での素朴な疑問」から「鉄道の快適性・安全性」に話を広げてみました。どちらもたいへん奥が深く、まだまだ研究すべき要素がたくさん残っているようです。

(人間工学 遠藤 広晴)