平成24年度の活動計画(安全心理)

 私たちのグループは、ヒューマンエラー事故の防止を目指して、運転関係従事員の心理的な資質や職務能力、これらに影響するさまざまな条件などを明らかにし、適性検査や作業環境整備、教育・訓練などに役立てるための研究を行っています。

○心理検査を活用した安全指導手法○

 平成22年度に始め、今年度終了予定です。 昨年度は、運転士を対象として、検査の実施、用紙によるフィードバック(図)、検査アンケート、それらを参考にした面談の流れで試行を行いました。
 本年度は、面談の前にグループ懇談を取り入れることで、面談の負担を減らし、さらに運転士本人の自主的な事故防止の意欲、具体的な自主対策につなげられることを目指して、改善を図る予定です。

  • 図 検査フィードバックのイメージ
    図 検査フィードバックのイメージ

○作業性検査の新しい客観判定手法の開発○

 昨年度から取り組んでいるテーマで、本年度終了予定です。昨年度は、適性検査員講習会で使用している直観判定基本例題集を数値データ化し、現行の客観判定手法精度を検証しました。
 本年度は、上述した精度を上回る新しい客観判定手法の開発を行います。その際には、単なる精度向上に留まらず、直観判定手法に合致する判定基準を採用した、新しい判定手法を開発する予定です。

○運転士支援システムの基盤技術の開発○

 昨年度は安全心理、本年度からは人間工学が主務を担当します。昨年度は、運転士と機械の役割分担モデルを検討しました。情報・状況毎に機械の精度と当該路線の運転の理念に基づき事業者が選択できるような12のモデルを定めました。
 本年度は、運転士支援のために提示する情報について、複数の情報が錯綜した際に優先順位をつけるために、情報間の評価をどのように行うかについて検討する予定です。

○安全報告の促進要因の活用手法

 本年度から開始する3年間のテーマです。作業者からの安全報告は、安全性向上の重要な情報源です。本研究では、安全報告が行われた状況を調べ、安全報告を促進する要因を検討します。また、指導場面において安全報告の促進要因を活用する手法を開発する予定です。
 本年度は、現状把握とその分析を行い、安全報告の促進要因の候補を選定します。加えて、安全報告を行う心理傾向を測定する心理検査手法を検討し、今後の研究ツールを開発していきます。

○ヒューマンエラー体感ソフトを使った効果的な安全教育手法

 昨年度、年度途中から始めたテーマで、本年度終了予定です。昨年度は、指差喚呼のエラー防止効果体感研修をパソコン1台とプロジェクタのみで実施できる簡易研修版を作成しました。また、中断による失念などを体験するエラー課題を作成しました。
 本年度は、課題を精査するとともに、作成した課題の検証実験を行い、ソフトウェアを完成する予定です。

○コンサルティング・受託活動○

 パソコン上で課題を行いながら、指差喚呼のヒューマンエラー防止効果を体感的に学習できるソフトウェア(シムエラー指差喚呼版)の販売およびそれを用いた研修のやり方の指導を始めました。ソフトウェアには指差喚呼の5つのヒューマンエラー防止効果に合わせた5つの課題が含まれています。1つの課題を用いた研修は30分程度です。
 また、事故のグループ懇談マニュアルの販売や現場導入の際の支援なども引き続き行います。
 現行の適性検査に関しては、適性検査員講習会の講師、検査冊子や教示CDの販売、検査処理プログラムの販売など、コンサルティングや受託に取り組みます。

(安全心理 井上 貴文)

平成24年度の活動計画(人間工学)

 人間工学グループでは、安全輸送を目的とした運転支援に関する研究、事故時の被害軽減対策や輸送障害時の対応に関する研究、快適な車両を目指した旅客が感じる快・不快の評価、バリアフリー・ユニバーサルデザインの研究等を行います。その他、鉄道事業者や利用者のニーズに応じて多様なテーマに取り組んでまいります。以下、主な研究について概要をご紹介します。

運転支援

(1) 運転台等設計支援用の姿勢テンプレート

 設計担当者が、より安全で快適な運転台や車内設備を設計するための姿勢テンプレートを開発します。姿勢テンプレートとは、運転姿勢など典型的な姿勢を実態に即して表現する図面上の人型のことで、手の到達範囲などの必要な空間情報を確認できるツールです。

(2) 運転支援システム

 運転士の作業を支援するシステムの基盤技術として、運転台の情報表示の在り方を考えます。このため、事故につながる可能性のある情報として運転士の心身、運転操縦などの異常を示す情報について調査します。

