鉄道路線の地震リスク評価法の開発

1.はじめに

 2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震は,我が国が地震活動期に入っていることを改めて認識させる契機となりました.さらに今後,他のエリアにおいても非常に大きな地震の発生が危惧されており,地震の規模や震源と路線の距離等によっては広範囲にわたって鉄道構造物に被害が生じる可能性も否定できません.このため,様々な地震発生シナリオに対して,耐震補強等の地震対策を戦略的に行い,広域にわたる鉄道路線全体の地震安全性を向上させる取り組みが今後さらに重要になると考えられます.そこで,広域鉄道全体を対象とした地震被害確率の評価を精度よく実施する手法と,広域路線内の多数の構造物のモデル化を少ないパラメータにより効率的に実施可能な手法を開発しましたので紹介します.

2.被害確率評価手法の概要

 地震の発生により構造物が被害を受ける確率を評価する場合は,まず入力である地震動の大きさや発生確率を評価します.次に,地震動の大きさに対する構造物の応答特性を評価して,これらを組み合わせて構造物の被害確率を評価する方法が一般的です.本手法は,この方法に以下の特徴を持たせることで,精度向上を実現しました.

  • (1) 地震動の評価において,基盤位置での最大加速度,最大速度,卓越する固有周期を確率論的に算定することが可能になりました.
  • (2) 構造物に入力される地震動に,表層地盤による地震動の非線形増幅やそのばらつきの影響を考慮するため,地盤調査結果を収集して多数の地震動を入力した地盤応答解析を実施し,表層地盤の増幅特性を整理しました.図1 には,整理した結果の一例を示します.本手法では,(1)で得られた基盤位置の地震動に図1 で求まる増幅率を乗じることで,表層地盤の増幅特性を考慮した地表面位置での最大加速度や最大速度を算定することが可能になりました.
  • (3) 鉄道路線全体を考えた場合,多くの構造物が対象となるため,全ての構造物をモデル化して固有周期や降伏震度等を求めるのは,現実的ではありません.そこで,本手法では,多数の設計事例を整理して,構造物高さおよび地盤条件から構造物の固有周期や降伏震度を推定する式を提案しました.この推定式を用いることで,広域路線内の多数の構造物の効率的なモデル化が可能になりました.
  • (4) 構造物の応答特性は,固有周期や降伏震度等の構造物諸元で整理した被害率曲線で評価するのが一般的です.本手法では,これに構造物の非線形性の影響や,地震動特性の違いによる影響を考慮するため,様々な特性を有する地震動に対して,最大加速度を変化させた非線形動的解析を実施して,被害率曲線を作成しました.図2 には,結果の一例を示します.これにより,地表面最大加速度,地震動の卓越周期,構造物の固有周期および降伏震度のみで任意の構造物の応答塑性率を推定できます.なお,地震動の卓越周期T は,T = 2π ∙ PGV⁄PGA (PGV:地表面最大速度,PGA:地表面最大加速度)で求めることが出来ます.
  • 図1  表層地盤の地震動増幅特性
    図1  表層地盤の地震動増幅特性
  • 図2  構造物の被害率曲線の例(μ=1)
    図2  構造物の被害率曲線の例(μ=1)

3.仮想路線を用いた提案手法の適用例

 提案手法を用いた構造物の被害確率算定結果の一例として,仮想路線に対して提案手法を適用した結果に ついて示します.仮想路線は,実際の鉄道路線を参考に延長約60km の路線として設定し,306 の構造物で構 成されています.地盤条件のモデル化には,想定地域の地質縦断面図およびボーリング柱状図を利用しまし た.被害確率の評価は以下の手順で行っています.

  • (1) 各構造物に対応する地盤条件を設定して,表層地盤の固有周期を算出します.
  • (2) 各構造物の表層地盤の固有周期に対応する地盤の増幅特性等を考慮して,各構造物位置における地表面最大加速度および発生確率を算定します.
  • (3) 各構造物の形式および高さを設定して,提案した推定式により各構造物の等価固有周期および降伏震度を設定します.
  • (4) (1)および(2)で算定されて諸元より被害確率を算定します.被害確率は,構造物の応答塑性率がある塑性率を超過する確率として算定されます.本検討では,被害ランクを4 分割し,それぞれ応答塑性率μ<1,μ>1,2,4 と対応させました.
図3 には,本検討で算定された構造物の入力加速度の期待値と構造物高さ,図4 には,構造物被害確率を被害ランクごとに計算し,路線キロ程との関係で表示しました.図4 の縦軸はある被害ランクを超過しない確率(非超過確率)を累積して表示しています.なお,地震動発生の再現期間を1 年としているため被害確率が1%程度となっています.図に示されるように,本手法を用いることで各地点の地震動・構造物の非線形特性を反映し相対的な弱点箇所抽出が可能となりました.

  • 図3  仮想路線における地震動と構造諸元
    図3  仮想路線における地震動と構造諸元
  • 図4  被害ランクごとの非超過確率
    図4  被害ランクごとの非超過確率

4.おわりに

広域鉄道全体を対象とした地震被害確率の評価を精度よく実施する手法を開発しました.また,構造 物諸元の推定式を用いることで広域路線の地震リスク評価を効率的に実施することが可能になりました.

