張力調整装置の特性と張力計算手法の検証

 電車線の張力変化は集電性能に影響を与えるため,温度変化が生じても張力が一定であることが望ましいのですが,張力調整装置の特性によって張力変化が生じます。そこで研究所内の集電試験装置にTTB(トンネル用自動張力調整装置)を架設し,新幹線のヘビーコンパウンド架線にて各線条の張力,TTBの変位,外気温,トロリ線温度を測定し張力変動特性を把握しました。また実測値と前号の電力ニュースで紹介した張力計算手法による計算値を比較し,計算手法の妥当性を検証しました。

 図1は測定した7日間のデータを連続して描いたTTBの変位-張力特性です。張力は変位に比例して変化し,時計回りに1kN程度のループを描きます。これはTTBがコイルばねとリンク機構を組み合わせた構造になっているため,可動部の摩擦抵抗によりヒステリシスが生じるからです。ループの中間で張力が上下方向に変動するのは,気温や日射量の急変に伴うものです。

 図1の変位-張力特性の実測値を基に,点線で示すループ内で張力が変動するものとしてTTBの変位-張力特性を設定して,温度変化時の張力特性を計算した値と実測値を比較しました。試験線は屋外なので,温度はトロリ線温度を用いました。図2に示すちょう架線張力とトロリ線張力のほかに,総張力と各線条の実測値と計算値を比較した結果,張力特性は概ね一致しており,計算手法が妥当であることを確認しました。

 今後は他の張力調整装置の張力特性を把握し,電車線の張力変化が集電性能に与える影響を検討します。


  • 図1 TTBの変位-張力特性

  • 図2 実測値と計算値の比較

(電車線構造 齊藤 真吾)

磁器がいし金具部の腐食対策(その2)

 磁器がいしの金具部分が腐食,流出し,腐食生成物(錆)が磁器部分に付着すると,絶縁性を低下させる恐れがあります。絶縁性低下によって漏れ電流が発生し,磁器がいしピンが腐食して,ピンの有効径が減少し,最悪の場合は引張荷重に耐えられず事故に至ります。そこで,がいし金具部の腐食対策として「エポキシ系樹脂+ステンレスフレーク含有固体潤滑塗膜の重ね塗り」を行い,鉄道総研の勝木塩害実験所においてDC3kV課電暴露試験を実施しました。その結果,外観上金具部の錆の流出が少なく,上記塗装が腐食対策としての効果が認められることを,以前の電力ニュースでご紹介しました1)。

 今回は,同腐食対策を磁器がいしとポリマがいしの金具部に施し,現用磁器・対策磁器・現用ポリマ・対策ポリマの4種類について同塩害実験所にてDC1.5kV課電暴露を行い,漏れ電流を測定しました。本報では腐食対策を行っていないものを現用,腐食対策を行ったものを対策と称します。磁器がいし金具部への塗装は,金具部と磁器部を接着する前に行いました。これにより,既報の時点で課題であった接着剤であるセメントの吸湿に伴う金具内面の腐食を抑えることが期待されます。ポリマがいしは,セメントを用いていないため,組立て後の製品に対して金具部への塗装を行いました。

 漏れ電流測定回路を図1に,暴露試験の様子を図2に示します。


  • 図1 漏れ電流測定回路

  • 図2 暴露試験の様子

 漏れ電流測定結果を図3に示します。対策磁器は現用磁器に比べ,漏れ電流のピーク値で1/4以下,平均でも1/2以下に低減することを確認しました。したがって,磁器がいしのピン部の腐食が漏れ電流で促進されるような場合に,本防食方法を適用する効果は高いと思われます。一方,現段階では現用ポリマと対策ポリマの有意差は認められませんでした。また,現用ポリマと対策磁器を比べると現用ポリマの漏れ電流が小さくなっており,現段階ではポリマがいしの性能の高さを示す結果となりました。しかし,ポリマがいしの性能がいつまで維持されるかによりこの結果が大きく変わると思われるため,機会を捉えて追跡調査結果をご紹介しようと考えています。


  • 図3 漏れ電流測定結果

 参考文献

1)臼木理倫:「磁器がいし金具部の腐食対策」:電力ニュース,No.90, pp.4, 2012年8月号

       (鉄道総研HPからダウンロードできます:http://www.rtri.or.jp/rd/news/power/power_top.html

(集電管理 臼木 理倫)

電気的安全性に関する国際規格

 国際電気標準会議(IEC)において制定された国際規格IEC 62128シリーズは,鉄道の地上設備を対象に電気的安全性を定めた規格であり,感電防止に関する第1部,電食防止に関する第2部,直流き電と交流き電の相互干渉に関する第3部で構成されています。

 第1部では,電車線等の充電部と人が出入りする場所との最低離隔や,離隔が確保できない場合の防護方法について細かく規定するとともに,変電所の鉄構や電車線柱等,故障時に充電部となり得る部分(露出導電性部分)に人が接触する場合に,許容される接触電圧を定めています。

 レール等の帰線路は,列車の負荷電流に応じて幾らかの対地電圧を持っていますが,この規格では露出導電性部分として扱います。交流き電の場合,欧州では図(a)のように帰線路と接地構造物を直接接続しますが,国内では通信誘導障害防止等の目的で帰線路は原則非接地とし,図(b)のように帰線路と接地構造物は放電ギャップ等を介して接続します。この規格では,交流き電の帰線路接地方式として図(a)の方式を規定していましたが,日本の働きかけによって図(b)の方式も認められるようになりました。

 一方,直流き電については電食防止のため,帰線路の直接接地は国内外を問わず禁止されていますが,この規格では故障等によって帰線路の電圧が上昇した場合に,感電防止のために一時的に帰線路を接地することを許容しており,この目的で帰線路~接地構造物間に電圧制限装置を設けるよう定めています。

