なぜそんな判断をしてしまうのか?

 本稿では、心理学の世界で知られている偏った意思決定を紹介し、人がどんな判断を下しがちなのかを解説するとともに、鉄道総研で現在実施中の意思決定の研究について紹介します。

損するときには一か八か

 ①必ず1000円もらえるカードと、②1/2の確率で2000円もらえるカード、あなたはどちらのカードを選ぶでしょうか。一般的には①のカードを取る人が多いことが知られています。

 逆に、①必ず1000円取られるカードと、②1/2の確率で2000円取られるカード、どちらかのカードを取らなければいけないとしたらどうでしょうか。こちらでは②のカードを選ぶ人が多いことが知られています。

 このように、人は自分が得する場面では、得られる結果が大きくなくても、ギャンブル的な側面が無く確実性が高い選択肢を重視する傾向があります。逆に、自分が損する場面では、ギャンブル的な側面があって確実性が低くても、損しない可能性がある選択肢を重視する傾向があります。

自分は結構凄い

 事故のような、悪い出来事の原因を考える場合、自分が起こした場合は自分に関係のない環境要因が思いつきやすく、他人が起こした場合にはその人に関係する個人要因の方が思いつきやすくなることが知られています。また、ほとんどの職業人は、自分は平均よりも高い水準の技能を持っていると考えていることも知られています。

 このように、人は自分に都合のよい、自分に有利な判断をしがちで、それが無意識的に行われる例もあります。

今回に限って大丈夫

 しかし、「自分に都合のよい」というのは、その時点での都合のよさに過ぎない傾向もあります。

 たとえば、ビル内で火災報知機が鳴ったときに、すぐに避難行動を取る人が少ないことが知られています。このように明らかに危険な情報であっても、今回は大丈夫、私には該当しないという判断をしてしまいがちな傾向があります。これは、面倒な避難や対処行動を取らなくてもよいという点で、短期的には自分に都合のよい判断ですが、もし本当に危ない状態だった場合には取り返しがつかない事態を引き起こしてしまいます。

意思決定場面の再現課題

 仕事において偏りのない意思決定をすることは、エラー防止のために重要ですが、自分の意思決定の偏りを自覚することは困難です。また、教育訓練などの場面では実際の意思決定とは異なる「高い評価がされそう」な意思決定をしがちなため、作業場面における意思決定は、なかなか再現されません。

 そこで鉄道総研では、作業場面においてなぜ偏った意思決定が発生してしまうのかを明らかにするため、作業場面を模擬した意思決定場面再現課題を試作し、意思決定エラー防止のための研究に取り組んで行こうと考えています。

 上記の課題は作業後の確認をするかどうかという意思決定場面を再現したものです。9文字のカタカナから特定の文字を探す5画面分の探索作業と、見直しの判断を求められる画面での意思決定から構成されています。見直しをすると、見直し分のコストとして、探索画面が2画面分追加されます。見直しをせずに、探索作業にミスがあると10画面追加されますが、ミスが無ければ追加はありません。この課題では、探索のミスの有無がわからないのに見直しをしないという意思決定がしばしば行われることを確認しました。

 今後は試作課題の検証を進め、偏った意思決定を確認できる状況を整えて、その発生に関与する要因を明らかにしていく予定です。

  • 図1 試作した意思決定場面再現課題(作業後確認の要否を判断する課題)
    図1 試作した意思決定場面再現課題(作業後確認の要否を判断する課題)

(安全心理グループ 北村康宏)

ヒヤリハット情報のヒューマンファクタ分析法への活用

はじめに

 ヒューマンエラーに起因する事故を防止するためには、そのヒューマンエラーを誘発する背景要因を調査分析し、対策を講じる必要があります。そこで、鉄道総研では、「鉄道総研式ヒューマンファクタ分析法」を開発し、その技術指導を行ってきました。

 この手法では、時系列対照分析表を用いて、「求められている行動」と「実際の行動」とのズレを特定し、その全てを分析対象としています。それは、事故の直接原因の再発防止だけではなく、事故の発生を契機とした作業全体の見直しを行うことで、他の事故の未然防止につなげることも目的としているからです。そのため、事故の発生に直接関係していなくても、事故と同時にエラーが発生していれば分析対象となり、数が多い場合は、調査や分析に時間を要することもありました。しかし、調査や分析に投入できるリソースは無限ではありませんから、時間がかかりすぎるのは問題です。

