電力技術研究部と電力ニュースのあゆみ

 鉄道電力関係の職場でお役に立ちたい、との思いを持ってお届けしてまいりました鉄道総研の「電力ニュース」は、今回で通算100号を迎えることとなりました。電力ニュースの記事の多くは鉄道総研の研究開発成果であり、創刊以来28年間の鉄道電力技術の状況を反映しています。そこで、電力ニュースの記事の流れを振り返ってみます。

【電力ニュースの創刊】

 電力ニュース創刊号はJR発足後の1987年10月に発行されました。No.2の発行は同年12月、以降は年3回から6回の発行で現在に至っています。

 さて、昔懐かしいB4袋とじ印刷(B4用紙にB5用紙2枚分を両面で印刷)で作られた創刊号の記事は、鉄道総研の組織紹介と海外高速架線、測定器の使い方でした。

【高速化の時代】

 JR発足の1987年から1990年代前半まで、日本・フランス・ドイツが鉄道の高速記録を競い合っていたため、電車線関係は新幹線や在来線の高速対応架線構造や新材料、低騒音パンタグラフ及び測定方法に関する記事が多くを占めています。変電関係では機器のディジタル化が開始され、直流き電では省エネルギーが、交流き電では回生対応が話題となっていました。並行して、電車線・変電の劣化判定やシミュレーション技術解説、電食といったメンテナンス関係記事が掲載されました。

【整備新幹線と新技術】

 その後、1990年代後半から2000年代にかけて、整備新幹線で実用化された技術の紹介、故障対応に端を発する電車線・変電の技術開発、また剛体架線やパワーエレクトロニクス・電力貯蔵など新しい技術に関する記事が見えます。2000年代後半からは、国際規格動向や耐震設計指針といった規格・標準関連の解説が姿を見せています。パソコン・携帯電話の進歩に伴い情報通信関連の記事も増えています。

 記事の流れを追っていくと、一つの技術がアイディアとして電力ニュースで提案されてから、実用化の報告まで10年以上かかった例も多く、腰を据えた取り組みが必要なことがわかります。一方、創刊から現在に至るまで高速化・メンテナンス・省エネルギーの記事は絶えません。そこが鉄道総研の使命だと心得て、これからも励んでいく所存です。


(記事:電力技術研究部 部長 兎束哲夫)

き電研究室の歩みと将来

 き電研究室は、鉄道総研発足時の電力研究室を母体とし、平成2年度の組織改正時にき電システム研究室として発足しました。その後、平成12年度の組織改正から現在の名称となっています。

 き電研究室におけるこれまでの主な研究成果を表1に示します。直流・交流ともに様々な研究開発を行っており、実用化しているものも多くあります。パワーエレクトロニクス技術の発展に伴い、回生車に適したき電システムに関する研究が大きな流れの一つになるとともに、近年では電力貯蔵装置やRPCのようにパワーエレクトロニクス技術を適用した研究成果がき電システムに導入されています。また、新線建設などのプロジェクトを契機とした新規技術の導入、あるいは従来技術の改良に向けた研究も流れの一つとなっています。一方で、直流における高抵抗地絡保護のように研究成果が実用化に至っていない場合もあり、その要因を分析した上で課題を克服する新たな研究を進めることが今後の課題の一つといえます。

 実用化を目指した研究と並行して、鉄道の将来に向けた研究も行っています。主なものとして、電力設備への低ロス半導体素子適用の検討、自然エネルギーと電力貯蔵装置によるき電システムの構築、電力変換装置を用いた高電圧直流き電方式があり、現在はシリコン整流器の連続的な電圧制御手法に関する研究を行っています。これらは鉄道の更なる省エネルギー化を目的としたものであり、その導入効果を正当に評価するため、車両・運転分野との連携を考慮した直流き電用シミュレータの開発も進めています。

 省エネルギー技術や電力設備の診断技術などはニーズが高い分野であり、引き続き新たな技術の適用を模索しながら研究開発を進めていきたいと考えています。

  • 表1 き電研究室の主な研究成果(【 】内は鉄道総研報告の巻-号を示す)
    表1 き電研究室の主な研究成果(【 】内は鉄道総研報告の巻-号を示す)

(記事:き電 室長 重枝秀紀)

集電力学研究室の歩みと将来

 集電力学研究室は1992 年に発足した旧真鍋研究室の流れを組み、「電車線・パンタグラフ系の動的挙動の解明、集電系の接触性能向上および電車線保守の省力化」、「パンタグラフの空力・騒音特性の改善」に関わる研究を担当して来ました。

【電車線・パンタグラフ系の動的挙動の解明、集電系の接触性能向上および電車線保守の省力化】

 国鉄時代から研究が進められていた電車線の波動伝播に関係する研究を発展させ、電車線・パンタグラフ間の相互作用を表す数理モデルの作成によって、列車走行速度をトロリ線波動伝播速度の70%程度以下に抑えるという一般的指標の物理的解釈を明確にしました。また、波動の評価を可能にするため、線条を伝播する波動を加速度計や異方倍率レンズ(図1)で観測する手法も提案しています。

