まばたきから眠気を捉える

1.はじめに

 今日の鉄道は、自動列車停止装置ATS(Automatic Train Stop)、自動列車制御装置ATC(Automatic Train Control)などの保安装置の整備により、運転士の眠気による注意力の低下が重大な事故に直結する可能性は大幅に減っています。しかし、ダイヤ通りの運転をするためには注意力は欠かせませんし、運転速度規制下等では運転士の注意力に頼っている部分もあるので、運転士の眠気の問題は、安全・安定輸送のためには軽視できません。

2.眠気を捉える方法

 私たちは、通常、自分で眠気を感じることができます。しかし、ふと、その眠気に対する自覚や、危ない状態であることに対する意識が途切れ、手遅れになってしまうこともあります。このため、自動車等の分野で、以前より、眠気の発生を種々のセンサ等によって検知し、警報を出すなどの方策が研究されてきました。その検知方法は、人の眠気と相関がある生体情報を用いる方法と、操作・作業等のパフォーマンス情報を用いる方法に大別されます。近年、自動車分野では技術開発が進み、実用化が図られているものもあり、その一つに、まばたきに着目した方法があります。

 まばたきに関する各種の指標は、過去の研究により、眠気とある程度の相関があることが知られています。例えば、まばたきの回数や、目を閉じている状態の継続時間(閉眼継続時間)などです。

3.顔画像処理技術を用いたまばたき検知

 まばたきを正確に捉えるには、これまでも、目の周囲に電極を貼って計測する方法などがありました。しかし、現場への導入を考えると、その煩わしさ等から現実的な方法とはいえません。近年、画像処理技術の進展により、撮影した画像から短い時間のうちに人の顔を検出し、その領域から目、鼻、口などの顔の器官を検出する技術が開発されています。これらの顔器官の輪郭の位置を知ることもできます。この技術を用いることで、上下のまぶたの間隔(距離)の情報をほぼリアルタイムに得ることができ、これをもとに、前述のまばたきの回数や閉眼継続時間などを算出することができます。

4.眠気の評価基準

 眠気と相関のあるまばたきに関する指標を自動で捉えられたとしても、その指標を用いた眠気の推定法が、正しく眠気を推定できているかを判断する外的基準が必要となります。しかし、目的としている眠気を評価する絶対的な基準というものはありません。多くの先行研究では、被験者の顔表情画像を第三者が観察して眠気段階を推定する「顔表情評定」を用いています。顔表情評定は、眠気と関連する他の生理指標や本人の主観評価とも相関が高く、前述の自動車分野における各種研究をはじめ、最も多く用いられています。事前にトレーニングを積んだ検査者に被験者の顔画像を見せ、一定時間ごとに、表1に示す眠気の段階と動作の基準に従い評定値を記入するものです。この顔表情評定による眠気の評定値となるべく合致する推定法の作成が望まれます。

5.おわりに

 まばたきは、眠気と相関があるものの、個人差も大きく、運転士の動作や姿勢などの各種の条件も反映させて、誰にでも当てはまる推定式を作るのは容易ではありません。鉄道総研においても、運転士の眠気検知の技術的可能性について、既存技術を活用しながら検討を進めているところです(図1)。

  • 表1 顔表情評定における眠気段階と動作の基準
    表1 顔表情評定における眠気段階と動作の基準
  • 図1 眠気評価の試験の様子
    図1 眠気評価の試験の様子

(人間工学グループ 水上 直樹)

音で伝えるかボイスで伝えるか

 電子レンジでの調理を「チンする」と表現することがありますが、この語源となった調理終了時のベル音は、今ではピーなどの電子音に変わり、聴くことが珍しくなりました。身の回りを見回すと、炊飯器の炊きあがり時にはメロディが、洗濯終了時にはピピー、ピピー…と電子音が、お風呂がわくと「お風呂がわきました」と音声が知らせてくれます。トラックは「バックします」とメッセージを出しながらバックし、低速の電気自動車は自らの存在を示すためにあえてノイズを出しています。駅の発車ベルは発車メロディに、踏切の警報音も打鐘式から電子音に変わっています。

 何かを知らせるための報知音や警報音を出す仕組みとして、かつては、金属をたたくベルやチャイム、空気で鳴らすホイッスルやサイレン、金属板を振動させるブザーなどが主で、出せる音に制約がありました。現在では電子音化が進み、任意の大きさで、さまざまな音色の音やボイスを出せるようになり、身の回りの音風景が様変わりしています。