 そこで、「鉄道総研式ヒューマンファクタ分析法」による分析を効率よく行うための工夫を検討しました。ここでは、その概要を紹介します。

ヒヤリハット情報の活用

 リスクが大きいエラーを対策検討が必要な分析対象として特定し、分析対象を限定する方法を検討しました。そして、リスクの大きさを把握するための情報として、既に顕在化した事故の情報だけではなく、ヒヤリハット等の潜在的な事象を活用しました。報告されたこれらのリスク情報を用いてリスクマップを作成します。時系列対照分析表で特定したエラーについて、発生し易さとその最悪の影響評価(重大性)の大きさをリスクマップで確認します。

 すると、エラーの中には、今回の事故の発生には直接関係はなかったし、過去のリスク情報に照らし合わせても発生しにくく、最悪でも安全性には影響しないものがあるかもしれません。

 一方で、今回の事故の発生には直接関係はなくても、重大性の大きい結果に至る可能性があるエラーや、過去の報告頻度から発生し易いと考えられるエラーもあるかもしれません。それらについては、今回の事故の発生には直接関係がないとして、放置せず、エラー防止を検討するために、優先的に十分な背景要因の分析を行なうべきです。

おわりに

 鉄道事業者ではリスク情報の収集に取り組んでいますが、ヒヤリハットが集まれば、次の段階として、情報の全体像を俯瞰的にとらえ、安全管理に活用する仕組みの整備が課題となります。ここで紹介した、分析法の効率化の工夫は、リスク情報の活用方法の一つとして提案したものです。

 ただし、過去に重大な事故に至らなくても、あるいは、ヒヤリハットの報告が少なくても、実際にエラーが起きているのであればエラーが発生できない状況に改善することが望まれます。分析対象の限定は、あくまで優先的に取り組むべき課題を把握するための目安に過ぎません。

 また、ヒヤリハット情報を十分に収集するためには、作業の実態を率直に話し合える安全風土の醸成などの活動も併せて重要です。そのため、「仕組みとしての安全」をさらに強固なものとするため、安全風土醸成のための支援にも、引き続き取り組みます。

  • 図1 リスク情報を用いたリスクマップから分析対象を特定する方法の概要
    図1 リスク情報を用いたリスクマップから分析対象を特定する方法の概要

(安全性解析グループ 宮地由芽子)

ホーム柵にかかる荷重を推定してみる

はじめに

 近年、主要な路線における駅ホームにて転落防止用ホーム柵の設置が進んでいます。ホーム柵の設置に関する課題として、異なる車両扉とホームドアとの位置の対応や、古い駅などではホーム柵の構造を支えるためにホームの補強工事が必要とする場合があり、時間・費用が多くかかるのが実状です。

 現在このホーム柵の水平方向の耐荷重は、慣例的に幅1m当たりに最大250kgfを想定して設計されていますが、これは定められた技術基準ではありません。そこで様々な状況が想定される駅ホームにおいてホーム柵に作用する水平荷重を精緻に把握し、根拠に基づいてホーム柵に必要な強度を求めることが、結果的により合理的な強度設計に繋がり、低コスト化できる可能性があります。

 ホーム柵に作用するのは、地震時の揺れや自然風などにより生じる水平力や列車通過時に発生する圧力変動で生じる力などですが、ここではホーム上に旅客が密集した結果、ホーム柵が押されることにより発生する水平荷重(専門用語で群集推力といいます)を推定した結果を紹介します。

ホーム柵に作用する群集推力の推定

 ホーム柵に作用する群集推力を推定する方法として実験による方法が挙げられます。過去には群集密度と群集圧力の関係を調べた吉村らによる詰め込み実験1)などもありました。

 しかしながらこの実験に使用された壁面と現在対象としているホーム柵の形状の違いなどから、この実験結果をもとに群集推力を推定するのは困難です。また実験には、被験者の安全性や個人差(体格や姿勢)による結果の安定性の確保など、様々な制約もあります。そこで条件を単純化して、シミュレーションによりホーム柵に作用する群集推力が計算できるか試みました。

 シミュレーションにはTASS International(株)が提供している数値解析ソフトウェアであるMADYMO、及びこれに含まれるダミーモデル(図1)を使用することにしました。

