冬の踏切-スリップ-

はじめに

 雪道の運転は非常に危ないものです。私も自動車を運転するのですが、何度か雪道を走らなければならないことがありました。毎回、低速で気をつけて運転していますが、それでもタイヤが滑って冷や汗をかいた経験があります。普通の道路ですら雪道は危なくなるのですから、踏切はどうなるのでしょうか?
 そこで、私達は、冬期(11月中旬~3月末)に踏切で遭遇したヒヤリハットについて、積雪地域の居住者の方にアンケート調査を実施しました。今回は、その結果から、どのような原因でヒヤリハットが起きているのかを整理し、今後の課題について考えていきたいと思います。

最も多いヒヤリハットは?

 図1はヒヤリハット種別ごとの割合を示しています。スリップ(車のタイヤが滑ってしまう状況)がヒヤリハット全体の8割と多数を占めます。
 では、どのような原因でスリップが起きているのでしょうか。アンケート結果から、代表的な例を紹介します。

1)アイスバーン

 スリップの原因として最も多いのが、アイスバーンによってスリップするケースです。特に、ブラックアイスバーンと呼ばれる一見普通の道路のように黒く見えるアイスバーンで、多くのスリップが起きているようです。ブラックアイスバーンは、アイスバーンが車のタイヤで磨かれて出来るもので、自動車交通量の多い場所に発生します。また、アイスバーンを伴った踏切が上り坂や下り坂になっている場合もスリップが起きているようです。

2)踏切内の段差

 踏切内の段差は、大雪などで自然に発生したものから、車の轍(わだち)のように自動車の交通量によるものもあります。また、道路側の除雪と鉄道側の除雪のタイミングや除雪方法が異なることによっても段差が生じているようです。このような段差もスリップの原因となっています。

3)その他の滑りやすい箇所

 踏切路面で材質が鉄やゴムのものも、スリップを起こし易いようです。例えば、レールや線路わきの鉄板(例:落輪したときに道路に戻れるように設置した復輪装置など)でもスリップが起きているようです。また、一部の踏切では路面をゴム板で覆っているものがあります。ゴムの弾力により、アイスバーン状の積雪を割り、スリップを予防する効果もあるのですが、気象条件次第では凍結してスリップの原因になる場合もあるようです。
  • 図1 ヒヤリハット種別の割合
    図1 ヒヤリハット種別の割合

今後の課題

 上述の事例から自動車交通量と気象条件によってブラックアイスバーンや車の轍が生じ、スリップが生じ易くなります。ブラックアイスバーンと踏切道の勾配の条件組み合わされるとさらにスリップが起き易くなります。
 冬の踏切事故防止を考えるためには、気象条件、踏切設備情報、交通量情報を独立に検討しても不十分です。現在、私達は気象条件、踏切設備情報、交通量などの組み合わせ条件を考慮して、踏切事故対策に繋げられるよう研究に取り組んでいます。

(安全性解析 畠山 直)

鉄道における磁界規制の導入

 今年に入って、わが国初となる人体防護のための磁界規制が経済産業省により導入されました。さらに、国土交通省により鉄道の電気設備についても同様の規制が導入されました。本稿では、この規制の概要と、根拠となるガイドラインの内容・対象について解説したいと思います。

磁界規制の概要

 今回の規制は、鉄道の電気機器、電線路及び変電所等の地上電気設備から発生する磁界を対象としています。係る規制として、国土交通省令第五十一条の二(電気設備からの電磁誘導作用による公衆の健康影響の防止)が新しく追加されました。この省令は「50/60Hz の商用周波数において電磁誘導作用による健康への悪影響を防止するよう施設すること」と記され、その解釈基準には、発生する磁界は公衆の立ち入りエリアで200μT以下との具体的な基準が示されています。

規制の根拠はなに?

 この基準値の根拠は、国際保健機関(WHO)の関連機関の一つである国際非電離放射線防護委員会 (ICNIRP)が策定したガイドラインです。
 これまで、磁界の健康影響として、大まかに分けて2 つの影響(短期影響:神経刺激等、長期影響:発がん性等)が調べられ、WHO がその健康リスクを評価しています。その結果、「短期影響」については、磁界への曝露の結果生じる電磁誘導による神経刺激に関して、十分な科学的根拠があり、各国の当局に対し防止のための施策の実施を勧告する一方、「長期影響」(発がん等)については、それを示す科学的根拠は大変弱いと評価しました。
 これを踏まえて、ICNIRP は、「短期曝露」による健康影響を防止するため、1Hz ~ 100kHz までの磁界に関するガイドラインを2010 年に改訂し、それが日本の規制の根拠となりました。

磁界の短期影響(短期曝露による健康影響)とは?