(記事:西村隆義)

継目落ちに対応した段違い用異形継目板の開発

1.はじめに

 現在,定尺レールの継目部において,段違い用と継目落用の異形継目板が多くの鉄道事業者で使用さ れています.一方,段違い用異形継目板が敷設されている箇所で継目落ちが発生した場合に対応できる 異形継目板は存在しません.そこで,50kgN レール用継目板を対象とした段違い用異形継目板と継目落 用異形継目板の両機能を有する異形継目板(以下,「特殊異形継目板」という)を開発しました.本稿で は,特殊異形継目板の開発とその性能確認を行った結果について紹介します.

2.特殊異形継目板の設計

(1) 形状

 特殊異形継目板の設計条件は,調整量2mmの継目落用異形継目板と段違い量2mm の段違い用異形継目板の使用頻度が高いことを考慮し,それらを組み合わせたものとしました.図1に特殊異形継目板の形状を示します.

  • 図1  特殊異形継目板の形状
    図1  特殊異形継目板の形状

(2) 材料分析

試作した特殊異形継目板に対して材料分析を実施しました.その結果,組織および硬さに関して現行の継目板とほとんど差異はないことを確認しました.また,引張試験および化学成分分析の結果がJIS の規格値を満足していることを確認しました.

3.性能確認試験

 レール継目部の3点曲げ静的載荷試験および曲げ疲労試験を実施し,特殊異形継目板の性能を評価しました.

(1) 試験対象

 試験対象とした継目板を表1に示します.ここでは比較として,現行の継目落用異形継目板および段違い用異形継目板についても対象としました.

  • 表1  試験対象
    表1  試験対象

(2) 試験条件の設定

 過去に普通継目を有する軌きょうを模擬した静的載荷試験を実施しています.この試験では静止 輪重85kN に対して継目部への衝撃率を2.0 とし,170kN を載荷した場合の普通継目板中央底部側面 (図3の測点①)に発生する曲げ応力を測定しました.この曲げ応力を基準に,性能確認試験の載 荷荷重等の試験条件を設定しました.さらに,安全に対する余裕度を把握するため,衝撃率3.0 としたケー スについても試験を実施しました.

(3) 静的載荷試験

 レール継目部の3点曲げ静的載荷試験を実施し,継 目板中央下面に発生する曲げ応力を測定しました.図 2に試験概要を,図3に測点位置を示します.
 試験により得られた底部下面(図3の測点②)の曲げ 応力について,現行の継目板と同等の材料である機械構 造用炭素鋼S45C(焼入,焼もどし)の耐久限度線図1) に,組立値を考慮した試験結果をプロットしたものを図 4に示します.
 特殊異形継目板に発生する曲げ応力は,衝撃率2.0 で 下限の疲労限度および降伏限度を十分下回っており,従 来の異形継目板と同程度の疲労強度を有していることを 確認しました.また,衝撃率3.0 では安全の余裕度が小 さくなることを確認しました.

(4) 曲げ疲労試験

 特殊異形継目板の耐久性を確認するため,図3に示す 試験方法で最大繰返し数200 万回のレール継目部曲げ疲 労試験を実施しました.試験の結果,衝撃率2.0 および 3.0 の荷重条件において,いずれの条件も損傷は確認されませんでした.

  • 図2  3点曲げ静的載荷試験概要
    図2  3点曲げ静的載荷試験概要
  • 図3  継目板中央の曲げ応力の測定位置
    図3  継目板中央の曲げ応力の測定位置
  • 図4  S45C の耐久限度線図
    図4  S45C の耐久限度線図

4.現地敷設試験

 性能確認試験において良好な結果が得られたことから, 営業線への現地敷設試験を実施し,列車通過時の特殊異 形継目板底部下面に発生する曲げ応力を測定しました. 測定結果を図5に示します.同図に示すように,発生曲 げ応力は軌道状態による差異が大きく,浮きまくらぎを 想定した交換直後につき固めを行っていない場合や列車 走行状態が上り段の場合には発生曲げ応力が大きくなる ものの,つき固め,さらにレール削正を実施することで 発生曲げ応力を抑制できることを確認しました. 以上より,室内試験の結果と併せ,特殊異形継目板は, 従来の異形継目板と同様の保守管理が行われていれば強度上の問題はないことを確認しました.

  • 図5  軌道状態別の曲げ応力
    図5  軌道状態別の曲げ応力

5.使用上の留意事項

 開発した特殊異形継目板は,段違い用異形継目板と同様の断面変化部を有し,継目落ちがある箇所で 使用されるため,応力条件は厳しくなります.そのため,疲労破壊に対する余裕度が他の継目板と比較 し相対的に小さくなることから,使用に際しては浮きまくらぎ等の継目部に負担の大きい軌道状態にな らないよう適切な保守管理を行うことが必要です.


6.おわりに

 レール継目部の保守低減対策は,鉄道事業者において重要な課題であり,過去様々な観点から研究や 試みが行われてきました.本稿にて紹介した特殊異形継目板もその一つであり,軌道保守の選択肢とし て,その特徴や効果を勘案した上で,現場の状況に応じ有効に活用していただきたいと考えています.


参考文献

1) (社)日本機械学会:金属材料疲労強度の設計資料Ⅰ,1982

(記事:高原 崇)