 音を出す場面と音の種類が増えると、便利になる一方で、混乱が生じたり、煩わしく感じたりする可能性があります。このような状況にならないように、報知音や警報音の選び方の検討が必要です。伝えたいメッセージが報知なのか警報なのかによって適切な音は異なるので、メッセージの整理と音の整理が必要になります。手始めに、ボイスと、ボイス以外の音(音サインと呼びます)という整理で、それぞれの特徴を考えてみます(表1)。

 最も大きな違いは、ボイスは聴けば意味が分かるのに対し、音サインは音と内容の対応を覚える必要があることです。覚える組み合わせが増えれば間違えやすくなるので、音サインはあまり増やすことができません。その一方で、組み合わせを知らない人には内容が伝わらないので、お客様に聞こえる音で係員だけに伝えたい情報がある場合には、この特徴を活かすことができます。デパートで雨天を店員に知らせる合図音楽はこの例と言えます。なお、家電製品については音サインの指針があり、製品ごとに覚える負担を減らしています(JIS S0013高齢者・障害者配慮設計指針―消費生活製品の報知音)。

 詳細な内容を伝えるのに向いているのはボイスですが、詳しくするほど文字数が増えて、内容が伝わるまでに時間を要します。時間を要すと、途中から聴いた場合などに内容が正しく伝わらない可能性もあります。音サインはあらかじめ覚えておくものなので、よく使うシンプルな情報を伝えることに向いており、ボイスに比べて短いので瞬時に伝わります。その他、音サインは使用言語を選ばない、音数が少なく、聞き流しやすいので煩わしくない、などの特徴があります。

 このような特徴を理解し、伝えたいメッセージの特徴に対応させることができれば、音サインとボイスのどちらが適切かを判断できます。適切に提示すれば、取り違えや煩わしさなどを低減させられます。

 適切な報知音あるいは警報音を決める際には、音サインかボイスかだけでなく、音サインの音色や高さやリズム、ボイスの口調や具体的文言など、さらに多様な要素が関わります。これらについては、運転室や駅など鉄道現場における具体例とともに、あらためてご紹介したいと思います。

  • 表1 音サインとボイスの特徴
    表1 音サインとボイスの特徴

(人間工学グループ 斎藤 綾乃)

振動データを軌道管理に活かす

はじめに

 私たちは、乗り心地を推定する「複合振動乗り心地推定法(以後、複合推定と表記、詳細は2013年1月号)」を現場で活用していただくために開発した、「乗り心地情報一元表示システム(以後、一元表示と表記、詳細は2014年3月号)」を提案しています。

 この複合推定と一元表示を、実線区の乗り心地改善提案に活用した事例をご紹介します。

実線区での乗り心地試験

 新幹線のある区間で、鉄道関係者13名に被験者をお願いし、座った状態で、5秒おきに5段階で乗り心地を評価していただきました。乗り心地の把握は、このような体感評価が一番ですが、常に行うのは大変なので、日々の管理では、物理量だけで精度良く体感を推定できることが大切です。その1つの方法として複合推定があります。

 以下に複合推定と一元表示の活用の流れをご説明します。

① 「乗り心地が悪い」箇所を検出する

 人間は、快適な環境に慣れてしまうとそれが普通になり、快適性が損なわれることに不快を感じます。また人間は相対的な差に気づきやすいため、乗り心地が良い状態から悪い状態に変化すると敏感に感知します。このため、お客様に快適に過ごして頂くためには、良好な乗り心地を保つことが大切で、乗り心地印象があまり良くない箇所を正確に捉え、対策を行うことが効果的です。

 図1は、試験結果を評価線区の情報と共に一元表示で表示した例です。最上段の灰色太線は複合推定の結果、黒線は被験者の乗り心地評価平均値(数値が大きいほど乗り心地が悪い)で、概ね一致していることがわかります。特に重要なのは、主観評価が良くない箇所(点線の○印の箇所)で、複合推定の値も上昇していることです。つまり、被験者試験の代わりに、複合推定で乗り心地が悪い箇所を捉えられることがわかります。

② 様々な情報を総合的に把握し対策に生かす

 図1の2段目は乗り心地レベルの結果で、この方が馴染み深い方もいらっしゃるかと思います。例えば、乗り心地が良くない箇所を1段目で検出し、2段目をみれば、そのときの乗り心地レベルを把握でき、どの方向の振動が乗り心地に影響しているかもわかります。一方、3段目の図は、軌道保守分野の乗り心地管理でよく用いられる、40m弦高低変位のデータです。4段目は平面曲線、5段目は線区の構造物情報です。

