ヨーロッパの鉄道省エネルギー政策Railenergy

 東日本大震災以来、日本全体が省エネルギー施策を強く求められています。実際、2011年7月には政府の「夏期の電力需給対策」及び電気事業法に基づく電気使用制限により、東京電力及び東北電力管内の各鉄道事業者は12 時から15 時までの間、前年夏の同期間における使用電力から15%の電力節減を求められました。これに対して、鉄道事業者が節電ダイヤ・空調照明調整・駅付帯電力の節減等の必死の努力によって、目標を達成したことは記憶に新しいところだと思います。
 さて、日本ほどの切迫感はないとしても、欧州でも鉄道の省エネルギー政策が進められているのでここで簡単に紹介いたします。2010 年まで4 年間にわたったRailenergy はEU(欧州連合)資金による研究プロジェクトで、UIC(世界鉄道連盟)や欧州の鉄道業界団体・メーカおよび一部の鉄道事業者が実行メンバーとなっており、その成果はhttp://www.railenergy.eu/ その他に公開されました。
 Railenergy では、まずその意義を欧州全体の目標である地球温暖化防止とし、全ヨーロッパの鉄道の省エネルギー目標を2005 年基準で2020 年までに6%と設定しました。そして輸送量あたり電力消費率や回生率といった省エネの指標を明確に定義し、各省エネ施策の導入効果を定量化して提示するだけでなく、裏付けとなるシミュレーション計算の方法まで技術標準として公表しています。
 それではRailenergy の具体的な省エネ施策は何なのでしょうか。いくつか例を示します。
 1) 運転士への省エネ運転方法の指導(導入効果は直流き電で2-6%、交流き電で2-6%)
 2) 車上電力貯蔵装置の導入(直流き電で5-15%の効果)
 3) 回生可能直流き電システム(変電所インバータ設置等、9-11%の効果)
 4) 地上電力貯蔵装置の導入(直流き電で3-10%の効果)
 5) 直流き電の昇圧(3kV から4kV へ、5-15%の効果)
ここに紹介した以外にも、超電導変圧器導入といった新技術もいくつか提案されてはいますが、基本的にRailenergy は画期的な新技術による節電を目指しているわけではないようです。むしろ、日本でとっくに実現されているような、今できる施策を着実に実施することが優先されています。
 このようなRailenergy は、その技術的内容よりも、大義名分の定義・堅実な目標設定・共通省エネ指標策定・定量的評価といった議論の進め方に注目すべきかと思います。省エネ施策は、節約できるエネルギーのコストと施策に必要なコストを計算すると、なかなか思い切った実行に踏み切れない場合もあります。これに対して、欧州では大義名分を掲げることによって、鉄道および関連業界だけでなく、外部からの資金導入の道筋も付けようというしたたかな戦略が伺えます。
 なお、本稿の内容は私がJ-Rail2011 に発表した原稿の抜粋です。詳細はそちらをご覧ください。

(き電 兎束哲夫)

プラズマアクチュエータを利用したパンタグラフ舟体周りの流れ場制御手法の検討

 新幹線の沿線騒音低減にとって、パンタグラフ舟体からの空力音低減は重要な課題となっています。
 鉄道総研では現在、流れ場制御技術の適用によるパンタグラフ舟体からの空力音低減手法の検討に取り組んでいます。今回はその中でもプラズマアクチュエータ(以下、PAと略記)を用いた流れ場制御に関する研究についてご紹介いたします。なお、本研究は慶應義塾大学理工学部機械工学科深潟研究室との共同研究として実施しています。
 図1に代表的なPAの構成を示します。図1に示すように、PA は誘電体を電極で挟んだ構造をしており、電極間に数kHz-数kVの交流電圧を印加する事によって誘電体表面にプラズマを発生させ、その作用によって物体表面にジェットのような流れを誘起します。PA は薄く、可動部を持たないといった利点があり、近年流れ場制御装置として注目されている装置です。また、誘電体には市販のカプトンテープやテフロンシートなどを、電極には市販の銅箔テープを使用する事ができ、供試体の製作が容易であるというメリットもあります。平成23年度はPAによる円柱まわりの流れ場制御効果の確認試験を実施しました。図2は試験で使用した円柱供試体であり、φ25mmのアクリル製円柱に、カプトンテープと銅箔テープを貼り付けてPA を構成しました。図3はプラズマ発生状況であり、紫色に光って見えるのがプラズマです。図4はこの円柱供試体を用いて、流れ場の可視化試験を実施した結果です。PA を動作させない場合(図4(a))には円柱後流で強い乱れが生じているのに対し、PA を動作させた場合(図4(b))には乱れが低減されている様子がわかります。パンタグラフ舟体からの空力音は、後流に生じる乱れに起因する空力音であることが知られており、PA による流れ場制御のメカニズムを空力音低減に適用できることが期待されます。今後は、パンタグラフ舟体を供試体とした風洞試験を実施し、PAによる流れ場制御効果の確認やそのメカニズムの解明を通して、新たな空力音低減手法を提案したいと考えています。