 ホーム上で最も旅客が密集することが予想される階段横などの狭い箇所(以下、ホーム狭隘部とする)で旅客が密集する状況(群集密度約9~12人/㎡:ホームが最も混雑した際に想定される群集密度)を想定し、ホーム柵に作用する群集推力を試算しました。ホーム狭隘部は片側を人体の身長より高い壁とし、一般的に採用されている高さが1.2mのホーム柵を壁から1.1m離して設置しました(図2)。ホーム柵と壁の間に線路と平行な向きに立たせたダミーモデル23体を並べて立たせ、群集密度が約9~12人/㎡になるよう前後の板の位置を移動させて床面積を調節し、ダミーモデルがホーム柵に接触して発生する力を求めました。その結果、群集密度が9人/㎡から12人/㎡へ増加すると、群集推力は約2.2倍に増加し、約55kgf/mとなることがわかりました。

  • 図1 ダミーモデル
    図1 ダミーモデル
  • 図2 ホーム狭隘部シミュレーション
    図2 ホーム狭隘部シミュレーション

おわりに

 シミュレーションから、ホーム上の混雑の度合(人の密度)もホーム柵にかかる力を検討する上で、配慮すべきことが示唆されました。しかしながらこの結果はダミーモデル、すなわち旅客にみたてた人形を使用し、単純な条件に限定して求められたものです。「ホーム柵に寄り掛かる」「ホーム柵に倒れ込む」「ホーム柵を故意に押す」などの状況は想定されていません。これら想定されうる荷重を把握することで、より適切な強度設計に繋げることができるでしょう。

参考文献

1)吉村英祐:“群集事故を解析する-明石歩道橋事故での群集圧力と群集密度の推定-”、生産と技術、第59巻、第3号、2007

(人間工学グループ 榎並祥太)

目に入っているのに見えていない現象とは

注意の錯覚

 視覚的には、十分に認識可能と思われる状況で情報が与えられているにも関わらず、その情報に意識的な注意を向けていないことで、情報の検出ができない現象のことを「非注意による見落とし」や「注意の錯覚」と呼びます。

 米国の大学で次のような実験が行われました。キャンパス内の交差点で大道芸人に派手な服装を着て一輪車に乗っていてもらい、その交差点を通り過ぎた通行人を呼びとめ、交差点で何か変わったものを見なかったかと尋ねました。その結果、携帯電話で話しながら歩いていた通行人は、大道芸人を見落とす確率がかなり高くなることがわかりました。これは、会話に気をとられることで、目に入っているにも関わらず、大道芸人を見落としたと解釈され、「注意の錯覚」が生じたと解釈することができます。

 注意の錯覚は、当然見えているはずのものを見落とすという点で、本当にそんなことが起こるのかと疑問を持たれる点に特徴があります。しかし、実際にこのような現象が起こることは、基礎的な実験によっても多数、確認されております。また、実際の事件や事故の背後でも生じていると考えられます。例えば、2001年に起きた練習船えひめ丸の衝突事故の背後にも同様の見落しがあったことが指摘されています。

意識していないと見落とされやすい

 人は、目の前のものすべてが見えていると当たり前のように思ってしまう、誤った思い込みを持っていますが、実際は、私たちは、どんな瞬間も目の前のごく一部しか意識しておらず、意識していないものは、見えていないことがあります。

 上記の例でいえば、通行人が、一輪車に乗った大道芸人を意識していないと、ピエロの存在は、たとえそれが通行人の目には入っていたとしても、見えていないということが起こり得ます。つまり、人は無意識のうちに、自分の探しているものを見つけようとしており、そうでないものは、見えていない、あるいは、無視するということがあるのです。

 私たちの脳は機能上、網膜に映る世界を脳内にそのまま復元するようにはできていません。それは、人が意識や注意を集中できるという極めて重要な能力があるが故に起きる現象とも言えます。見落とされても、不要な情報を無視できることで、私たちは、脳の有限な情報処理を効率的に、また、迅速に行うことができます。問題は、注意を向け、意識的に認識される情報が驚くほど少なく、大半が見落とされ、無視されているということに、私たち自身がほとんど気づかないことです。

錯覚に引きずられないようにするには

 このように人の脳の機能上、見落としが起きるのは、ある程度、仕方がない部分はありますが、想定外のものを見つける確認業務や監視業務に就く人にとっては、そのようにも言っていられません。異常を検知する装置などのハードウェアを導入することは、人の知覚能力の限界を補うのに役立ちますが、残念ながらそれで全てを解決できるわけではありません。そのため、複数の対策をうつことが重要になります。