事故時・輸送障害時の対応

(3) 列車事故時の乗客挙動シミュレーション

 災害や事故で車両への衝撃があった際の被害軽減を目的として、衝撃に対する乗客・乗務員の身体の動きをコンピュータシミュレーションにより推定し、被害発生のポイントを探り、安全対策を検討します。このため、シミュレーションで用いる鉄道独自の人体数値モデルの開発に取り組みます。

(4) 輸送障害時のサービスリカバリー

 旅客が期待するサービスを事業者が提供できない事態の事業者の対処の仕方、特に旅客への案内方法を検討します。旅客調査に基づき、「事業者の対処策がどのように評価されるのか」を説明できる旅客の評価構造モデルを構築するところから考え、案内方法の提案を目指します。

車内快適性の向上

(5) 振動乗り心地の評価

 車両の振動は乗り心地にとって重要な要因であり、車両、軌道、走行速度等の条件に依存します。乗り心地を良くしていくためには、振動の大きさに加え、振動成分や向き等にも配慮する必要があります。そこでより人の感覚に近い振動評価ができる方法を検討します。

(6) 曲線通過時の乗り心地と乗り物酔いの評価

 曲線が多い日本特有の事情から走行速度を上げると乗り心地が悪くなったり、乗り物酔いを起こしたりする心配があります。そこで振り子車両を対象として、曲線通過時の車体の運動が乗り心地評価や乗り物酔いに及ぼす影響について検討します。

(7) 車内音の評価

 車内音が快適性に与える影響について調べています。車内には走行音、空調音、あるいはがたつき音等の多様な音があり、快適性への影響は音の大きさだけでなく、質的な違いにも関係すると考えています。そこで車内音環境設計のために、人の感じ方に基づいた車内の音評価指標の提案を目指します。

(8) 車内温熱環境の評価

 通勤列車における快適な空間づくりの方向性を探るため、車内温熱環境の快適性指標の提案を目指します。このため主に夏期や端境期を対象として車内温熱環境の実態を調査します。また、人の温熱感覚に影響する要因についても調査します。

バリアフリー・ユニバーサルデザイン

(9) 視覚障害者誘導用ブロックの配置法

 これからの鉄道には、ますますバリアフリーやユニバーサルデザインの観点からの配慮が求められるようになると考えられます。その1つとして視覚障害者誘導用ブロックの配置について研究しています。今回、全盲者と弱視者が階段を歩行する際の歩行方略を明らかにし,両者に使いやすいブロック配置方法について検討します。

人間工学分野のニーズの対応

 人間工学グループでは、人間工学関係のニーズに応じて随時試験、調査を実施しています。例えば、鉄道信号の視認性評価試験、駅環境調査等を実施してきています。昨年度は運転士のシミュレータ訓練用システムを開発しましたが、こうした成果を活用して頂けるようにアピールしていきます。

(人間工学 小美濃幸司)

平成24年度の活動計画(安全性解析)

 安全性解析グループでは、現状の作業や職場管理の改善点を的確に把握するための手法、把握した結果をマネジメントに繋げるための支援手法の開発研究に取り組んでいます。平成24年度は下記に示す【リスク管理研究】と【安全管理支援】に取り組みます。

【リスク管理研究】

(1) 踏切の安全性評価手法

 従来から設備・道路状況から踏切の安全性を評価する手法を提案してきましたが、昨年度から積雪・寒冷地といった特異的な条件を反映した手法の開発に取り組んでいます。積雪寒冷地では、自動車等の車両による踏切障害事故や踏切支障の件数が冬期に増加します。これには、積雪等の気象条件が何らかの影響を与えていると考えられます。そこで本研究では、踏切の設備情報に加え、積雪等の気象条件や踏切を通過する地域の方のヒヤリハット情報等を分析し、積雪・寒冷地における踏切の安全性を評価する手法の開発を行っています。

(2) 事故の聞き取り調査手法の開発

 従来から「鉄道総研式ヒューマンファクタ分析手法」を開発し、指導を行ってきました。しかし、関係者の“聞き取り”については、標準的な手法がないため、実施する人によってばらつきが大きく、手戻りが発生したり、関係者への心理的負担をかけてしまったり、などの課題がありました。そこで、昨年度からは、分析を効率よく行うために、関係者に対する聞き取り調査のあり方(実施者の姿勢・態度、技術上の留意点を含む)を検討しています。また、開発した手法を身につけるための教育手法の開発も目指します。

(3) リスクの社会的認知のモデル化

 システムのリスクマネジメントには受け入れ社会の実態をふまえることも必要と考え、社会一般のリスク認知(価値観、ニーズ、前提、概念および関心事)の実態把握のための調査分析を行っています。もし、リスクが過大評価される事故原因や社会特性があれば、これを考慮した意思決定ができるようリスク管理の支援を目指します。

【安全管理支援】(図参照)

