有限要素法を用いたPCまくらぎの動的特性の再現と構造変更による振動低減効果の検証

1.はじめに

 バラスト軌道においては,バラストの沈下や側方流動,摩耗による細粒化などの軌道劣化現象が生じます.これは,図1に示すような車輪からの衝撃荷重の蓄積によって引き起こされますが,そのメカニズム解明は大きな課題となっています.そこで,まくらぎとバラストの相互作用を考慮した精密な数値解析モデルを作成し,実車走行時のまくらぎの振動や,まくらぎ下面荷重(バラストに伝わる力)の変化を把握します.また,まくらぎの物性や形状を変更することでそれらがどのように変化するのかを調べ,振動低減効果を検討します.


  • 図1  荷重伝播のイメージ

2.数値解析モデルの作成とパラメータの同定

 ここでは在来線用PCまくらぎ(3号)の3次元有限要素モデルを作成しました(図2).節点数は51,000点程度,要素の最大サイズは20 mm×20 mm程度で,まくらぎ内部の配筋や締結ボルト穴も忠実に再現しています.バラストは図3のように,まくらぎの上面部を除いた表面(赤色部)の3方向のばねおよびダンパで表現します.ばねとダンパのパラメータは,図4に示すようなインパルスハンマを用いた加振実験を行い,各方向の加振時の加速度応答のピーク周波数とピーク値が実験と合致するように決定します.図5は鉛直方向加振時の実験と数値解析の周波数応答ですが,1000 Hzまでの幅広い周波数帯で値がほぼ合致しており,実現象をよく再現できているといえます.


  • 図2  まくらぎモデル

  • 図3  バラストばねの付加

  • 図4  加振実験の様子

  • 図5  鉛直方向加振時の周波数応答

3.実荷重の載荷による数値解析モデルの妥当性の検討

 前述した数値解析モデルに実測荷重を載荷し,実車走行時のまくらぎ振動を再現しました.入力荷重は軌道パッドセンサで測定した,図6に示す一台車分のレール圧力です.図7および図8に,それぞれまくらぎ上面中心部の加速度波形と,まくらぎ下面左レール直下部の圧力波形を示します.なお,実測データのまくらぎ下面部圧力は研究室で開発したセンシングまくらぎ1)を用いて測定しました.その結果,加速度応答,圧力応答ともに実測データの傾向と概ね一致しており,構築した数値解析モデルでまくらぎの振動特性をほぼ再現できることが分かりました.


  • 図6  入力したレール圧力

  • 図7  実車荷重載荷時の加速度応答

  • 図8  実車荷重載荷時のまくらぎ下面圧力応答

4.まくらぎの構造変更による振動低減効果の検証

 上述したモデルをベースに,まくらぎの剛性や密度(質量)を2倍にしたもの,まくらぎの短辺方向の幅を2倍にしたもの,まくらぎ高さを100 mm大きくしたもの(合計5ケース)を作成し,振動の様子がどのように変化するかを調べました.
 図9は各ケースにおけるまくらぎ下面右レール直下部の振動加速度のピーク値です.剛性や密度を増加させても振動の最大値は通常と変わらず,まくらぎ幅や高さの増加によって振動を低減できることが分かります.
 図10は最もピーク値が低下した幅広のケースにおける,まくらぎ下面右レール直下部の振動加速度の振幅スペクトルです.ここから,幅広のケースでは通常のケースと比べてピーク周波数はほとんど変わりませんが,ほぼ全ての振動モードでピーク値が減少していることが分かります.これは振動モードを変化させずに応答のみを下げるという観点からよいといえます.また従来,まくらぎの振動については変位の発生要因となる数十Hzオーダーの低周波数領域に着目してきましたが,図10では概ね100 Hz以下の周波数帯で通常のケースと比較すると応答値はほとんど変わっておらず,それ以上の周波数帯で応答値が減少しています.ここから,まくらぎ~バラストの振動低減を検討するときには高周波領域までの応答を加味することが重要と考えています.


  • 図9  加速度のピーク値の比較

  • 図10  加速度応答の振幅スペクトル(幅広のケース)

5.おわりに

本稿ではまくらぎ~バラストの基礎的なモデルで検証を行いました.今後はレールや複数本のまくらぎをモデル化し,弾性材の付加や列車速度を考慮した検討など,応用的な数値実験を行う予定です.

参考文献

1)相川明: まくらぎ下面圧力測定法(センシングまくらぎ), RRR, Vol.67, No.2, pp.32-33, 2010.

