不安全行動を減らすには

 「危ないかもしれない」と分かっていながら、危険な行動をとったり、安全のために必要な行動をとらなかったりすることを「不安全行動」と言います。不安全行動を減らすことは、うっかりミスを減らすことと同様に、安全性向上のために重要な課題です。

 不安全行動を減らす方法には様々なものが考えられますが、そのうちの1つに、不安全行動に対する考え方を変化させるという方法があります(図1)。具体的には、「その行動は危険だ」という考え(リスクの評価)を高めたり、「その行動で得がある」という考え(ベネフィットの評価)を下げたりすることで、不安全行動を減らすことができると考えられます。

 今回は、私たちの調査結果をもとに、不安全行動に対する考え方を変化させることで、不安全行動を減らす方法について考えてみたいと思います。

リスクとベネフィット

 私たちは、駅ホームや道路等でスマートフォンのディスプレイを見ながら歩行する「歩きスマホ」を不安全行動の1つの例として取り上げ、鉄道利用者を対象にインターネット調査を行いました。回答者約2万人の回答データをもとにモデルを作成した結果、図2のようなモデルが得られました。

 このモデルは、歩きスマホの「リスクの評価」が高い人ほど、歩きスマホをしたいと思わないこと、歩きスマホの「ベネフィットの評価」が低い人ほど、歩きスマホをしたいと思わないことを表しています。さらに、両者を比較すると、歩きスマホの「ベネフィットの評価」の方が、影響力が大きいことが分かります。

 この結果より、歩きスマホを減らすためには、「歩きスマホは危険だ」と伝えることが有効ですが、「歩きスマホでは得しない」と伝える方がより有効であると考えられます。

不安全行動の防止の方法

 日常生活でも仕事場面でも、人は、「危ないかもしれない」と分かっていながら、不安全行動をしてしまうことがあります。そのような人がいた場合、「どんな得(ベネフィット)があって、その不安全行動をしているのだろう?」という観点から考えてみてください。例えば、その人が時間の効率性という得を重要視し過ぎて不安全行動をしている場合は、「危ないよ」と伝えるだけでなく、「その行動は思うほど時間の得になっていないよ」「その行動がうまくいかなかった場合は、かえって時間がかかるかもしれないよ」などと伝える方が、不安全行動を減らすために効果があるかもしれません。

 不安全行動をする人に対して、どのような内容をどのように伝えれば、最も効果的であるのかについて、今後さらに検討を進めます。

  • 図1 不安全行動の発生モデル
    図1 不安全行動の発生モデル
  • 図2 歩きスマホの「リスクの評価」と「ベネフィットの評価」のモデル(一部抜粋)<sup>1)</sup>
    図2 歩きスマホの「リスクの評価」と「ベネフィットの評価」のモデル(一部抜粋)1)

引用文献

1) 村越・岡田・宮地・宇都原:「歩きスマホ」の抑制に関する検討, 日本信頼性学会第28回秋季信頼性シンポジウム, 2015

(安全性解析グループ 村越暁子)

安全のためのコミュニケーションの留意点

はじめに

 複数名が関わる業務の安全の確保には適切なコミュニケーションが必須です。コミュニケーションとは、伝え手と受け手の情報伝達ですが、しばしば、言い間違い、聞き間違い等により、情報が上手く伝わらない失敗が生じてしまいます(図1)。

 誰にでも、コミュニケーションのちょっとした失敗の経験はあるのではないでしょうか。

 そこで、ここでは、ご自身のコミュニケーションを振り返り、改善のきっかけとして頂けるよう、我々が作成した安全のためのコミュニケーションの留意点1)を紹介します。

コミュニケーションの留意点の作成方法

 我々は、人間科学ニュース2015年9月号(「指令員のための異常時のコミュニケーション訓練方法」)で紹介したように、指令員を対象としたコミュニケーション訓練において適切なコミュニケーションへの意識づけを図るための留意点を作成しました。

 留意点は相応しい内容となるように、指令員のコミュニケーションの失敗例、国内外の鉄道分野の取り組み、航空等他分野の取り組み、複数の指令員の指導者の意見、鉄道総研の安全のヒューマンファクタの研究者間の議論、をふまえて作成しました。