  • 図1 プラズマアクチュエータの構成
    図1 プラズマアクチュエータの構成
  • 図2 PA付円柱模型
    図2 PA付円柱模型
  • 図3 プラズマの様子
    図3 プラズマの様子
  • 図4 PA付円柱まわりの流れ場の可視化試験結果
    図4 PA付円柱まわりの流れ場の可視化試験結果

(集電力学 光用 剛)

各種電車線金具振動試験方法の比較

 電車線金具の振動試験は、1968 年に国鉄の技術基準であるJRS(Japanese National RailwayStandard)で初めて制定され、現在、JIS に規定されている振動試験においてもその条件が用いられています。図1 にJIS 及びJRS とEN 規格(欧州規格)における電車線金具振動試験方法の比較を示します。
<JIS E2002>
 JIS における電車線金具振動試験方法の規定は1981 年に追加されました。一定の複振幅20mm と周波数3~5Hz で2×106回の加振を行うものとし、トロリ線を大弧面から正弦波で加振します。トロリ線支持間隔は1500mm 以上としますが、具体的な張力の指定はありません。
<JRS>
 JRS においては1968 年に改定された「ハンガーイヤー(新幹線用)」で振動試験方法の規定が追加されました。ここで、加振回数は(1)式から算出されています。(1)式において、α=60%、A=0.016とした場合、Y=1.8×106 回となるため、余裕を持たせて2×106 回と定められました。
・・・・(1)
Y:金具が受ける打撃数[回]
B:1年間の通過パンタ数[万パン]
Z:トロリ線耐用年数[年]
R:GT110トロリ線の新品直径12.34[mm]
r:GT110トロリ線の摩耗限度直径 7.5[mm]
α:トロリ線の利用率[%]
A:摩耗率[mm/万パン]
<EN50119>
 欧州の規格であるEN50119 の振動試験の対象金具はドロッパとコネクタのみで、コネクタでは160km/h 以上の走行区間で使用する金具のみを対象としています。また、ドロッパでは金具に作用する力(軸力)を規定しています。振動波形は、圧縮には半弦波、伸縮に矩形波(一定伸長力)を加えます。加振回数・振幅・振動箇所はJIS やJRS の電車線金具振動試験方法とは異なります。
 近年、新幹線の速度向上や架線条件の変更、列車通過数の増大に伴い、パンタグラフが電車線金具に与える振動が制定当時と異なる可能性があります。そのため、今後、実設備において電車線金具に加わる力を測定し、現行の試験方法との整合性を確認していきます。

  • 図1 わが国と欧州EN 規格の電車線金具振動試験方法
    図1 わが国と欧州EN規格の電車線金具振動試験方法

(電車線構造 菅間陽二)

トロリ線の通電摩耗特性

 集電材料であるトロリ線とすり板の摩耗を低減するため、摩耗のメカニズムについて研究を実施しています。トロリ線摩耗が大きい箇所について、摩耗を低減するためには、まず『どのような摩耗をしているのか?』を把握することが必要になります。ここでは、トロリ線の通電摩耗について基礎的な実験結果を示し、トロリ線の通電摩耗形態と、各摩耗形態の摩耗特性について紹介します。
 図1 に硬銅トロリ線と鉄系焼結合金すり板の通電摩耗試験におけるトロリ線摩耗率を示します。使用した摩耗試験機は電力ニュース87 号(平成23 年9 月発行)でも紹介した直動摩耗試験機であり、速度200mm/s という条件で、通電電流とすり板の押付荷重を変化させて実施したものです。この図より、通電電流が0A(すなわち無通電時)の条件では、トロリ線の摩耗率はすり板押付荷重に比例することが分かります。また、無通電時のトロリ線摩耗面は図2(a)のように、摩擦方向の線条痕が確認できます。一般に機械的摩耗と呼ばれる摩耗形態です。また、100A を通電させた場合でも、すり板押付荷重が十分にあれば、トロリ線の摩耗形態は図2(a)のようになり、摩耗率も無通電時と同等であることがわかりました。つまり、トロリ線のしゅう動面が線条痕である場合、摩耗に対する通電の影響はほとんどなく、すり板押付荷重に依存することがわかります。
 100A を通電した場合、ある荷重(今回は約10N)でトロリ線の摩耗率が無通電時よりも1 桁大きい極大値を示すことがわかりました。このときのトロリ線しゅう動面は図2(b)のようになり、トロリ線溶融による微小なクレーターが発生します。この条件ではトロリ線摩耗の進行が非常に早くなるため、電気的な局部摩耗や異常摩耗につながると考えます。ただし、トロリ線摩耗率が極大を示す条件は、集電材料や集電電流によって変化するため、予測するためには更なるメカニズム解明が必要と考えます。また、すり板押付荷重が更に小さくなるとアークが発生し、トロリ線しゅう動面は図2(c)のようになりますが、トロリ線摩耗率は無通電時と同等にまで減少することがわかりました。現場においてもアーク痕のみが確認される 個所では、トロリ線摩耗が進行していないことがあり、トロリ線の電気的摩耗はアーク発生直前の溶融に起因する という考え方ができます。
 今後、摩耗メカニズムについて更なる研究を実施し、トロリ線やすり板などの材料開発指針、摩耗低減のための電車線の構成やパンタグラフ動特性などの改良指針を提案したいと思います。