(1) ヒューマンファクタ事故分析

 「鉄道総研式ヒューマンファクタ分析手法」について、事例演習なども交えた研修の講師派遣を行っています。鉄道総研が主催の鉄道技術講座の他、各社の個別の要望に対応しています。研修受講者は、事故担当者、指導者、職場管理者、若手リーダーなど様々な担当や階層レベルに対応しています。

(2) エラーのリスク評価・リスク管理

 より有効な対策を検討するための支援手法として、「ヒューマンエラーのリスク管理支援手法」を開発してきました。この手法は、ヒューマンエラーの「発生し易さ」と「最大の事故」との組み合わせで評価するリスク値に誘発要因の「影響度」を加味することで、対策の優先順位付けを行う手法です。これを地域や職場ごとに行うことにより、状況に見合った効果的な防止策が定量的な評価で特定することができます。また、リスクアセスメントやリスク管理の導入時のポイント等について、研修や講演への講師派遣も行っています。

(3) 職場の安全風土評価

 組織や職場の仕組みや状況に対するメンバーの認識の程度(安全風土)は個人のやる気に大きく影響します。そこで、安全風土調査の実施支援、調査データの分析を行っています。また、安全風土の醸成の重要性や過去の調査研究から得られた改善のポイント等についての研修や講演への講師派遣も行っています。

  • 図 安全管理支援
    図 安全管理支援

(安全性解析 宮地由芽子)

平成24年度の活動計画(生物工学)

 生物工学グループは、お客様や鉄道で働く皆様を取り巻く環境中の様々な因子が、快・不快という感じ方や健康に与える影響を、生物学的な手法で研究しています。また、本年度からは野生動物と車両の衝撃事故に関する課題にも取り組むことになりました。以下、現在の主な研究の概要と今年度の計画を紹介します。

◎電磁界の安全性評価

 近年、発がんとの関係など電磁界の健康影響が注目されるようになってきました。また、国際非電離放射線防護委員会による曝露制限のためのガイドラインの策定など、電磁界の健康影響防止のための国際的な取り組みも行われています。このため、私たちは電気鉄道に関連する電磁界の健康影響の有無について調べています。これまで、在来線車両に搭載されているモーターやインバーターが発生する中間周波数帯磁界(200Hz~10MHz)を対象に実験を行ってきており、今年度もこれを進める予定です。
 私たちの体は細胞と呼ばれる小さな単位からできています。細胞が増殖し、それぞれが機能分化して特定の役割を果たすとともに、全体として統合されていることで「健康」が保たれています。このため、細胞の増殖や、機能分化が正常でなくなると「健康」が損なわれると考えられます。そこで、実験用の培養細胞に中間周波帯磁界を曝露し、それによって増殖や分化に異常が生じるかを調べています。これまでの実験では、車両内で実測される値よりも強い磁界を曝露しても、増殖や機能分化に対する影響は認められていません。今年度は、磁界の強度などを変えた実験をさらに行い、中間周波帯磁界の健康影響について一定の結論をまとめたいと考えています。

◎駅や車両の「におい」の研究

 人間が快適と感じるか、不快と感じるかは様々な因子が関与しています。その一つとして駅や車両の「におい」を対象とした研究を進めています。
 においを感じたときに、どのようにしてそのにおいを他人に伝えようとするでしょうか。おそらく、よく知っている物に例えて「○○のようなにおい」ということが多いと思います。しかし、上手く表現できずに伝わりにくい場合もあります。苦情の場合には、相手に理解してもらえなければさらに不満が募るかも知れません。そうしたにおいの表現手段として、私たちは、においを31の言葉(評価語)に対する当てはまり度で示す「においチェックシート」を考案しました。しかし、これらの評価語とにおい物質の対応については未検討でした。今年度はにおいチェックシートの回答結果と空気中のにおい物質の分析結果を精査することで、両者の関係を調べていきます。
 また、トイレは駅の中では最もにおいが気になる場所といえます。昨年度は、その臭気の主成分がアンモニアであることを確認するとともに、発生場所や原因を調べてきました。しかし、実際のトイレでは、アンモニア以外のにおいも感じます。このため、トイレ内空気の化学分析をさらに進め、アンモニア以外のにおい物質を明らかにしたいと考えています。 以上の取り組みにより、においの原因となっている物質を明らかにするとともに、効果的な臭気対策の提案ができるようにしたいと考えています。

