集電関係の国際規格に関する動向

 電気関係の国際規格を作成しているIEC(国際電気標準会議)という団体がありますが、この団体の中にTC 9という専門委員会があり、「鉄道用電気設備とシステム」についての国際規格を発行しています。TSI(相互運用性のための技術仕様書)やEN(欧州規格)などにより、地域規格が整理されてきている欧州と比較して、独自の発展を遂げてきた日本の鉄道は、国際規格化では若干の遅れをとっている状態ではありますが、JRを始めとする鉄道会社やメーカーの専門家の協力を受け、日本のシステムが国際規格として認められるよう、各分野において日々活動が行われています。ここでは集電関係に絞って、現在審議中および今後審議が開始される予定の国際規格(図1)について、簡単にご紹介いたします。


  • 図1 現在審議中および今後審議が開始される予定の集電関係の国際規格
    図1 現在審議中および今後審議が開始される予定の集電関係の国際規格

○現在審議中の規格

①パンタグラフの特性及び試験方法(IEC 60494)

 幹線鉄道用パンタグラフと地下鉄・LRT用パンタグラフに分けて、パンタグラフの電気的・機械的特性や試験方法について規定しています。現在、CDV(投票用委員会原案)へのIEC加盟国による投票が完了したところで、日本の要求は概ね受け入れられています。また、パンタグラフと車両とのインターフェース(碍子位置や配管位置など)についてもENベースの技術仕様書が今後IECに提案される予定です。こちらは日本と欧州とでは大きな差異が予測される上に、国内の規格統一が図られていないため、難航が予想されます。

② 架空電車線(IEC 60913)

 架空電車線やその支持物の構造や電気的・機械的要件、電車線金具に関する試験方法などについて規定しています。現在、最終投票のためのFDIS(最終国際規格案)がIEC中央事務局より回覧されるのを待っている状態で、日本の要求は概ね受け入れられています。

③ 架空電車線路サポート用絶縁ロープ(IEC 62724)

 併用軌道のスパン線等に用いられる絶縁ロープについて電気的・機械的特性と試験方法を規定しています。現在、CDVが回覧されるのを待っている状態です。耐腐食性材料として絶縁ロープを吊架線として使用する場合を加味するよう日本から要求しました。

○今後規格化が始まる予定の規格

④ パンタグラフと架空電車線間の相互作用の技術基準(IEC 62486)

 トロリ線高さ、パンタグラフ舟体の形状、パンタグラフ接触力や離線率の基準値について規定しています。日本の可視光式離線測定の基準値なども追加されたものが、すでに国際規格として発行されていますが、今年発行されたEN 50367の改訂版がIECに改訂規格の原案として提案され、審議される予定です。前回の規格審議の際に日本からの意見で修正した点については繰返し提案を行いつつ、接触力の基準値などについても日本からの意見を述べる必要があります。

⑤ パンタグラフと架空電車線の動的相互作用の測定の妥当性に関する要求事項

 上述の④と表裏一体の規格で、パンタグラフ接触力、トロリ線押上量、離線アークの測定法について規定しています。今年1月に改訂されたEN 50317を原案として、国際規格化の審議が今後開始する予定です。

⑥ パンタグラフと架空電車線の動的相互作用のシミュレーションの妥当性

 架線・パンタグラフの動的シミュレーションに関する要件を規定します。欧州の計画では上述の⑤と同時に、EN 50318を原案としてIECに提案する予定となっているため、近いうちにIEC規格化が動き始めるものと思われます。

⑦ 銅及び銅合金トロリ線

 トロリ線の材料的・電気的・機械的特性と試験方法を規定します。元規格となるEN 50149が今年6月に改訂されたため、この改訂版ENを原案としてIECに提案される予定です。EN 50149の日本との違いは、トロリ線断面形状、材質識別用溝、材料などがあげられ、試験方法についても差異があるため、日本から修正提案を行う必要があります。
 他にも集電系ではIEC 62499(カーボンすり板の試験方法)やIEC 62621(架空電車線システムで使用される複合絶縁体の特定要求事項)といった国際規格が既に発行されています。


