初動連絡の失敗

 前の職場での出来事です。あるトラブルへの対応に関して上司から「安全に関する感度が鈍っている」と指摘されました。レッドカードです。これまで情報連絡、原因分析や再発防止について的確に対処してきた自負があったため、大変ショックでした。

 なぜこのようなことになったのか。

 第一は、テレビ報道された事案だったのですが、事前に情報連絡できなかった。初動の失敗です。

 重大な事故、影響が大きい輸送障害、お年寄りなどが関係する事案は、社会的関心が高く、大きく報道されることがあります。職務の性格上、報道事案については、詳細が不明でも、関係者にメール等で一報入れておくことが重要です。

 しかし報道されるかどうかを事前に見極めることはとても難しい。

 連絡漏れのリスク回避のため、ともかく何でも連絡を入れるという対応法があります。これでは関係者の携帯電話を頻繁に鳴らしてしまう、事柄の重要度や緊急度を判断できないのかと思われてしまう。

 このため過去の事例を内容により分類し、連絡するもの、しないもののガイドラインを作成、これにより不都合なく運用してきていたなか、上述の「事故」が起きてしまった。

 職務柄、相当な数のトラブル報告が入ってきます。内容を確認し、連絡する、しないの判断をしますが、この過程において慣れが生じて注意深さが失われていなかったか。またICTの進展で旅客を含め誰もが簡単に情報発信できる社会環境になっていますし、鉄道に対する関心も益々高まっています。自身を含めた担当者の認識と、マスコミをはじめ一般の方々の見方や感じ方との間に大きな乖離が生じていなかったか。猛省する事案となりました。

 第二は、今後どのように取り組み、再発防止を図るのか、上手に説明できなかった。

 これは自身の国語力の問題でした。

(理事 米澤 朗)

鉄道利用者のリスク認知モデル

リスクコミュニケーションの必要性

 リスクマネジメントでは、組織の内部だけではなく外部へも情報提示や対話をしつつリスクを運用管理していくこと(リスクコミュニケーション)が求められています。ただし、人の判断は合理的になされているとは限らないので、効果的なリスクマネジメントを実施するためには、組織の内外の状況をよく知ることが必要です。

 もしかすると、利用者は「何を危険と思うか」というリスク認知の対象が鉄道事業者の考えとずれているかもしれません。また、リスクを過大に評価しているかもしれませんし、逆に、過小に評価している可能性もあります。もし利用者が鉄道システムに対して過剰な不安を抱いているとしたら、鉄道事業者や鉄道システムそのものに対する信頼感が損なわれ、鉄道の利用が減ってしまうかもしれません。あるいは、リスクを過小に評価していれば、事業者が安全のために実施した対策に伴う手間や不便に対する不満感が増大してしまうかもしれません。

 安全・安心な鉄道利用を促進するためには、このようなズレが小さいことが望ましいわけですが、まずはリスク認知の現状を把握することが必要です。

鉄道利用者のリスク認知モデル

 そこで、我々は、事故や輸送障害の発生状況(発生件数の他、死傷者数や影響時間)の見積り、事故や輸送障害の原因となるかもしれない危険事象に遭遇する可能性やその影響の評価、それらの事象を危険と思うかどうか、関連機関の対策に対する評価や負担の受容、関連機関に対する組織信頼感の評価について、鉄道利用者がどうとらえているかの調査を行いました。そして、これらの多様な指標間の関係性を分析した結果から、鉄道利用者のリスク認知のモデルを作成しました1)

 作成したモデルの概要を図1に示しますが、中段の「近接性のリスク認知」は、鉄道利用者が実際の発生状況(発生件数の他、死傷者数や影響時間)やその内容に応じた主観的な見積りによって、自身が事故や輸送障害に遭遇する可能性があるかどうかを評価する側面です。実際にどのような事故や輸送障害の発生が多いのか、どの程度の影響が生じているかは、評価する人がどのような地域に住み、どのような路線を利用しているかの影響を受けます。一方、図の下段の「恐ろしさのリスク認知」とは、利用者が事故や輸送障害の原因となるかもしれない危険に遭遇した際の影響やそれをどのくらい危険と思うかを評価する側面です。この評価は、利用者の居住地域や利用する路線、実際の発生状況とは関係がありません。あくまでも危険の内容によって評価されるものです。

 どちらのリスク認知の側面も、事故等の防止のための対策をどのくらい重要と思うか、実施のためにどのくらいの負担なら受容するかといった事故対策に対する評価に関連しています。また、この事故対策の評価は一方で鉄道事業者への組織信頼感の評価の影響も受けています。

モデルの活用方法

 このモデルは、従来からの鉄道事業者における安全マネジメントと大きく乖離していません。すなわち、鉄道事業者では、事故や輸送障害につながる事象の発生状況を把握し、また、甚大な影響をもたらす可能性がある重大事故については特に詳しく調査分析を行うなどをしてきたことと思います。