  • 図1 すり板押付荷重とトロリ線摩耗率の関係
    図1 すり板押付荷重とトロリ線摩耗率の関係
  • 図2 トロリ線しゅう動面写真(光学顕微鏡×50倍)
    図2 トロリ線しゅう動面写真(光学顕微鏡×50倍)

(集電管理 山下主税)

(ワンポイント講座)誘導電圧低減対策の一考察

 在来線交流電気鉄道においては、停電作業時に隣接する活線の電車線路からの誘導電圧の影響が懸念されています。過去には、この誘導電圧の影響により、作業員が電撃を感じるといった事象も報告されています。そこで、無加圧線に誘導電圧が発生した場合に想定される事象について検討し、実際に平行区間距離約 9 km の箇所で測定しました。
 き電回路を 図1 に示します。測定の結果、上り線が約 22 kV で加圧されている場合、下り線への誘導電圧は約 3 kV でした。
 次に、前述のように下り線のトロリ線に電圧が誘起された場合に、図2 のような経路で電流が流れると推定されます。トロリ線・レール間に取付けた接地器の接地線を通してトロリ線からレールに流れる場合を経路①、作業員がちょう架線がいしの両端に接触しうるがいし取替作業等において固定ブラケットからコンクリート柱を通して大地へ電流が流れる場合を経路②とします。これらの電流経路を検証するため、接地線電流、レール・接地器間の接触抵抗及び、コンクリート柱抵抗を測定しました。
 まず接地線電流を測定したところ、レール・接地器間の接触抵抗の大きさに関わらず約 180 mA の電流が確認されました。
 次にレール・接地器間の接触抵抗測定の結果、ワイヤブラシまたは工具を使用してレールを磨いた場合、磨き方に関わらず接触抵抗値は 2 MΩ 程度でした。一方、紙やすりを使用してレールを磨いた場合は、数回レールを磨くことにより、接触抵抗が10 Ω 以下と大きく低減されることが確認されました。これは、本測定で使用した接地器の取付け金具とレールが接触している箇所、すなわちレール底部の角を良く磨くことが、レール・接地器間の接触抵抗値の低減に大きく影響したと考えられます( 図3 )。この接触抵抗値が大きい場合、経路①を流れる接地線電流が経路②に分流することになります。
 さらに、昼、夜、乾燥状態及び湿潤状態のコンクリート柱の接地抵抗値の測定結果を表1 に示します。乾燥状態のコンクリート柱は数千 kΩ と高い抵抗値を示しますが、雨天時等の湿潤状態では乾燥状態の 0.08 ~ 0.59 % 程度と抵抗値が大幅に下がりました。また、図1 のA 点で夜間測定した湿潤状態の抵抗は、乾燥状態の 50 % 程度でした。このように、湿潤状態でコンクリート柱の抵抗値が大幅に低下すると、ますます経路②の電流が増加します。
 このように、隣接回線の誘導電圧の影響により、無加圧線の接地器の取付け状況及びコンクリート柱の抵抗値によっては、経路②のように固定ブラケットからコンクリート柱を通して電流が流れる場合があることがわかりました。特に、雨天時等に低下するコンクリート柱の抵抗値によっては、20mA 程度と人体にとっては有害な電流が流れる可能性があります。
 したがって、がいし取替作業等では、接地器取付け下部がレールと接触する箇所をしっかりと磨くことが重要になります。
 なお、末筆ながらフィールド試験にて多大にご協力頂いたJR 西日本殿に深く感謝致します。

  • 図1 き電回路
    図1 き電回路
  • 図2 電流が流れる経路
    図2 電流が流れる経路
  • 図3 接地器取付け下部(例)
    図3 接地器取付け下部(例)
  • 表1 コンクリート柱抵抗測定
    表1 コンクリート柱抵抗測定

(き電 田中弘毅)