 その一つとして、まず、注意の錯覚について「知ること」が有効だと思われます。その上で、自分にも注意の錯覚が起こり得ることを「自覚すること」が重要です。そして、それを回避するための適切な「対処行動をとれること」がより一層重要です。それには、自分自身の感情、知覚、行動の状態を客観的に観察し、対処行動を確実にとれるように導いたり、軌道修正を行ってくれたりするガイド役を務めてくれるもう一人の自分を自分の中に作りだすことが求められます。このもう一人の自分を自分の中に作りだす能力のことを、メタ認知能力と呼びます。

おわりに

 鉄道には、目視での確認業務や監視業務が多くあります。そのため、そのような確認業務や監視業務に就く人のメタ認知能力を高めることできれば、注意の錯覚に引きずられるのを少しでも避けることが期待できます。そのため、筆者は、鉄道の具体的な確認業務、監視業務に応じて、注意の錯覚を回避するための対処行動について明らかにし、業務に携わる人のメタ認知能力を高めるための教育方法について開発していきたいと思います。

(人間工学グループ 山内香奈)

エスカレーターでの片側空け

はじめに

 エスカレーターでの「片側空け」は良くみられる光景です。空け方には地域性があり、関東エリアでは立ち止まる人は左側に、関西エリアでは右側に立つことが慣習となっています。欧州でもこの慣習は一般的で、関西エリアと同様に立ち止まる人は右側です。近年国内ではエスカレーターで歩かないよう呼びかけていますが、ロンドン地下鉄でも歩行禁止に向けた検討が始められました。

国内外のエスカレーター利用事情

 国内の鉄道事業者や日本エレベーター協会はエスカレーターで立ち止まるようアナウンスするためのポスターを作成し啓発活動を行なっています。利用者同士の接触による事故の防止や、片側のベルトしかつかめない利用者(例えば、左手を骨折している利用者は、関東エリアで左側に立った場合ベルトを掴むのが難しいです)、杖などを持った利用者や小さな子供と並んで乗る利用者など、一方の側に寄るのが難しい利用者への安全性の配慮のためです。

 欧州では現在も片側空けは強く推奨されています。例えば、英国ではエスカレーター脇に「Please standon the right(右側にお立ち下さい)」と書かれたサインが多数配置され、駅によってはエスカレーターのステップに足跡マークがペイントされています(図1(a))。また、右側に立つことを促すためのポスターを貼っている事業者もあります。ドイツのある空港では、エスカレーター入口床に右側に立つ指示がペイントされていました。

 このように、欧州では片側空けが徹底されていますが、この慣習により問題が発生している場合もあるようです。

ロンドン地下鉄における新しい試み

 近年、ロンドン地下鉄では、エスカレーター入口に旅客が右側に立つための列ができて、特にラッシュ時に非常に混雑する問題が発生しているようです1)。そこで、混雑緩和を目的にHolborn駅で両側に立つことを推奨するトライアル実験が2015年に3週間行なわれました。その結果、エスカレーターの「両側立ち」により混雑が30%減少するという結果が得られたそうです。

 この駅は、ロンドン地下鉄の駅の中で最も深く、混雑している部類に入る駅(利用者が2012年から2015年までに30%増加している)であり、夕方のラッシュ時には駅への入場制限をすることが多いそうです。しかしながら、駅の拡張工事には多額の予算がかかることから、ソフト面の対策を検討し始めました。トライアル実験の結果を受けて、同駅では2016年4月から半年間の予定で実験が再度行なわれています。旅客へのアナウンスの例として、エスカレーター入口のスクリーンに並んで立つように指示する女性の映像を繰り返し流したり、エスカレーターのステップの両側に足跡のペイントをしたりしています(図1(b))。

  • 図1 英国のある駅のエスカレーターステップの例
    図1 英国のある駅のエスカレーターステップの例

おわりに

 ロンドン地下鉄では両側立ちにより、混雑が緩和される効果がみられたそうですが、エスカレーターの長さ・速度・設置数や利用者の人数・状況・気質などにより、効果の程度は変化しそうです。

 国内でも立ち止まる側に並ぶために、長い列が発生する状況がみられます。その際、エスカレーター利用者でない人がエスカレーターに接する通路や店舗に行くために、この列を横断するか列の最後尾から回り込まなくてはならない状況も見られ、一時的に移動のバリアが高くなっています。両側立ちにより、長い列が短くなるのであれば、現在啓発されているエスカレーター上での立ち止まりは、利用者の安全性を高めるだけでなく、移動に関するバリアを低くする施策を兼ねるといえます。

(人間工学グループ 中井一馬)