 鉄道総研では、このモデルを使って、安全対策の優先順位をつける際に参照できるリスクの重み付けを算出する方法1)を提案していますが、ズレが発生するメカニズムやズレを解消するための具体的なリスクコミュニケーションのあり方等については、今後も調査研究を積み重ねて、検討していきたいと考えています。

  • 図1 鉄道利用者におけるリスク認知モデル(概要)
    図1 鉄道利用者におけるリスク認知モデル(概要)

参考文献

1) 宮地・岡田:鉄道利用者の認知によるリスクの重み付け算出手法, Vol.28, No.5, pp.29-34, 2014

(安全性解析グループ 宮地由芽子)

事故の発生件数に対する利用者の認識

はじめに

 前頁の「鉄道利用者のリスク認知モデル」でも述べられていますが、鉄道事業者が危険だと考えている対象が、鉄道利用者が危険だと思っている対象と同じとは限りません。もし、鉄道利用者が、鉄道システムを実際よりも危険だと思っていれば、過剰な不安に繋がりますし、実際よりも安全であるべきものだと思っていれば、事業者が行う対策に不満を持ってしまうかも知れません。このような、事業者と利用者間の認識のズレが解消されれば、より安心して鉄道を利用していただくことができると考えられます。

 そこで、鉄道総研では、鉄道利用者や一般社会が考える鉄道に対するリスク認知の実態を把握する調査研究に取り組んできました。ここでは、一例として、事故の発生状況に対する鉄道利用者の認識について実態を把握した結果を紹介します。

事故の発生件数に対する見積り

 東京都在住の鉄道利用者(1885名)に、鉄道における事故や輸送障害(30分以上の運行停止や遅延を生じたもの)の原因となる内容について、発生件数の見積りを回答してもらいました。図1は、その回答結果(縦軸)を実際に発生した件数(横軸)と比較したものです。

 図中の各項目は風雨や地震などの自然災害(◇)、信号設備の不具合などの施設関連(▲)、列車衝突・脱線ミスなどの列車関連(+)、駅ホームでの乗客と駅員のトラブルなどの駅構内・ホーム関連(*)、旅客の線路内への立ち入りなどの地域・沿線関連(○)、および、その他(■)を表しています。

 図中に斜めの破線がありますが、この破線より上側は、実際の発生件数より見積りが多く、下側は見積りが少ないことを表しています。調査の結果、実際の発生件数が少ないと、発生件数の見積りは多くなり、実際の発生件数が多いと、発生件数の見積りは少なくなる傾向が見られました。これは、災害や事故、疾病などの致死事象の発生に対する見積りに一般的に見られる現象として知られています。

 また、図中の実曲線は、利用者の事故件数に対する見積の予測直線を表しています(対数軸のため曲線で表されていますが、実は直線です)。図から、列車関連(+)や自然災害(◇)は下側のものが多く、比較的過小評価されている一方、駅構内・ホーム関連(*)や施設関連(▲)は、実曲線より上側にあり、比較的過大評価されている傾向が見てとれます。なお、この実曲線と各項目の間のズレは、一般的に、見積りを行う人が実際に事故に遭遇し直接的に経験したことや、周りの人や新聞等の報道で見聞きして間接的に経験したことに影響を受けていると言われています。

おわりに

 ここでは、鉄道利用者のリスク認知に関する調査の一例として鉄道利用者の事故発生状況に対する認識のズレの実態を紹介しました。今後は、回答者の属性との関係などについて分析を進め、どのような情報提示によって認識のズレが解消されるか調査研究を進めたいと考えています。

  • 図1 危険の内容別の事故・輸送障害の発生に対する見積と実際
    図1 危険の内容別の事故・輸送障害の発生に対する見積と実際

参考文献

1) 畠山直、宮地由芽子:鉄道の輸送障害・事故の発生状況に対する利用者の認識の違い、鉄道総研報告、Vol.27、No.3、pp.39-44、2013

(安全性解析グループ 畠山 直)

知識や技能を評価する

はじめに

 鉄道の運転現場では、指導訓練の座学、シミュレータ訓練、現車訓練、本線での添乗指導と様々な訓練が日々行われています。教育担当者は、講義や訓練の効果を評価して、できなかったことへの対策を考える必要があります。しかし、知識や技能を正確に評価するのは難しいことです。ペーパーテストでどのような聞き方をすれば知っていることを把握できるのか、実技試験でどのような見方をすればできることがわかるのか、評価する立場で試行錯誤をされている方も少なくないでしょう。ここでは、鉄道の運転現場を例に知識や技能を評価する際の工夫について考えてみましょう。

評価の視点と評価の方法

 知識や技能の評価の視点として、以下の3段階の視点が考えられます。

  ・するべきことを知っている

  ・知っている内容通りに行動できる

  ・焦りや不安があっても的確に行動できる

 訓練の効果を評価するために現場でよく使われている方法として、ペーパーテスト、シミュレータ訓練チェックシート、添乗指導報告書などが挙げられます。「知っている」を確かめるためにはペーパーテストが、「行動できる」を確かめるためにはシミュレータ訓練や現車訓練が有効だと考えられます。