 日本と欧州の鉄道には、様々な設計思想の違いが存在します。集電系においてもこの違いは少なくありません。例えば日本は高い列車密度を前提としているために、トロリ線の歪みに対する配慮から、パンタグラフの押上力を低く設定しています。また、鉄道沿線の騒音レベルも厳しく設定されているために、新幹線用パンタグラフは空力騒音の低減を重視せざるを得ず、これが集電性能の向上に対して制約となるケースもあります。更に欧州と比較すると独自のシステムを使用しているために、欧州との議論で多数決となると不利になってしまいます。また、前述のパンタグラフと車両とのインターフェースのように国内ですら規格統一が図られてないケースもあります。このような中で、日本の考え方を包含するように国際規格を修正していくのは容易ではありませんが、今後も皆様のご理解・ご協力をいただきますようよろしくお願いいたします。

(集電力学 臼田隆之)

列車通過時における電柱振動の抑制対策

 電車線を支持する電車線柱(以下,「電柱」と略記)は,地震や列車の通過により,電柱基礎部が加振されることで曲げ振動が発生します。特に,入力となる加振振動数が電柱の固有振動数に近い場合,共振現象が発生し,電柱の振動が大きくなることがあります。このような共振現象による振動を抑制する様々な対策が提案されています。
 図1に示すように電柱の地際付近に振動抑制部材を取り付け,電柱の剛性を上げることで電柱の固有振動数を変化させ,共振現象が起こらないようにする方法の実施例とその効果について紹介します。


  • 図1 振動抑制部材
    図1 振動抑制部材

 図2(a)に,ある電柱の近くを列車が通過した際の電柱の天端の変位を示します。このとき,列車通過により電柱基礎部が加振される振動数が2.87Hzであるのに対し,電柱の固有振動数は2.75Hzであり,両者が近い値となるため,共振により最大変位が大きくなります。加振振動数については,図3に示すように列車の台車間隔が25mであるので,25m間隔で電柱基礎部が次々と加振されることが考えられます。このとき,測定時の列車速度が258km/h(71.7m/s)であることから加振振動数は71.7/25となり,2.87Hzと求めることができます。次に,振動抑制部材を取り付けた場合における電柱の天端の変位を図2(b)に示します。列車速度は同一ですが,このときの電柱の固有振動数は3.29Hzに増加しているため,振動抑制部材を取り付ける前(図2(a))に比べて,電柱天端の変位の値は低減しています。図4にこの電柱の振動抑制部材取付前後のそれぞれの場合において,営業列車が通過する際の応答倍率の測定結果と有限要素法による計算結果を示します。図から,測定結果と計算結果は概ね一致しており,共振点が変化していることが確認できます。これにより,この電柱箇所を通過する営業列車による電柱の振動の応答値は小さくなり,抑制効果が表れることがわかります。
 以上のように,剛性を高くすることで,電柱の固有振動数を変化させ,共振現象を避ける方法による振動抑制効果が確認できました。なお,この対策は鉄道・運輸機構殿の委託により開発し,多くの方々からご指導,ご協力を賜りました。ここに厚く御礼申し上げます。

  • 図2 振動抑制部材取付前後の電柱の天端の変位
    図2 振動抑制部材取付前後の電柱の天端の変位
  • 図3 加振振動数について
    図3 加振振動数について
  • 図4 電柱の天端における応答倍率の周波数特性
    図4 電柱の天端における応答倍率の周波数特性

(電車線構造 近藤優一)

磁器がいし金具部分の腐食対策

 磁器がいしの金具部分には亜鉛めっきを施した鋼または鋳鉄が用いられています。しかし、金具部分が腐食し、流出した腐食生成物(錆)が磁器部分に付着すると、絶縁性を低下させる恐れがあります。そこで、次の①~③の表面被覆による腐食対策について、塩害試験場におけるDC3kVの課電暴露試験で効果を検証しました。