 時間的に変動する強い磁界に人が曝露すると、曝露した瞬間に体内に電流が誘導され、一過性に神経系が刺激されることがわかっています。この神経刺激の作用は具体的な知覚現象として報告されており、その一つは、「磁気閃光」です。これは、周波数20Hz前後で、およそ10mT以上の変動磁界の中に頭を入れると、網膜が刺激され、目の周辺部にチカチカと光が感じられる現象です。また、「末梢神経への刺激」も同様に磁界の曝露によって起こり、ビリビリした感覚や、強い場合には痛みを感じたり、筋肉が収縮したりします。ガイドラインではこの2つの影響を対象として、日常生活でこれらの影響が生じないよう十分な安全率を持たせた上で、公衆に対して商用周波数の磁界では200μTとの値を導き出しています。
  • 図1 磁界の健康影響と今回の規制対象
    図1 磁界の健康影響と今回の規制対象

鉄道の磁界はどうなっているの?

 実際の鉄道は、車両もシステムも多種多様な状況ですが、例えば大都市近郊などの直流き電区間では、その主成分は静磁界(0Hz)であり、人の立つホーム端から1m程度では400μT以下、車両内では、最大1,500μT程度が測定されたとのことです。なお、0HzでのICNIRPのガイドラインは現在400,000μTです。また、変動磁界の測定に関しては、60Hzで最大10μT程度であり、ICNIRPガイドライン、そして今回の規制値である200μTと比較して、十分に低いレベルであるとされています1)
 今回導入された磁界の規制は、地上電気設備における商用周波数の磁界のみが対象ですが、様々な設備・機器の集合体である鉄道では、磁界の発生源も多岐にわたり、周波数や空間分布、時間変化も様々です。このため、今後は鉄道の他の設備、車両に対しても規制の議論が進められていくと思われます。この議論を進める上では、鉄道の様々な状況で発生している磁界の実態把握を進めることも重要であるため、鉄道総研でも取り組みを進めています。

参考文献

1)水間毅,他2 名:鉄道からの磁界測定法に関する研究,電気学会電磁環境研究会資料 EMC-06:12-27,pp.1-4, 2006

(生物工学 池畑 政輝)

運転士支援システムにおけるヒューマンマシンインタフェース(1)

運転士支援システム

 鉄道総研では、車両上や沿線等に設置した各種センサ等の情報に基づいて、車両自体が危険状態を検知し、車両を制御することや、運転士等に適切に情報を提供することで、事故の未然防止を図ることを目的とした「知能列車」の開発を進めています。
 この知能列車は、在来線における有人での運転を想定しています。車両の異常や線路内の障害物、沿線の状況、及び走行位置や線路空間等に関する情報に基づき、運転士が現在の状況を把握するのに役立つ情報や、すべき操作等を提示することにより、運転士を支援する機能をもちます。運転士を支援することを目的としたこのシステムを、以下、運転士支援システムと呼びます。
 運転士を適切に支援するためには、得られた情報を、ただ闇雲に運転士に提供すれば良いというわけではありません。本稿では、運転士支援システムのヒューマンマシンインタフェースについて検討する際に、考慮しなければならないと考えている点をいくつか紹介します。

提供する情報の量やその内容

 まず、車両その他の各種センサ等から得られた情報を、そのまま運転士に提示しても、情報量がある程度以上になると、運転士が処理しきれない可能性があります。例えば、台車のある特定箇所で発生した現象が、軽微なもので比較的シンプルであれば、台車監視システムからの当該情報が、運転士にとって、その状況把握やその対応を図る上で役立つことがあるでしょう。しかし、台車に複数の異常が発生し、監視システムからより多くの情報が挙げられるような状況で、同時に、他の(監視)箇所でも異常が発生し、情報が送られてくるような状況もないとはいえません。このような状況では「今なすべきこと」がいくつもあり、場合によっては、相矛盾することがあるかもしれません。また、知能列車が情報を提示するだけでなく、ブレーキ操作等、運転操作の一部代行をする場合には、運転士に制御介入がなされた際にそのことを知らせる必要もあるでしょう。更に、万が一、システム自体に故障が発生してしまった場合には、運転士にそのことをはっきりと伝えなければなりません。
 これら多種多様な情報が一度に提示されると、正しい状況把握・判断ができないばかりか、却ってパニックに陥ってしまうことも考えられます。そうならないようにするには、知能列車の「知能」に相当する部分が、各種の情報を整理した上で、運転士に提示する必要があります。一方、運転士の側からみて、どの程度の量や内容の情報であれば、また、どのような提示方法であれば、過度の負担とならず、かつ、役立てることができるかについて検討しておく必要があります。

