ラッシュアワーの駅構内では,しばしば旅客の数が断続的に増える状況が見られます.このような中,ホーム上の混雑など階段出口付近の流動を妨げる要因が生じた場合,階段内に滞留が発生し,特に旅客の先を急ぐ心理状態が重なった場合,階段内の密度が徐々に高まることも考えられます.特に階段のように足元が不安定な場所での密度の増加は避けなければなりません.しかし,高密度領域に関する実データは多くは存在しないため,階段の安全に関する基礎資料を得るための混雑再現実験を実施しました.
実験には鉄道総研内にある駅シミュレータを使用し,図1のような踊場より下の部分(高低差1.65m)を用いました.18~55歳(平均年齢25歳)の男性被験者37名を均等に整列させ(図2),静止した状態から3歩だけ階段を昇らせ(降りさせ)ました.整列の形態は,高密度下でも被験者間の距離が均質となる千鳥配置としました.被験者には,同条件の試番を2~3回体験させた後に,表1のようなアンケート調査を行い,歩行開始時の足の動き(4段階)と不安感(5段階)について主観評価させました.
歩行開始時の密度は,表2のように0.62~4.32人/㎡の8種類の密度を設定し,低い密度から段階的に密度を高くすることで試番を実施しました.密度4人/㎡を超える4.32人/㎡の場合については,階段に少人数ずつ被験者を整列させ,安全上問題がないことを確認しながら昇り降り各1回だけ試番を実施しました.
図3に足の踏み出しに関するアンケートの結果を示します.密度1.85人/㎡付近から「自分の意思で踏み出せた」被験者の割合は低下し始め,逆に「前が動くまで踏み出せなかった」被験者の割合は上昇し始めます.この両者の割合が逆転する密度は,降りの場合で4人/㎡,昇りの場合で4.32人/㎡であることがわかります.このことから,密度約2人/㎡付近から旅客の一部に歩行の制約が生じ始め,密度約4人/㎡では旅客の約半数が自らの意思で歩行できなくなる状況となることが推測されます.
図4に不安感に関するアンケートの結果を示します.図4では,「どちらかといえば安心」の回答は「安心」として,「どちらかといえば不安」の回答は「不安」として集計しています.(1)と同様に,密度1.85人/㎡から「安心」と回答した被験者の割合は低下し始め,逆に「不安」と回答した被験者の割合は上昇し始めます.「どちらでもない」と回答した被験者の割合は概ね20%で,最大でも40%を超えませんでした.「安心」と「不安」の割合が逆転するのは,密度4人/㎡付近であることがわかります.特に,密度4.32人/㎡での降りの場合,「不安」と回答した被験者の割合は70%に達しました.
今回の実験では,次のことが確認できました.(1)階段内の旅客の密度が約2人/㎡を超えると歩行に制約が生じ始める (2)密度約4人/㎡では旅客の約半数が自らの意思で歩行できなくなる (3)階段内の密度が約2人/㎡を超えると旅客は歩行に「不安」を感じる (4)密度約4人/㎡以上では「不安」が「安心」の割合を超え,特に降り方向では「不安」を感じる被験者の割合が大幅に高くなる. 今後は,このようなデータを旅客の安全に関する評価指標に応用することで,駅における適切な昇降設備計画や旅客誘導などの旅客の歩行安全対策に役立てていきたいと考えています.
(記事:山本昌和)
近年, 大都市を中心に大気の状態不安定による突発的な大雨(いわゆるゲリラ豪雨)が増加しており,それに伴い, 駅ホーム上家においては雨樋のオーバーフローが生じることがあります. また, 一部の全覆上家等を除き, ホーム空間において夏季の暑熱環境緩和対策は未だ十分に行われてはいません.
そこで, 人工気象室において保水性材料によるホーム上家の豪雨・日射対策試験を行いました.
図1, 図2に実験に用いた模型の略図を示します. 試験体には, 一般的な屋根材である折版上に保水性材料を載せたもののほか, 折版のみのもの, 折版同様既存上家に用いられているスレート, 膜材を用いました. 保水性材料は, 窯業廃土を主原料とする粒径40mmの半球を袋詰めした材料A(図3), 火力発電所の配管保温材を再利用したパネル状の材料B(図4)を用いました.ともに主成分はカルシウムや酸素, ケイ素です. 材料Aは満水時重量43kg/m2のもの(以下A43)と65 kg/m2のもの(以下A65)の2種類, 材料Bは43kg/m2のもの(以下B43)1種類です. 降雨実験では竪樋の流量を, 日射実験では屋根材の裏面温度を測定しました. 表1に実施した実験の一覧を示します. 降雨実験は降雨量別に2パターン, また日射実験は保水性材料について乾燥状態と満水状態の2条件で測定を行いました. 表2に各パターンの降雨条件を示します. 集中豪雨は10分程度の鋭いピークを示す傾向があるため1), 表記のような条件としました. 表3に, 実験中の気象条件を示します. 両実験とも夏季を想定した条件としました.
図5, 図6に, 樋の流量の時間変化を示します. 折版のみの場合と比較して, 流量が下回る時間帯は保水性材料が降雨を吸水しており, 同量になった時点で保水性材料が満水になったことを意味します.