 一元表示は、この他にも、振動加速度の周波数分布や他の軌道管理データなど、目的に合わせて任意に併記でき、知りたい箇所の軌道や線区情報と車両振動の特徴を簡便かつ同時に把握できます。この試験でも、一元表示を使って、車両と軌道の両分野の技術者が共に議論し、原因を分析して対策案を提案しました。

おわりに

 この研究は、鉄道の乗り心地向上を目指して進めてきたものです。一元表示は、リアルタイム機能を拡張中で、より現場で使いやすいものになるよう、改良を進めております。ぜひ広く活用していただければと考えております。

  • 図1 乗り心地情報一元表示システムの画面例
    図1 乗り心地情報一元表示システムの画面例

参考文献

中川:乗り心地情報一元表示システムの開発, 第20回鉄道技術連合シンポジウム, pp.277-278, 2013

(人間工学グループ 中川 千鶴)

遺伝子が感じるストレス

遺伝子は環境に応答する

 最近では、個人の遺伝子検査(DNA塩基配列の解読)を請け負って、病気のリスク(なりやすさ)などを推測するというサービスが増えているようです。これは、遺伝子の構造によっていろいろなことがあらかじめ決められているという考えに基づいたものです。しかし、遺伝子の構造(DNA塩基配列)だけでなく、その制御(遺伝子の発現スイッチのオン・オフの切り替えや発現量の調整)も重要であり、そうした制御にはいろいろな要因が関与していることがわかってきました。そして、遺伝子の制御に影響を与える要因の一つとして本人も自覚していない深層心理的なものも含まれるようです。

幸福なのに遺伝子はストレス状態

 米国の有力な論文誌に発表された研究に次のようなものがありました。健康な成人84人を募り、その人たちに対してどういうことに幸福を感じるかを質問して、「快楽重視型」(原文では”hedonic wellbeing”となっていますが、適当な訳語が思い浮かびませんでした。生きがいや社会貢献よりも物欲や食欲など短期的な欲求を満たすことで幸福を感じることと解釈しました。)と「生きがい重視型」(短期的な欲求の充足よりも生きがいの達成や社会貢献に幸福を感じる事のようです。原文では”eudaimonicwell-being”です。)の2グループに分けました(図1)。自分ならば快楽重視型に分類されてしまうと思いますが、生きがい重視型の人が全体の22%(も)いたそうです。このうち80人から採血して、ストレスに応答して発現量が変化することがわかっている53種類の遺伝子群全体の発現レベル(どれくらい働いているか)を調べました。どちらのグループでも幸福度が高いほどこれらの遺伝子群全体の発現量が変化することが確認されました。しかし、「生きがい追求型」では発現が抑えられる方向に変化していたのに対し、「快楽追求型」のグループでは促進する方向に変化したという正反対の結果になりました。「快楽追求型」の人たちは、幸福だと感じている時に、遺伝子レベルではストレスを感じているのと同じ状態にあるということになります。

「生きがい重視」で免疫力がアップ?

 さらに、53種類の遺伝子群のどれが変化したかを個々に調べたところ、「快楽追求型」では炎症を誘発する遺伝子群の発現量が増え、抗体遺伝子群の発現量が減少していました(抗ウイルス遺伝子群はわずかですが発現量が増加しました)。一方、「生きがい重視型」は、炎症遺伝子群の発現量がわずかながら低下したことに加えて、抗ウイルス遺伝子群と抗体遺伝子群の発現量が明らかに増加していました。どちらのグループも本人は幸福だと感じているはずなのですが、「快楽追求型」では炎症が起やすく、抗体生産能力も低下しているので、健康を維持する力が低下しているといえる状態です。逆に、「生きがい重視型」の人が幸福と感じたときには、遺伝子レベルでは免疫力が向上した状態にあり、病気に強くなっているということが言えそうです。

 世の中に発表された研究のすべてが正しいと保証されているわけではありませんし、もしかしたらどういうことを幸福と感じるかも遺伝子で決められていて、自分の意思ではその部分を変えることはできない、というオチが待っているかもしれません。しかしながら、手近な欲求の充足に幸福を求めていると実はストレス状態に陥っていて、生きがいの充足や社会的な貢献を行うことで幸福を感じる方が健康には良いという結果は(できすぎの感はありますが)面白いと思い、ご紹介しました。

  • 図1 生きがい重視型と快楽重視型
    図1 生きがい重視型と快楽重視型
    目標の達成vsおいしい食事。どちらも幸せな気分になれますが,遺伝子は異なる反応を示す?

参考文献

Barbara L. Fredrickson 他: A functional genomic perspective on human well-being, PNAS, 110, 13, pp.13684-13689, 2013

(生物工学グループ 早川 敏雄)