事故分析スキルの養成

はじめに

 私たちは、現状の作業や職場管理の改善点を的確に把握するための手法として「鉄道総研式ヒューマンファクタ分析法」を開発し、2007年にハンドブックを作成、今までに約200回の技術指導を経験しています。ここでは、事故分析法というスキルを身につけるための指導のポイントについて解説します。

事例をつかった演習

 一般に、技術(スキル)の獲得には、体験・反復学習が必要です。これは、ヒューマンファクタ分析法においても同じです。つまり、事例を使った演習体験を繰り返すことが必要です。
 私どもが指導対象としているのは、事故担当者、現場指導者、経営者や職場管理者、若手リーダー等、多様ですが、いずれの方々も、実は、そもそも1回の研修の受講で分析法を深く理解できるわけではありません。しかし、職場で実際に試してみたり、分析法の指導を継続して受講してみたりしようと動機づけるには、「難しくてわからない」「できない」と否定的に考えるよりも、「できるかもしれない」「やってみよう」と肯定的な感覚を得てもらうことが必要です。そのためには、事例演習を行い、少しでもスキルを身につけることができた実感を与えることが、初期段階の指導のポイントと考えています。
 そこで、私たちは、講義と事例を使用した演習をセットにした6時間程度(表1)を標準としてお勧めしています。


  • 表1 標準の研修カリキュラム

 ただし、実際に演習を行うには、事例となる事故情報が必要です。私たちは、教材用として架空の事故事例を作成していますが、研修後に実際に分析を行うことを考えれば、各会社、各研修者の職種に合わせた、実際に発生した事例を用いて研修を行う方が実践的な分析能力を得やすいと思います。また、実際の事故分析においては、分析作業のみではなく、その前段階での情報収集が必要です。研修者の職種に合わせた、実際に発生した事例を用いることで、具体的にどのような情報が必要なのか(つまり、事故が発生した際に収集すべき情報)を体感することができます。

指導体制の構築

 私たちは、さらに、図1に示すような階層的な指導体制を構築するよう各社に勧めています。



  • 図1 階層的な指導体制

 これは、標準カリキュラム(表1)の受講後に、事例演習を数回実施することで、分析者としてのスキルを向上させ、その後、分析の指導者として育成していくという仕組みです。これにより、個人のスキル養成というだけではなく、事例演習と指導者育成の段階で作成した資料を、以降の研修の見本教材として利用することで、今後の研修を充実させることが可能となります。
 また、ヒューマンファクタ分析が実務で実行可能となるには、分析法を獲得した特定の専門家が組織に存在するだけではなく、分析に必要な情報収集(調査)に協力する現場の社員、また、分析作業やその結果を支援する経営者の姿勢なども重要です。つまり、組織全体が分析の目的を認識し、調査や分析に協力する姿勢が必要であり、そのための体制作りが必要です。

おわりに

 実際には、各社の要望をふまえた研修カリキュラム等を提案し対応しておりますが、今後もより効果のある効率的な指導方法の実施のために、私たち自身も研鑽し続けていく所存です。

文献

宮地・中村:事故分析スキルの養成における現状と課題, JREA, Vol.56, No.3, pp.7-10, 2013

(安全性解析 宮地由芽子)

踏切の安全性評価から対策へ

はじめに

 踏切障害事故件数は、この20年間でほぼ半数に減少していますが、鉄道運転事故全体の約40%を占めることから、事業者にとって、依然として重要な課題であると考えられます。一方、ここ数年間では、事故件数の減少傾向が弱まり、定常的な減少傾向は見られなくなっています。これは、これまでの踏切対策により一定の効果がでていることを示す一方で、今後はこれまで以上に実態に合った効率的な対策が求められるようになってきていることを示しています。
 鉄道総研では、従来から、踏切の設置条件や周辺の状況から踏切事故件数を推定したり、事故の発生に対する条件や状況のそれぞれの影響度を算出する方法(踏切安全性評価手法)を開発してきました。この手法では、踏切事故が起きたときの運休本数などの輸送影響を推定することも出来ます。
 ここでは、当手法を用いて得られた結果を如何に効率的な対策に繋げるか?について紹介します。

対策効果の推定

 踏切の安全性評価を使うと、踏切の種類や設置条件を変えたときに踏切の事故件数がどの程度になるかを推定することができます。例えば図1では、警報装置のみの踏切を仮定し、その踏切にしゃ断機とオーバーハング型警報装置を設置した場合、10年間に起きる事故件数の推定値が22件から13件に、ほぼ半減することが分かります。また、周辺環境が変化し、自動車交通量が増加した場合、踏切事故件数にどの程度影響するかなども推定することができます。
 また、しゃ断機やオーバーハング型の警報装置の設置費用が分かれば、その費用に対する事故件数や輸送影響の低減効果(費用対効果)等を算出することができます。有限の対策費用の下、どの対策を実施することが、事故件数や輸送影響の効率的な低減につながるかについて、数値に基づいて検討することが可能になります。
 安全マネジメントでは、対策をPDCAのサイクルで回すことが重要です。踏切対策においても、図2にあるように「対策の選択(P)→ 対策の実施(D) → 安全性評価(C)→ 対策の選択(A)」のサイクルを回してこそ、意義が出てくるものであり、実態にあった効率的な対策に繋がると考えられます。