 作成した留意点には「伝え方」、「受け方」、「状況に応じた対応」の3つの観点が含まれています。

コミュニケーションの留意点の内容

 留意点はもともと指令員を対象として作成したものでしたが、他の業務にも共通する内容も多く含まれています。そこで、以下に、そのような留意点のいくつかを紹介します。ご自身の業務でのどのような場面に当てはまりそうかを考えながら、目を通して頂ければと思います。

【伝え方】

・ わかりきっていると思っても、「あの」、「これ」、「先ほどの」といった指示語のみにしない

・ 相手の知らない略語や俗語を用いない

・ 数字を伝える時は単位をつける(例:×『20オーバー』⇒ (速度超過なら)○『時速20キロオーバー』/(停止位置不良なら)○『20メートルオーバー』)

・ 依頼なのか、問いかけなのかが区別できるように伝える(例:×『~できますか?』⇒ ○『~して下さい』)

【受け方】

・ 指示・報告は最後まで聞く

・ 些細なことでも憶測で判断せず相手に確認する

・ 指示・報告を受けた時は復唱を確実に行う

【状況に応じた対応】

・ 至急の場合は、結論から伝える

・ 危険であると感じた時は口調を強める

おわりに

 留意点はここで簡略化して紹介しました内容を含め45項目作成しました。全項目は、末尾に記しました文献を参照下さい。また、鉄道総研の人間科学研究部のWEBサイトにも今後掲載する予定です。

 今回は指令員を対象とした検討から、一般的だと考えられる留意点をいくつか紹介しました。今後はさらに、様々な職種・系統の個別のコミュニケーション課題についても、改善につながる貢献ができるように検討をしたいと考えています。

  • 図1 コミュニケーションの失敗例
    図1 コミュニケーションの失敗例

文献

1) 岡田・畠山:安全のためのコミュニケーション訓練とその効果 -鉄道指令員への適用を通して-,信頼性 Vol.38, No.1, pp.30-37, 2016

(安全性解析グループ 岡田安功)

異常時のお客さま心理を考慮した繰り返し案内

はじめに

 人身事故や設備故障などにより列車の運行が停止してしまったときに、駅係員や車掌にはお客さま心理を考慮した柔軟な案内をすることが求められています。そのため、鉄道総研では異常時により柔軟な案内能力を発揮するための訓練教材の開発を行っています(人間科学ニュースNo.192、2014年7月号)</rd/news/human/human_201407.html>。

 異常時に遭遇したお客さまは目的地に着けるのか、どのくらい時間がかかるのか等を判断するため、新しい情報を常に求めています。しかし、現場の駅係員や車掌には新しい情報が常に入ってくるわけではありません。そのような状況では、現在わかっている情報を一定の時間間隔で繰り返し案内することが基本となります。ただし、漫然と繰り返し案内をするのではなく、ひと工夫することでより柔軟な案内を実現することができます。

定型案内を聞いたときのお客さま心理

 繰り返し案内をするときに現在の情報を伝え終わった後で「新しい情報が入りしだい、放送でご案内いたします」などの定型案内をすることが多いのではないでしょうか。実はこの定型案内がお客さまの心理に影響しています。

 関東の鉄道を日常的に利用しているお客さま512人を対象に繰り返し案内に関するWeb調査を行いました。その結果、約94%のお客さまが定型案内を聞いた後の次の案内には新しい情報があることを期待し、約89%が案内を聞き逃さないように注意深く聞くと回答しました。また、定型案内を聞いた後の次の案内に新しい情報がなかった場合には、約76%が落胆し、約73%がいらいらしていました。

事前案内の効果

 上記の調査結果から定型案内は、次の案内に(1)新しい情報があるといったお客さまの期待を高め、(2)新しい情報を聞き逃さないように注意して聞く態勢を整えていると考えられます。そのため、新しい情報がなかった場合、お客さまに落胆やいらいらといった否定的な感情が生じてしまいます。つまり、定型案内後に漫然と繰り返し案内をしてしまうとお客さまの不満を高めることにつながります。

 ここでおすすめしたいひと工夫が「繰り返しになりますが…」「新たに来られたお客さまにご案内いたします」などの事前案内です。先ほどと同じ調査では、事前案内をした場合には、約93%のお客さまが新しい情報がないことがすぐにわかり、約79%のお客さまが続く案内に注目しなくてよいと回答しました。また、約80%が最初に事前案内があると繰り返し案内にいらいらしないと回答していました。したがって、新しい情報が入ってこないため繰り返し案内をする場合には、定型案内と事前案内をひとセットと考えて案内するとお客さま心理を考慮した柔軟な案内になるでしょう。