(記事:坂井宏隆)

粒子法による地盤の大変形・崩壊挙動シミュレーション

1.はじめに

 近年,巨大地震の危険性,異常気象による水害の増加に伴い,図1に示すような斜面崩壊,浸透破壊,液状化,土石流等の地盤の大変形,流動に関わる危険性について年々関心が高まっています。このような背景の下,模型実験による検証に加え,地盤の大変形,崩壊によるリスクを,数値シミュレーションにより定量的に評価することが重視されています。しかし,有限要素法等の従来の解析手法では,地盤の大変形,崩壊挙動を容易に取扱うことができません.一方,物体を粒子の集合でモデル化し,大変形,流動解析に適用性が良い「粒子法」が近年発展していますが,複雑な様相を示す地盤の大変形,流動現象への適用には多くの課題がありました.そこで,地盤を粒子でモデル化する一方,ひずみの算定は有限要素法と同様に格子で扱うMaterial Point Method1)(以後,MPMと呼ぶ)を用い,一連の地盤の構成則を整備することで,地盤の大変形解析を可能にするシミュレータを開発しました.本稿では,開発したシミュレータの概要と,様々な地盤の大変形,崩壊問題への適用性について紹介します.


  • 図1  地盤の大変形・崩壊挙動

2.地盤の大変形・崩壊挙動シミュレータの概要

 図2に解析手法として用いたMPMの計算の流れを示します。地盤を粒子の集合として表し,応力等の物理量を粒子で輸送します。微小な時間刻み毎に物理量を粒子裏の背面格子の格子点に内挿関数を通じて集約し,有限要素法と同様に格子のひずみ増分を求めます.ひずみ増分に応じた格子の変形に従い粒子の位置等を更新します。変形した格子は,次ステップの計算に備え粒子を残したまま元に戻ります。この流れを繰返し,粒子の移動で地盤の大変形,流動挙動を表現します.ひずみ増分を求めるためには,有限要素法で使用される地盤の構成則を用います.その他,MPM仕様の動的解析手法,地盤内の間隙水圧の表現方法を新たに提案し用いています.さらに,国土地理院から無償公開中の基盤地図情報を適用し,数km2の領域に広がる土石流の流動解析を取扱うことができます.


  • 図2  MPMの計算の流れ

3.地盤の大変形・崩壊問題へのシミュレータの適用性

 地盤の大変形・崩壊問題への適用性を確認するため,地震時での斜面崩壊,液状化,降雨時の盛土の浸透破壊,土石流に関する既往の模型実験,災害記録のシミュレーションを行いました.
 地震時の斜面崩壊については,篠田ら2)による弱層を有する斜面模型を用いた振動台実験を解析対象とし,弱層勾配が異なる2モデルの崩壊挙動を解析しました.図3に実験,解析結果(崩壊後形状)を示します.弱層が緩勾配のモデルでは進行的変形し加振途中で停止する挙動,弱層が急勾配のモデルでは脆性的に滑落し底面に堆積する挙動を,弱層勾配の大きさに応じて表現できることを確認しました.
 液状化については,渡辺ら3)によるトンネル模型を用いた開削トンネルの浮き上がりに関する振動台実験を解析対象にしました。図4に加振後の形状と浮き上がり量履歴を示します。浮き上がり量履歴の実験結果を概ね表現できることを確認しました.
 盛土の浸透破壊については,(独)土木研究所にて伊勢野ら4)により行われた浸透破壊実験を解析対象にしました.図5に解析結果を示します。盛土背面からの浸水,地下水位の変化に伴い,浸透破壊に至る様子を再現できることを確認しました.
 土石流については,1978年5月に発生した信越本線妙高高原・関山間の土石流5)を解析対象にしました.解析結果を図6に示します.被災地点までの流下経路を概ね表現できることを確認しました.


    • 図3  地震時の斜面崩壊解析結果

    • 図4  開削トンネルの浮き上がり解析結果

  • 図5  盛土の浸透破壊解析結果

  • 図6  土石流流動解析結果

4.おわりに

粒子法(MPM)による地盤の大変形・崩壊挙動シミュレータの概要と適用例を示しました.今後は,有限要素法では取扱が難しい,斜面崩壊,液状化,浸透破壊,土石流等の地盤の大変形に関わる現象の研究開発ツールとして活用していく予定です.

参考文献

1)Sulsky, D., Zhou, S.J. and Schreyer, H. L.: "Application of a particle-in-cell method to solid mechanics," Computer Physics Communications, Vol. 87, pp.236-252, 1995.

2)篠田昌弘,渡辺健治,阿部慶太,西村隆義,坂井公俊,村田雅明,中村英孝,中村晋:岩盤斜面の地震時安定性評価手法の構築に向けた試み,第13回日本地震工学シンポジウム論文集,pp.2935-2942, 2010.