降雨パターンaでは, A43は25分程度, A65とB43は32分程度降雨を吸水した後, 満水状態となりました. パターンbでは, A43は14分程度, A65とB43は25分程度降雨を吸収した後, 満水状態となりました. 結果から, パターンaのように降雨量のピーク前に一定量の降雨があった場合, その後のピーク時に保水性材料で樋の流量を抑制することは難しいことが分かります. 一方で, パターンbのような突発的な集中豪雨に対しては, 保水性材料はある程度有効であるといえます.
図7に, 定常状態の屋根材の裏面温度(保水性材料については, 折版の裏面温度)を示します. スレート, 膜, 折版に比べ, 折版に保水性材料を載せた場合の裏面温度は大幅に下がっています. また, 満水状態の場合, 乾燥状態と比べ2.0℃~4.4℃, 更に裏面温度の低下を示しました. 結果から, 保水性材料を用いることで, 夏季晴天時の上家からの輻射熱を低減出来ることが分かりました.
実験の結果, 保水性材料を折版上に載せることで, ある程度の降雨を吸水し, 樋の負担を軽減出来ること, また折版裏面温度を大きく低下させ, 輻射熱を低減出来ることが分かりました. 今後は, 今回用いた保水性材料を載せたホーム上家模擬試験体を屋外に設置し, 保水性材料の含水量や樋の流量, 表裏面温度や屋根下の気温を長期間測定する予定です.
1) 気象庁:気象統計情報, http://www.jma.go.jp/jma/menu/report.html (2011年3月現在)
(記事:長谷川佳)
「鉄道構造物等設計標準・同解説(鋼・合成構造物)」(以下,鋼・合成標準)が平成21年7月に発刊され,それに合わせて,性能照査プログラム,鋼鉄道橋規格(SRS),性能照査の手引き,各種構造物の性能照査例等の各種の設計ツールを作成しています.これらのうち,鋼桁の性能照査例は本報No.235(2010.3)に,性能照査プログラムは本報No.239(2010.7)にすでに紹介しています.
本稿では,鋼鉄道橋規格(SRS)(平成22年8月発刊)について紹介します.
鋼・合成標準では,鋼構造物および合成桁に使用する材料や製品は,品質の確認されたものを用いることとしています.この一つとしてJIS(日本工業規格)に基づいた材料があり,これにより品質の確認されたものであることが保証されます.しかし,鉄道構造物に用いる材料や製品の中には,JISに規格化されていないものもあります.
国鉄時代には,このような材料等については,日本国有鉄道規格(JRS)あるいは鋼橋暫定仕様(国鉄構造物設計事務所)によっていました.その後,前鋼・合成標準(平成4年発刊)では,JRSや鋼橋暫定仕様の内容を見直し,「鋼鉄道橋規格」として改めて規格化しました.
「鋼鉄道橋規格」(Steel Railway Bridge Standards,以下SRSという)は,このようなJISに定められていない鉄道橋に特有な材料や製品の必要な品質,およびその品質の確認要領を定めたものです.SRSによることにより,鋼・合成標準で必要とされる品質が確保されていると考えることができます.すなわち,SRSはJISと同レベルの扱いであり,鋼・合成標準を適用する上での必需品ともいえます.
なお,前鋼・合成標準(平成4年発刊)では,SRSを含めていましたが,今後の新たな規格化や内容の変更に柔軟に対応できるようにするため,設計標準とは別冊で発刊することとしました.
SRSは,表1に示すように,構造・鋼材関係,軌道関係,接合関係,支承関係および付属設備関係の5つに分類し,計14個の規格を定めています.
従来のSRSの内容を,鋼・合成標準改訂に基づく見直し,実状に即した内容の見直し,JISの改廃に伴う見直し等を行いました.さらに,新たに2つの規格を追加しました.
ここでは,新たにSRSに追加したものの一例として,「SRS34」の概要を紹介します.
最近の鋼橋や合成桁の支承部には,ゴム支承(水平力分散支承や免震支承を含む)を用いる事例が増えています.一方で,その品質管理方法が統一されていないのが現状でした.そこで,SRSとして,鋼橋や合成桁に用いるゴム支承の標準的な品質管理要領を定めることとしました.
鋼・合成標準【施工編】において,鋼構造物の製作時に,支承は"購入品"として一般に取り扱います.SRS34は,支承を購入する際に,どのような品質を確認すべきかを定めたものとなります.
SRS34で対象とする支承部は,図1に示すように,積層ゴム支承,鉛プラグ入り積層ゴム支承および高減衰積層ゴム支承です.
SRS34には,表2に示す各項目について,対象とするゴム支承の構造,試験や検査の方法や頻度,判定方法を具体的に示しています.各項目の内容は,鋼・合成標準【施工編】のゴム支承の品質管理の考え方をもとに,今まで多く行われている品質管理方法を参考に定めています.水平力分散支承や免震支承においては,ばね定数やせん断変形性能の管理は重要であり,新たな方法も一部導入しています.
鋼・合成標準は,性能照査型体系としており,要求される性能を適切な手法により満足することを確認することを基本としています.従来の体系から変わったため照査項目が複雑になった,あるいは照査法が難しくなったとの印象を受けている方もいらっしゃるようです.鉄道総研では,鋼・合成標準を実務に適用しやすくするため,SRSを含め各種の設計ツールを整備していますので,効率的かつ合理的に設計を行うためにぜひご活用ください.
(記事:池田 学)