腐食対策

①飽和ポリエステル樹脂の粉体塗装
 本樹脂のコーティングはレール締結装置の電食対策として検討された例1)がある。
②エポキシ系樹脂+ステンレスフレーク含有固体潤滑塗膜の重ね塗り
 亜鉛めっき層の上に施すことができる塗装で、塗膜が損傷しても亜鉛めっきによる防食作用が期待できる。自動車等に用いられる例がある。
③セラミック(アルミナ)溶射
 一般的に、アルミナは耐熱性と耐食性に優れる。

試験は、パイプを把持するバンド状の金具に①~③の表面被覆を施し、FRPのパイプに50cm間隔で取り付け、その金具間に課電する方法で行いました。

試験結果

① (暴露期間17ヶ月)ボルト・ナット部に著しい損傷が認められた。これは、塗膜が絶縁性のため、ひとたび表面に錆が付着すると漏れ電流がその部分に集中し、塗膜の焼損が進んだためと考えられる。
② (暴露期間7ヶ月)塩害が著しい冬季を経ていないため①との単純比較はできないが、外観上の異常は認められなかった。これは、塗膜が適度な導電性を有するため、漏れ電流が分散し、塗膜が焼損しにくいものと考えられる。
③ (暴露期間7ヶ月)対策②と並行して試験を行ったが、ボルト・ナット部に焼損が認められた。これは、ボルト・ナットの締め付けによりセラミック被覆が割れたためと考えられる。


  • 図1 各腐食対策の課電暴露試験結果
    図1 各腐食対策の課電暴露試験結果

 以上の結果を踏まえ、金具部分に②の塗装を施した懸垂がいしを試作し、塩害試験場でのDC3kV課電暴露試験に供しました。暴露期間11ヶ月の状況を図2に示します。試作品は現用品に比べ錆の流出が明らかに低減しています。試作品でも若干錆が流出しているのは、金具部と磁器部を組立済のがいしに②の塗装を施したためキャップ内面が未塗装なためで、金具全面を塗装した後に磁器部と組み立てることで一層の効果が期待されます。


  • 図2 暴露試験11ヶ月後のがいし外観
    図2 暴露試験11ヶ月後のがいし外観

 なお、本件は狭小トンネル用耐食性支持物の開発の一環として実施しました。詳しくは文献2)をご覧ください(鉄道総研ホームページからダウンロードできます)。

参考文献

1) 田中裕 他:「経済的な電食防止法の開発」:鉄道総研報告,Vol.5,No.5,pp.53-61,1991
2) 片山信一 他:「狭小トンネル用耐食性電車線支持物の開発」:鉄道総研報告,Vol.26,No.6,pp.47-53,2012

(集電管理 臼木理倫)

鉄道電力設備から発生する50Hz/60Hzの磁界規制について

 低周波電磁界について、来る平成24年8月1日から国土交通省の鉄道に関する技術上の基準を定める省令により、鉄道の電力設備が発生する商用周波数(50Hzないし60Hz)の磁界に対する規制が施行される旨が、7月2日付の官報により公示されました。規制対象設備は電車線等、帰線、電気機器等、変電所等の新規設備(設備更新を含む)となっています。
 省令の本文では「商用周波数の磁界による電磁誘導作用により(中略)、人の健康に影響を及ぼすおそれがないように施設しなければならない」とされており、解釈により具体的な測定手続と規制値が定められています。
 規制値は磁束密度の3軸合成値(resultant value)で200μT(マイクロテスラ)であり、これはICNIRP(国際非電離放射線防護委員会)が2010年に公表した超低周波電磁界への人体防護ガイドラインが定める、公衆暴露に対する参考レベル(reference level)の値となっています。磁界レベルは測定場所や通電電流値によって大きく変化するため、一般公衆が最も発生源に近づきうる場所が測定点、当該設備で最大負荷(故障は除外)に対応する発生量が評価すべき値として定められています。
 設備運用上は発生する磁界が規制を満足していることを検証することが重要であり、図1に示す3種類の手法の何れかによって適合性を示せば十分です(全ての手法で検証する必要はありません)。設備種別、装柱、電流値、離隔などから適合性を判定する手法が第1となります。第2が磁界シミュレーションなどにより発生量や磁界分布を詳細計算する手法になり、電磁界解析ソフトウェアなどを用いることになります。以上二つの手法が設備の計画時や設計時において可能な検証手段となります。
 第3の手法が実際に設備の発生する磁界を測定し、実測値によって評価する手法になります。解釈で規定されている測定手続はIECの技術仕様書TS 62597: 2011が基本となっており、対象設備により3種類の測定手法が規定されています。測定器やデータ処理についても詳細が規定されており、磁界測定と同時に通電電流の測定も実施する必要があります。図2には変電所等や電気機器等に対して適用される3点での測定の例を示しています。
 き電研究室では変電所に限らず磁界評価(計算・実測・低減対策)に関する業務を承っております。