 一方、電車線・パンタグラフの運動シミュレーションコードを基に、汎用ソフト「架線道」を開発し、鉄道事業者でのシミュレーション実施を可能としました。当初、このシミュレーションは左右偏位方向の自由度を持たない2 次元の問題として扱っていましたが、現在は3 次元の問題に対応可能となるよう拡張を進めており、更に高度な問題や事故発生時の検証などに適用できるよう研究・開発を続けています。

 他方、シミュレーションモデルの電車線と実機パンタグラフとを組合せ、電車線との相互作用を模擬可能なパンタグラフの試験方法として、パンタグラフのHILS (Hardware in the loop simulation) 試験方法についても開発を進めています。さらに、トロリ線・パンタグラフ間の接触性能の向上手法として、パンタグラフの押上力を能動的に制御するアクティブパンタグラフの開発に取り組んでいます。

 保守の省力化に関わる研究成果としては、トロリ線とパンタグラフ間の接触力測定技術の実用化があげられます。加速度などの接触式のセンサを使用する方法、ラインCCD を使用して非接触で測定する方法を開発し、後者は台湾高速鉄道の営業列車で実用化されています。現在は電車線保守の省力化のため、接触力の保守への活用法についての研究を進めています。

  • 図1 異方倍率レンズ画像
    図1 異方倍率レンズ画像

【パンタグラフの空力・騒音特性の改善】

 T 型パンタグラフの基本概念を提案するとともに、PEGASUS (Pantograph to Extinguish Generation of Aerodynamic Sound for Ultra Speed)(図2)を開発し、現在の新幹線用低騒音パンタグラフへの流れを作りました。PEGASUS 以降も、現行パンタグラフの主要音源の発生位置の特定やその低減手法、パンタグラフ揚力変化のメカニズム解明などの研究開発を進め、現在は走行速度400km/hを目標とした低騒音パンタグラフの研究開発に取り組んでいます。また、これらの研究開発によって得られた知見を基に、JR 各社の低騒音パンタグラフの開発支援も行っています。

  • 図2 低騒音パンタグラフPEGASUS の風洞試験の様子
    図2 低騒音パンタグラフPEGASUS の風洞試験の様子

(記事:集電力学 室長 臼田隆之)

電車線構造研究室の歩みと将来

 JR発足以降、鉄道総研では何回かの組織改正を行っていますが、集電関係の研究室は、1995年の組織改正により、それまでの2研究室(集電、集電管理)から3研究室(集電管理、電車線構造、集電力学)の体制に変更となり、現在に至っています。それ以降、電車線構造研究室では、電車線の高速化や保守性、経済性の向上、集電性能の測定方法や評価方法、電車線路の耐震性向上等の課題に取り組んでいます。これらの現在までの実施例や将来の方向性について以下に紹介します。

【高速用シンプル架線の開発】

 整備新幹線の輸送量に見合った経済性と高速性を兼ね備えた電車線として、鉄道・運輸機構、JR東日本と共同で開発し、北陸、東北、九州の各新幹線に採用されています。国鉄時代に建設された新幹線の標準架線は3本の線条で構成されたヘビーコンパウンド架線ですが、高速シンプル架線は集電管理のページで紹介されているCSトロリ線、PHCトロリ線を使用し、トロリ線を高張力化することにより、シンプル方式でも新幹線に採用可能な高速性を実現しています。

【電車線の設計、架設、評価に関する提案】

 電車線の性能を十分に発揮するためには、電車線の高さや張力を一定の範囲に保つ必要があります。これを実現するため、新幹線のトロリ線高さ不整の程度(形状や量)が集電性能に与える影響を詳細に調査し、許容される誤差範囲を示した架設基準を提案しています。これに関連し、設計において考慮すべきトンネル内の風速や温度変化、トロリ線の高さや張力変動の低減対策、支持点押上量の評価方法等も提案しています。また、昼夜を問わず測定が可能で国際規格にも対応した紫外光式離線測定器を開発するとともに、離線アークによる部材損耗の評価方法等も提案しています。紫外光式離線測定器は国内外の事業者に採用されています。

【剛体電車線の性能向上】

 カテナリ架線に比べて設備の信頼性や省メンテナンス性に優れている剛体電車線について、より高速線区での適用を目指し、しゅう動面凹凸の低減による性能向上方法を提案しています。中でも、離線や波状摩耗の原因となりやすく、従来は低減が難しかったしゅう動面の微小な凹凸について、トロリ線の架設方法やしゅう動面切削装置による低減対策を提案し、一部の事業者で採用されています。

【電車線路の耐震性向上】

 1987年に発生した宮城県沖地震での被害を契機に、国鉄において電車線路設備にも耐震設計が取り入れられ、電車線路設備耐震設計指針が策定されました。これを引き継ぎ1997年と2013年に指針の改訂を行っています。近年の改訂は、評価方法や耐震目標について土木構造物の標準との整合性を重視し、鉄道設備全体の性能について協調を図ったものとしています。また、具体的な性能向上対策として、中規模地震に対する金具や線条の損傷防止対策、大規模地震に対する支持物の損傷防止対策を提案しています。