お客さまが望む繰り返し案内の方法

 繰り返し案内に事前案内が有効だということが調査結果から示されましたが、そもそも新しい情報が入ってこないならば案内をしないといった考え方もあります。そこで、先ほどの調査でお客さまが望む繰り返し案内の方法も調査しました(図1)。その結果、運行停止からの時間経過に関わらず「一定間隔で繰り返し案内をし、事前案内をする」が望ましい案内として選択されていました。したがって、お客さまは同じ情報でも繰り返しの案内を求めていますが、同時に事前案内も求めることが示されました。

おわりに

 今回の調査から、繰り返し案内時に事前案内といったひと工夫をすることでお客さま心理を考慮した柔軟な案内となることがわかりました。

 今後も、お客さまの心理を踏まえた輸送障害時の案内の改善に貢献していきたいと思います。

  • 図1 お客さまが望む繰り返し案内の方法
    図1 お客さまが望む繰り返し案内の方法

(人間工学グループ 菊地史倫)

遺伝子で鉄道の環境を見る

はじめに

 生物・医学の研究ツールの進歩により、今日では1人の人間の全ての遺伝子を解読することが、わずか2~3日程度でできるようになりつつあります。今回は、このような技術を応用し、遺伝子の情報から身の回りの環境を見ることで、どのようなことが分かるのかを考えてみたいと思います。

メタゲノム解析

 「ヒトゲノム」という言葉はニュースなどで聞いたことがあるかもしれませんが、「メタゲノム」という言葉はまだ聞き慣れないと思います。この「メタゲノム」とは、ギリシャ語で高次元のという意味を表す「メタ」とある生物の遺伝子全体を指す「ゲノム」という言葉を合わせて1998年に提案された造語で、ある空間に存在する様々な生物の遺伝子全体という意味を表します。私たちの腸の中、森の中、海の中など、ある環境にはそこに生息する多数の生物がいます。ところが、これまでの科学技術では、それらをありのまま取り出し試験管内で維持することはできず、その環境中の生物の生息状況を正しく再現し知ることは出来ませんでした。しかし、ある環境に存在する遺伝子そのものを直接調べることで、試験管内で生きられない生物なども、その存在の様子を知ることができます。このためには、水や空気などの中にある遺伝子のかけらを集め、その全ての遺伝子の情報を明らかにする必要があります。それがメタゲノム解析と呼ばれるもので、環境サンプルの中の遺伝子をそのまま解析する技術です。

遺伝子で鉄道の環境を見る

 例えば、鉄道やバスその他の公共交通ネットワークを対象としてメタゲノム解析をすれば、そこにある遺伝子情報から何がわかるのでしょうか?

 一つの例として、米国ニューヨーク市を解析した研究があります1)

 この研究では、ニューヨークの地下鉄ネットワークなどを主な対象として、券売機、改札ラッチ、車内の手すりなどの表面に残っている遺伝子を解析しました。その結果、環境中に存在することが知られている緑膿菌などの微生物に加えて、人間の消化器系に住む細菌、皮膚に住む細菌、さらには、地下鉄利用者の情報が得られることがわかりました。これらを地理情報上に展開し見える化すると、地域毎の環境微生物の違いや、利用する人の違いなども推定できました。さらに、炭阻菌やウィルスなどの病原体の痕跡、日中の時間帯ごとの特徴などもわかるようになりました。ただし、解析した遺伝子の半数近くは、既存のデータベースでは解析できず、今後検討すべき点もあると考えられます。

 環境衛生的視点からこのような技術を用いると、例えば図1のような解析が考えられます。この解析では、ある時点である地域に存在する全ての遺伝子とその分布を明らかにします。これをベースとすることで、その後の環境の変化が追跡できるため、様々な応用が考えられます。もちろん、倫理面には十分に配慮しながら進める必要がありますが、例えば鉄道では、路線ごとの環境の特徴の有無が分かることで、路線ごとに適した施策を行う事ができます。また、外国からの観光客や労働者等の増加が見込まれ環境の変化が考えられますが、その変化が予測可能となることで有効な施策を提案することが可能となるでしょう。さらに、環境中の生物の伝播(移動)の様子が把握できれば、インフルエンザなどの感染症の発生時の対策やバイオテロなどの不測の事態に備えるための有用な情報が得られるかもしれません。