  • 図1 電力設備の磁界規制への適合性確認フロー
    図1 電力設備の磁界規制への適合性確認フロー
  • 図2 省令の解釈に基づく磁界測定(3点測定)の例
    図2 省令の解釈に基づく磁界測定(3点測定)の例

(き電 森田 岳)

(ワンポイント講座)任意ひずみ波形におけるトロリ線疲労寿命の推定

 トロリ線はパンタグラフ通過時に生じる曲げひずみで疲労破断することがあります。疲労破断を防ぐため、列車の速度向上試験などの際にひずみを実測するとともに、室内疲労試験を行いトロリ線材料の疲労特性データの蓄積を進めています。
 たいていの場合トロリ線は摩耗で寿命を迎えます。しかし、実測されたひずみ値が疲労破断の懸念がない上限値(目安値)を超えた場合、トロリ線の疲労寿命を精度よく推定しそれ以前に交換すること、即ち疲労寿命管理が必要です。ところで、実際のトロリ線ひずみ波形は一般に図1のようにパンタグラフ通過の瞬間に急峻なピークを持つ一方、トロリ線材料の室内疲労試験は材料の基礎特性把握の一環として通例正弦波加振で行っています。そこで、任意波形における疲労寿命推定のための波形カウント法である「レインフロー法」がトロリ線にも適用可能か、室内疲労試験で調べた例を紹介します。
 トロリ線疲労試験の概略を図2に示します。本試験で用いた試験機は加振部に数値制御工作機械用のリニアサーボモータを適用し、任意波形での加振が可能です。供試トロリ線は一般的な硬銅110mm2で、別途行った室内試験(正弦波加振)で図3のとおり疲労特性を得ています。任意波形での疲労試験は図4に波形を示す6試番行いました。各ひずみ波形のピーク値と図3を照合し推定した疲労寿命(従来法)およびレインフロー法による推定疲労寿命と、試験結果(実際の寿命)を比較しました。


  • 図1 実際のトロリ線ひずみ波形例
    図1 実際のトロリ線ひずみ波形例
  • 図2 トロリ線疲労試験概略図
    図2 トロリ線疲労試験概略図
  • 図3 硬銅トロリ線の疲労特性(正弦波)
    図3 硬銅トロリ線の疲労特性(正弦波))
  • 図4 レインフロー法適用可能性調査試験の試験波形
    図4 レインフロー法適用可能性調査試験の試験波形

 結果を表1に示します。正または負に偏った波形(試番2や5)では従来法による推定寿命と試験結果に10倍程度の乖離があります。一方、レインフロー法では従来法のような極端な乖離はなく、より試験結果に近い推定寿命が得られています。実際のトロリ線疲労寿命管理に適用するには、より多くの試番を行い妥当性を検証する必要がありますが、レインフロー法はトロリ線の疲労寿命推定にも概ね適用可能と考えられます。今後は、高強度銅合金トロリ線についても同様の試験を行いたいと考えています。
 詳しくは鉄道総研報告2010年2月号「トロリ線の疲労寿命推定へのレインフロー法適用可能性」をご覧下さい(鉄道総研ホームページからダウンロードできます)。


  • 表1 レインフロー法適用可能性調査試験結果
    表1 コンクリート柱抵抗測定

(集電管理 菅原 淳)