3)渡辺健治,澤田亮:液状化による開削トンネルの浮き上がりに対する各種対策工法の効果の検討,土木学会地震工学論文集,Vol.28, No.199, pp.1-6, 2005.

4)伊勢野暁彦,小橋秀俊,古本一司,森啓年,大野真希:のり尻ドレーン工法を用いた河川堤防の浸透強化対策に関する大型模型実験,第39回地盤工学研究発表会,pp.1255-1256,2004.7.

5)村石尚:信越本線妙高高原・関山間の土石流災害,日本鉄道施設協会誌,Vol.43, No.5, pp.328-330, 2005.

(記事:阿部慶太)

注入の設計施工マニュアルについて

1.はじめに

 地盤改良工法の一つである「注入」は機械設備が小型であり,作業の方向性に自由度があるなどの利点から,鉄道営業線近接工事では,工事期間中に地盤強化や止水を行うための補助工法として数多く適用されてきました.この基準類としては昭和61年に「注入の設計施工指針」(以下「注入指針」)が国鉄時代に制定され,多くの技術者の指針として広く活用されてきましたが,近年では,線路下横断工事等で施工実績が更に蓄積され,液状化対策のような半永久的な地盤改良に注入を適用するための技術開発が飛躍的に進んでおります.
 そこで,学識経験者,鉄道事業者,鉄道・運輸機構,鉄道総研で構成される検討会で審議を行い,新たな指針「注入の設計施工マニュアル」(以下「注入マニュアル」)を策定しました.
 本稿では,この注入マニュアルの構成,設計の要点について紹介します.

2.注入マニュアルの構成

 注入マニュアルの構成は,「第Ⅰ編 総則」,「第Ⅱ編 地盤注入」,「第Ⅲ編 トンネル地山注入」,「参考資料」からなっております.「地盤注入」は主に都市土木工事,「トンネル地山注入」は主に山岳トンネル工事が対象となります.
 注入指針からの構成の変更点は以下のとおりです.

  1. 「トンネル裏込注入」は適用範囲外とした.
  2. 設計注入範囲の設定方法が本体工事や本体構造物に合わせて複雑化しているため,「第4章 設計各論」で本体工事や本体構造物に合わせた設計法を掲載した.
  3. 注入では注入試験や効果確認試験を実施することが重要であるため,「第5章 注入試験」,「第8章 評価」を設け,試験方法や評価方法を充実させた(図1).

  • 図1  マニュアルの構成(章のみ)(地盤注入の注入工法)

  • 図2  実績調査結果の一例

3.設計の要点

 鉄道工事における近年の実績調査を行い,「地盤注入」で221件,「トンネル地山注入」で26件のデータをご提供頂きました.図2は地盤注入の注入工法の実績であり,二重管ストレーナ工法(複相式)と二重管ダブルパッカ工法(シールグラウト方式)の適用が多く見られますが,二重管ストレーナ工法(地山パッカ方式)や結束細管多点注入などの新しい工法も適用され始めていることが分かります.このような実績調査結果から,設計全般にわたり最新技術や研究成果を追加した記述としました.
 特に,近年では水ガラス溶液型注入材でも,ゲルタイムが十数時間と非常に長く,長期耐久性を確保することを目的として開発された注入材があります.そこで,このような新たな注入材の強度や止水特性を追加掲載しています.例えば,図3は注入指針に掲載されていた水ガラス濃度と強度の関係に,水ガラス濃度を配合調整した「特殊中酸性注入材」の試験結果を追加したものであり,図4は同様に強度と弾性係数(E50)の試験結果を追加したものです.どちらも比例に近い相関関係があることが確認でき,使用実績がない注入材を使用する場合にも設計の目安値を得ることができるよう配慮しました.
 また,地盤注入について述べると「第4章 設計各論」および「参考資料」では,①掘削土留め工,②シールド工事,③線路下横断工,④液状化対策に区分して設計注入範囲の考え方を掲載し,理論計算方法および計算例は参考資料に掲載しました.例えば,線路下横断工では鏡防護や切羽の自立性確保を目的とした設計注入範囲を新たに掲載しました(図5).また,理論計算方法の結果を簡易に審査できるように,図6のような計算例とともに掲載いたしました.


  • 図3  水ガラス濃度と強度の関係

  • 図4  強度と弾性係数の関係(E50

  • 図5  設計注入範囲の例(線路下横断工の発進・到達防護)

  • 図6  土留めを欠損させる場合の計算例

4.おわりに

 ここで紹介した「注入の設計施工マニュアル」は,10月下旬に出版,12月14日に講習会を行います.注入の安全かつ合理的な設計・施工を行うためにぜひご活用頂ければ幸いです.

(記事:焼田 真司)