 今後、このような新しい研究分野を視野に入れつつ、鉄道の環境衛生をより良くするための研究を進め、鉄道で働く方々、鉄道を利用される方々の安全と安心のために貢献していきたいと考えています。

  • 図1 研究の方法例
    図1 研究の方法例

参考文献

1) Afshinnekoo E., etal., Geospatial Resolution of Human and Bacterial Diversity with City-Scale Metagenomics, CELS 1, 1-15, 2015

(生物工学グループ 池畑政輝)

海外地下鉄における微小粒子状物質への取り組み

はじめに

 皆さんも「PM2.5」という言葉を良く耳にすると思いますが、PM2.5は微小粒子状物質の一部分です。微小粒子状物質は大気中に浮遊している直径が10μm以下の粒子の総称で、その中でも特に直径2.5μm以下の小さな粒子がPM2.5と呼ばれています。PM2.5は髪の毛の太さの1/30程度と非常に小さく、肺の奥深くまで入りやすいことから、近年その実態や影響が調査されています。

微小粒子状物質の発生源

 微小粒子状物質の発生源としては、ボイラー、焼却炉や自動車、船舶、航空機のエンジンなどの人為起源と火山や黄砂などの自然起源が考えられています。それ以外にも自動車のブレーキ等の強い摩擦によっても発生します。

 鉄道においては、ブレーキの他に、レールと車輪、パンタグラフと架線のように物質同士が擦れ合う箇所からの発生が考えられています。特に、地下鉄では発生した粒子状物質が空間に滞留しやすいことが懸念されるため、近年海外で多くの調査結果が報告されていますので紹介します。

海外地下鉄のPM2.5

 地下鉄環境における調査報告は13カ国、17都市(北京、広州、香港、上海、ブダペスト、ブエノスアイレス、ヘルシンキ、ロンドン、ロスアンゼルス、メキシコ、ニューヨーク、パリ、ソウル、ストックホルム、シドニー、台北、バルセロナ)で行われています。ホームにおけるPM2.5濃度範囲は32~480μg/m3、車内では15~200μg/m3と都市によって大きな違いがあることが分かっています。ここでは、スペインにおける取り組みについて紹介します。

スペイン地下鉄における取り組み

 スペインでは、EUの環境・気候政策への貢献を目的とした「LIFE」プログラムからの補助を受け「IMPROVE LIFE」プロジェクトを行っています。この一環として、バルセロナにおいて、都市の大気環境に比べてあまり注目されていなかった地下施設、特に地下鉄の環境に着目し、よりよい環境を提供することを目的にプロジェクトを進めています。手始めとして、地下鉄の現状を把握するための調査を開始し、ホームと車内に設置した計測機器で長期的にPM2.5の観測を行っています。このプロジェクトは2016年9月まで続けられ最終報告がまとめられる予定ですが、その一部のデータが既に公開されています。

 報告1)によると、バルセロナ地下鉄のホームにおけるPM2.5濃度は、32~125μg/m3、車内では15~57μg/m3でした。バルセロナ地下鉄のホームにおけるPM2.5濃度を外気と比較したところ、1.3~6.7倍の値を示しました。同様な結果はストックホルム地下鉄の調査結果からも示されています(5~10倍)。これらの結果から地下鉄のPM2.5は外気に由来するのではなく、地下鉄システムが発生源と考えられています。

 また、車内のPM2.5濃度は車両の空調が稼働時に低下し、稼働を停止すると高くなることが確認されました。同様に、ホームでの濃度についても、空調の稼働率が高い暑い季節では寒い季節と比べて濃度が低くなることから、適切な換気とフィルターによって濃度を低く保つことができると考えられます。最新の換気システムを導入した新しい路線では、古い路線と比較すると、PM2.5濃度は1/2以下であることが示され、適切な換気の効果が確認されています。

おわりに

 このプロジェクトにおいては、改修工事の際に発生する微小粒子を抑さえる手法や微小粒子の発生が少ないブレーキ等の部材開発なども視野に入れた地下鉄大気環境の向上を目的に活動を行っています。この様な取り組みは、地下鉄利用者のみならず、従業員の快適性・安全性向上のために重要であるので、今後の研究開発に期待したいと思います。

参考文献

1) Va^nia Martins., et al, Exposure to airborne particulate matter in the subway system, Sci. Total Environ. 511,711-722,2015

(生物工学グループ 志村稔)