 第2部では,直流き電において鉄道設備を電食から守るための基準を定めています。例えば,レールの電食防止基準として単線あたりの漏れ電流を2.5mA/m以下とし,正極性のレール対地電圧を1日で平均した値に対して,漏れ電流が基準を満足するようにレール漏れ抵抗を維持するよう求めています。なお,第2部は公共の水道管・ガス管等,鉄道以外の設備に対する電食防止基準ではなく,それらの設備の電食対策については当事者間の協議が必要であることは国内と同様です。

 第3部では,直流き電の路線と交流き電の路線が並行する場合の相互干渉,例えば交流側から直流側への誘導電圧,直流側から交流側への迷走電流等について,直流電圧に交流電圧が重畳した場合の接触電圧や相互干渉の影響を考慮すべき区間の考え方等を規定しています。

 この規格に定められた規定・基準の多くは,国内の技術基準にも同等の定めがあるものですが,接触電圧の許容値等,電気設備の評価において参考となる情報も含まれています。


  • 図 交流き電における帰線路の接地

(き電 重枝 秀紀)

地上モニタリングによるパンタグラフすり板の段付摩耗検知

 パンタグラフのすり板に局所的なステップ状の摩耗が生じることがあり,このような摩耗を一般的に「段付摩耗」と呼んでいます。列車走行中にトロリ線が段付摩耗に拘束されると,段付摩耗は徐々に深くなり,最悪の場合には舟体が溶断したり,曲線引金具などの電車線設備が破損する可能性があります。そのため,段付摩耗を早期に検知するシステムが望まれています。以下では,集電力学研究室が取り組んでいる,地上モニタリングによるすり板段付摩耗の検知手法を2つご紹介します。

 1つ目の手法は,段付摩耗を有するパンタグラフがトロリ線をしゅう動したときにトロリ線に生じる特徴的な振動を観測することで段付摩耗を検知する手法です。図1に電車線の振動波形例を示します。段付摩耗を有するパンタグラフがトロリ線をしゅう動すると,トロリ線には2つの特徴的な振動波形が観測されます。一つはトロリ線がすり板しゅう動面の正常部(段付摩耗が生じていない部分)から段付摩耗底部へ落ち込む瞬間(図1(a))に生じる上下方向のインパルス状(スパイク状)の振動であり,もう一つはトロリ線がすり板の段付摩耗底部から正常なしゅう動面へと移行する直前(図1(b))に生じる左右方向(レール直角方向)の自由振動です。このような特徴的な波形を検出(抽出)することで段付摩耗の検知が可能です。

 2つ目の手法は,パンタグラフが通過するときに曲線引金具に生じるひずみを測定することで段付摩耗を検知する手法です(図2参照)。これらの手法を組合せることで少ないセンサ数で効率よく段付摩耗を検知することができます。現在,実用化を目指した各種試験を実施しています。

 なお,上記の段付摩耗検知手法の実用化にあたっては,高電圧下に設置可能な無線式信号伝送機器が必要です。非加圧部から加圧部へ電力を供給することが困難であるため,伝送装置への電力供給はバッテリにより行います。しかし,バッテリの交換頻度が高いと実運用が難しいため,低消費電力タイプの機器を選定する必要があります。そのため,低消費電力タイプの伝送機器およびセンサについての検討も進めています。


  • 図1 段付摩耗を有するパンタグラフが
    通過したときのトロリ線の振動波形

  • 図2 段付摩耗を有するパンタグラフが
    通過したときに生じる曲線引金具のひずみ

(集電力学 小山 達弥)

(ワンポイント講座)超異方倍率レンズ

 架線は柔軟構造物であるため,架線とパンタグラフの動的挙動を把握するためには,パンタグラフによってトロリ線などの線条に励起される波動の観測が重要となります。しかし,波動はハンガ点や支持点などで反射するため,その振動形態は複雑です。そのため,伝搬する波動を通常の離散点のセンサで詳細に観測するためには,架線に多数のセンサを取り付ける必要があり,現実的ではありません。一方,地上から画像によって架線挙動を撮影できれば,空間的な現象を定量的に捉えることが可能となります。しかし,架線振動は長波長,小振幅(代表的には波長100mで振幅100mmのオーダ)ですので,一般的な撮影機器では測定できません。

 そこで,画像の左右方向の倍率が上下方向の約1/80となる超異方倍率レンズ(図1)を開発しました。このレンズを使用して,架線・パンタグラフ系の運動をハイスピードカメラなどで撮影すると,架線の空間的な振動分布や,各線条に波動が伝播していく様子を定量的に把握できます。

 図2に超異方倍率レンズを用いて,パンタグラフ通過時のヘビーコンパウンド架線を線路外から撮影した例を示します。本図は画面水平方向が45mに対して,垂直方向が300mmとなっています。このような画像から,トロリ線の押上量やひずみ,ハンガ軸力,架線・パンタグラフ間の接触力などを測定することも可能です。トロリ線の押上量を,架線に設置したセンサと画像によりそれぞれ測定した結果(図3)から,押上量は画像でも精度良く測定できることがわかります。また,画像から推定した接触力とパンタグラフで測定した接触力を図4に示します。本結果より,画像から推定した接触力には誤差が含まれるものの,大まかな傾向を捉えることは可能であることが確認できます。


  • 図1 80:1超異方倍率レンズ

  • 図2 80:1超異方倍率レンズによる撮影例(新幹線)

  • 図3 トロリ線の押上量の測定結果

  • 図4 接触力推定結果

(集電力学 臼田 隆之)