◎車両と動物の衝撃事故実態の把握

 動物、特にシカと鉄道車両が接触する衝撃事故が近年増えています。数年前から、鉄道総研にもシカ事故対策に関する相談が来るようになり、勉強を続けてきましたが、今年度からは研究テーマとして取り組むことになりました。
 今年度は、鉄道車両とシカの衝撃事故の実態把握から着手する計画です。事故の発生地点や時間などの情報を正確に蓄積していることが鉄道の特徴なので、こうした情報を提供していただき、事故が発生しやすい時間、地形、その他の条件を調べることが必要であると考えています。また、既に事業者が試行している様々な対策による事故件数の変動を統計的手法で解析し、各対策が有効であるかどうかを検証したいと思います。
 なお、この研究テーマは生物工学の担当ではありますが、人間科学研究部の様々なメンバーが参加し、統計解析、衝撃シミュレーション、生物実験など多様な手法を活用して進めていく計画になっています。

(生物工学 早川 敏雄)

お父さんのストレス講座-部下育成にコーチングを活かす-

理解できないのは太古の昔から

 「いまどきの若者は何を考えているのか分からない」というフレーズが、良い意味で使われるケースは決して多くはないでしょう。しかし、4000年前の古代エジプトの壁画にも、『いまどきの若者は…』という記述があったというエピソードは有名な笑い話です。太古の昔から、不変的に「いまどきの若者」を理解できないということは、時代の変遷に応じて、最適な価値観はそれぞれ異なるのだということの表れではないでしょうか。
 さらに、我が国では、少子高齢化によって、高学歴化、女性の社会進出など、急速に労働力の多様化が進んでおり、鉄道産業においてもそれは例外ではありません。大きく変容する社会のなかにあっては、価値観も多様化し、お互いを理解し合えないのは、もはや当然のことと言えるかもしれません。

人を育てる技術

「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ。話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず。」
 これは、太平洋戦争の連合艦隊司令長官・山本五十六の言葉です。山本五十六は、真珠湾攻撃、ミッドウェー海戦などにおいて多くの華々しい戦果をあげた軍人であったと同時に、部下の教育においても有能な師であったようです。山本五十六のこの言葉は、現代の「コーチング」の思想に相通ずるものがあります。
 コーチの語源は、「(目的地にものを運ぶ)馬車」に由来します。転じてコーチングとは、「相手を目標まで責任を持って送り届ける技術」を意味するようになりました。現在、コーチングの技術は、ビジネスにおいて重要な役割を担っています。

コーチングとは

 コーチングについては、現在様々な書籍が出版されていますが、共通する概念は、表のようにまとめられます。
 目標をきっちり設定したものでなくとも、部下の育成において、コーチングの考え方を一部取り入れてみることは有効な手段です。本人の自発的気づきが引き出されるよう、コーチングがうまく機能した例を以下にご紹介します。

  • 表 コーチングの基礎概念
    表 コーチングの基礎概念

気づきを促すということ

(1)強面の上司の場合

 某ゼネコンで実際にあったという話。その日は、重要な会議が設定されており、A部長以下プロジェクトに関わる主軸メンバーが会議室に集まっていました。ところが、資料を配布するはずの若手のBさんが時間を過ぎても現れません。会社には連絡もなく、心配して電話をかけてみても繋がりません。かなりの時間が経過してから、血相を変えてBさんが駆け込んできました。どうやら、寝坊をしてしまった様子です。会議室は緊迫した空気が張り詰め、皆、普段から厳しいことで知られるA部長の様子を恐る恐るうかがっていました。するとA部長は大声で、「おう。生きていたか!」とだけ怒鳴ったそうです。
 その場の空気は一気に和らぎ、Bさんは恐縮しつつも会議に溶け込み、遅れを取り戻すように、懸命に働いていたそうです。この出来事からBさんは、「どんな理由であれ、気づいた時点でまず一報」を学んだと言います。

(2)物腰やわらかな上司の場合

 筆者が作成した起案書に、多くの承認印が押され、ようやく手元に戻ってきたときのことです。とある管理職者の印の横に、何やら薄く鉛筆書きがしてあります。よくよく見ると、印は60度ほど曲がっており、そこに小さく「ゴメン!」という言葉が添えられていたのです。
 実は、筆者はそれまで、押印の角度をそれほど気にしたことがありませんでした。しかし、これまでの決裁済みの起案書の束をひっくり返してみると、確かにどの承認印もほぼ真っすぐに押されています。お恥ずかしい話ですが、筆者はその時初めて、「印鑑は曲がらないよう、充分留意して押す」のだという至極もっともなことに気づいたのです。
 この話は、筆者が入社1年目の年に体験した本当の出来事です。それから10年が経過した今も、印鑑を押すたびにこの時のことを思い出し、改めて背筋が伸びる思いがします。この管理職者は、「ゴメン!」というひとことで、印鑑の押し方を、ひいては起案書作成時の基本的な姿勢を、新入社員に気づかせてくれたというわけです。

(人間工学 鈴木 綾子)