情報提示の方法

 夜間や天候条件のため、運転士にとって前方が見えにくい状況で、あるいは、カーブの先で運転士から見えない箇所において「障害物らしきもの」が前方監視システムにより検知されたとします。その情報は、どのように運転士に提示すればよいでしょうか。運転台モニタへの「前方障害物注意」という表示や音声案内、また、モニタにその画像をダイレクトに表示する等、いくつかの方法が考えられます。例えば、モニタに画像を表示すると、それを注視し過ぎることで、本来行うべき前方監視や、機器への注意が疎かになってしまうかもしれません。テキストや画像等の視覚情報や、警報音や音声案内などの聴覚情報による提示など、情報の与え方について検討する必要があります。

ユーザー参加によるインタフェースデザインの検討

 運転士支援システムのヒューマンマシンインタフェースを検討する際には、上記以外にも、運転士のシステムへの過度の依存や不信に関する問題、時々刻々と状況がかわる場合の情報提示の方法をどのようにするかなど、考慮すべきことは数多くあります。そして、デザインを決めるには、ユーザーである列車運転士をはじめとした関係者の方々の意見を反映させることが欠かせません。今後、各種の調査や実験を行うことで、運転士にとって使いやすいヒューマンマシンインタフェースについて検討していきたいと考えています。

(人間工学 水上 直樹)

においを分析する

 においの問題は、古くからある環境問題の一つです。鉄道においても、駅や車両のトイレ、車内のにおいが問題になることがあります。これらにおいの元となる物質を減らすため、それが何であるかを知ることが重要ですが、人間の嗅覚の方が、分析機器の感度に勝っているため、その正体を調べることは容易ではありません。ここではにおいを分析する方法について紹介します。

におい採取の方法

 まず、現場からにおいを集めなければなりませんが、その方法としては、においをもつ空気を集める方法と、においを持つ空気から、におい成分を直接取り出す方法があります。前者の代表的なものとしては、集気瓶を用いる方法があります。瓶の中に空気を取り、研究室に持ち帰って分析するのですが、瓶が重く、かさばるため(基本的に1Lの容量のものを使います)、一度にたくさんのサンプルを扱うことは難しいのが難点です。
 後者の代表的なものとしては、SPME(固相マイクロ抽出)法があります。この方法では、吸着剤に空気中の成分だけをSPMEファイバーというものに吸着させた後、何の処理もせずそのまま分析機器に注入できるので、作業の手間が大いに省けます。定量ができないのが難点ですが、小型、軽量のため、駅や車両内でのにおい採取にはSPME法を主に用いています。

においの測り方

 においを測る方法もいろいろあります。においセンサーという器械を使って、現場でにおいを測っている様子をテレビなどでよく見かけます。誰でも簡単に測定ができますが、必ずしもにおい物質を測っているとは限らないので注意が必要です。また、検知管という手軽で現場ですぐに濃度が計測可能な器具もあります。但し、特定の物質にしか反応しない粉末薬剤を使っているため、未知のにおい物質を測ることはできません(具体的な物質名を挙げ、○○用、△△用といった名前で市販されています)。そうした未知物質の種類と量を知るためには、ガスクロマトグラフ―質量分析装置(GCMS)が広く用いられています。この装置は、試料中に含まれる多種多様な物質を分別し、その化学構造を推定することができます。しかし、残念なことにどの物質がどのようなにおいをもっているのかという、肝心な情報は手に入りません。

最後は人の鼻がたより

 そこで、GCMSに、人がにおいを嗅ぐための装置を取り付けた、GCMS-Oが開発されています(図1)。この装置を使うことで、個々の物質のにおいについても知ることができるようになりました。我々も、この装置を使って、様々な場所の空気のにおい分析を行っています。但し、分析時間が長くなると、においを嗅ぐ人間(分析者)が苦労することになります。
  • 図1 GCMS-Oによる分析の様子
    図1 GCMS-Oによる分析の様子