おわりに

 今後さらに精度を向上させ、使い易いものにすべく検討していまいります。ご要望に応じて支援させていただければ幸いです。


  • 図1 対策実施時の事故件数の推定例

  • 図2 踏切における安全性評価のPDCA

(安全性解析 畠山 直)

自然な運転姿勢の型紙

 運転台の設計過程で、操作機器の配置範囲や運転士用座席の前後の調節範囲などを決めるときに、図面にぱっと重ねて使える運転士の型紙(テンプレート)があったら便利です。


 設計の現場では、いくつかの型紙が使われていますが、上記のような利用を考えると下記の点が妥当である必要があります。

①座席の位置

 運転台と座席との距離が変われば、手が届く限界位置などが変わります。つまり、座席の位置が妥当である必要があります。

②着座姿勢

 同じ座席位置であっても、寄りかかった姿勢なのか前かがみの姿勢なのかによって、眼や肩の位置が変わります。つまり、姿勢が妥当である必要があります。

③自然な姿勢における寸法

 一般的な人体寸法は、両手をまっすぐに下ろした立位や背筋を伸ばした座位など、指定されたきちんとした姿勢で計測されています。例えば、座高は背筋を伸ばして計測しますが、自然な姿勢では背筋が丸まるために座高に相当する寸法は低くなります。眼や肩の高さも低くなるので、自然な姿勢における妥当な寸法を得る必要があります。

 上記の①~③を明らかにするために、幅広い身長の鉄道関係者23人を対象に、前方監視をしながら模擬マスコンを操作する姿勢をとってもらい、模擬運転作業中の自然な姿勢を計測しました。比較のために、背筋を伸ばした姿勢も計測しました。このとき、各自が最も模擬マスコンを操作しやすい位置に座席の前後位置を合わせました。
 ①では、身長が低い人ほど運転台の近くに、身長が高い人ほど遠くに座る関係が見られました。例えば、標準的な男性に相当する身長1700mmの場合は、運転台前端から腰までの距離が350mm程度の位置に座っていました。②では、背もたれに寄りかからない姿勢と背もたれに寄りかかる姿勢が観察されました。図1(b)と(c)は、それぞれの姿勢の関節角度の平均値を算出して(株)アイヴィス製のコンピュータマネキンで再現したものです。③では、図1(b)と(c)の眼や肩の高さが、図1(a)の背筋を伸ばした姿勢と比較して5%程度低くなることがわかりました。
 ①~③がわかると、図2のような運転姿勢の型紙を作ることができます。図2は寄りかからない姿勢の例です。灰色線は大柄な男性、実線は標準体型の男性、網かけは標準体形の女性を示しています。着座位置を明確にするために、運転台の前端位置を基準点として明示している点が特徴です。また、座席の調節範囲を把握しやすくするために、代表的な体格を併記しています。


 このように自然な姿勢を考慮した型紙は、運転台設計において有効な資料になり得ます。もちろん、実際の運転姿勢がさまざまであることや、寄りかかり具合や運転台までの距離にも個人差があることを考慮し、設計に幅を持たせることは必要であると考えています。


  • 図1 得られた運転姿勢の例

  • 図2 運転姿勢の型紙の例

(人間工学 斎藤綾乃)

電磁界の人への安全性を評価する根拠づくり

はじめに

 時折、電磁界や電磁波の安全性についての話題がニュースになります。本稿では、「電磁界」の安全性の評価についての話をしたいと思いますが、具体的にこの「電磁界」が健康にどのような影響をどの程度及ぼすのかご存じでしょうか?
 これまでの様々な研究を評価した上で、世界保健機関(WHO)は電磁界の健康影響を、神経が刺激を受けるなどの「急性影響」と白血病など疾病のリスクとの相関が疑われる「慢性影響」とに分けたうえで、「急性影響」については科学的な根拠が確立しているとして、適切な防護策を推奨しています。この「急性影響」については、国際非電離放射線防護委員会(ICNIRP)が人体を防護するためのガイドラインを作成しており、これを受けて日本の電力や鉄道分野で磁界の規制(商用周波数対象)が導入されたことは記憶に新しいところです。
 一方の「慢性影響」については、様々な報告があるものの一貫性やメカニズム等の根拠が弱く、科学的に確立したとは言えないため、何か策を講じたとしてもその効果は明らかでないとして、今後優先的に行うべき研究などを勧告するにとどまっています。