知識を評価する際の工夫

 教えられる立場では、知らないことを素直に知らないとはなかなか言えないものです。「知っているか?」と問われたときに、それについて聞いたことがあれば「はい」と答えがちです。教える立場では、いいタイミングでうなずきながら話を聞いていて、理解しているようにみえた人に質問をしてみると、ほとんど理解していなかったという経験があるかもしれません。このような事態を評価するのにおすすめなのは、説明させることです。「聞いたことがある」程度では、他者にわかりやすく説明することはできません。講義では一方的に説明するだけでなく、受講者に説明してもらうのも良いでしょう。

 また、ペーパーテストで知識を評価する場合、採点の都合で選択式問題や○×式問題が多くなってしまうかもしれません。選択式問題や○×式問題では正解したとしても本当に理解しているのか、たまたま正解したのかがわかりません。しかし、選択した回答の理由を書いてもらうことで、理解しているかどうかを評価しやすくなります。

技能を評価する際の工夫

 シミュレータは様々な状況を任意に設定して訓練できるので、技能を評価するためのよい道具です。例えば、「列車運転中に火災が発生したらどうするか」という問いに「トンネルや橋梁を避けて安全な場所に直ちに停止する」と答えられても、実際に行動できるかどうかはわかりません。これは、頭ではわかっていても実際に動けないという状況です。特に別の異常事態に対処している最中であれば、焦ってトンネル内に止まってしまうかもしれません。技能を評価する際には焦っていても所定の行動ができるかどうかを確認すると良いでしょう。

 本人ができると思っていたことが、思っているほど上手にできないこともあります。だからこそシミュレータなどを活用して、できると思っていたことが思っている通りにできることを確認することが非常に重要です。

おわりに

 ここまで知識や技能を評価する際の工夫について考えてきました。問い方や見方を少し変えるだけで、知識や技能の実態を把握しやすくなります。知らないことやできないことを把握することで、課題が明確になり、次の目標の設定やその達成方法などを指導しやすくなるはずです。


(人間工学グループ 鈴木 大輔)

においを感じるしくみ

はじめに

 私たちは普段から、いろいろなにおいを感じて生活しています。花の香りから季節を感じ、食べ物を目の前にすると、そのにおいから、傷んでいそう、おいしそうなどを判断することもあります。このように、ヒトはにおいを嗅ぎ分けることによって、感情を左右されるだけでなく、得られた情報を自分の身を守るために利用することもあります。ここで、においの種類は無数にあるように思えますが、ヒトはどのように違うにおいを嗅ぎ分けているのでしょうか。人間科学ニュース2014年1月号(189号)では、動物のにおいを感じるしくみについて簡単に触れていますが、ここではヒトの嗅覚についてご紹介します。

におい物質と受容体

 普段私たちが感じるにおいは、たくさんの種類の物質から成っています。例えば、ラベンダーの香りは、酢酸リナリル、リナロール、酢酸ラバンジュリル…他、様々な物質が混ざったものです。鼻の中には、「嗅細胞」という細胞があり、各嗅細胞にはにおい物質を捕まえる1種類の受容体があります。におい物質がやって来ると、相性のよい受容体とだけ結合し、嗅細胞はにおいをとらえます(図)。ヒトはこの受容体の遺伝子を400種類近く、マウスは1000種類近く持つことが知られています。この遺伝子は、バック博士とアクセル博士によって発見され、後にノーベル医学生理学賞を受賞されています。

 ここで、ヒトは400種類しかにおい物質を認識できないのかと疑問に思いますが、そうではありません。実際は、1種類の受容体は、複数の種類のにおい物質と結合できるため、1種類のにおい物質に対して、これと結合する受容体の組み合わせが無数にあることになります。

におい情報を集める

 次に、嗅細胞がとらえた情報は、どのように集められていくのでしょうか。受容体からの情報は、電気的な信号に変換され、「糸球体」に集められます。このとき、同じ種類の受容体からの情報は、1つの糸球体に集められます。さらにこの糸球体が集合した場所が嗅球と呼ばれます。このようにして、におい物質の情報は、電気的な信号として、嗅球に集まり、さらに脳で情報処理されて、私たちはにおいとして感じています。

におい情報の特徴

 においの情報は、記憶に残りやすいことが過去の研究で示されています。また、においの情報は、快・不快など感情との関わりの深い大脳辺縁系という部分にも伝達されていることが、近年明らかになってきています。においは、視覚や聴覚などから得られる情報と比べてぼんやりしたもの、直感的なものというイメージがありますが、様々な特徴が科学的に明らかになってきています。

 我々のグループでは、鉄道環境の不快なにおいの研究をしてきましたが、近年、植物が発するよいにおいと駅待合室におけるその効果の研究にも着手しています。今後、においを感じるしくみや効果についての知見がさらに増えれば、お客さまに駅、車内で快適に過ごしていただくだけでなく、例えばリラックス、疲労回復などの効果を見込んだ環境づくりへ応用できるのではないかと考えています。

  • 図 においを感じるしくみ
    図 においを感じるしくみ

(生物工学グループ 吉江 幸子)