【将来の方向性】

 電車線設備の将来の方向性として、鉄道の安全性の向上を第一とし、利便性を高めるための高速化、少子高齢化に対応した保守の軽減等の対策がより求められると考えています。このため、高速化や地震等の災害に対する設備の信頼性向上のための設計方法や対策、電車線のリスクやライフサイクルコストの評価手法の開発を進めます。新幹線の高速化に関しては、新たなパンタグラフや高強度トロリ線の開発状況に対応した架線構造とその架設基準の開発を進めます。また、剛体集電系の中でもサードレール方式は、保守の軽減や安全性の向上、騒音対策等に対してより有効であると考えられますので、将来の高速線区での適用を目指した検討も進めたいと考えています。

(記事:電車線構造 室長 清水政利)

集電管理研究室の歩みと将来

 JR化以降、集電管理研究室は一貫して①電車線材料、②集電系計測の観点から集電系のメンテナンスに関する研究・開発に取り組んできました。前者は材料の劣化現象解明(疲労、腐食、摩耗等)、耐久性にかかわる研究や電車線部材・材料の開発、後者は電車線設備状態、集電状況(離線等)の計測・検測技術や、計測・検測データ評価法の研究開発です。その間の成果をかいつまんで紹介します。

【高強度トロリ線の開発】

 新幹線の速度向上に必要な引張強度が高いトロリ線は、鋼心入りと高強度銅合金のものを開発しました。前者は国鉄末期に耐摩耗性向上を主眼に開発に着手されましたが、引張強度向上のねらいでも開発を進め、CS(銅覆鋼)トロリ線は北陸新幹線高崎~長野間を皮切りに整備新幹線等に適用されました。後者は強度と導電性の両立のためクロム-ジルコニウム系銅合金を適用し、PHCトロリ線の呼称で東北新幹線八戸~新青森間以降の整備新幹線等に適用されています。

【ナトリウムランプ式トロリ線摩耗測定装置】

 電気検測車のトロリ線摩耗測定装置は、下からトロリ線しゅう動面に光を当て、反射光でしゅう動面幅を測定し残存太さに換算しています。営業車の屋根上に搭載可能な小型化と昼間でも測定可能なことを主眼に、太陽光と識別可能な単色光源であるナトリウムランプを使用したトロリ線摩耗測定装置を開発し、JRの一部区間や私鉄で使用されました。

【カーボン系パンタグラフすり板の導入支援】

 トロリ線を摩耗させにくいことはカーボン(炭素)系パンタグラフすり板の大きな効果です。鉄道総研でのパンタグラフすり板開発は材料技術研究部 摩擦材料研究室が行っていますが、当研究室ではトロリ線摩耗評価の面でカーボン系すり板の導入を支援し、摩耗に伴うトロリ線張替を含めたトータルコストでカーボン系すり板が優位であることを示しました。現在、カーボン系すり板はJRで広く使われています。

【C-R式離線測定装置】

 離線測定方法は数種類あり、それぞれ得失があります。交流用の測定方法として開発したC-R式は、測定用の無集電パンタグラフとグランドの間にコンデンサを接続し、離線時の特徴的なコンデンサの充放電電流を監視し離線を検出するものです。装置は大がかりですが昼夜および走行条件(力行・回生・だ行)を問わず測定できるので、専用の電気検測車による電車線設備診断目的の測定に適しており、新幹線電気軌道総合試験車に適用されています。

また、最近の研究・開発例に次のようなものがあります。

【通電摩耗現象解明と摩耗形態マップの構築】

 通電摩耗現象解明のため、回転型でなく直動型(往復動型)で、かつトロリ線~すり板間の電位差を正確に測定できる摩耗試験機を製作し摩耗試験を行った結果、電位差から推定される接点最高温度とトロリ線およびすり板材料の融点との関係で摩耗形態が変化することを見出し、摩耗形態マップを構築しました。摩耗率は摩耗形態で大きく異なるため、摩耗率が大きくなる摩耗形態を避けることで摩耗低減を図ること等への応用が見込まれます。

【電車線線条位置の非接触測定】

 線路上を走りながら電車線線条位置を非接触で測定できれば、電車線保守の指標であるトロリ線の静的位置(高さ・左右偏位)を効率的に測定できるばかりでなく、ちょう架線やき電線等の上部線条も測定できるので極めて有用です。レーザー測域センサとステレオ画像解析を組み合わせた測定原理を考案し所内試験を行った結果、速度10km/h程度までの範囲で、線条(トロリ線、ちょう架線等)の自動識別とmm単位の精度で位置測定が可能なことを確認しました。

 今後は、材料の劣化現象解明は永遠の課題でもありますので引き続き取り組む一方、PHCトロリ線をしのぐ高性能トロリ線材料の探索や、電車線線条位置の非接触測定については実用化を目指し現車搭載、精度向上、測定速度向上等を重点に研究・開発を進めていきます。

(記事:集電管理 室長 菅原 淳)