におい対策に役立てる

 この装置を使って、ある駅のトイレで採取した空気を調べたところ、複数のにおい物質を検出しました。いずれも、トイレの悪臭の原因と考えられているアンモニアとは別の物質でした。これらの物質(アンモニアも含めてですが)の発生源を絶つことができれば、駅トイレのにおいが改善できると考えて、これらの物質の発生メカニズムを調べています。
 高価な分析装置でも、においに対しては全くの無力です。におい研究のために様々な機器が開発されていますが、最後はやはり人の鼻に頼らなければならないのが現状で、この点がにおい研究の難しいところです。

(生物工学 京谷 隆)

ダイヤ乱れ時の案内を改善するコツ

はじめに

 事故や災害などで,列車の運行が大きく乱れた際,利用者は鉄道事業者に情報の提供を強く求めます。近年、社会の情報化や、鉄道産業における顧客志向の浸透により、その傾向はますます強まっています。一方、情報を提供する駅係員や車掌など、利用者の最前に立って案内する(フロント)社員にとって、ダイヤ乱れ時は極めて案内が難しい状況と言えます。
 鉄道総研では、利用者からの不満が特に高い、ダイヤ乱れ時の案内について継続的に検討しており、現在は、情報が特に困窮している時の案内のあり方に着目して研究しています。今回は、利用者の情報を求める心理と、現在、鉄道総研で検討している案内の改善策の方向性について簡単にご紹介します。

情報を求める心理の強さ

 ダイヤ乱れに遭遇した利用者は、予定や計画通りに行動できなくなることに不安や恐れを抱きます。そのため、できるだけ多くの情報を集め、自分のとるべき行動を選択し、予定や計画からの乖離を最小限にしたいと考えます。そのため、迅速に情報を提供することは、利用者の不安を和らげ、行動の選択をしやすくするのに役立ちます。
 不安な状態から解放されたい、主体的に選択したい、という2つの心理は、人間の基本的な欲求として食欲、睡眠、排泄などの生理的な欲求に次ぐ、極めて強い欲求だと言われています。したがって、これらの欲求が満たされない状況では、人は非常に大きなフラストレーションを感じ、それが怒りや不満を生じさせるのです。これらのネガティブな感情を放置しておくと、時に,それが駅係員や車掌に向けられることもあります。また,鉄道事業者に対する評価や信頼を大きく損ねる原因にもなります。したがって,たとえ少ない情報であっても、上手に提供することで,利用者の選択の自由を増やし,ネガティブな感情をできる限り生じさせないようにすることが重要です。そして、利用者の不安を鎮めることが有効です。

3つの支援力による不安への対処

 それでは,具体的にどのような情報を提供すれば人々の不安は軽減するのでしょうか.特に,
  • ①情報認識(何が起こっているのか)支援
  • ②予測(どうなるのか)支援
  • ③行動(どうすればよいのか)支援
の3つが重要だと言われています。
 情報認識支援に関わる情報には、事故や支障の原因、復旧作業の状況などがあります。予測支援に関わる情報には、運転再開見込み時刻や利用者が待っている駅に列車が到着する予定時刻などがあります。行動支援に関する情報には、振替輸送や迂回経路の案内などがあります。
 したがって、利用者に案内する際は、常にこれら3つの支援に有効な情報を提供するよう心がけることが重要です。例えば、予測支援に関わる情報が不足しており、情報がなかなか更新されない場合には、ずっと同じ情報を繰り返すだけでなく、他の2つの支援に関わる情報を手厚くして案内するなど、状況に応じて、3つの支援に強弱をつけて案内することが、より利用者の立場に立った案内に繋がり、利用者に誠意が伝わることが期待できます。
 このように3つの支援を意識した案内を利用者にするには、フロントの社員の努力だけでは実現しません。情報の発信者である支障現場の社員、フロント社員に情報を発信する指令の社員も一丸となって、同じ目標の下、情報を集め、集約し、流す努力が求められます。

おわりに

 今は、鉄道事業者は運行の復旧にさえ専念すれば、その過程は問われないという時代ではありません。ダイヤが平復するまでの過程も利用者に厳しく問われます。その過程の評価において、案内は極めて重要な評価要素になることがこれまでの研究から明らかになっています。案内や情報というと、情報機器の設置や増設など、ハードの改善がすぐに頭に浮かぶかもしれません。しかし、それだけでは案内の改善は達成できません。社員一人一人の意識の改善と、部署、職種を越え、チームとして案内を改善する意識を育てるというソフト部分の改善が不可欠です。
 我々は、現在、上記で述べた3つの支援力に基づく案内の有効性について、実際の鉄道利用者の方を対象に検証実験を行っています。その結果については、別稿でお知らせしたいと思います。

(人間工学 山内 香奈)