電磁界の安全性評価の科学的根拠を作る

 WHOの評価の中では、鉄道の主変換器や、IHクッキングヒーターなどから発生してくる中間周波帯(300Hz~10MHz)の電磁界の研究が未だ十分でないため、さらに研究を進めるべきであるとしています。このため、鉄道総研では、中間周波帯であるkHz(キロヘルツ)帯の電磁界について、安全性の評価に利用する科学的根拠を作るために研究を進めています。
 私たちは、これまでに社会で最も懸念される発がん性を中心とした評価を行っており、kHz帯の磁界については、上記ICNIRPが定めた許容レベルの144倍の強さでも発がん性に関する影響は認められていません。さらに、発がん性以外の影響についても、女性由来の細胞を用いたホルモン応答に対する影響など、多角的に調べています。

ホルモンバランスへの影響を評価する

 ホルモンのバランスなどが崩れると、特に妊娠している女性であれば、母体や胎児に大きな影響を与える可能性も考えられます。例えば、電磁界には女性ホルモンと同様の効果があり、そのため見掛け上女性ホルモンが増えた状態になったり、あるいは電磁界によって女性ホルモンの作用が変わったりする(かく乱)かもしれません。そこで、女性ホルモンの一つであるエストロゲンへの電磁界の影響について調べることとしました。
 はじめに、エストロゲンに応答して働く遺伝子に、ホタルの発光物質を作る遺伝子をつなげた人工遺伝子を作成して、エストロゲンを投与するとホタルのように光を発するようにします(図1)。この細胞を、電磁界にさらしたときに(エストロゲンを与えなくても)発光すれば、電磁界にはエストロゲンと同様の作用があると考えることができます。また、あらかじめエストロゲンを投与した細胞を電磁界にさらしたときに、発光の程度が変われば、電磁界にはエストロゲンの作用をかく乱する影響があると考えることができます。



  • 図1 エストロゲン作用を評価する仕組み

 試験では、この細胞をICNIPRによる許容レベルの144倍の電磁界に4日間にわたりさらし続けましたが、発光は確認されませんでした。また、エストロゲン投与による発光にも影響しませんでした。したがって、中間周波帯の電磁界が、エストロゲンなどの女性ホルモン様の影響やエストロゲンの作用をかく乱する影響を持たず、ホルモンバランスへの影響を持つ可能性は極めて小さいと考えられます。
 鉄道総研では、引き続き鉄道環境に関連する電磁界に関して、慢性/急性影響を含めた健康リスク評価のための科学的根拠を集めていく予定です。

(生物工学 池畑政輝)

信号の視認試験

はじめに

 信号は鉄道にとって重要な保安設備なので、新しい信号機や信号現示を導入する場合は、その視認性を確認する必要があります。信号機には、灯の色、輝度、耐久性などの物理的な条件が一定範囲にあることが要求されます。さらに、省令で定められた視力基準を満たす運転士が、その信号を間違いなく視認できることも要求されます。

これまでに実施した主な信号視認試験

 鉄道総研の人間工学グループでは、主に後者の視認性に関わる試験を行ってきました。例えば、高速現示のGG信号や抑速現示のYGF信号などの新たな信号現示の導入やLED電球信号への置き換えでは、信号そのものの見え方を評価してきました。また、動力車操縦者の視力基準に関する省令の改正などの際には、免許に必要な視力を把握するために信号視認試験を実施してきました。

試験結果の活用

 GG信号は北越急行ほくほく線や京成電鉄スカイアクセス線で使用され、YGF信号は京浜急行や京成電鉄スカイアクセス線で使用されています。視力基準に関する省令の改正については、鉄道総研が運転協会より委託を受けて実施した信号視認試験の結果が、委員会の議論を経て最終報告書に採択され、表1に示す2012年4月の改正に反映されました。この改正は、高齢運転士の活躍の場の拡大や優秀な若年運転士の確保などにつながるものです。

おわりに

 上記のような事例は、軽微な変更とは異なり、運転保安上も非常に重要な「変革」とも呼べるような事柄なので、より慎重な検討が求められます。視認試験を適切に実施するためには、試験条件、被験者への事前説明の内容や方法、評価尺度、結果の分析方法など、多岐にわたる工夫が必要です。
 試験をご依頼いただいた際には、これまでに蓄積してきた知識や技術を活かして対応させていただきます。お気軽にご相談ください。

  • 図1 被験者への事前説明の様子

  • 図2 定置での信号視認試験


  • 図3 走行中の車内からの信号視認試験
  • 表1 「動力車操縦者運転免許に関する省令」に定められた視力基準の抜粋

(人間工学 藤浪浩平)